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誰だって怒りたい時が在る 5

黒いサングラスと白いマスクを装備した柊と間宮は、神楽坂と工藤の後を物陰に隠れながら尾行するのだった。その様子を周りで見て居た通行人達は関わり合いになりたくないといった表情を浮かべていた。それに薄々気が付いていた間宮は柊にこう告げる。


「あの、これ変装の意味無いですよね? 変装っていうか、変質者ですよね?」


「仕方がないだろう間宮君。変装用のカツラは生憎持ち合わせがなくてね……その代り、集音マイクなら持ち合わせが在るぞ?」


そう言って柊は何処から持って来たのか知らないが、集音マイクとそこから伸びる線が繋がったヘッドホンを装着して居るのだった。


「何で、アンタは集音マイクなんて持ってるんだ……」


「これは私のではなく茶道部のモノだ。何でも、歴代の茶道部の誰かが暇つぶしに面白い会話が聞こえて来ないかな? などと思って部費で買ったモノらしい」


「部費でなんてもん買ってるんですか……」


そんなことを間宮は呟くが、柊はそんなことを気にせず集音マイクを使って視線の先で歩くカップルの会話を盗み聞きし始めるのだった。


『所で、神楽坂さん。俺の何処が好きなの?』


『えっと……優しい所かな?』


『そっか。でも、本当に嬉しいよ。神楽坂さんと付き合えて、本当に……』


『そう言ってくれると、私も嬉しいな!!』


そんな他愛の無い会話を聞いた柊は退屈そうな口調でこんな言葉を呟く。


「間宮君……退屈だ……」


「なら、帰ります?」


「嫌、駄目だ」


「退屈なんでしょ? なら面倒なのでやめましょう。そうしましょう。って訳で帰りますね」


そう言って間宮はサングラスとマスクを外してその場から立ち去ろうとした。だが、柊に後ろの襟首を無理矢理掴まれてこう返答される。


「君、退屈なまま私をここに放置するな。訴えるぞ?」


「逆にコッチが訴えるぞ?」


「ふむ、それはやめておいた方が良い……いつだって裁判で勝つのは女性の方だ。冤罪の痴漢事件だってそういうものだろ?」


「なんという例え話を……因みに何罪で訴えるんです?」


「私を退屈させた罪」


――なんだよそれ……


間宮は溜息を吐きながら、柊の暇つぶしに嫌々な表情を浮かべて付き合うことにした。

どの道、帰った所でやることは無い。それにここで柊を不愉快にさせた後、何が起きるかわからないという考えが頭に過るのだった。


――まあ、退屈なら飽きるのも時間の問題か……


そんなことを考えて、間宮は柊の暇つぶしにもう少しだけ付き合うことにした。












その後、尾行対象の神楽坂及び工藤は如何にも高校生のデートらしいデートをするのだった。

ゲーセンでプリクラを撮ったり、デパートで服を見たり、映画を見たり、ファミレスで食事をしたり、普通の高校生カップルがデートしている様子を間宮と柊は陰から見て、集音マイクを使って会話を聞いてるだけだった。日が暮れ、いつの間にか街灯とビルの光が街の明かりを灯す。そんな時間まで間宮と柊は、神楽坂と工藤を尾行していたのだった。


「もういいですか? もういいですよね? ってかいつも通りなら部活終了時間をとっくの昔に終えて、家でテレビ見て居る最中でしたよ? もういいですか?」


「私も……お家に帰りたよ……間宮君……」


「じゃあ何で今までこんな退屈なことを……」


間宮がそんなことを尋ねると柊はこう返す。


「何かが引っかかるんだ……神楽坂さんが付き合ってしまったあの男の何かに……」


「もう帰ります」


そんな意味深長な発言をする柊に対して間宮は呆れた顔そう告げて、柊とは反対方向へと歩き出す。

だが、間宮自身も少しばかり予想はしていたが、柊に制服の後ろ襟首を捕まれるのだ。


「もう流石に付き合ってられませんよ……」


流石の間宮も我慢の限界といった様に柊が掴む襟首を無理矢理引き剥がそうとした。だが、その前に力強く柊に引き寄せられ体勢を軽く崩した。


「ちょ、柊先輩!?」


間宮は体勢を崩し、転びそうな所を踏み留まって柊に驚きの表情を向ける。

そして間宮が向けた視線の先の柊は真剣そうな眼差しで何かを聞いている。


――何を聞いているのだろうか? 


そんなことを疑問に思い、柊が目を見張る先のカップルに間宮も視線を動かした。二人が何か会話をしている。だがここからでは何が何だか聞こえる事は無かった。そんな様子を少しの間見て居ると工藤は神楽坂の手を掴んでビルの中へと入って行くのだった。そんな光景を見た間宮は、二人が入って行ったビルの看板を見るとそこには……『リゾート』と書かれた看板が見える。


「あの……あそこって……」


「ラブホテルだな」


「……」


間宮は額に手を当てながら、高校生のデートってこういうことなのだろうか? などと目の前で起きた出来事に困惑していた。まあ、付き合い方って人それぞれだよね。うん、そうだよね。などと納得しながらも、今見たことは忘れる事にして、その場を立ち去ろうとした。だが、柊はそれを許すことはしなかった。

柊は去ろうとする間宮の手首を掴み、こう告げる。


「付き合って一日目の女性をホテルに連れ込む男をどう思う?」


「付き合い方は人それぞれです。俺達が口を挟む問題では在りません。そうでしょ?」


「いいや、口を挟む問題だ。何故なら私達がカップルとして成立させたのだぞ? それを放って置くのか? 間宮君」


「だからって……合意の上でなら問題は……」


「少し一休みしようよ、ほらこっちこっち。あの男が神楽坂さんに掛けた言葉がそれだ。その意味を神楽坂さんが理解していると思うのかい? 間宮君は」


「それは……」


きっと神楽坂は工藤の言葉を理解しては居ないのだろうと思ってしまっていた。何故なら、神楽坂は自分の姉に彼氏が出来たから自分も同じ様に彼氏が欲しいと考えていただけなのだ。ただ彼氏が欲しい、優しければ誰でも良い、そんな考えで選んだのが工藤だった。よく知らない、周りが優しいと勧めた男子生徒だから、彼女は告白したのだ。そこに愛と呼べるモノは無く、そこに在ったのは彼氏という未知への好奇心だったのだろう。ただの好奇心を満たす為だけに神楽坂は工藤に告白したのだ。そんなに好きではないのに、そんなに愛しても居ないのに、軽い気持ちで告白し、軽い気持ちで付き合った。そして彼女はその代償を払おうとしているのかもしれない。


「確かにあそこで何をするか、わかってないでしょうね……。あの女は……」


「私も同じ意見だよ、間宮君。あの娘からの発言からは頭の弱そうな匂いがするからな……きっと男の言葉の意味を理解はしていないだろう。そしてこれっぽっちも望んで居ない出来事なのだろうと思う」


「でも、だからってどうするんですか?」


「勿論、君が止めるんだよ。間宮君」


「成程……なんで俺が……?」


「男と女、力比べで強いのはどっちだと思う?」


「ちなみに、運動はそこそこできますが。喧嘩が強いなんてことは一切ありませんよ?」


「それで別に構わない。足止めしておいてくれれば、私が神楽坂さんを連れて逃げる。足止めを終えたらすぐに帰宅して構わない。どうだろうか?」


「そんなことする前に、今すぐ帰りたいんですが……」


「それは駄目だ」


――まあ、そう言われると思ってました。


間宮は諦めた表情を浮かべてこう返答する。


「わかりました……。けど、どうやって入るんですか? あそこって十八禁ですよね確か……俺達じゃ入れないんじゃ……」


「なら何故入って行った彼らは追い出されないのだ?」


「……」


「彼らが入れるならば、私達も入れるということだ。では行こうじゃないか間宮君」


そう言って柊は間宮に集音マイクとヘッドホンを手渡し、神楽坂と工藤が入って行った建物の中へと入って行く。そんな彼女の後姿を見た間宮は溜息を一つ吐き、辺りの人目を気にしつつ柊を追いかけるのだった。















ホテルの入り口。その壁には点灯するモニターが幾つも在り、そのモニターには部屋の内装写真が映し出されていた。そして柊は辺りを見回して何かを確認したかのようにモニターのボタンを適当に押す。するとモニターの点灯は消え、近くから一枚の紙が現れ、その紙を手に持って近くのエレベーターへと向かうのだった。間宮は辺りを見回し、誰も居ないことを確認すると安心した素振りを見せて柊にこう尋ねる。


「あの、慣れた手つきですね……」


「慣れるも何も説明が横に書いて在るのだから、判らないことは何もないだろう?」


「ああ、そうですか……」


そんなことを言って居る内にエレベーターが到着する。間宮と柊は扉の開いたエレベーターに乗って、柊は何の躊躇もせずに三階のボタンを押すのだった。


「あの、二人が何階に居るのか判ってるんですか?」


「三階だ」


「なんで、そんなことが……」


「エレベーターが最後に止まっていたのが三階。そして客は私達の前には彼と彼女だけ、それなら必然的に三階に部屋を取った筈だ」


「居る階は判りましたが、肝心の部屋は?」


「三○一号室だ」


「それまた、なんで?」


「三○一号室のモニターが点灯していなかった。三階の部屋で埋まっているのはそれだけ、なら必然的にそこに居るのが確定している」


「おお……」


誰にでも理解できる単純な推理。だがこの状況で冷静にそんなことを考える事が出来る柊に間宮は驚きの声を上げるのだった。そしてエレベーターは三階で止まり、扉が開く。エレベーターから外へ出た柊は三〇一号室の扉の前で聞き耳を立てる。


『ねぇ……何してるの……工藤君……』


『神楽坂さん……大丈夫……優しくするから……』


『いや……やめて……』


『大丈夫だって……本当に……』


柊は壁の向こう側からそんな言葉が聞こえて来ることに気が付き、先程まで冷静沈着な柊は間宮に向かって慌てふためいた声を上げる。


「た、大変よ間宮君。神楽坂さんがレイプされそう」


「……」


間宮はこの場は緊張感の在る場面なのだろうが、柊の言葉に呆れた表情を浮かべるのだった。

そして間宮はどうにかしようと思い取り、とあえず部屋の扉を強く叩いた。すると部屋の中の二人の会話が止まる。とりあえず動きは止めた。そう思いながら間宮は柊に次にどうするか指示を仰いだ。


「で、どうするんですか? 鍵が掛かってそうですけど……」


「アナタ、凄腕のピッキング技能を持ってたりしないの?」


「そんなもの持ってませんよ」


「くっ、とことん使えないのね……間宮君って……」


そう言って柊は即座に電話を取り出して、神楽坂へ連絡するが電話は一向に繋がる気配が無かった。


『いやっ!! 工藤君!! 止めて!!』


とうとうそんな叫び声が部屋の向こう側から聞こえて来る。流石にその悲鳴を聞いた柊と間宮は真剣な表情で辺りを見回して何か使えそうなモノが無いかと考えるのだった。そして何かに気が付いた柊は隣の部屋の扉を開けて中へと入って行くのだった。間宮は何をするのかと、ドアの前に立ち彼女を見つめる。


「一体何をするつもりですか?」


「火事を起こすのだよ間宮君」


「はっ? それは立派な犯罪ですよ!?」


「安心した前、何も燃えやしない、擬似的な火災だよ」


そう言って柊は風呂場の方へ向かい、熱い湯が入った桶を持って室内の天井に設置された火災報知機に近づける。そして数秒後――ビル内の警報が凄まじい勢いで鳴り響くのだった。

火災警報が湯気で誤作動する。それによって部屋の中に居る工藤を炙り出そうという作戦らしい。そして、柊の作戦通り、部屋から急いで出て来た工藤は一目散にエレベーターに乗り込むのだった。


「柊先輩……アイツ、一目散に逃げて行きましたよ?」


「間宮君!! 神楽坂さんは!?」


その言葉を聞いた間宮は、慌てた様子で工藤が出て来た拍子に開いたままの扉から中へと入った。するとそこには、ベッドの近くで泣き崩れる女子生徒の姿がそこには在った。憐れもない着崩れた制服姿の女生徒、そんな彼女に何と声を掛ければ良いのか判らない間宮は言葉を失う。そして涙を流す神楽坂は間宮に気が付いて視線を向ける。目が合ったから間宮は神楽坂に何でもいいから言葉を口にしようとした。だがその前に後ろからやってきた柊が神楽坂に寄り添ってギュッと彼女のことを抱きしめるのだった。そして柊は神楽坂にこう告げる。


「もう大丈夫よ……怖かったでしょうね……」


そんな柊の言葉を聞いた神楽坂は柊を抱き返して泣き叫ぶのだった。きっと彼女は辛かったのだ。きっと彼女は怖かったのだ。それは彼女の悲鳴から読み取れる。そんな神楽坂の姿を見て、間宮は工藤という男に憤りを感じていた。











火災警報は誤作動だった。だからなのだろうか、ビルの外に出ても誰一人として野次馬は一人も居なかった。近くのビル内で火災警報が鳴り響いていたにも関わらず、道行く通行人はそんなことを気にせず闊歩する。そしてまた、ビルの外に出て来た間宮達にも誰一人として気に掛ける様子は無いのだった。

神楽坂は柊の手を掴んで軽く泣きじゃくり、柊はそんな神楽坂を慰める様に優しい顔を浮かべる。そして間宮は、何にせよ一件落着したことに安堵の溜息を吐きながらも三人は歩き出すのだった。


「私は、神楽坂さんを自宅まで送る……君はもう帰ってくれて構わないよ。今日はお疲れさま」


「お疲れ様です……」


そう言って柊は神楽坂を連れて何処かへと向かうのだった。


――じゃあ、俺はどうするか……


どうするか? などと自問自答するが、間宮の答えは決まっていた。家に帰る、その一択しかない。だから彼は再び歩き始めようとする。だが帰り道は柊と神楽坂が去って行った方向と同じだった為、ここから追いかけるのは恥ずかしいモノが在った。だから間宮は適当な方向へと歩いて行く。

歩道橋を渡り、適当な店を回った。そんな寄り道をしている最中、間宮は一人の男が不意に視界に入った。


――アイツは……


茶色い髪の男子生徒、先程ビルの中で一人逃げ去ったその男の顔を見つけた。その瞬間に、間宮の中で何故だか知らないが怒りが込み上げて来た。そして思い出す……彼女が泣いていた声を、表情を。だからなのだろう、間宮はいつの間にかその男を視界に捉え、足早に歩き始める。そのスピードは徐々に速くなり、すぐに男の真後ろへと辿り着き、間宮は男の肩を叩いた。

そして――男が振り向いたその瞬間、間宮は握り拳を男の顔面目掛けて全力で放つ。

間宮の拳を顔面に喰らった男子生徒は突然の出来事に白目を向いて気絶し、周りの通行人達はそんな二人の男子生徒に驚きの表情を浮かべながら呆然と見つめる。


「くそっ……手が痛てぇ……」


そんな言葉を呟きながら地面に倒れた男の安否を気にも留めず、間宮はその場を去って行くのだった。

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