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誰だって怒りたい時が在る 4

――そして放課後。茶道部の部室には柊・間宮・神楽坂の三名の姿がそこには在った。

柊はゆったりといつもの通りにお茶を飲み、同じ様に神楽坂も落ち着いた様子でお茶を飲んで居た。

そんな二人の姿を見て居た間宮は呆れた顔でこう呟く。


「アンタら……落ち着き過ぎじゃないですかね?」


柊はともかくとして、神楽坂は何処かの誰かと付き合う為の相談に来たというのに、緊張感の欠片も無い様子でお茶を飲んでいる。だから間宮は本当にこの女は何を考えているのだろうか? などと困惑した表情を神楽坂に向けていた。そして湯呑から口を離した柊が間宮にこう尋ねる。


「それで……首尾はどうかね? 間宮君」


「そうですね……神楽坂さんが彼氏にしたい人は自分で見つけてきました。相手はそれでいいんじゃないですか?」


「それは……随分と投げ遣りではないか?」


「当の本人も、結構投げ遣りで適当過ぎると思いますよ……。それに、付き合う相手が誰でも良いなら、神楽坂さんが決めた人で十分です。こっちが口に出す事は在りません」


「まあ、それもそうか……。では神楽坂さん。その付き合いたい相手は何処の誰なのかしら?」


柊がそう神楽坂に尋ねると、神楽坂は緊張感の欠片も無い様子で淡々とこう答える。


「一年で同じクラスの工藤吉木君です」


「そう。ではその男子生徒の連絡先は知っているのかしら?」


「はい、友達が連絡先を知ってたみたいなので教えて貰いました」


「では早速、一階の教材保管室まで来るように彼に連絡しなさい」


「は~い」


神楽座は柊の指示に素直に従い、何の躊躇もせずに携帯を取り出してメールの文面を打って送信する。


「送信しました~」


「そう、後は告白するだけね。いってらっしゃい」


「は~い、いってきま~す」


そう言って神楽坂は今から告白をするというのにも関わらず、緊張感の無い返事を柊に返して部室を出て行くのだった。今までの柊と神楽坂のやり取りを困惑した様子で聞いていた間宮はこう呟く。


「アレ? 告白ってこんな軽い感じのモノでしたっけ? もっと緊張とか、心の葛藤とかしたりするもんなんじゃ……」


「付き合って下さいの一言を言うだけなのだから、そう躊躇することはないだろう。むしろ神楽坂さんが今取っている行動の方が正常だと思うがね?」


「いやいや……絶対おかしいですって。何かズレてますって……」


「まあ、ズレては居るのだろうな……最初から……」


そう言って柊はゆっくりとお茶を飲み、空になった湯呑を茶托に置き、湯呑を乗せた茶托を邪魔にならない様に畳の脇へ動かしてこう続ける。


「姉に彼氏が出来たら幸せそうに見える。だから自分も彼氏が欲しい。それは言うなれば、姉が欲しがっていた玩具を手に入れ、それを見た妹が同じ様な玩具を欲しがる……そんな子供染みた考え故の行動なのだろう。姉には玩具に対して思い入れが在るが、妹にはそれが無い。好きではないから、簡単に考えている。だから、今の彼女にとって告白というモノはタダの日常会話に過ぎないのかもしれないな」


「それを理解した上で彼女の相談に乗ったんですか?」


「そうだ。というよりも、君だって薄々感じては居ただろう? 彼女は姉に憧れている。だから姉と同じ様な行動を取ろうとする。それは姉に対しての闘争心の様なものか、姉と対等に立ち振る舞いたいが為なのか、それは判らない。だがその為に彼女は彼氏という存在を必要としているのだろう」


「誰かと付き合うって……そういうことなんですかね? それでいいんですか?」


「さあ? だが前にも言ったが、告白なんて「イエス」か「ノー」どちらかの言葉が返ってくるだけの会話に過ぎない。大事なのはその先だ。別れるも良し、一緒に付き合い続けるも良し、それは彼女達次第だよ」


柊がそんな言葉を間宮に口にすると、茶道部の廊下側の壁から神楽坂の声が聞こえてくるのだった。


『あっ、工藤く~ん!!』


そう元気な声で神楽坂は手を振って、やってくる茶色い短髪の男子生徒を笑顔で迎えるのだった。


『やあ、神楽坂さん』


そう言って工藤は優しそうな笑みを浮かべて神楽坂にそう返す。そして神楽坂は早速本題に入った。


『その、工藤君にお願いがあるんだけど……いいかな?』


『うん、何?』


『私と付き合ってくれないかな?』


神楽坂の口から取り繕う事無く発せられた言葉を聞いた工藤は、少し考え辺りを見回してからこう返す。


『えっと……ドッキリか何か……かな?』


工藤は神楽坂の軽い口調の告白に真剣味を感じ取れなかった為なのだろか、女子が男子に対する悪戯なのではないかと疑ってそんな言葉を返すのだった。だが、神楽坂は首を横に振ってこう返答する。


『違う、違う。本当に私と付き合って欲しいなって思ってるんだ? どう?』


神楽坂のそんな言葉を聞いて、工藤は数秒考えてからこう返す。


『わかった、いいよ。付き合おう』


『やった!!』


難無く告白に成功した神楽坂は嬉しそうにそんな声を上げ、そんな神楽坂の姿を見た工藤は早速こんなことを提案し始めるのだった。


『それじゃあ、これから何処かに遊びに行く?』


『ん? じゃあ何処行く?』


『とりあえず、駅前まで行こう。後は着いてから適当に見て周ろうよ。どうかな?』


『うん、いいよ!!』


そう言って神楽坂と工藤は横並びに歩きながら楽しそうにその場を去って行くのだった。

そんな様子を壁際で聞き耳を立てていた柊は、同じく壁で聞き耳を立てる間宮にこう告げる。


「さて、一段はした……では行こうか間宮君」


「行くって……何処にですか?」


「勿論、彼女達の尾行さ」


「デートの邪魔でもする気ですか?」


「君は気にならないのかね? 相手の男の言動に……」


「何がですか?」


「そうだった……君は彼女居ない歴=年齢だということをすっかり忘れて居たよ」


「要点をさっさと言ってください」


「君は女子に告白されたとしよう。そして君は勿論「イエス」と答える。ではその次の行動はどうする?」


「さあ? 一緒に帰るとかですかね?」


「そういうことだ。君みたいな居ない歴=年齢の人間はどうしようか考える。そしてどうすれば良いかわからず、一緒に帰るという選択肢を選ぶ。だが彼はどうだった? 真っ先に遊びに行こうなどと誘った。即ち、彼は女性慣れしているということだ」


「別に、いいんじゃないですか? 女性に慣れていようと慣れてまいと、告白は成功。ハッピーエンドですよ」


「だから君は間宮君なのだよ……」


柊のそんな言葉を聞いて間宮は不満そうな顔を見せる。だが柊はそんなことは御構い無しと軽く流してこう続ける。


「いいかね、君が神楽坂さんの父親だったとする」


「まず、前提条件がおかしいですよね?」


「まあ、いいから聞きたまえ。君が大事な娘の交際相手を選ぶ時、女性慣れした遊び人タイプの男と付き合わせたいと思うかね?」


「いや、それは……」


「そう、私が父親だったらそんな男と娘を一緒にさせるなど言語道断。私が神楽坂さんの父親という立場だったら、女性同士の恋愛を勧めることだろう」


「そんな父親嫌なんですけど……」


「つまりだ、女慣れしているであろう神楽坂さんの彼氏が良い人間かどうか見極めなくてはならない……その為の尾行だよ……間宮君」


そう言って柊は楽しそうな顔を間宮に向けながら親指をグッと立てるのだった。


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