転生女神のお仕事 物語は私が作る! ~ 若頭編 ~
本作には視点変更があります。
「若頭、自分まじ感動したっす」
「無駄口叩いてねえで、ちゃんと運転しろや」
「うす」
なんちゃら前線がどうとかでひでえ雨、いい加減うざいったらねえ。
ヤスの野郎は雨のせいで前が見づらくて危ないってのによそ見しやがるし。
さっきのヤツラは素人さんがいるとこで暴れやがるしで、ったく人様に迷惑かけんじゃねえよ。
オヤジに拾われてから20年か、まだまだ若いつもりでいたんだけどな。
はあ、俺もやっぱ歳かな。『最近の若え奴らは』とか思うようになっちまった。
酒の席で絡まねえように気つけねえとな。
川沿いの道を走っていた車が急に停まる。
「あ?どうしたヤス?」
「あそこにいる連中さっきの仲間っすよ。自分ちょっと行ってきやす」
「程々にしとけよ」
「うす」
傘も差さねえで勢いよく車から飛び出していきやがった。
……無茶しねえように見ててやるか。
車から出てビニール傘を差す。
強い雨で視界が悪い。
「こっからじゃ見えねえじゃねえか、アイツどんな目してやがんだ」
仕方なしにヤスが行った方へ歩き出す。
ふと声がした気がして立ち止り、右手側にある河川敷を見た。
「泣き声?……ヤスの馬鹿はなんとかなんだろ」
川岸へ向かって歩く。
叩きつける雨の音でかすれてよく聞こえなかったが、近づくにつれて気のせいではないことが分かった。
走った。
連日の豪雨で増水し流れが早くなった川が見える。
その側に、8歳くらいのずぶ濡れのガキがいた。
「どうした、坊主?」
「タロウが……タロウが……」
川を指差しガキが喚いた。
「僕が……僕のせいで……」
指の先を見ると犬が溺れていた。
木の杭にリードが引っかかってなんとか流されずにいる。
ありゃ時間の問題だな。
ドラマみてえだな、おっと。
ガキの腕を掴む。
「離せ!離せよ!」
おーおー痛え痛え、いい蹴りしてんな。
「おい、川に入ったら死ぬぞ」
「離せ!タロウを助けるんだ!」
「おい!こっち見ろ」
いい面で睨むじゃねえか。
「いいか坊主、死ぬってのは、大好きな父ちゃんや母ちゃんにもう会えなくなるってことだ。友達とも会えねえし、上手い飯も食えなくな」
「離せよクソオヤジ!」
腕噛みやがった。
……震えてやがる。
すぐに飛び込まなかったってことは、一応はわかってんのか。
「離ぜよ」
立ち尽くして泣き喚いているだけなら無視しようと思ったけどよ。
ガキにここまでやられて、
「ここで待ってろクソガキ」
みせれなきゃ男が廃るってもんだろ!
「あ?ここは?」
気づいたら俺は、見渡す限り真っ白い世界にいた。
犬っころ助けるために飛び込んだとこまでしか思い出せねえ。
「俺はあんとき死んだのか?……なさけねえ」
「貴方にはこれから別の世界へと旅立って貰います」
若い女の声がした方へ向く。
一瞬光の中に人影が見えた気がするが、強烈な光ですぐに目をそらした。
目が痛え。
「貴方にはこれから別の世界へと旅立って貰います!」
「ああ?」
自分の不甲斐なさにイラついてた俺は、意味の分かんねえことをいう女にガン飛ばした。
目が焼けんぞこれ。
人影がビクッと動いた。
うしっ、もういいだろ涙出てきた。
「えっと……貴方にはこれから別の世界へと」
「聞いた、さっき聞いたっつうの」
押し黙りやがった。俺としたことが素人さん相手にやり過ぎたか。
「……かっ神です」
「は?」
「私は神様です!」
「あっああ」
「いいですか、私は神様なのよ」
「おっおう」
神さん相手にやり過ぎたらしいな、声の震えが尋常じゃねえ。
あれか?敬語とか使った方がいんだよな、苦手なんだよな俺。
「あー神さん、えっと俺、私は死んだんでごぜえますか」
「……そーなんじゃないのー」
えっとあれだ、スナックの姉ちゃんとかだと、とりあえず髪とか付けてるもんとか褒めりゃいんだよな。
「いくらガン飛ばしてもビビったりなんかしないわよ!だって私、神様だもん!」
違えよ、光強すぎて気合入れねえとそっちまともに見れねえんだよ。
結局、髪も装飾品も見えなかったけどよ。
適当に褒めっか。
でもな、適当なのがバレっと余計お怒んだよなスナックの姉ちゃん。
どうすっかな。
「あー神さん」
「カ・ミ・サ・マ」
「ああ神様」
「なんですか?なんかようですかー」
「あのよ、あーいや、そのあれだ、すごい光だな」
無理があるか?
「……すごいってどこら辺がよ」
おっ。
「あーわりい学がなくてよ、なんだ『ゴコウ』だっけ?それがすげえなと」
「……中々見る目はあるようね。ふふふっ私ちょっと『後光』には拘りがあるの。これね、すんごく高いやつなのお給料3か月分よ!もう廃盤のハイパーなやつなんですから、しかもより高出力に改造済み!天界広しと言えど私より強い『後光』を持っている神はいないわね」
「おっおう、すげえな」
「でしょ」
あーなんだっけな若い衆が言ってたな、あれだドヤ顔だ。
絶対してんな。
「しょうがないですね、貴方でもわかるように説明してあげます。よく聞いてくださいね」
「おう頼むわ」
チョロイな。
「貴方は死にました。今は魂だけの状態です」
「おう」
「これから今まで生きてきた世界とは全く違う世界でもう一度『タツゴロウ』として生きてもらいます」
「俺として?」
「そうです。記憶や知識を持ったまま別世界で生まれ直すのです」
「体はどうなんだ?」
「それは生まれてからのお楽しみです!」
「もしかして女なのか?」
「ちっ違いますよ、そっそんな誰でも思いつきそうな転生、私がやるわけないじゃない」
なんか悪いことしたな。
「今は私のターンです。余計な質問とかしないでください」
「申し訳ねえ、黙って聞くから続けてくれや」
「ゴホン、では……どこまで説明したか忘れたわ、何か質問あるかしら?」
「あー特にねえな」
「ないの!?もしかして貴方……転生ものストーリー読んだことない?」
「本か?ねえな」
「(パンピーかよ)」
小声で聞こえたんだが、まあ神さんからしたら俺もパンピーか。
あっそういや。
「質問なんだけどよ」
「なになに!?」
「俺は『地獄』へ行くんじゃねえのか?」
「あーそういう質問するのね(パンピーは)。いいわ、答えてあげる。貴方が今から行く世界は『地獄』ではないわ」
「あるにはあんのか?」
「地球で言われているところの『地獄』。それを再現した世界は確かにあるわ。『閻魔大王』役は結構人気がある職なのよ」
「自分で言うのもなんだけどよ。あるなら俺はそこに行った方がいいんじゃねえかと。じゃねえとほら他のもんにシメシがつかねえだろ」
「嫌よ。『罪人=地獄への転生』だなんてそんな使い古された転生。私は認めないわ(オリジナリティの欠片もないじゃない)。安心なさい、きっちりと相応の罰は受けて貰うから。大船に乗った気持ちでいなさい」
「わかった。答えてくれてありがとよ」
正直、泥船な気がするけど、まあ俺にはちょうどいいわな。
「やってくれや」
「待って、貴方が行く世界は魔物あり魔法なしよ。特にチート能力はないわ。現地の言葉は自分で覚えてね。貴方がするとは思えないけど知識チートは防止させて貰います」
「わりい、ちょっと意味が」
「いいのよ。これはテンプレなの」
「そうか……わりい神様、質問ねえって言ったけどよ。最後に一つだけ教えてくれねえか」
「いいわよ」
「あー俺が助けようとした犬っころ、やっぱ死んじまったのか?」
「それでは有意義な異世界ライフを!」
「ちょっ……」
会話も意識も突然、ブツッと切られた。
―――――転生の女神 視点――――――
もうやればできるじゃないの。期待通りだったわ!
絶対に命をかけて助けようとしたものの最後を聞くと思ってたのよ。
そして、それを敢えて答えない私、ふふっ。
アイツは救えなかったと思い悔いるはずだわ。
その心はこれからの転生先での行動に少なからず影響を与えるはず。
きっと転生先で「今度こそは!」みたいなことが起っちゃうのよ。
くーいいわ、この王道展開。
前世で救えなかった命を転生先で救っていく。
罪人の転生としても最高だし、物語も面白くなるわで、もう一石二鳥よ!
アイツの記憶消してよかったわー。
えー私が消しました素語らしい仕事したと思う!
それにね、まだあるの。
実は一石三鳥なのよ!
アイツには見せないけど『あの日のできごと』っていう動画、作ったわ。
消去した記憶と地球の管理神が記録用に撮っていた動画、二つを切り貼りしてして編集したの。
あのね、少年と犬が中々にいいキャラしてたの!
掘り下げてみたわ。
後、私も見てビックリしたんだけど、アイツが頑張っているときに神様同士のガチバトルが繰り広げられてたの。
ちょっとした大人の都合とファン心に負けて残したわ。
これをね、ふふふっアイツの転生物語が始まる前に流すのよ。
ちょっと流してみるわね。
実はこの後光、映像を投射するプロジェクターにもなってるのよ。
すごいでしょー。
あっ一応言っておくけど、タツゴロウっていうのは、あのや○さんの男ね。
アーアーアーよし、ばっちこい!
女神の後光が色を変えた。
映像が投射される。
映しだされた像の前で紙の束をめくりながら転生の女神が声をあてる。
―――――あの日のできごと ナレーション 美人女神――――――
少年は、大雨が降っているため散歩に行くのはやめなさい、という親の言葉を聞かなかった。
犬のタロウは「ワウウ」といい少年の散歩に付き合うことを決めた。
記録的豪雨にはしゃぐ少年。
それを暖かく見守るタロウ。
少年は言った。
「タロウ!川見に行こう!きっとすごいことになってるぜ」
「ワウワウ!」
少年は強引にタロウを引きづり川へと向かった。
タロウの制止の声は届かなかった。
道中タロウはお気に入りの散歩紐が千切れんばかりに抵抗した。
しかし、それでも少年は止まってくれなかった。
「ワウ」
タロウは少年を守る決意を静かに固めるのであった。
「うわ、すげえ」
「ガウウウ」
感嘆の声を漏らしながら少年は川に近付く。
タロウは少年のレインコートに後ろから噛みつき、近づかせないように踏ん張った。
しかし、少年はサッとレインコートを脱ぎ捨てタロウの拘束から逃れた。
少年の得意げな顔が非常にイラっとくる。
川へ向かい走る少年に、追うタロウ。
少年はタロウに捕まらないように後ろを見ながら猛ダッシュ。
そのまま川へドボン!
加速するタロウ。
そして、一瞬の躊躇もなく少年を助けるべくジャンプ。
少年の元へドンピシャの着水、100点満点。
少年の襟元を加え、渾身の首の一捻りで少年を投げ飛ばすタロウ。
なんとそれが岸へと届く、凄すぎるわタロウ!
少年の無事を確認し、自身の生き残る術を探すタロウ。
岸とは反対方向の斜め前方に木の杭を発見。
激流に上手く乗りお気に入りの紐を杭にかけることに成功!
岸を目指さずに杭を選択……凄いわ死神のトラップを神回避よ、流石タロウ!
しかし、タロウの健闘もここまで……後は運命に身を任せることに。
(タツゴロウが川へ駆け出すとこまでちょっと飛ばすわね)
「離ぜよ」
涙を流しながら必死に家族である愛犬タロウを助けに行こうとする少年。
罪悪感が半端なさそうである。
少年の男気で、男タツゴロウに火が付く。
「ここで待ってろクソガキ」
タツゴロウは上着を脱ぎ靴を脱ぎ捨てながら川へ向かって駆けた。
タツゴロウは思ったという。
『俺も真面目に生きてりゃ今あのくらいのガキがいたはずなんだよな』
燃えるタツゴロウ、あのガキに男の背中を魅せてヤレ!
川へジャンプ&着水。うーん45点。
急流を切って進むパワースイム!
着水地点の不利を力技でなしにする、熱い、この男泳ぎも熱い!
しかし、ここで死神のトラップ発動。
大きな割れたガラスが流れに乗って勢い良くタツゴロウの背中へ突き刺さる。
「うおおおおおおおおおおお」
叫んで気合一発、それだけで自身に訪れるはずだった死を無視するタツゴロウ。
死神の悔し涙がとまらない!
そして、
「おい、犬っころまだ生きてるだろうな」
「……ワウ」
「よし、ガキんちょが待ってんぞ死ぬな」
「……ワウ……」
タロウを抱え、岸まで泳ぎ始めるタツゴロウ。
(ここから少し場外乱闘よ)
タツゴロウから50メートル程先の川の上流、その水面に降り立つものがいた。
黒いローブで身を包み大きな鎌を手に持った、身長は165センチ位の男。
銀色の髪に少し幼さが残る顔をしている。
陰湿な笑みを浮かべ、タツゴロウとタロウに近付いていく。
死神ご本人の登場です!
鎌で直接仕留めるつもりね。
死神がトラップを仕掛けて死を齎すのはグレーゾーン。
安全な世界だと個体数が増え過ぎてしまうため、ある程度は黙認されている。
特に地球の場合は、管理神が『死亡フラグっていいよね』とかいう素敵な神なのでトラップは結構ある。
でもこれは完全なルール違反。
だから、彼らをあたたかく見守っていた神が……ブチ切れたわ!
死神の目の前に突如ラケットを持った男が現れる。
白いポロシャツに半ズボン、頭のハチマキはためかし、右手持ったラケットは今日も真っ赤に燃えている。
『アイツの転生は絶対俺がやる』
担当したい情熱で自分の名前も天界のルールすらも変えた男。
天界一の熱い転生神。
その名を『アツクナレヨ』、通称『アツナレ』の乱入よ!
「熱くなれよおおおおおお!」
アツナレが叫びながらラケットを振った。
突然の攻撃に反応できず、まともにくらってしまった死神は、鎌もろとも吹き飛ばされた。
鎌が跡形もなく燃えてなくなり、死神も火に包まれた。
アツナレ必殺『轟熱スマッシュ』炸裂よ!
スマッシュの後に飛び散る汗で暑苦しさが更に倍増するの。
身を焼かれながらも立ち上がった死神。
持っていた鎌がなくなっていることに気付いたためか眉間に皺が寄る。
しかし、すぐにうす気味悪い笑みを浮かべた。
ダメージはあまりなさそうね。
次々に繰り出されるアツナレの攻撃。
死神はそれをあっさりとかわして、アツナレを殴り飛ばしていく。
「いい拳、持ってるじゃないか」
「そうだ。それでいいんだ。俺にもっとぶつけてこい」
「もっとこいよ」
「もっと、もっとだよ。お前の一番を俺に見せてみろよ」
「もっとやれんだろ、熱く、熱くなれよ」
「熱くなれよおおおおおお!」
心底嫌そうな顔しているわあの死神。
最初に鎌を燃やされたが痛かったわね。
「もういい加減うざいんで、オジサンさっさと死んで転生してくれませんか?この僕に勝つ気なんですか?ムーリー僕に勝てる奴なんているわけないじゃないですか。バカなんですか?あっごめんなさい本当のこと言っちゃって。それよりそこの人間と犬、さっさと殺したいんですよ。僕の完ぺきなトラップで死なないとか可笑しいじゃないですか。だからさっさと転生してくださいよ」
完全になめられてるわね。
まあ所詮アツナレなんてただの暑苦しいだけの転生神よ。
それより今の発言でタロウくんにも手を出すことが確定したのがポイントよ!
この死神勇者だったのね。
「鎌がないからしょうがないですね。コレできる死神3人しかいないんですよ。よかったですねオジサン、転生後に自慢できますよ。なんて僕って優しいんだろ、そう思いません?」
大気が震えている気がするわ。
これは私が効果音を付けるべきね『ゴゴゴゴゴ』。
どこからともなく黒い煙が現れ死神の周囲に集まっていく。
死神が集めた煙をドンドンと吸い込んでいく。
こっこれはまさか!?噂でしか聞いたことがない上級死神の秘技その名も……
ペッ
噛みちぎった死神の喉元を吐きだし、彼は何も言わずに渋谷駅へと帰って行った。
膝から崩れ落ち倒れる死神。
その体は黒い光の粒になって消えていった……。
終わったーカンカンカン。
やっぱり彼は怒っていた!
『戦獣王』の異名は伊達じゃないのよキャー!
言い忘れたけどこの戦い、地球の管理神が天界ネットに『日本で忠犬にってあるわけないじゃない!』ってタイトルでアップロードして、30万再生突破がアッという間だったわ。
彼が登場する他の動画タイトルを少し紹介すると、
『ケルベロスを不当解雇して冥界がなくなった日のまとめ』
『戦獣王の遠征範囲検証用まとめ動画 ~ どこまで来てくれますか? ~』
『戦獣王の守備範囲検証用まとめ動画 ~ どこまでがお犬様ですか? ~』
『ペッ まとめ動画』
『ニャアニャア星で忠猫に喧嘩を売った者の末路 猫でも守って貰えるニャ!』
『戦獣王の守備範囲再検証用まとめ動画 ~ 大事なのは忠義なんですよね? ~』
分かって貰えたかしら、この死神の勇者(笑)っぷりが。
(元の話に戻るわ ここから先のナレーション原稿はアツナレ監修よ)
タロウを抱え、無事、岸まで泳ぎ着いたタツゴロウ。
死神のトラップによって負った背中の傷は、それ自体が致命傷で立っていることなどできないはずである。
ましてやタロウを救出して岸に戻る間に多くの血を流している。
タツゴロウは死んでいてもおかしくない状態であった。
岸にたどり着いたタツゴロウ達の元へ少年が駆け寄る。
少年はタツゴロウからタロウを受け取り抱きしめながら泣く。
「タロウ……ごめんねタロウ……ごめんね……」
「……ワウ……」
タツゴロウは、川に飛び込む際に脱いだ上着、黒のジャケットを取りに行った。
怪我をしている背中を少年に見せないよう気をつけながら移動した。
ジャケットに入れてあった携帯でヤスを呼び出す。
「若頭!どこいるんすか自分めっちゃ探したんすよ」
「ヤス命令だ。今から言うところに車で即行で来い!」
「うす!」
「……」
「そこなら近いっす、すぐ行けやす!」
「来たらガキと犬がいるからよ、乗っけて動物病院まで直行しろ、いいな!」
「うっす!」
「俺はちょっと散歩行くからよ、ちゃんとやれよ」
「了解っす。早く帰って来てくださいよ、俺さっきのやつらにビシっとっすね」
「あーわかったわかった、今度な。早く来い」
「うす!」
タツゴロウは電話を切った。
『今まで何度も無茶をやった。刺された回数なんて思いだせねえ。受けた鉛玉の数なんざ覚えちゃいねえ。何度も死を覚悟した。その都度俺は超えてきた。だがよ、こりゃ無理だ。少しでも気を抜けば持ってかれる。そしたら終わり、もう戻ってこれねえ。いや、今、生きていることすら意味がわかんねえ』
彼は過去の経験から自分の現状を正確に把握できていた。
『死ぬのは別に構わねえ。そんな覚悟当の昔に決めてあんよ。けどよ、今は駄目だろうが。こんなもんをガキに背負わせる気か?冗談じゃねえ!俺はガキの前で勝手にかっこつけただけなんだよ』
これがタツゴロウが少年の前で死ねない理由だった。
それ以上にタツゴロウには少年の前で死にたくない理由があった。
『男が一回かっこつけたんだ。だからよ俺は最後までかっこつけてえんだよ。頼むからよ、最後までかっこつけさせてくれよ……男はかっこつけてなんぼだろが!』
タツゴロウは心で吠え、気を入れ直してジャケットを羽織った。
そして、タロウを抱きしめている少年のもとへ歩み寄った。
「おいクソガキ、ここに黒い車に乗ったヤスって奴が来る。そいつと一緒に動物病院へ行け、いいな」
「え?う、うん。わかった」
「よし」
「え?あのおじちゃんは?」
「ワン!」
「タロウ?」
少年に気付かれてはいけない。
黒のジャケットは男の傷を覆い隠す。
どしゃ降りの雨は赤い血を流してくれる。
分厚い雲で覆われ陽の当らない世界は、男の半生を表しているかのようだった。
『最高の舞台じゃねえか』
男タツゴロウ、最後の晴れ舞台。
男の花道。
「じゃあな、クソガキ……いい男になれよ」
踵を返し背を少年へと向ける。
何事もなかったかのように、ピンと張った背中をみせる。
その背を揺らさぬよう歩く。
「ありがとうおじちゃん!」
振り返らず右手を軽く頭の横まで上げ返事とする。
上着からタバコを取り出す。
キンッ……ボッ……ジジ
今この場には着飾る雨しかいらない。
無粋な雨など似合わない。
一口ゆっくり吸って煙を吐き出す。
途端意識が飛びそうになる。
「ワン!」
少し口角が上がる。
そして、何事もなかったかのように歩く。
できるだけかっこ良く。
できる限りかっこつけて。
少年の視界から消えるまで、男の花道は続いた……
―――――あの日のできごと 完 ――――――
男の物語は続いていた。
彼の最後に歩んだ道。
その道の先は、女の花道へと繋がっていた……
『若頭の俺が異世界で目覚めたら女だった ~ 背中で語る女の花道 ~』
これがやりたかったのよ!
物語の導入としていいと思うの!
姉御って呼ばれやすいように、赤髪で褐色の肌したボンキュッボンのお姉さんボディも用意したわ。
でもやらない、絶対やらないわ!
転生者に転生先を当てられるとか、私の転生神としてのプライドが許さない!
んーでもどうしようかしら。
一応アイツ罪人だから天界の掟で、ハードモードな転生にしなきゃいけないのよ。だから、チートもなし、魔法もなし。
転生できる世界もある程度決まっていて、転生先の世界で生態系ピラミッドの下位じゃなきゃダメなの。
予定していた世界だと人族は家畜扱いされている世界だったから女転生でOKだったわけ。
新しい種族を作るのもダメ。新種チート扱いで罪人には適用できない。
変えられるとしたら、既存のどの生物に転生させるかっていうとこくらいかしら。
生物図鑑(創造神が作成した仕様書)と睨めっこして決めるしかないかしら。
あーキツイわー
んー……。
―――――タツゴロウ 視点――――――
随分なげえこと、寝ていた気がする。
目を開けると……ああ?水の中じゃねえか。
神さんのあの感じからいって、てっきり女に生まれんのかと思ってたんだが、こりゃなんだ?
息は……苦しくねえな。
手は動くな……あ?目の前に持ってくることができねえぞ。
足も同じだ。
ちょっと待て、おいおいふざけんな、ありゃなんだ?
ハッ夏祭りでよくやったな金魚すくい……こんな山みたいにデカイのはいなかったけどよ!
逃げなきゃマジんじゃねえかオイ。
俺は必死に泳いだ、できるだけ離れようと。
だけど、怪物金魚が近付いてきたら水の流れが変わっちまって、為す術もなく流された。
流されている途中、バカでかい目玉の前を通った。
目玉にはハッキリと俺の姿が映っていた。
俺は青い体に緑の縞々が入った、色以外は特に何も特徴のない普通の『魚』だった。
あれか「ギョ」っとかいえば満足なのかこの野郎!
―――――転生の女神 視点――――――
イエス!「ギョ」いただきました!
いいわーやっぱアイツ、知っているテンプレは外さないわね。
とりあえず、まずはこのタツゴロウの転生物語。
そのタイトルをどーん!
『若頭の俺が異世界で目覚めたら魚だった ~ 背びれで語る男の花道 ~』
どうよ!
もうね、難産だったわー暫く図艦は見たくないわ。
それにしても、かなり苦労して『魚』に決めたのに、アイツいきなり『水の中』って言っちゃってさ。
そこは、もうちょっと引っ張って欲しかったわ。
あっその水中発言で『タツゴロウ』だから『タツノオトシゴ』だと思った?
ふふふっ残念でした。
『タツノオトシゴ』に似た水中生物もいたんだけど、魚ではなくて竜扱いだったからやめたわ。
まあ魚だったとしても強そうだから選ばなかったけどね。
ちょっと『ムツゴロウ』にするかは本気で悩んだの。
でも『タツゴロウ VS ムツゴロウ』が観たくてやめたわ。
我ながらいい判断だったと思うの!
アイツが転生した『魚』についてなんだけど……実は『出世魚』なの!
あの世界の『出世魚』は名前が変わるだけじゃないのよ。
本当に魚が出世するの。
会社みたいに役職があって出世していくのよ。
もちろん『若頭』もあるわよ~。
それでね、出世すると生物として進化までできるの。
もう図艦で見つけたときはこれだ!ってなったわ。
そのときに思いついたんだけど、
『他の魚たちを蹴落とし出世街道を行くエリート魚 VS 他の魚たちに背びれを魅せて男の花道を行くタツゴロウ』
この対立構図……ドヤっ。
あー頑張って転生の女神に再就職してよかったわー。
後、個人的に楽しみにしているのは、やっぱり『若頭』時代ね。
『若頭』になると、全長3メートルで外見が『ブリ』みたいになるのよ。
その頃には群れを率いているはずだから、リーダーとして天敵である『ジャイアント岩飛びペンギン』と熱いバトルを繰り広げるのよ!
「ぺー」
「ギョギョー」
いいわ、すごく見たいわ!
可愛いペンギンが天敵とか、これは映像化もいけるんじゃないかしら。
そして、タツゴロウはライバルペンギンとの戦いの末、天敵と書いて友と読む関係になるのよ!
「……ペー」
「……ギョギョ」
熱いわ!やっぱ男の友情必要よね!
いやーいい仕事した私!
さてタツゴロウはどうなったかしら?
もうピンチになっている魚助けて子分にしているかしら?
勿論名前はヤスよね。
あれ?タツゴロウどこいったのかしら?
どこまで流されたのよアイツ。
まったく私が知らないとこで面白展開になってたらどうするのよ。
どこ?どこよタツゴロウー!
これは、地球の転生ものが大好きでコネを捏ね繰り回して転生神に再就職した女神のお話。
機会がありましたらまたお会いしましょう。
追伸
タツゴロウは死んでおりませんので、ご心配なく。
ただし、『最初は一匹オオカミ。そこから成り上がっていくのよ!』と群れから離され、1匹の状態で転生した全長1ミリメートルのタツゴロウが、罪人の転生で使われるハードモードの世界で生きていけるのかは分かりませんが……。
お読みいただきありがとうございます。