第9話 ファリスの依頼
遅くなりました。
ごめんなさい。
NPCの整備員が放った砲弾が、艦橋に直撃するのを確認したアルトリアは思わず寝そべったままガッツポーズをした。艦橋をつぶされた駆逐艦は、操舵不能に陥り、大きく面舵を取りながら岩礁帯へ自ら突っ込んで爆散した。
敵駆逐艦が派手な爆発を起こして燃え上ると同時に、ウィンドウが目の前に開きメッセージが表示された。
―――駆逐艦『羽風』を拿捕いたしました。拿捕された船は、近場のガレージへ送還されます。
「うわ。マジかぁー」
ソラハシャではプレーヤーが撃沈された場合に、一定の確率で装備、および艦船一式が相手に拿捕することがある。
もっともドロップで失われることは少ない。
ソラハシャでは基本、どのフィールドでもPKが可能であるため、始めたばかりのルーキーが何隻も戦艦を保有する艦隊と遭遇することもあり得る。そのため、撃沈されたとしても、戦力比によってドロップするかどうかが変わり、劣勢のプレーヤーが優勢のプレーヤーを完全に撃沈した場合にのみドロップする。
今回の場合は、武装もない『あるぜんちな丸』に重巡並みの艦砲を持つ駆逐艦で挑み、敗北したためドロップしたのだろう。
「ま、貰えるのであれば遠慮なく貰うけどね」
ルーキーを襲うセコイ連中だ。今までの行為に対する天罰だろうとアルトリアの良心はちっとも痛まなかった。
アルトリアは了解のボタンを押してウィンドウを閉じると、迎えに来た内火艇に乗り込み『あるぜんちな丸』への帰路に着いた。
◇
ファリス星系内宇宙交易ステーション『アリエスⅠ』
バラセラバル星系の宇宙ステーションに比べれば小規模なステーション『アリエスⅠ』の港に一隻の船が入港した。白銀の船体には、激しい戦闘を思わせる傷跡が残っている。アルトリア所有の『あるぜんちな丸』だ。
港で完全に停止すると周囲からアームが起動し、船体を固定した。
「ほう。これがお前の船か!!アルトリア!!」
『あるぜんちな丸』から降りてきたアルトリアを豪快な笑い声が出迎える。油汚れの目立つツナギを着た彼はファリス星系でそれなりに有名な腕の良い【修理屋】だ。アルトリア自身も何回か世話になった。今回は撃たれた箇所の修理の為に連絡をしていた。
「久しぶりね。修理屋」
「おう。にしても、えらくデカい船を持ってきたなぁ。普段の戦闘機とはえれぇ違いじゃねぇか」
「まぁ、ね。それで修理は出来そう?」
「ちょっと待て」
アルトリアに急かされた修理屋は、『あるぜんちな丸』の船体に手を触れてウィンドウを表示させる。
「なになに、こりゃ、あれか?星系戦の報酬か?」
「そう。ちなみに戦績は雷撃部門3位」
「そりゃすげ。戦艦でも落としたのか?」
「まぁね」
「しっかしひでぇな。この耐久値でエンジンが動くなんて奇跡だぞ」
表示されているのは、『あるぜんちな丸』のダメージ評価で、レーザー砲をかすった部分は完全に機能が死んでいた。また掠った区画には、燃料槽が設置されており、もし数センチでもずれていたら撃沈されていたのは『あるぜんちな丸』だっただろう。
「へたすると、エンジンを取り換えねぇと駄目だな」
「どれくらい掛かりそう?」
「うーん。部品が揃えばだが、およそ一週間だな。現実時間で」
「ちなみに費用は?」
「市場の相場にもよるが、およそ三千万クレジットって所か」
「三千万か。わかった。なら修理をお願いね」
「おう!!」
修理屋から提示された金額に頷くと、アルトリアはそのまま『あるぜんちな丸』の艦橋へ戻り、副長にその旨を説明した。
「わかりました。では船員は一度解雇して、また集めなおすのがいいでしょう」
ソラハシャでは、NPCであろうとも雇用費用がかかる。そのため、今回のようにしばらく艦を動かさせない時は一度全員を解雇して、経費を削減して出港の日にまた集めるのが普通だ。
解雇や雇用は、ステーションの宇宙人材課という部署に行けば簡単に行える。また人材の取り置きもできるため、一度雇ったNPCを次の機会までしばらく待機させておくこともできる。またNPCだけではなく、プレーヤーも雇用できるシステムになっている。
もっともプレーヤーの殆どは一時的雇用の【傭兵】に近く、一度の仕事ごとに契約の更新が必要となり、契約内容も要相談となっている。
「そうね。じゃ明日手続きをしておくから、一週間後ここで会いましょう」
「わかりました」
副長との話が終わると、アルトリアは待機していたメイビスを連れて、惑星ファリスへと降りることにした。
「どこに行くの?アルちゃん?」
「いや、特に決めているわけじゃないんだけどね。『あるぜんちな丸』は修理に時間もかかるし、メイビスってまだ惑星に行ったことないでしょ?」
チュートリアルを真面目にクリアしていれば、バラセラバルの地上で受注しなければならないミッションもあったのだが、メイビスはすっ飛ばしている。地上に降りたことがないのに、ゲームを初めて数日足らずで、海賊船との戦闘を経験するなどそうありえない状況なのだ。
「市場へ行こうかと思うけど、どうかな?チュートリアルでいくらかお金ももらっているはずだし、服か何か買おうよ」
「へーそんなのがあるんだ」
「うん」
アルトリアは、『アリエスⅠ』のシャトル発着場へと向かうことにした。バラセラバルと異なり、ファリスには機動エレベーターが建設されておらず、宇宙ステーションと地上の行き来にはマスドライバーとシャトルが使用されている。
常に十数機のシャトルが離着陸をしている。
発着場のロビーには、私服のNPCやパイロットスーツのプレーヤーが各々シャトルを待っていた。
「次のシャトルは五分後か。二番ゲートだね」
駅の電光掲示板をみて時刻を確認する。目的の都市へと向かうシャトルはすでに搭乗が始まっているようだ。
それを確認した二人は、小走りでゲートへ向かった。
◇
旅客機を数倍大きくしたようなシャトルの座席に座ると、周囲から何とも言えない視線を向けられることになった。
ソラハシャは比較的女性率の低いゲームだ。NPCは多くいるが、キャラクターネームが表示される女性はなかなかに少ない。その珍しい女性プレーヤー、しかもアバターとはいえ、一人はクール系の美少女で、もう片方が小動物のようなかわいらしい美少女の二人が乗り込んで来たら、それはもう注目の的になるだろう。
アルトリアは比較的そのあたりの感覚には無頓着で気にすることはなかったが、そのような図太い神経を持ち合わせていないメイビスには、気になって仕方なかった。
「ア、アルちゃん。周りの人から見られてるんだけど?」
「あー。気にしたらたら負けよ。地上に降りたら帽子でも買う?」
最もメイビスの少女らしい体は、帽子で顔を隠したくらいでは意味も無いだろうが。
アルトリアはそう言ったものの、メイビスは落ち着かなさそうにしていた。
<本日はファリス宇宙シャトルをご利用いただきまして誠にありがとうございます。本機は第一都市行きシャトル347便です。第二都市、第三都市には参りませんのでご注意ください。もう間もなくの離陸となります。お座席にお座りの際はシートベルトをご確認ください>
機内アナウンスが流れるとアルトリアはメイビスを伴って、他のプレーヤーたちから少し離れた隅の席に腰かけた。
「ねぇ、アルちゃん。第一都市って?」
「今から行くのが第一都市なんだけど、ファリスの首都みたいなところかな」
ファリスに始まるすべての惑星には、大きく分けて三つの機能を持った都市が存在する。
まずは第一都市。これは行政区画で政府機関が存在し、NPCの就職の斡旋やミッションの受領、プレーヤーの職業変更などが行える。また、艦船以外のアイテムや武器の購入ができる大きな市場もある。
次に第二都市。ここは造船関係の店や、プレーヤーメイドの装備や中古品を扱う商店街が立ち並んでいる。艦砲や船体、推進器や艦載機などの装備はここで揃えることができる。
最後の第三都市は、所謂スラム街で特殊なミッション、密輸系や暗殺系ミッションを受けることができる。この闇取引とも呼ばれるミッションは、報酬はバカ高いが、もしほかのプレーヤーやNPCに露見した場合、賞金を懸けられ追われることになる。難易度の低い物であれば小遣い稼ぎにはなるが、破産するリスクを考えると手堅く商売や海賊狩りで稼いだ方がいい。
「あ、メイビスは一人で第三都市に行ったら駄目だからね。あそこは結構ヤバい人たちが多いから、あっという間に身ぐるみはがされて、口座がすっからかんになるよ。まぁ、被害者になろうが、加害者になろうがそれもプレイのやり方だからいいんだけどね」
「う、うん。気をつける」
アルトリアの言葉に頬を引きつらせながらメイビスが頷いた。
◇
<間もなく第一都市シャトル港へ到着いたします。ご利用誠にありがとうござました。お降りの際はお忘れ物にご注意ください>
「さて、ついたついた」
およそ二十分ほどフライトを終えたシャトルは、特にトラブルもなく第一都市へと到着した。
降りた二人が初めに感じたのは、しとしとと降り注ぐ雨だった。曇天が空一面を覆い尽くし、日光が遮られているため周囲は薄暗い。
「あちゃー。天気予報見るの忘れてた」
「うわ、ちゃんと水に触れた感触がわかるんだ」
「そのあたりのシステムはしっかりしてるから」
メイビスがバスターミナルの軒下から手をさして出してそう言った。一層激しくなった雨の雫げ、お椀のように合わせた両手にたまっていた。
「さて、雨の中歩くのも嫌だし、タクシーでも呼ぼうか」
アルトリアがバスの時刻表の隣にあるパネルにタッチすると、真上にある建物の中からタイヤが付いた四輪のタクシーがクレーンに掴まれて降りてきた。
自動で開いたドアから乗ると
「市場へお願い」
<了解しました>
無機質な女性の声で返事が返事をすると、タクシーが自動でゆっくりと進み始めた。
◇
「で?これはどういう状況?」
「えーと」
アルトリアは不機嫌な表情を浮かべて腕を組んでいた。その視線にメイビスがビクッと肩を震わせた。その後ろには、無精ひげを生やしたみすぼらしいおっさんがメイビスの背に隠れるように立っていた。
事の始まりは、メイビスとアルトリアがショッピングを一通り終えた後に、通信を受け取ったことからだ。音声通信のみで副長と書かれたウィンドウが表示される。
<すみません。船長。今お時間良いですか?>
「どうしたの、副長?」
<はい。先ほど船長保有のドックに鹵獲した駆逐艦『羽風』が到着いたしました。受け取りに際してファリスの軍事管理部門で所有申請が必要との事で、ご連絡をしました>
「なるほど。わかった。こっちで手続きやっておくので必要なデーターを私の端末へ送って」
<お手数をおかけします。今、そちらに転送しましたのでお願いします>
「大丈夫。気にしないで」
ドロップした艦は、持ち主が自分であると政府に届け出をしなくては、出港の許可が下りないのだ。
副長との通信を終えたアルトリアは、到着した駆逐艦の所有書類を政府の役所へ出しに行くことにした。
「ごめん。メイビス。ちょっと用事が出来た。役所に行ってくるけどそのあたりしばらく見て回る?」
「そうだね。雨も上がったし、何かおいしい物でもないか見て回りたいかなぁ」
「なら、東の1番通りにおいしいスイーツのお店があるよ。―――そ・れ・か・ら、ここは第三都市みたいに治安が悪いわけではないけど、くれぐれも裏路地には入らないでね。時々面倒なイベントが起きることがあるから」
スラム街の第三都市に比べて、巡回の警察などが多い第一都市でも大通りを離れると危険はついて回る。騙されて金をだまし取られるぐらいならばまだいい。最悪、搭乗機を盗まれる可能性がある。
指を突き付けて注意をするアルトリアに
「大丈夫だよ。アルちゃんは心配性だねぇ」
メイビスが頼りない笑顔で答えた。
なんとなく嫌な予感がしていたアルトリアだったが、こういう場合悪い予感に限って的中するのだ。
「で!?メイビス!!その後ろのおっさん誰!?」
「えーっと。誰だろ?」
「そこで、あんたが首かしげてどうすのよ!!」
「あ、ドナルド・レーガンさんだって」
「喋れるなら、ちゃんと名乗れ!!」
メイビスにおっさんがコソコソと耳打ちをする。
150㎝無いメイビスの後ろに180㎝近い大男が身を隠しているという何ともシュールな絵に、さすがのアルトリアも突っ込まざるを得なかった。
「どこで拾ったの?」
「そこの路地で倒れてたの」
指さす先にはゴミは散らかっていないが、電灯もなく見通しの悪い薄暗い路地があった。何とも怪しい場所だ。
アルトリアは、無表情でその裏路地へおっさんを指さしてこう言った。
「戻してきなさい」
「そんなぁ」
「わけのわからないモン拾ってくるんじゃありません!!」
「可哀そうだよぉ!!」
言い合いをしている二人の姿は、まるで捨て猫を拾ってきた子供と飼えないから返してくるようにと言っている親の様だった。
「だって、その人NPCじゃん!!しかも名前があるって、イベントのキーパーソンだよ」
みすぼらしいボロボロの服をまとったドナルド・レーガンという人物の頭の上には、NPCのマークが浮かんでいる。
絶対何かのイベントが始まっている。
「ねぇ、メイビス。このおっさんからなんか頼まれてない?」
「な、何も頼まれてないよ?」
思いっきり目をそらして、どこか遠い空を見上げるメイビス。
その姿を見たアルトリアは、深い深いため息をついた。すると、件のレーガン氏がメイビスの肩越しに顔を出して言った。
「あの、御嬢さん、メイビスちゃんをそこまで怒らないでやってください」
「誰のせいでこうなったと思っているのよ!?ーーーはぁ。で、レーガンさん。あなた何かしないといけないことがあるんでしょ?」
メイビスの後ろから出てきたレーガン氏に対して、アルトリアは今日何度目かの深いため息をついた。
一度、受けた依頼を放棄することも可能だが、名前ありのイベントは、報酬がいい。最もそれだけリスクも高いがそれは内容を聞いてからでも遅くはないだろう。
「レーガンさんね、ファリスの宇宙ステーションへ行きたいんだって」
「は?なら行けばいいじゃない。シャトル港ならここからタクシーですぐだよ」
なんだ、以外に楽じゃないか。メイビスの話を聞いて、これならタクシーとシャトルの代金だけで済みそうだとアルトリアが安心した時
「そ、そうなのですがね。私、指名手配されていまして」
レーガン氏のとんでもない発言に、呆然となるしかなかった。
仕事が立て込んでいるので今後は非常に不定期の投稿になります。
見守っていただけたら幸いです。
3/29 修正
『あるぜんちん丸』→『あるぜんちな丸』