第6話 『あるぜんちな丸』
説明文が多いです。
貨物船護衛のミッションを無事終えた次の日、アルトリアとメイビスは『あるぜんちな丸』の艦橋で次の予定を話し合っていた。
「まずは外宇宙に出よう。交易ステーション周辺はプレーヤーキルができない安全区域だけど、ミッションもクリアしたから留まる意味もないし」
アルトリアが言っているフィールドとは、他の星系から星系へ渡る際に通る惑星系に含まれない宇宙のことだ。
例えば、太陽系であれば太陽を中心に水金地火木土天海の八つの惑星が周回しているが、一番外周の海王星の周回軌道から内側が内宇宙、それ以降の海王星の周回軌道より外へ行くと外宇宙になる。
なので惑星から外された、準惑星の冥王星は太陽系の外宇宙を周回しているということになる。
また、フィールドではPKが可能になっている。
バラセラバル星系では、初心者が多いことも相まって、PKをすると攻撃したプレーヤーにはペナルティが課せられるが、フィールドに出てしまったらそれも無効になる。
「バラセラバルのドックとガレージを破棄して、私の本拠地のファリス星系に行こうか」
チュートリアルの最終ミッションである戦闘をクリアしたので、他の星系へ向かうのに必要なワープゲートの使用許可を得ていた。
それに、バラセラバルからファリスまでの航路は、比較的安全なので非武装の『あるぜんちな丸』でも移動が可能だと考えていし、さっさとアルトリアのよく知る星系に行きたかった。
「え?ガレージ破棄したら飛行機置くところなくならない?」
「あぁ。大丈夫。交易ステーションなら、どこでもレンタルのガレージが使えるし、アイテムも転送されるから問題ないよ。ただ、メイビスが初めてだから、地道にフィールドを渡らないといけないけどね」
一度行ったことのある場所であればポータルで移動することができるが、初めての場所はそうもいかない。
「ついでに『あるぜんちな丸』の乗り心地も試したいし」
「どれくらいかかるの?」
「大体ゲーム内の時間で六時間ぐらい?リアルなら三時間ってところかな。副長!!出港準備はできてる?」
「はい。船長。準備完了しております」
アルトリアの隣で待機していた副長の言葉にうなずくと、すぐに出港の指示を出した。
「『あるぜんちな丸』出港する!!針路ファリス星系、外宇宙交易ステーション『アリエスⅡ』」
「了解。針路ファリス星系。係留アーム解除。両舷始動」
船体を支えていたアームがゆっくりと離れ、リング内に収納されるのを確認すると、エンジンが起動する。『あるぜんちな丸』に搭載されたイオンエンジンがイオン粒子を吐き出す。
イオンエンジンは、瞬発力こそ燃焼エンジンに劣るが、最大速度やコストパフォーマンスにおいては勝っている。軍艦には向かないが、客船にぴったりのエンジンだった。
『あるぜんちな丸』がゆっくりとした速度でドッグを出港する。
<こちら、バラセラバル管制塔、『あるぜんちな丸』の出港を許可します。よい航海を>
バラセラバル内宇宙交易ステーションの管制官に、笑顔で見送られて出港した『あるぜんちな丸』は一路ファリス星系へと向かった。
◇
内宇宙を飛び出し、フィールドへ出ると間もなく前方に大きな三角形の装置が見えてきた。
「なにあれ!?」
「あれは、亜空間ゲート。星系と星系を結んでいて、およそ五万分の一の距離で移動することができるの」
一辺20㎞ほどの巨大な装置が正三角形を形作って並んでおり、三角形の中央部は青い粒子の奔流によって薄い膜のようなものが形成されている。隣の寄り添うようにいる小惑星には警備隊の港がある。
<こちら、亜空間ゲートコントロール。船籍と針路を告げられたし>
メイビスへ説明していると、亜空間ゲートの横に待機していた警備艇が『あるぜんちな丸』に並走する。
「こちら、バラセラバル船籍『あるぜんちな丸』。ファリス星系へと航行中です」
<……ただ今、亜空間ゲートの使用を受諾した。先方の船がタッチダウンするまで待機されよ>
「わかりました。ありがとうございます」
警備艇へ流れるような動作でオペレーターが返信する。ゲートから出てくる船が居るため、十分ほど待たされるとのことだった。
それを告げられた副長は、アルトリアとメイビスに向かっていこう言った。
「船長。ここは我々だけで大丈夫ですので展望デッキへ行かれてみては?」
「……そうだね。メイビスと船を見て回るから。もし何かあったら呼んで」
「了解しました。御ゆるりとお楽しみください」
副長の提案に、アルトリアは頷く。このまま十分も待つのは退屈だろうと彼なりに気を回してくれたのだろう。
アルトリアは、期待の表情を浮かべているメイビスを連れて船内を探検することにした。
どこへ行こうかと悩んでいたら、なぜかNPCに個室へ案内され、用意されていた服装に着替えることになった。
用意されていたのは、アルトリアが純白の船長服で、メイビスは黒を基調とした質素なドレスだった。
「なんか、格差あるよね」
「アルちゃんもにあってるよ」
つぶやきながらアルトリアはアイテムを選択して、鏡に写った姿を見る。今の服装では、髪が長いのでなんとか男装少女に見えなくはないが、人によっては少年にも見えそうだった。
それに対してアルトリアにジト目で見られているメイビスのドレスは、身長以外に恵まれた体をしっかりと生かして、男性プレーヤーが速攻で声をかけてきそうなほどの完成度を誇っていた。
納得は行かないものの、着替えた二人は最上階にある展望デッキ向かった。最上階に設置されたデッキは三百六十度ガラス張りで星々を余すところなく堪能することができる。周囲へ散らばる星々を観察していた。
しばらくして亜空間航行に入るとの連絡を受けると、NPCに案内されてショッピングモールを見て回ることにした。
「すごい!!町が船の中に入ってるよ!!」
十七階建ての『あるぜんちな丸』には中央七階ぶち抜きのモールがあり、古風なヨーロッパ建築が並んでいる。その建物の中には様々な洋服店や高級な菓子、アンティークなどのアイテムを扱うが店が並んでいた。
ウィンドウショッピングをしながら別の階へと降りてみると、そこにはカジノスペースが設けられていた。多彩なスロットマシンをはじめ、ディーラーがエスコートする各テーブルゲームなどは、本場外国のカジノをモデルにしているという。
初めての二人には、カジノのNPCが懇切丁寧に教えてくれた。おかげでクレジットをかなり使うはめになったのはご愛嬌だが。
その後船内を堪能した後、レストランへと向かった。
ソラハシャにおいて味覚は、非常に細かく再現されている。現実では高額であろう最高級のフルコースを遠慮もなく堪能した。
◇
<間もなく亜空間ゲートより離脱します。タッチダウン後ファリス星系まではおよそ30分を予定しております>
「よし。そろそろブリッジに上がろうか。さすがに入港の手続きは私がしないとだめだろうし」
「そうかー。あー楽しかった!!また乗せてね」
デザートのアイスを頬張り、幸せそうにしているメイビスにアルトリアは頷いた。
艦橋の中に入ると、副長が笑顔で二人を待っていた。
「いかがでしたか?お楽しみただけましたか?」
「ええ。船内の乗務員も非常に親切にしていただけました」
「ご飯がおいしかったよ」
「それはよかった」
副長は頷くと、アルトリアを船長席へ、メイビスを副長席へと案内した。
「これだけの船を止められるドッグ空いてたっけな?」
亜空間ゲートを抜け、通常宇宙へ復帰して初めてそのことに気がついた。ステーションの大型艦を収容できるドッグは数が限られている。それが使えるかどうかの確認を行っていなかったのだ。
「ご安心を。『アリエスⅡ』のコントロールにはすでに確認済みです。かなりの数の空きがあるそうです」
「そうなの?確か、大きなクランの輸送艦隊がいたはずだけど」
アルトリアのつぶやき聞いた副長がすぐさま答える。先を読んで仕事のできる副長にアルトリアとメイビスは感心した。しかし、ファリス星系は日本プレーヤーに人気の星系だ。空きがあることのほうが珍しい。
「どうやらこの宙域で海賊が現れたらしく、輸送部隊は別の星系へ中継地を移したようですね」
「まさか。ルーキー狙いの海賊?」
「そのようです。ワープゲートからタッチダウンしたところを襲撃しており、被害件数もかなりあるそうですが」
ここのゲートは、バラセラバルから来るプレーヤーのみが使用する。つまりここでを通る船の殆どが新人なのだ。
「そんなの【アルテミス】が許さないんじゃないの?」
「そうなんですが、どうやら今現在戦闘中のようでして、こんな偏狭の場所まで艦隊を派遣できないそうです」
副長の言葉を聞いて、考え込むアルトリアにメイビスが質問した。
「ところで【アルテミス】って何?」
「あぁ。【アルテミス】っていうのはね、【三大国】の一つで、この周辺を仕切ってるんだ」
「【三位一体】ってことはほかにも二つあるの?」
「そう。【アルテミス】【愛国者】【三毛猫海賊団】この三つを合わせて【三大国】って呼んでる。三つともそれぞれの職業を極めた人たちが運営するクランだよ」
ソラハシャには、個人ステータスがないという話をしたが、その代わりに職業や機体に特殊な能力や特典がある。
例えば現在メイビスは【無職】だが、アルトリアは【軍人】という職業についている。
アルトリアの【軍人】とい職業には、①部隊に編制されるとクラン以外の味方の位置でも、レーダーに表示される。②弾薬や燃料を安く受け取ることができる。③戦闘に参加すると一定の給金が手に入る。などがある。
ほかにも、【傭兵】【海賊】【修理屋】【警備兵】【整備士】【管制官】【技術者】など様々な職業が用意されている。
「へぇ。いろんなのが有るんだね」
「そう、しかも職業ごとにまとまってると恩恵が強いから、同じようなプレースタイルの人が詰まるんだよ。【三大国】はたしか、二千人ぐらい所属してるはずだよ。しかも惑星を持ってるし」
「惑星?惑星ってプレーヤーの所有物にできるの?」
「できるんだよねー。これが」
人間が生きるには、大気と水が必要になる。それらの基準を十分満たし、NPCやプレーヤーが地表面に存在することができる惑星を地球型惑星という。
この地球型惑星にプレーヤーは、バラセラバルのようなNPCが運営する『国』を作ることができ、それによる収入を得ることができる。
とはいえ、新星系を見つけるのでさえかなりのリスクが伴い、ましてレア度の高い地球型惑星を持つクランは全サーバーを見回しても一桁に留まる。
「惑星を見つけたとしても、ほかのプレーヤーに横取りされないように軍隊を常備しなきゃいけないし、NPCの移民を受け入れたとしても内政もしなきゃいけないし。めんどくさいんだけどね」
「それで【三大国】なんだ」
「そう。『国』があるおかげで資金も装備も潤沢なんだよ」
メイビスに説明をし終わった時、レーダーを見ていたオペレーターが叫び、艦橋に警告を示すサイレンが鳴り響いた。
「ぜ、前方の船舶から高エネルギー反応!!巡洋艦クラスのレーザーです!!」
「回避!!取り舵いっぱい!!右舷全速前進!!」
オペレーターの報告に、副長が怒鳴りながら指示を出す。操舵手が舵輪を勢いよく左へ切ると船体が大きく揺れ、船首がゆっくりと回頭する。
「レーザーきます!!」
「総員衝撃に備え!!」
巡洋艦が一瞬光る。次の瞬間、激しい爆発音と衝撃が船体を襲う。数人のクルーが席から投げ出され、うめき声をあげる。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫。メイビスは?」
「わ、私も大丈夫だよ!!」
「副長!!船体の状況は?」
船長席のにつかまっていたアルトリアが質問する。
「はい!!後部展望デッキをかすりましたが、航行には問題ありません!!消火作業も進行中です!!」
巡洋艦から放たれたレーザーは、回避運動を取っていた『あるぜんちな丸』の右舷をかすめていく。
直撃をしていないのに船体はレーザーの熱でどろどろに溶けていた。
「くそ!!ステーションへの連絡は!?」
「すでに行っております!!警備艦隊が到着するまでおよそ十分!!」
「一先ず船体をデブリ帯へ隠して!!これならレーザーが直撃する可能性は減る!!」
「了解!!」
どうやら、噂の新人狩りに出くわしたようだ。巡洋艦クラスの船を船足の遅い『あるぜんちな丸』では振り切ることは困難だろう。今は、小惑星や撃沈された船などのデブリに船体を隠してレーザーを遮っているが、これもいつまで続くか。
「副長、敵艦の識別はわかる?」
「申し訳ありません。こちらのレーダーは航路の安全確認を行うための民間のものでして、軍用レーダーほどの精度はありません」
「わかった。あの大きなステーションの残骸にまぎれてやり過ごそう」
『あるぜんちん丸』の向う前方に、どこから流れ着いたのか大きなステーションの残骸が漂っていた。その大きさはおよそ900m。200mそこらの『あるぜんちな丸』を隠すことは十分可能だろう。見つからないという保証もないがアルトリアには打開策が出来上がっていた。
「副長。内火艇ってあるよね」
「はい」
「すぐに準備して。それから、メイビス」
急な展開に置いてきぼりを食らっていたメイビスに、アルトリアは冷静に告げた。
「今すぐ、船長を代って」
切れ目が悪いですが、ここでいったん切らさせていたただきます。
3/29修正
『あるぜんちん丸』→『あるぜんちな丸』