第46話 墓場
R7.9.15 誤字脱字を修正しました。
真っ暗な闇に包まれていた視界が徐々に薄緑色に輝きだす。
リスポーン前の待機フロア―――別名墓場へ移動するポータルの粒子だ。
アルトリアがそれを認識した瞬間、一気に空間が広がる。
視界に広がるのは白を基調としたフロア。数千人を収容できるコンサートホールぐらいの広さがあり、中央にはひときわ巨大なモニターが鎮座している。まわりを囲むようにソファや自販機が設置されていた。
この墓場はバラセラバルとゾレグラ双方に準備されていて、戦場で死亡した兵士は自動的にポータルでここに送られるようになっていた。
ちなみに再出撃までに星系戦の戦場内時間で一時間。墓場の時間で二十分のクールタイムが必要になる。墓場にいる間はログアウトと再ログインが可能で、お手洗い等を済ませる者も多い。ただし、登録した装備以外を持ちこむことはできない仕様になっている。
「調子はどうだ?アルトリア」
アルトリアの視界に、ダークブルーの髪をオールバックにした男が映り込む。
紺色と白色を基調にしたパイロットスーツを着込んだ男だ。襟と胸元に筆記体でcollarsと書かれたエンブレムをつけていた。
彼こそが五レンジャーもといクラン【Collars】のブルー担当で元アルトリアの同僚だ。後ろには、彼が率いている部隊のプレーヤーだろう。一部色違いのパイロットスーツを着込んだ男たちが三人、付き従っていた。
「お久しぶりです。ブルーリーダー」
「すまない。レッドが無茶な事をさせたらしいな」
ブルーリーダーの苦労を滲ませる声音に対して、思わず苦笑を返した。【collars】に在籍中、アルトリアは他のメンバーが起こすトラブルに巻き込まれ、火消し役になる事が多かった。今はブルーリーダーがそれを引き継いでいるようで、お互いに苦労がわかっているので一番共感しやすい。
「いえ、依頼自体はもう達成しているので」
今回の依頼は【兵団】が赤の星に取り憑いた時点で完了している。
それ以降の作戦は報酬を上乗せしてもらう為のボーナスタイムで、契約に直接は関係ない。ブルーリーダーは少し怪訝な顔をしながら言った。
「そうか。だが、兵団のプレーヤーにお前がホワイトだと馬鹿がばらしてしまったのだろう?」
「別に隠している事ではないですよ……。宣伝もしてないですけど」
アルトリアの返答に、ブルーリーダーが肩をすくめて忠告してくる。
「自慢では無いが俺たち【collars】は名前が売れている。幻のホワイトが今やフリーとなると面倒な連中も擦り寄ってくるだろう。注意しておいて損はないぞ」
「そうですね……」
思わずへきえきした表情をアルトリアは浮かべる。
【兵団】のメンバーには、あまり広めないでほしいと口止めはした。
だが昔から人の口に戸を立てられないと言うから、どこからか広がるのは覚悟している。
あの場で、【兵団】のプレーヤーを納得させるためには、自身がホワイトリーダーであると明かすことが最善だった。アルトリアはそう思っている。
もっともブルーリーダーの懸念は至極もっともで、星系戦の後の事を考えると頭が痛くなりそうだ。
「その時はその時で考えます」
微妙な笑顔を浮かべたアルトリア。
「なんなら、また戻ってきてくれてもよいのだが?」
「ありがたい申し出ですけど、今は友達と遊んでいるので」
「それは残念だ。機会があればお前の友人にも会わせてくれ。うちは艦船の艦長も常に募集しているからな」
これは、メイビスの事もしっかりとマークしているのだろう。ニヤリと口角を上げるブルーリーダーを見やりながらアルトリアはため息を吐きたくなった。
【collars】は自前の母艦は持っていない。それはメンバーが無類の飛行機好きであるのと、空母を所有するのが手間というのがある。
そんな意味では、アルトリアにメイビスがついて来たら、儲け物ぐらいに考えているのかもしれない。
「考えおきます……」
「ふざけんな!」
相変わらず抜け目ない人だと思いながら周囲を見渡したその時、野太い男性の怒鳴り声が耳に飛び込んできた。
なにやら、フロアの中央の人だかりが見える。
「なんか言えや!連合艦隊司令長官様よぉ!?」
人混みから再度声が上がる。あの輪の中心に居るのは【三毛猫海賊団】のクランマスターミーシャのようだ。
有名クランのリーダーのファンの集まりにしては異常なほど殺気だった様子なのが気になった。
それに星系戦序盤の割には死亡したプレーヤーの数が多すぎる。
まだ再出撃が出来るはずなのに、墓場に留まっている理由は何だろうか。
「ところで、この状況どうなってるんですか?」
「一言で言えばゾレグラの連中に一杯食わされたといったところだ。見事にやられた」
ブルーリーダーが淡々と話しだした。
連合艦隊の航空戦力の大半が飲み込まれた巨大なエネルギーの奔流。
間違いなく、赤の星でみた宇宙を遮る光の線の事だろう。
アルトリアは驚愕に瞳を開きながら、問いかける。
「敵がどんな兵器を使ってきたか、わからないんですか?」
「高エネルギー反応があった。そこから考えるなら、超大型のレーザー砲だろう。ちなみにアルトリア。お前はドラッセンサーバーの『カール』は知っているか?」
なぜ、ここでドラッセンの話が出て来るのか。
今はゾレグラとの星系戦の最中だ。
理解が追い付いていないアルトリアは、記憶をたどり話に聞いただけの自走臼砲を思い出す。
「『カール自走臼砲』のことですか?実物は見たことはないですけど……」
「そうか、アルトリアは前回のドラッセンとの星系戦には不参加だったな。『カール』は地上でも使える、大気圏を貫いて宇宙空間を狙える巨大なレーザー砲だ」
そう言うとブルーリーダーは、メニューを操作してホログラムを表示させた。
推定50mを超えたとても地上兵器とは思えない車体に、巨大な砲身が搭載されている。
「2500㎝の砲身を備えたレーザーが七門。大気によってレーザーの多くが減衰してしまうが、ここまで大きいと十分の一の威力でも兵器として成立する。ほぼタイムラグのない対空砲は実に脅威だ」
「今回もそれが?」
「いや、もっとえげつないやつだ。アルトリアは以前レッドと一緒にひよっこの訓練を見てくれただろう」
そういえばと、アルトリアは思い出す。以前何か大きなミラーを運んでいる船を鹵獲したことがあった。
「あの時鹵獲した輸送船のミラー。いまさらだが、あれは砲身だったんだ。口径がどれくらいになるかはわからないが、大きさから考えるに1㎞は超えているだろう」
なるほどとアルトリアは納得した。
墓場にいる連中はそのレーザーになす術なく蒸発させられてしまったわけだ。
「それで、ミーシャさんによってかかって責任を追及しているわけですか―――だっさ」
「おい!お前今何て言った!?」
アルトリアのボソッと漏らした言葉は、どうやら人混みの外側にいたプレーヤーに届いてしまったらしい。目を吊り上げながら、大柄な男がこちらに歩みよってくる。
アルトリアよりも頭一つ分、背の高い男を見上げながらも一歩も引かない。
「あ、いえ、女性一人を複数人で囲むのはどうかと思いますよ?」
「なめてんじゃねぇぞ、クソが!こっちはミーシャのせいで装備も仲間ももろとも消え去ったんだぞ!」
「連合艦隊なんてもんのために主力を集めたせいで敵に狙われたんだ!責任はミーシャにあるだろ!」
一応穏便に言葉を選んだつもりだったが、火に油を注ぐ有様だ。
しかし大の男たちがやいのやいのと。
実に恰好が悪い。
再び失言をしそうになり、アルトリアは片手で口を押えた。
正直ゲームで他人のプレースタイルをどうこう言うつもりはない。
だが、自分で下した判断を他人のせいにしては、ダサいの一言だろう。
確かに今回連合艦隊の絵を描いたのはミーシャだ。
だがその連合艦隊の話にのっかったのは自分自身だろうに。
それに、星系戦は続いている。
過去よりも現在、これからどうするか考える方が有意義だろう。
「だまりやがれ!」
呆れているのをバレない様にいびつな笑みを顔に張り付けているとレッドリーダーの一喝が響いた。あまりの声量にアルトリアに詰め寄っていた男たちが黙り込む。
「こいつの言うとおりだ! お前ら、ミーシャにポイント稼がせてもらってんだろうが。自分を棚に上げて詰め寄るとかダサい以外ないだろう!」
レッドリーダーの剣幕に、男たちが黙り込む。
「情けねぇ声上げてないで、どうやったらゾレグラの連中に一泡吹かせられるか考えやがれ!」
レッドリーダーの言葉に、群衆が口を噤む。
何人かはいら立ちを隠そうともしていなかったが、先ほどのように一触即発という雰囲気は霧散した。
ずんずんと群衆をかき分けながら、レッドリーダーは歩みを進める。
アルトリアもブルーリーダーと共にちょこちょこと後ろについていく。
人の輪の真ん中にたどり着くと、ミーシャが足を組んでソファーに腰かけていた。
オレンジ色のふわふわの髪。
猫耳型のウェアラブルコンピューターを着けた、連合艦隊の最高司令官である少女。
さすがにミーシャの顔にも、元気はつらつとした普段の様子は見られない。
うつむいており、ゆるくウェーブの掛かったオレンジ色の髪が彼女の相貌を隠していた。
なんと、声をかけたものか。
作戦が失敗して呆然としている事だろう。
「それで、ミーシャ。俺たちはこれからどうしたらいい?」
アルトリアがためらっていると、レッドリーダーが思いがけないことを告げる。
当然とでも言いかねない態度で。疑いもなく。次の指示を求めた。
レッドリーダーの行動にアルトリアが驚いて目を見開く。
改めてミーシャに視線を向けると、彼女の口元が小刻みに震えていた。
いや何かを計算するように、小声でつぶやいていた。
アルトリアは自身の認識が大きくずれていることに気が付く。
この世界は、所詮ゲームだ。
だがゲームとは言え、数百、数千のプレーヤーをまとめ上げる組織のトップが簡単に諦めるだろうか。
答えは否だ。
レッドリーダーの問いかけに、ミーシャが顔を上げる。瞳には烈火のごとく輝く意志が宿っていた。
彼女は決して諦めていなかった。
群衆がミーシャを責め立てている間も、状況を打破するための、勝つための道筋を探していたのだ。
腕を組み、ソファの背もたれに体を預けたミーシャは悪魔のような凶悪な笑みを浮かべた。




