第44話 第二都市上空戦
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ゾレグラ星系 赤の星
鉄錆色の大地に『零式艦上戦闘機33型』のエンジン音が空気を切り裂いて鳴り響く。
遥か後方へ置き去りにした【陸兵団】降下部隊の姿がレーダーの視認範囲から消えて少し経つ。
「さすがに大気圏内は空気が薄いなぁ」
アルトリアは操縦桿の向こう側のモニターに表示されたエンジンの駆動状況を確認し、思わずため息を漏らした。
赤の星は、ゾレグラの蒼の星やバラセラバル本星が属する地球型惑星とは少し異なっている。
この星の大気成分は人類がギリギリ生存可能な状態を保っていたが、荒廃した大地から巻き上げられる砂塵や不安定な天気のせいで、防護マスクを常に着けていなければ生活はままならない。
故にゾレグラ第二都市の住民は、全長三十キロにも及ぶコロニーの中で行政による徹底した管理下のもと、生活を成立させていた。
それでも脆弱な人類がちょっと呼吸器系を防護するだけで生存することが出来るのだ。極寒の氷の惑星やら放射能汚染や高熱のガスが溢れる惑星に比べれば、十分に優良物件と言えなくもない。
とはいえ、過酷な環境は人間以外に与える影響は大きく無視できない。
特に燃焼エンジンを装備した航空機は大気中から少なくない酸素を吸引する関係上、エンジンの大きなファンに細かな砂が詰まり動作不良を起こしやすい。
故障防止のため、吸気口にはフィルターが搭載されているが、視界を覆いつくす砂塵に対しては気休め程度の効果しか期待できない。
コックピット内に搭載されたフィルターの汚染度を表示する画面を、左の人差し指と中指でコツコツと叩く。
現状『零式艦上戦闘機33型』のフィルターは余裕がある。だが戦闘機動をしようものなら、すぐにフィルターの限界を超えてエンジンの機嫌が悪くなるはずだ。
帰りの飛行時間を考えても、戦闘可能時間は最大でも三時間が限界だろう。数時間ごとに『神州丸』で補給を受ける必要がある。
もう一つの懸念事項が、アルトリアが搭乗している『零式艦上戦闘機33型』の強度だ。急造の機体であるがゆえに、機体構造に不安が残る。バラセラバル本星で大気圏内の実地試験は行ったが、赤の星の悪条件でどれくらいのパフォーマンスを発揮できるか。実際、エンジン出力はバラセラバル本星で調整した時よりも、低い数字が表示されていた。
「まぁ、地上にいる兵団の人たちよりはマシか」
キャノピーが砂塵で曇っていく。アルトリアは外部カメラを起動し電子モニターに切り替える。比較的、高度の高い空中でこの有様だ。
しかも、天気予報によれば、今日の赤の星の天気は晴れだという。
視界を徐々に覆う砂塵。これで晴れだ。地上ではどんな風になっているのか。
想像しただけで高校の体育の授業を思い出す。
走り幅跳びを失敗した時の口の中がじゃりじゃりするような感じと言えばいいだろうか。
アルトリアはヘルメットをかぶっているにもかかわらず、思わず顔をしかめた。
その時、警告音がコックピット内に鳴り響いた。
<レーダーに警報!ミサイル来ます!>
「全機ブレイク!」
少し遅れて編隊を組むホワイト3からの報告に、瞬時に指示を出し機体を大きく右に旋回させる。
ホワイト3はアルトリアに追随し、ホワイト4、5は左へ主翼を翻す。
地上から打ち上げられたミサイルが編隊の中央を突き抜けていった。追尾しようと向きを変えたミサイルが、白い尾をなびかせ赤い空に幾何学模様を描いていく。
ホワイト3が機体後部からフレアを発射する。天使の羽のように空中に広がる光の玉へ目移りしたミサイルが、そのまま明後日の方向へ消えていく。
その様子をキャノピー越しに見たアルトリアは舌打ちをした。
どうやら敵はおよその位置を予測してミサイルを発射したのだろう。地上のレーダー施設に捕捉されていた場合、こうも簡単に回避できなかったはずだ。あるいは『33型』の機体に施されたレーダー波を吸収するコーティングのおかげだろうか。
とは言え、過信は禁物だ。
ホワイト隊は回避の際、速度と高度を大きく落としていた。
第二都市への距離は20㎞程度。航空機の速度ならば一瞬だ。つまりミサイルだけではなくコロニーに配置された対空砲が届く距離だ。
案の定、進路上で対空砲の砲弾が爆発した。
黒煙を上げて空中にばらまかれる殺意の塊を横目に見ながら、機体をバレルロールさせて回避する。
対空砲とミサイルをこのまま放置していたら、間違いなく兵団の『オ号』が食われる。敵航空戦力の有無もわからないが、護衛のために惑星に降りてきたのだ。見逃すわけにはいかない。
撃ち上げられたミサイルの第二波を回避するためアルトリアはスロットルを叩き込んだ。
◇
『零式艦上戦闘機33型』のレーダーに巨大な強化ガラスのドームが映し出された。ゾレグラ赤の星に設置された第二都市。中世の城壁を思わせるドームの中に広がるのは兵器工廠から資源採掘まで幅広く対応した工業都市だ。
ドームの周りには惑星横断鉄道の線路が毛細血管のように広がっている。赤の星全土で採取された資源を収集するものであり、工業地帯を持つ第二都市の、ひいてはゾレグラの大動脈と言える。
コロニーの東西南北に一か所ずつ設けられたハッチから伸びる一本の路線には、五両の車両が並走できるように線路が引いてある。通常であれば、それこそ渋谷駅もかくやというぐらいの過密ダイヤで車両が行き来したはずだが、現在そこを走る車両はなかった。
変わりに戦車が配備されているだろう塹壕や頑丈なコンクリートと装甲で覆われたトーチカが目視できた。多連装ミサイルポッドを装備した装甲車や対空砲もわんさかと並ぶ。
一方で空中にも複数の反応があったが、地上よりもお淑やかな数だった。相対速度から考えても戦闘機ではないだろう。『KASKR-1』当たりの回転翼機だろうか。
蝮からの情報通りゾレグラの航空機隊はお留守のようだが、ゾレグラの連中もバカではない。全くの無防備ということはありえないはずだ。時間稼ぎが出来る程度の戦力は第二都市から目と鼻の先にある空港に配備しているだろう。そう考えると増援が飛来する前に少しでも戦果を上げておきたい。
思考を遮るようにミサイルの接近を知らせる警報音がコックピット内に鳴り響く。
初手のミサイルと異なり、今度は正確に誘導されてくるミサイルの群。アルトリアは操縦桿を前に押し倒し、機体を急降下させた。
鉄錆びた色の岩肌が描く、意外にも表情豊かな地表面を視認すると今度は機首を跳ね上げる。
アルトリアを追尾していたミサイルが地面に突き刺さる。派手な爆発と巻き上がる粉塵を置き去りにして、機体は前へ進んでいく。
「さて。どうしたものかな、ッと!」
地面ギリギリといってもいいぐらいの低高度。そこに正面から光の帯が幾重にも伸びる。機関砲から放たれる銃弾だ。ミサイルのレーダー範囲から外れた『33型』に対して、敵は瞬時に攻撃手段を切り替えた。
主武装である12.7㎜は大気圏内で減衰率の高いレーザー機銃だ。一応7.7㎜機銃は実弾を装填しているが、分厚い装甲に守られた戦車やトーチカを貫通することはできない。
搭載している空対地ミサイルも6本と限りがある。
『神州丸』へ補給に戻ることを前提にしても、優先目標を効率よく叩かなければ。
「まずは、対空砲か。航空機は無視できるし、最悪12.7㎜でも近距離まで近付けば落とせるかな。あぁ。やっぱり『キ12』が修理中なのはキツイなぁ」
口から愚痴がこぼれる。
ポイントを荒稼ぎできればと考えていたが、さすがに間に合わせの航空機で、しかも率いているのが一個小隊では厳しいかもしれない。
せめて純粋な地上機があれば、もう少しできることも増えるのだが。
「とりあえず、やれるだけやるか。ホワイト3は対空砲を優先的に排除して!」
<了解!ミサイルはどうしますか!?>
「ミサイルはこっちでやる。とりあえずコロニーの南側を重点的に叩くよ」
手段が限られている以上取りこぼしがあるのは致し方ないが、アルトリアはできる範囲で最大限の事をやるつもりだった。
まず、塹壕やトーチカにいる車両は無視する。折角の敵主力戦力だ。兵団のプレーヤーたちへ献上しよう。
『オ号』にミサイルを回避するほど機動力はない。ならば早急に排除しなければならないのは、面倒なミサイルを垂れ流している車両だ。
レーダー上の光点を分類し、種類別に色付けされて表示させる。その中からミサイルを搭載している車両とレーダーを識別する。
比較的ソフトターゲットの車両なら、レーザー機銃でもダメージは入るだろう。最悪、レーダーサイトを潰せればいい。
ひとまず、正面から機首の機銃を撃ち込んできた『KASKR-1』のコックピットへ12.7㎜のレーザーをプレゼントする。
僅かに溶け、穴の空いたキャノピーの奥でパイロットの首がヘルメットと共に消失した。操る者を失った『KASKR-1』が二重反転プロペラを唸らせ、鉄錆色の大地へ急降下していく。
鉄錆色の大地を派手な爆破で耕した『KASKR-1』から別の所へ意識を移す。
地上から白い尾を引いてミサイルが群れを成して迫ってくるが、アルトリアは更に速度を上げる。高さ五メートル程までさらに降下すると、機体を水平に戻してアフターバーナーも点火する。ノズルから炎が噴き出し、速度計の数値と体を押し付けるGが上がっていく。
低高度でも高速であれば、レーダーに囚われる可能性も減る。『33型』のコーティングもステルスとして活かすことができるはずだ。
水平に放たれる機銃を躱し、電子モニターの照準器にトラックを捉えて、12.7㎜と7.7㎜機銃を浴びせた。
鉄錆色と白色のまだら模様に塗装されたトラックの上で、クルクルと回るミサイル誘導用レーダーサイトがポッキリと根元からへし折れる。
「よし! 次!」
そのまま、景気良く次の目標へ機銃をお見舞いする。今度は、ミサイルポッドに内包されたミサイルに直撃した。長方形の鉄でできた箱がまるで風船が割れる様に、内部から吹き飛ぶ。
わらわらと敵戦車が強化ガラスに覆われた第二都市の城壁から出現する。ゾレグラの戦車は『KV-1』重戦車だ。
まるで雪上車のように横幅のある履帯が支えるカーキ色車体は、分厚い装甲に覆われており航空機の銃弾など簡単に弾いてしまう。鈍重な体を引きずりながら現れた戦車の中から敵兵が顔を出した。キューポラに設置された機関銃がこちらへ向けられる。
自動追尾の多連装機銃ならまだしも、手動照準の単装機銃など当たりもしない。なんともご苦労な事だ。
戦車は無視して、アルトリアは『33型』の進路を変更する。
そのまま、次々に対空車両と思わしき目標へ機銃掃射を加えていく。
「残り、四両!」
ホワイト隊の各機の奮闘も伴い、分類分けした目標は瞬く間に数を減らしていく。
『33型』の機体下部の装甲板が開き、格納されていた空対地ミサイルが顔を覗かせる。
アルトリアのトリガーに合わせ、機体の速度以上の加速でミサイルが吸い込まれていく。
並んでミサイルを撃ち上げていたトラック二両が、直撃を受け派手な爆発と黒煙を上げる。
「これで! 最後!」
護衛のつもりだろうか、『KV-1』重戦車に前後左右を覆われたトラックに向けて、ミサイルの残りをすべて発射する。
ほぼ同時に弾着したミサイルにより、発射される前のポッド内のミサイルが誘爆を引き起こした。哀れな事に戦車も大量の爆薬のエネルギーを吸収できなかったのだろう。戦車の中から炎に包まれた兵士が飛び出してくる。
あの状況では助からない。すぐにライフが削れて、死亡判定されるだろう。
アルトリアは冷静に戦況を判断すると、次の目標を空港へ定めて高度を上げた。
◇
第二都市を覆う数キロに及ぶ高さを誇るコロニー。
強化ガラスで覆われたドームの隣に寄り添うように、それは巨体を横たえていた。
ゾレグラ赤の星、唯一の宇宙への玄関口。
マスドライバー。
ブースターと超電磁を用いて惑星から宇宙へコンテナを放り投げる巨砲。
まるで百合の花のようにゆるくカーブを描くレールは、最終的には角度が九十度に達する。複雑な構造の脚部は、まるで古代ローマ文明の遺産を思わせる芸術作品のように見える。
「マスドライバーを視認。空港の方はどうなってる……?」
バラセラバルでは、衛星軌道上にある内交易ステーションに直結した軌道エレベーターが主流だ。軌道エレベーターはマスドライバーのように惑星の公転角度や天気に左右されないという利点がある。だが物資の運送という面では艦艇ごと打ち上げる事が出来るマスドライバーの方が使い勝手が良い。
マスドライバー施設の隣には綺麗に整備された空港がある。メインの滑走路は五本で、旅客を対応できるターミナルはコロニーに直接乗り入れができる様になっている。
それ以外には、頑丈な格納庫がたくさん。
駐機中の機体もたくさん。
「あれ?おかしいな。なんでこんなに機体が止まって……」
アルトリアは眼下の滑走路横に、お行儀よく並べられた機体を識別しようと目を凝らした。
明らかに先ほど撃墜した『KASKR-1』のような回転翼機のフォルムじゃない。間違いなく戦闘機だ。
だが、それならおかしな話だ。
アルトリアとホワイト隊がこれほど大暴れしているのに、スクランブルする機体がいない。目と鼻の先にこちらの強襲部隊が橋頭堡を築きつつある。態勢が整うまで、あるいは進行を開始するまでの時間は、何よりも大切で惜しいはずだ。
「うげぇー」
アルトリアの銀色の双眸がアスファルトで固められた道を横断する一団をとらえた。
赤茶色のキャンバスに描かれる幾重にも重なる白い線。
大気中を真っ白に塗り替える勢いで飛んでいるのは、敵の対空部隊が打ち上げた対空ミサイルだ。
『33型』の後方には追尾するミサイルの群れによって、警報音が鳴り響く。アルトリアは不快感を覚えながら、水平状態から四十五度のバンク。シャンデルの要領で高度を稼ぎ機体の進行方向と逆方向へ旋回する。
機体をかすめる様にミサイルが飛んでいくが、すぐに新たにミサイルが撃ち上げられ振り切ることができない。
「『カチューシャ』!」
右に、左に激しいGに耐えながら、アルトリアは滑走路を守るように展開する忌まわしい車両へ視線を向ける。
それは八輪の『ZIS-8』牽引車に引かれた長大なトレーラーだった。索敵用・追跡用のレーダーを搭載し、敵機に対して24連装ミサイルポッドから豪雨のように対空ミサイルを撃ち上げる事ができる。
ゾレグラの兵士たちからは『カチューシャ』と呼ばれ、親しまれている。
しかも、空港を守るのは『カチューシャ』を改良し、24連装ミサイルポッドの数を一基から四基に増設した『カチューシャⅡ』だった。
最近ロールアウトしたはずの車両が空港には四両。
集中砲火を浴び続けるアルトリアは、攻撃することも逃げることもままならない。
フレアを放出しながら、機体を垂直上昇させる。急に失速したためミサイルは付いてこれず、追い越していく。
まるで内臓が押しつぶされるような感覚に、思わず吐きそうになるが歯を食いしばって耐える。
これが愛機の『キ12試作戦闘機』であればもう少し無茶ができるが、スペックで劣る『零式艦上戦闘機33型』では、撃墜されないようにするのが精一杯だ。
アルトリアの思考を遮るように警報音が、次のミサイルの到来を告げる。
考える隙すら与えない猛攻に再び強いGがアルトリアの身体を襲う。ブラックアウト寸前の意識を何とか持ちこたえさせるが、これも時間の問題だ。
『33型』の機体も回避運動を重ねるごとに、悲鳴のような軋み音と振動を響かせている。
「ほんとッ! しつこいッ! 」
まるでバーゲンセールのようにミサイルを垂れ流す『カチューシャⅡ』に、アルトリアは一人愚痴る。
このままでは、こちらがジリ貧になる。
覚悟を決めたアルトリアは、最後のフレアを放出して空港から距離を取る。
敵の位置はおおよそマーキングしている。
大きく旋回し、再び加速。
空港というほぼ遮蔽物のない場所に展開する車両へ、実弾よりも弾速の早い12.7㎜レーザーを掃射する。
すれ違いざまに爆炎を確認。
もう一度、反対側からアプローチを仕掛けて二両を続けざまに撃破。残るは一両。
今度は、地表ギリギリまで高度を下げ、機体を飛行場の滑走路へと向ける。
ランディングギアを出せば地面に接触するぐらいの低空を、土埃を背に舞い上げながら『33型』が加速していく。ほぼ真横からの侵入は『カチューシャⅡ』は想定していなかったのだろう。空港に居座る最後の車両のミサイルポッドが勢いよく向きを変えるが、ミサイルは発射されない。
にやりと思わず口角が引きあがる。
この距離なら、ミサイルよりもレーザーの方が早い。
トリガーを強く引き絞り、機体前方に捉えた『カチューシャⅡ』へ12.7㎜のレーザーと7.7㎜の弾丸を見舞う。
ポッドに弾痕が列をなして穿たれていく。
ハチの巣になったトレーラーと『ZIS-8』が派手な爆発を起こして、黒煙を噴き上げる。
ミサイルの警報が鳴りやんだコックピット内で、アルトリアは深く息を吐いて機体の状況を確認した。
搭載していたミサイルは残弾ゼロ。機銃の弾やフレアもほとんど使い切ってしまっている。
それに空気吸気口のフィルターがもうだめだ。
先ほどからチカチカと点灯している、防塵フィルターの警告ランプを指で叩いた。
ひとまず、脅威度の高い目標は撃破できた。
ここら辺が潮時だろう。
アルトリアは、『神州丸』へ帰投するため、操縦桿を右へ倒した。




