第43話 閃光
R7.10.7 誤字脱字を修正しました。
直径30㎞の巨大なクレーターを覆っていた蓋が、中心から四つに分かれゆっくり中へ引き込まれていく。下からは地下10㎞にわたるレーザー砲の砲身が露出する。
宇宙から見ると、まるで惑星の地表面に巨大な瞳が現れ、瞼を開けたように見えた事だろう。
これこそがゾレグラの切り札。
惑星軌道掃射砲『Victory-3』
秘匿名称『Ⅴ-3』だった。
血管のようにクレーターへ絡まっている、成人男性が抱えるのがやっとなほど太い電源ケーブルへ、砲身と同様に地下へ埋め込まれた三十六基のプラズマ動力炉と薬室、防衛軍基地司令部と戦艦四隻の外部電源から電力を供給され始める。
電力に成りそこなった熱エネルギーがケーブルから放出され、触れていた雪を溶かし茶褐色の地面とのまだら模様を描き出す。
地下10㎞の最奥で唸り声をあげながら、単眼の巨人が徐々に目を覚ましていく。
完全に露出した砲身が、宇宙空間を進んでくる敵艦隊へ向け、巨大な見た目通りの鈍重な動きで傾いていく。
魔女によって明確にさらけ出された目標に、最大限の打撃を与えるために。
司令部にいる将軍のトリガーが引かれるのに合わせ、銀色クレーターから青色の奔流が噴出した。薬室で高濃度になるまで圧縮され、莫大なエネルギーを内包したプラズマ粒子がレーザーとして発射された。
通常では考えられないほど強力なレーザーは、空気中でほとんど減衰することなく、雪を降らせる曇天の雲と大気圏を突き抜けていく。
勝利の名を冠する巨人は蒼の星へ大挙してやってきた侵略者に鉄槌を振り下ろす。
◇
バラセラバル連合艦隊 第一艦隊隷下第三航空戦隊所属 航空母艦『赤城』
【collars】のレッドリーダーと彼の部下たちが補給を終えて離艦した後も、『赤城』にはひっきりなしに航空機が離着艦する。まるでランチタイムを迎えた繁盛店のレストランのような忙しさだ。
甲板の様子を見ながら、『赤城』の艦長はなんとも疲れた顔で深いため息をついた。
「第101空の後は、第37爆撃機中隊の整備と補給ですか……。ほんと良いように使ってくれますよ」
次々に入る注文に、慌ただしく整備員たちが走り回っている。
さっきまで『赤城』と周囲に展開する空母群にいたはずの【アルテミス】第101航空隊は急な連絡を受けたとかで緊急発進していった。
入れ替わりに、艦尾から着艦許可を求めているのは【三毛猫海賊】の艦上爆撃機部隊だ。
本来【アルテミス】所属の艦長が、彼らの面倒を見る必要はないのだが、司令長官には逆らうなとクランマスターから念を押されていた。
どのような取引があったか知らない。
知らされていないが故に【アルテミス】内でも血の気の多い連中は納得していない者が多い。
艦長も思うところはあったが、お上から言われていた以上は真面目に仕事をするしか選択肢を持っていなかった。
そして彼とその部下たちは、仕事においては勤勉でいて非常に優秀だった。
結果として彼の指揮する艦は、レッドリーダーはじめ航空部隊から熱烈なアプローチを物理的に受け入れる羽目になっていた。
「第37爆撃機中隊が着艦を開始します」
「被弾している機体がいるようです。火災への対処と機体のチェックを入念にお願いします」
右側の着陸脚が吹き飛ばされた『九九式艦上爆撃機』が黒煙を吐き出しながら、ふらふらと着艦する。
思わず着艦と同時に爆発四散しなくてよかったと胸をなでおろす。
あのような状態なら、機体を捨てて搭乗員だけを回収した方が効率がいいだろうに。
レッドリーダーであれば、バラセラバル兵器工廠からの指名依頼が失敗するとしても、迷いなく『強風』の破棄を選択するだろう。
招き猫のようなロゴマークが刻まれた機体へ冷めた視線を送りながら、艦長は冷静に自身の感情を抑え込む。
事故で甲板がふさがらなかっただけで良しとしなければ。
その時、通信士の一人が艦長へ振り返った。
「艦長。レッドリーダーから秘匿通信です!」
通信士の言葉に、艦長は右耳に付けたインカムをオンにする。
「どうしました?あなたからの連絡なんて今日は宇宙ホタルでも飛んでくるんでしょうか?あぁ、催眠はされてないで―――」
<すまない。艦長。無駄なおしゃべり無しだ。事態は急を要する>
無線機越しでもわかる。レッドリーダーの焦った声音。
艦長は先ほどのレッドリーダーとの会話を思い出す。
レッドリーダーの勘は本当によく当たる。
つまり何か悪いことが起きたのだろう。
<総旗艦『大淀』が撃沈された>
「はい?」
あまりの事に艦長は惚けた返事を返した。
戦力・防御力の劣る軽巡洋艦『大淀』を総旗艦としているが、仮にもバラセラバル連合艦隊の総旗艦だ。一番守りの分厚い、安全な場所にいるはずだ。
「何があったんです?第一艦隊からの損害報告は聞いていませんが」
レーダー員に指でレーダーチャートを艦橋のモニターへ表示させる。
『赤城』を中心に第三航空戦隊、そして外周の第一艦隊隷下の航空戦隊と護衛部隊は健在だ。レッドリーダーたちのいる場所でも、艦船の損害は確認できない。
<『暗闇の魔女』にしてやられた。ミーシャの野郎はレーザーカッターで真っ二つだ>
「そんな……。では、今連合艦隊の指揮は誰が取っているんですか!?」
<それぞれの艦隊旗艦へ指揮権を譲渡する予定だが、スムーズにいくとは思えねぇ。ゾレグラの連中、絶対に次の一手を打ってくるはずだ。とりあえず、付近の航空隊は俺がまとめるから、艦長には機動部隊の把握を―――レーザー警報?こりゃなんだ?……くそったれッ!回避ッ!回避だ!>
唐突にレッドリーダーからの通信が途切れた。
彼の只ならぬ様子からして、悪い状況がさらに悪化しているような気がする。
艦長が胸に抱いた嫌な感覚が、確信へと変わり始めた。
再度、通信が繋がらないか通信士へ接続を試みる様に指示を出そうとしたとき、別の兵士が叫んだ。
「艦長!蒼の星地表面に高エネルギー反応を確認しました!」
「高エネルギー?詳細は?」
「詳細不明!ですが、こちらへ向かって収束しています!」
目を細めて連合艦隊の正面に広がる惑星を見つめた。
明らかに、戦闘の光が多くなっている。しかも、徐々に近づいてきているような気がした。
いや、あれはミサイルや砲撃などの戦闘行為の光ではない。船が沈むときに生じる動力炉が暴走したときの光だ。
これは、まずい。
直感でそう判断した艦長は立ち上がり叫んだ。
「第三航空戦隊全艦へ通達ッ!取舵一杯、機関最大船速!陣形が崩れても構いません!」
実直な操舵士が即座に反応し、大きく左へと舵を切る。
もとより、『赤城』は舵の効きがよい艦ではない。それに、今は補給作業中で戦闘配備はしていなかった。
僚艦の航空母艦や護衛の重巡洋艦が『赤城』に追随するように、サイドスラスターを点火し船体を傾けるが、その動きは亀のように鈍重だった。
「間に合わない!」
誰かが叫んだ。
第三航空戦隊の先頭を務めていた護衛の駆逐艦が青白い奔流に飲み込まれ、わずかな時間、激しく燃え上がり花びらのように散っていた。
外を映し出していたモニターが目がくらむほどの閃光で埋め尽くされていく。同時に『赤城』全体を強い衝撃が襲う。
相当なエネルギーが吹き荒れているのだろう。
甲板で作業していた兵士と艦載機が一瞬にしてかき消え、艦橋のモニターや電子機器が火花を散らし、正面に座っていた兵士たちを巻き込んで爆発する。
「ほんと、レッドリーダーの勘はよく当たりますね……」
断末魔の叫び声がこだまする中、艦長は思わずため息をつき苦笑を浮かべた。
次の瞬間、プラズマ動力炉が暴走し『赤城』の船体は中央からプラズマ粒子をまき散らして破裂した。
ブックマーク及び評価ありがとうございます。
今後もゆっくりな更新になると思いますが、お楽しみいただけると幸いです。




