第42話 魔女の福音Ⅲ
第42話 魔女の福音Ⅲ
バラセラバル連合艦隊総旗艦、軽巡洋艦『大淀』の爆発を背に『暗闇の魔女』は艦隊に襲い掛かった。
<こちら駆逐艦『皐月』!! 機関損傷につき戦線を離脱する!>
<航空機は何をしているッ!? 早く撃ち落とせ!>
<誰か、後ろにつかれた! 援護を! 援―――ザザザッ>
『大淀』を撃沈しただけでは物足りないのか。
優雅に飛ぶ姿からは想像もできない獰猛さで、魔女は戦果を量産していく。
「この動き……。時間稼ぎか?」
総旗艦を撃沈しただけでかなりの戦果だ。
普通なら離脱することを最優先にするはずだし、レッドリーダーが同じ立場でもそうするだろう。
だが、彼女にそのような素振りはない。戦績をまったく気にしていないように飛ぶ。
『Yak-1』の後方を追い回しながら、何か意図があるのではないかと勘ぐってしまう。
「しかし、マジで上手いな。下手に撃つと味方に当たっちまうし」
思わずレッドリーダーの口から賞賛の声が漏れる。
胴体に当てるつもりで『強風』の九九式20㎜レーザー機銃を発射するが、『Yak-1』はひらりと躱す。
その間にも片手間のような戦闘で味方機を次々に落としていく。
すでに両手で数えられないくらいの味方機が火だるまと化している。
流石、ゾレグラ最強の飛行隊と謳われる『暗闇の魔女』を率いる女だ。
それだけではない。
チャイカは艦船に対しても臆することなく貪欲に襲い掛かる。
哀れにも目をつけられた駆逐艦は、撃沈されなかったものの黒煙を上げて隊列を離れていく。
この惨状から察するにチャイカと正面からやりあえるのは、レッドリーダーとレッドⅡだけのようだ。
魔女もレッドリーダーを脅威とみなしているのだろう。徹底的に『強風』の射線を遮るように、具体的に言うとバラセラバル機を盾にするように飛んでいた。
味方機の援護を行おうにも、こちらからは下手に撃てない。
目の前に見える者がすべて敵という状況下だからこそ、自分のことだけを考えて飛ぶことが出来る魔女にアドバンテージがある。
<♪~~~>
その時、目の前を飛行していた『Yak-1』から暗号化処理もされていないただの電気信号が発信された。
「なんだ!?」
透き通るような歌声が、戦場に広がっていく。
翻訳機能を無効にしているのか、ロシア語で紡がれる歌詞をレッドリーダーが理解することはできなかった。
<敵中で歌の発表会とは、舐めてんのかぁ!>
チャイカの歌を荒々しい怒号が遮った。
声の発信源はレーダー上に増えた光点の群れだった。
「やっと来やがったか!」
思わず、レッドリーダーの口から声が漏れた。
後方の機動部隊から出撃した増援が到着したのだ。
<こちら第101アルテミス航空隊。遅くなった>
クラン【アルテミス】のロゴマークをボディに描いた『零式艦上戦闘機52型』の編隊が多数現れる。
後方には、多連装ミサイルを搭載した『九七式艦上攻撃機』が続く。
レーダー上の光点を見る限り、五十機は超えているだろう。
先行する戦闘機の間から、『九七式艦上攻撃機』が腹に抱えた大量のミサイルが白い尾を引いて飛来する。『Yak-1』の機動には先ほどまでの余裕はなかった。追尾してくるミサイルを回避するので手一杯なのだろう。
それでも、絶望的に不利な状況にありながらもチャイカは粘った。
バレロールからのスラスター点火で急制動をかけ、ミサイルを回避。
機首を180度ひっくり返し、後方から機銃掃射を加えていた『強風』へ牽制射を加え、強制的に進路を変えさせる。
側面をさらす形になった『強風』を横目に、プラズマエンジンを最大にして【アルテミス】の編隊長機へ向かって突撃を敢行した。
<各機、敵は一機だ。落ち着いて処理しろ。機銃掃射始め>
【アルテミス】の航空隊は、赤く炎を纏う『Yak-1』のレーザーブレードにも冷静に対処して見せた。
統制の取れた部隊へ、隊長機から的確な指示が飛ぶ。
間髪容れず放たれるレーザー機銃の奔流が『Yak-1』へと次々に襲い掛かる。
最終的に回避が間に合わなくなりコックピットに直撃を受けた『Yak-1』は、派手な爆発を起こし宇宙の藻屑と消えた。
<部隊の再編を急げ!また敵の攻撃があるかもしれないぞ>
防空駆逐艦『吹雪』のプレーヤーが矢継ぎ早に指示を出し、チャイカに抉られた連合艦隊の傷を塞ぐために動き出した。
◇
蒼の星 ゾレグラ第一都市 防衛軍中央司令部
チャイカの歌はすべての電波を通して、中央司令部にも届いていた。
「来ました!『暗闇の魔女』からの通信です!」
ヘッドホンに耳を傾けていた通信士の声が響く。
緊張感に支配された司令部で、『暗闇の魔女』ことチャイカのパーソナルマークのカモメが大きく表示されたモニターへ視線が集まる。
「コード『魔女の福音』を確認!」
将兵が固唾を呑んで見守る中、通信士が声を張り上げて告げた。
『魔女の福音』。魔女がもたらす道しるべ。
それは将軍が、この戦いに身をささげる全ての同志が待ち焦がれたものだ。
福音によりもたらされたのは、敵連合艦隊旗艦の撃沈は確実という情報。
そして、魔女自身が命をかけて示してくれた敵主力の座標だった。
「同志ドクトル。準備は万全だろうな」
「当然です。私のベイビーは、一切の狂い無く、正確で、最強で最高の戦果をお約束しますよ」
わずかな興奮を押し殺し、将軍が隣に立つドクトルへと問いかける。
八つに光るレンズをかけた彼の相貌には、自信がありありと滲んでいた。
将軍は一度頷くと、静寂に包まれた司令部の中をゆっくりと見渡した。
司令部にいるすべての同志の視線が向けられる。
彼らはたった一つの命令を待ち望んでいた。
将軍は深く深呼吸をすると、力強く拳を振り上げて命令した。
「現時刻をもってⅤ作戦の最終フェーズへ入る!総員へ通達しろ!」
「了解。Ⅴ作戦最終フェーズへ移行します。動力炉第1から第36を薬室へ直結させます」
「こちら防衛軍司令部。これより最終フェーズへ移行する。戦艦『11号ペトロパブロフスク』『8号ガングート』『4号サバストポリ』『39号ポルタワ』へ通達。送電を開始せよ」
「手順23から35までは省略だ。射線上の防衛軍へ連絡を怠るなよ!」
通信士の声が重なり、司令部内が一気に慌ただしくなる。
「基地電力切断。非常電源へ切り替えます」
「電力供給率、現在26%―――」
司令部を照らしていた照明が消え、壁に設置された非常灯の赤い光がともる。
将軍は、基地の外に設置されたカメラの映像を食い入るように見ていた。
モニターに映し出されるのは、雪深いゾレグラの雪原に埋め込まれた人工物だった。
鈍い銀色を輝かせるクレーターの口は同じ色の蓋が覆っており、周辺には纏わりつくように黒く太い送電ケーブルが何本も伸びていた。
活躍の機会を奪われ、重力に縛られた戦艦から送電ケーブルへ電力が流れ込み、そこに基地電源のほぼすべてが加わる。連結された変電施設がうなり声をあげ、ケーブルから漏れる熱エネルギーが、空気をうっすらと蜃気楼のように歪めていく。
「あぁ!遂に、ついにこの時が来た!さぁ目覚めるのです。私のかわゆいベイビーッ!!」
電力の供給率と比例するように、ドクトルの恍惚とした口調にも熱が入っていく。
「砲身カバーを開放します。補助員はシェルターへ」
「プラズマ圧縮開始。薬室への充填完了まで60秒」
「射線上の友軍の退避、完了しました!」
クレーターの噴火口から蓋が上に積もった雪を擦り落としながら、内側へ引き込まれていく。
現れたのは直径30km、地下10kmの巨大な砲だった。
「目標へ照準調整完了!射撃コントロールを将軍へ」
モニターの映像が切り替わり、今度は進行してくるバラセラバル連合艦隊の姿が映し出される。ほとんどの友軍艦艇は計画通りに第一都市の上空から退避しており、一部の志願した同志たちが戦闘を継続していた。
欺瞞工作のために決死の作戦を遂行している彼ら彼女らへ、将軍は敬礼をするとゆっくりと射撃装置へと歩み寄った。
第二次世界大戦中に製造されたリベレーターを模した射撃装置を、大きく無骨な手で握りこむ。
「諸君。同志諸君。よくぞ耐えてくれた。これこそ、我々の勝利の灯だ!よく目に焼き付けろ!!」
「すべての薬室へのプラズマ充填率120%到達しました!」
「惑星軌道掃射砲『Ⅴ-3』発射ッ!!」
将軍は一度大きく息を吸うと、リベレーターの引き金を力強く引き絞った。




