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第41 話 魔女の福音Ⅱ

第41話 魔女の福音 Ⅱ


 暗闇に紛れ、息を潜め、静かに魔女は進む。

 

 この瞬間のために多くの同志が犠牲になった。

 魔女と苦楽を共にしてきた戦友もすでに宇宙の塵と消えた。

 多くの命と時間がこの作戦にかけられている。


 だからこそ、魔女は迷わず進む。散る事を恐れず、ただひたすらに……。


 ◇


 『強風』を駆るレッドリーダーはキャノピー越しに目を凝らして違和感を探していた。

 この落ち着かない感じがなんとも不快だ。


 原因が何かわかっていれば、これほどの苦労はなかっただろう。

 

「探せ。何かおかしなものはないか?」


 独り言を呟きながら、レッドリーダーたちは第一艦隊の中心にたどり着く。

 そこには、少数の防空駆逐艦と多数の直掩機に守られた艦隊総旗艦である軽巡洋艦『大淀(おおよど)』の姿があった。


 連合艦隊を率いるにしては些か小さく、そして頼りない。堂々と船体に描かれた司令長官座乗を示すシンボルマークだけが浮いて見えて仕方がない。

 

「別におかしい所はないよな……」


 どうでもいい思考をすぐに中断する。

 ちょうど艦隊は、先行する第二艦隊が蹴散らした敵防衛網の成れの果てを突っ切るように通過するところだった。

 見渡す限りに戦艦や航空機の残骸が飛散している。時折、機体の周辺に漂う小さな破片がボディに当たり、ドアをノックするような音が響く。


「しかし、熱源探知もこれじゃ役に立たねぇ」


 濃い赤色が広がるレーダーにため息をつく。

 周辺の残骸の中には、機関の動力炉が生きている状態であったり、弾薬が誘爆している最中で熱を持っている物が多かった。


 戦闘機である『強風』のレーダーでは、ただの残骸なのか、あるいは正常に稼働しているのか上手く識別ができなかった。

 

 ほかの装備にしても、似たり寄ったりだ。

 特に味方艦が集結しているこの状態では、位置情報を表示させたホログラムはたくさんの文字で埋め尽くされる。


<レッドリーダー。10時の方向、進路上のデブリなんですが、見えますか?>


 少し距離を開けて後方から追従していたレッドⅡからの通信が入る。

 スロットルを操作して速度を落とし、言われた方向を見てみる。


 わずかに自転している岩石が目に止まる。ジャガイモのメークインのようなノッペリとした薄茶色の表面。大きさは凡そ全長4m、直径2mぐらいだろうか。


「こちらレッドリーダー。―――特に気になるものはないな。あるのは岩だけだ」

<その岩、少し動いていませんか?>


 確かにメークインは自転しているので動いているのだろう。

 しかし、別段気にする必要もないだろう。

 

 動く理由などいくらでも考えられるのだから。


 連合艦隊の艦に当たった可能性。

 あるいは資源工作用の小惑星から出た廃棄物が漂っているだけかもしれない。


「いや……。待て。これ『大淀』に向かっているのか?」


 ヒヤリと嫌な感じがした。航空母艦『赤城(あかぎ)』で感じた違和感。

 レッドリーダーも言われなければ見落としていただろう。この状況下での異物。


 一応保険としてメークインの相対速度と運動方向を計測してみる。


 案の定、メークインはわずかな速度で『大淀』の進路上に向かっていた。

 ほとんど止まっているに近い。偶然でも片づけられる速度だ。


 だが、メークインは『大淀』に対して約1㎞の距離に位置している。広大な宇宙空間にしてみれば、目と鼻の先だ。

 そして、確実にその距離を縮めている。


「レッドⅡ、岩石を破壊する。状態を見ていてくれ」


 一度、メークインの側面を通り過ぎる。すぐに旋回し『強風』の機首に装備された九九式20㎜プラズマ機銃を発射する。

 メークインがただの岩であれば、20㎜のレーザーで砕けるはずだ。


 ブルーの光跡が薄茶色の表面に着弾する。

 同時に、激しくメークインが輝いた。


「なッ!?」


 内側から爆発したのだ。明らかに人為的な爆発だ。

 まるで蝶が羽化するように岩石の中から、一機の戦闘機が飛び出した。

 『Yak-1』。その機体には嫌というほど見慣れたカモメのパーソナルマークが描かれていた。


「チャイカか!?」 


 強く握ったスロットルを叩き込むが、速度が落ちていた『強風』はわずかに『Yak-1』に出遅れた。


 レッドⅡが『零式艦上戦闘機五二乙型』の九九式二号20㎜機関銃と三式13㎜機銃の掃射を加えるものの『Yak-1』はひらりと避ける。見事な回避運動だ。


レッドリーダーとレッドⅡを交わしたチャイカの向かう先には、敵機に襲われることを考慮せず、悠々と進む連合艦隊総旗艦の姿があった。


「やべぇッ!! ―――敵が行ったぞ、ミーシャ!!」


 レッドリーダーの言葉がミーシャに届くことはなかった。


 『大淀』の艦橋(ブリッジ)へ右翼を当てる様にバレルロールで突っ込む『Yak-1』。

 その主翼は悪魔を思わせる様に真っ赤に燃え盛っていた。

 

 赤い炎が高出力のレーザーブレードだと、レッドリーダーが認識したときにはすでに遅かった。


 熱したナイフを当てられたバターのように、艦橋の装甲がグニャリと歪んだ。

 装甲の抵抗に抗う様に、出力を上げた『Yak-1』のエンジンノズルからプラズマ粒子が放出される。


 派手な火花を散らしながら、艦橋は綺麗に切り裂かれた。


「嘘だろ……」


 唖然と見つめる先で、艦の中枢を失った『大淀』は連鎖するように起きる爆発に身を焼かれていた。


 轟沈。

 連合艦隊総旗艦が轟沈した。


 レッドリーダーは、これから引き起こされる混乱を覚悟した。

 今回の星系戦は同格であった【三大国(トリニティ)】の軍事バランスが崩れたために、連合艦隊という戦闘単位を用いている。

 そして忌まわしいことに指揮系統は、連合艦隊司令長官のミーシャに集約されていた。


 星系戦には約一時間再出撃(リスポーン)できないデスペナルティがある。つまりバラセラバル連合艦隊はこの一時間余りは考える頭を失った状態に変わりはない。


 案の定、護衛駆逐隊と直掩隊は混乱の極みにあった。

 『大淀』が轟沈したと誰かが叫ぶと、状況を確認しようと通信が溢れ返る。

 

 悠長に状況確認などしている暇などないというのに。


 直援機が二機、魔女の凶悪な翼に屠られた。

 艦隊に速度を合わせていたため、戦闘機動を行う時間もなかった。

 

 このまま逃がすわけがない。


 レッドリーダーは、周辺の部隊の立て直しを図った。


「敵は魔女一機だ! 自分の仕事をしろ!」


 通信機に大声で叫びながら、『Yak-1』へ20㎜の機銃掃射を加える。

 プラズマレーザーの奔流を魔女がひらりとよけている間も、敵が一機しかいないと繰り返し叫ぶ。


<こちら防空駆逐艦『吹雪(ふぶき)』、総旗艦『大淀』轟沈につき、本艦が臨時で指揮を執る!護衛部隊と直掩隊はすぐに戦闘を開始!糞ッたれの魔女をぶっ殺せ!>

<機動部隊にも連絡して、戦闘機を上げてもらってくれ!数で圧倒するしか―――>


 混乱からいち早く護衛の駆逐艦が立ち直ったようだが、航空隊までは手が回らないらしい。

 空母機動部隊へ応援を要請しようとしていた直掩機の隊長機を魔女が瞬く間に屠った。

 隊長機が撃墜されたことで航空隊の統制はさらにぐちゃぐちゃになった。


 守るべき総旗艦の撃沈。さらに敵機の襲撃。


 不測の事態ではないだろうに。


 練度が低い。低すぎる。

 【collars】のNPCパイロットよりもひどい。

 一体、この連中は何処のブートキャンプを受けたのだろうか。

 相手がエース機とはいえ、数的優位にあるはずの状態で慌てふためきすぎだろう。


 色々言いたいことがあるが、何よりもレッドリーダーは声を大にして叫びたい事があった。


「ちくしょう!なんだよ、あの翼ッ!―――かっこいいじゃねぇかぁ!」


 この星系戦が終わったら、絶対に真似しよう。

 醜態をさらす味方機の援護に入りながら、レッドリーダーはそう心に決めた。

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