第4話 チュートリアル
それから数日後、真優がゲームソフトとヘッドギアを購入したので早速遊ぶことなった。
冬華と真優は、大学進学を目指しているので部活に所属しておらず―――――中学生の頃は冬華は陸上部、真優は吹奏楽部に所属していた。―――――午前中の課外が終わると残りはフリーな時間になる。
そこで二人は一度、家に帰えりお昼を食べてから二時過ぎにゲームで落ち合うことにした。
冬華は学校が所有する寮に帰ると、朝炊いたごはんと野菜を炒めてチャーハンを作り、手早く昼食をすませた。残りの時間はソラハシャのホームページを確認し、イベントなどの情報収集を行う。
一時五十分になると冬華は、以前失敗したエアコンと戸締りをしっかり確認してから、ベッドに横になりヘッドギアを装着してゲームを起動した。
◇
アルトリアは、バラセラバル星系のバラセラバル内宇宙交易ステーション『サジタリウスⅠ』にログインした。
バラセラバルの内宇宙交易ステーション『サジタリウスⅠ』は、まるで土星のように惑星を覆うリングのような形をしており、赤道上の主要都市から軌道エレベーターで結ばれている。
ここには、バラセラバルの地上から様々な物資や人材が運び込まれる。
それらの物資や人材は内宇宙交易ステーション『サジタリウスⅠ』から二万キロほど離れた外宇宙交易ステーション『サジタリウスⅡ』へ運ばれ、他星系へと輸出されていく。
それ以外にも、ここは日本サーバーに登録した初心者プレーヤーが最初に降り立つ所であり、ファンタジーゲームで言う始まりの町の役割を担っている。
そのため、広大なフロアには初心者装備のプレーヤーたちが、早くチュートリアルを終わらせようと奔走しており、時々特徴的な赤いパイロットスーツを着たアルトリアを物珍しそうに見ていた。
もっともその視線の原因には数少ない女性プレーヤーであることもあるだろうが。
ついでに言うと、どの国のサーバーでゲームを始めようとも、フィールドは一つしかないので自由に行き来できるようになっている。
そんため、それぞれのサーバー特有の物資を買い付けて商売をする外国の船がよく来る。
少し焦れてきたアルトリアが、ウィンドウを開いて時間を確認するとすでに現実時間で二時半になっていた。
「真優、大丈夫かな。あの子少し抜けてるからなー」
ソラハシャはキャラメイクは自動だし、スキルなどパラメーターの配分などを行う必要はないので、キャラネームと性別、メールアドレスなど必要事項を打ち込むだけで登録は完了する、時間にしたら十分もあれば終わるはずだ。
なのに、時間にきっちりとしている真優が遅くなるのはおかしい。
「なにか、トラぶったかな」
考えられるのは、登録の段階で間違って別のサーバーにログインしてしまったことだが、もしそうであったら今日中に会うのは困難だ。
いくらサーバー間の行き来が自由にできると言っても、一番近くのEUサーバーまで移動時間がゲーム内時間で丸二十日、現実で丸十日掛かる。
一番遠いアジアサーバーには、ゲーム内時間で一か月以上かかる。
あと五分で来なければ、一度ログアウトしようとアルトリアが考え始めた時、フロアの中央にある巨大エレベーターがチンっという音と共に開いた。
「ごめん!!遅くなっちゃった」
ゾロゾロと出てきた群衆の中に、一際小柄な人物がアルトリアに走り寄ってきた。
「もしかして真優?」
「うん。今はメイビスだよ」
アルトリアは、その小柄な人物を見る。
身長はギリギリ百四十センチあるだろうか。腰まである真っ赤な髪の毛と大きな瞳。身長に反比例するようなメリハリのついたボディに初期に支給される黒のジャケットとクリーム色のパンツをきていた。それはまるで―――
「ロ、ロリ巨乳?」
「ひどい!!」
うっかりと冬華が口を滑らせると、メイビスは頬を膨らませて怒ってプイッと横を向いてしまった。
「ごめん。ごめん」
「むー。ところで冬華ちゃんの名前は、アルトリア?」
「そう。名前をちょっともじった」
阿留多伎冬華だからアルトリア。自分でつけておいて安直な名前でだなと彼女は思っていた。
「長いね。アルちゃんでいいかな?」
「いいよ。とりあえずメイビスのガレージに行こうよ。装備が届いてるはずでしょ?」
「うん。そうだね」
フレンド登録を終えたアルトリアは、メイビスを連れてステーションの中央にある巨大な円形の台座に乗った。
これは、各プレーヤーのガレージおよび登録してある場所へ移動できる超高速移動装置だ。
メイビスはアルトリアの指示に従い、ウィンドウからアルトリアの名前を選択、その後mygarageと書かれたボタンを押した。
するとエメラルドグリーンの光が一瞬視界を瀬切り、次に視界が開けたときにはガレージに到着していた。
「うわー。懐かしいなぁ」
「なんか丸くてかわいいね」
無機質な灰色の壁とは、裏腹に鉄とオイルの匂いが鼻につく。
艦載機が最大六機、収納可能なガレージには、ショベルカーの操縦席だけを切り取り、円筒形のジェットエンジンと二本のマニュピレーターを無理やり接合したような不格好な乗用車ぐらいの大きさのポッドが置いてあった。
これが初心者に渡される作業ポッドで、チュートリアルが終わるまでの数時間から数日はこれのお世話になる。
「あ、そうだ。宇宙服も支給されてたでしょう。ここのガレージから外に出ると真空だから、宇宙服着ないと一瞬で死んじゃうよ」
アルトリアの言葉を聞いたメイビスは、慌ててアイテム欄の宇宙服を選択する。
ガレージ内は常に半重力に保たれ空調なども管理されているが、ハッチを開けるとそこは宇宙空間。真空の状態であり、真綿で首を絞めるがごとくジワジワとHPが削られていく。
もっともHPは特殊な職業でしか見ることができず、プレーヤーはだんだんと暗くなる視界と聞こえなくなる聴覚、そして息苦しさを感じて初めてわかるのだ。
「なんかアルちゃんのとはだいぶ違うね」
一瞬で宇宙服に着替えたメイビスがそう言った。
「私のはパイロットスーツだからね。クレジットさえあればいろんなを買えるよ」
確かにアルトリアが赤と黒で統一されたパイロットスーツなのに対し、メイビスが着ているのは白で統一され大きなショルダーパックとヘルメットを装備した一世代前の宇宙服姿だった。
体のラインがよくわかるパイロットスーツに対して、宇宙服は誰が着ても身長以外はほぼ同じ外見になっている。
「とりあえず、宇宙に出てみよう」
<そうだね。えっと。ハッチを開けるのは……>
アルトリアは、ウィンドウを開き開閉ボタンを探しておろおろするメイビスに、ため息交じりに近づいて代わりに操作を行った。
するとガレージ内の空気が排出され、完全な真空となるとブザーとライトを点灯しながら、重厚な音を響かせハッチが左右にスライドしていく。
ハッチが完全に開ききると、そこには絶景が広がっていた。眼前一杯に、漆黒の世界の中に散らばる宝石のように光り輝く星々が現れたのだ。
あまりの美しさに大きく目を見開いているメイビスの手をアルトリアがつかみ、床面を軽く蹴ってハッチからゆっくりと宇宙空間へと飛び出した。
<綺麗……>
赤や黄色、青や白とカラフルな宝石、そのひとつひとつが何億年もの前に惑星が発した光で、ここまでやっとの思いでたどり着いたのだろう。そう考えると非常に神秘的な光景だった。
「ここら辺でいいかな。メイビス」
アルトリアはガレージから数十m離れると、近くの岩に着陸する。
<どうしたの?>
「ほら、後ろ。見てみて」
<うわぁぁー>
エスコートされて岩に足を付けたメイビスが後ろを振り返ってみると、そこには巨大な青い星があった。
「これが日本サーバーたちの母星。バラセラバル。ネーミングはどうかと思うけどね」
地球の二倍ほどに大きな星は、海面と陸地の割合がすこし異なっていたが宇宙から見る姿はNASAが公開している地球の写真に似ていた。
バラセラバル星系の第八惑星”バラセラバル”は地球型惑星であり、その地表には豊かな自然と液体の水、そして様々な生物がくらしている。
<すごいよ!!すごいよ!!冬華ちゃん!!>
無線機越しにメイビスの興奮した声が聞こえ、アルトリアも少し嬉しくなる。
「すごいでしょ?さて、今度は私のガレージに行くよ。ポッドの操縦はできるよね」
<え、私が運転するの?>
「そうだよ。当たり前じゃん。大丈夫、ここから二ブロック先だから、すぐだって」
アルトリアは、再びメイビスの手をつかむと背中に着けていた飛行ユニットを使ってガレージに戻った。
◇
ソラハシャの世界の乗り物には、すべてオートマ操作とマニュアル操作の二種類が用意されている。之は戦闘機から戦艦まで扱えるこのゲームならではのシステムだろう。
メイビスが操る作業ポッドも例に漏れない。しかも初心者用の装備のため、目標地点を入力すれば自動で航行する上に、マニュピレータの操作も目標物を自動で判別して行ってくれる。
ポッドの操縦席に乗り込みシートベルトをしたメイビスに、ポッドのボディに捕まったアルトリアが外から説明をしていた。
「まぁ、オートマは楽だけど機動を読まれやすいから戦闘じゃあまり使えないし、早めにマニュアルに慣れておいた方がいいよ」
<マニュアルってどうするの?>
「いろんな種類があるよ。たとえば私が普段使っているのは実際の戦闘機に似せたような操縦桿やレバーなんだけど、それ以外にもタッチパネルで操縦することもできるし、音声入力や視覚入力を使って複数同時に操ることもできるよ。一番メジャーなのはコントローラーだね」
<へぇ。じゃ私はレバーを使ってみようかな。なんか面白そうだし>
そう言ってメイビスは、両方にマニュピレーター操作用の操縦桿があり、アクセルとブレーキのレバーがある物を選択した。
「ポッドはほとんどが自動だから後は、隕石とかに当たらなように気を付けて」
<わかった>
実際操縦してみると、特に問題なく二キロそこそこしか離れていなかったアルトリアのガレージへたどり着いた。
その中で一番の難関であったが着地であったが―――――もしこれがマニュアルで失敗しようものなら爆発四散して、メイビスのガレージからリスボーンし直しとなる。――――以外にも才能を見せたメイビスが問題なく、ガレージの床に着陸した。
<うわぁ、これってなに!?かっこいいね!!>
ガレージにポッドを収容すると、メイビスは『96式艦攻』の近くによりペタペタとあちらこちらを触っていた。
「96式艦上攻撃機だよ。もうだいぶ使ってるしそろそろ新しいのに変えようと思ってるけどね。――――あ、そういえば報酬を確認していなかった」
星系戦以来ログインしていなかったアルトリアは、ガレージ内にあるコンピューターに依然届いたメールに記載されていたパスワードを入力する。
「おわ!!」
<な、なに!?>
画面に受領完了の文字が現れると同時にガレージが大きく揺れ動き、置いてある工具や棚が勢いよく空中に浮かび上がる。振動は数回激しく起きたものの、その後は静かになる。
「なんなのよもう!!」
どこぞの馬鹿が船体で体当たりでもしてきたのだろうか。
そう思ったアルトリアは、悪態をつきながらガレージの外に出て周囲を見渡してみると唖然となった。
今の今まで六角形のガレージが一つしかなかったのに、いつの間にやら四つに増えていた。恐らく先ほどの振動は、このガレージがドッキングする際に起きたのだろう。さらにハチの巣のようなガレージの隣には、横に並んだ二つのリングを四本の支柱で繋ぎ合わせた数百m級の大型艦を係留する浮きドッグがあった。
そして、リング型浮きドッグの中には白銀に輝く一隻の船が係留されていた。
「嘘でしょ」
<あ、ちょっと待ってよ!!>
アルトリアが、慌てて白銀の船の側面に回り込むとブリッジの横には日本語で『あるぜんちな丸』と書かれていた。
「『あるぜんちな丸』……。ハッチはどこ?」
<綺麗な船だねー>
一番近場にあったハッチに触れるとハッチは問題なく機能し開いた。アルトリアは迷うことなく気密区画に入り、メイビスもそのあとに続く。
「ヘルメット外しても大丈夫だよ」
腕時計型の装置を使って空気があることを確認すると、アルトリアはヘルメットを脱いだ。
「ぷはぁ!!これってアルちゃんの船?」
「一応。たぶんこないだのイベント報酬、だと思う。とりあえずブリッジに行くよ」
「うん。わかった」
気密区画を抜けると、品のよさそうな調度品のレトロな内装の船内を二人は艦橋へと向かうことにした。主電源が入っていないのだろう、ほぼ無重力で暗い船内を非常灯が照らしている。
艦橋にたどり着き、中に入ると船長席に青緑色の光る端末が設置されていた。アルトリアが端末に手を置くと自動的にスキャンが始まり船内の設備が次々に起動し、エンジンにも火が入ったのか一気に室内が明るくなる。
――――アルトリア様を確認。全艦システムを起動。オールグリーン。指揮権を譲渡します。NPCを利用しますか? Yes or No
アルトリアは、YESのボタンを押して登録を完了すると同時に艦橋の扉が開き、白い制服を着たNPCが数人入室する。
「初めまして。船長。ご指示を」
初めに口を開いた男性NPCの頭上には副長と記載されていた。
「えーと、あなたはNPCでいいのかな?」
「はい。その通りです。この『あるぜんちな丸』を運用に必要な人員、客室クルーまで合わせますと200名になります」
「わかった。ありがとう。一先ずいつでも発進が可能な状態にしておいて」
「はい。船長」
淀みない動きでNPCたちは席について各システムの確認を始めた。
「ところで、船長。ほかの備品の確認はされましたか?」
「いえ?見てないけど、あの沢山のガレージのこと?」
「はい。あちらも受領の手続きが必要になります。こちらは我々だけで大丈夫なので、見ていらしてはどうでしょうか?」
「うーん。そうだね。じゃあとよろしく」
「承知しました」
副長に言われたアルトリアは、一先ずここはNPCたちに任せてガレージで受け取りを済ませることにした。
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6/15 HPの設定を追加。そのほか修正。