第35話 対空戦闘
漆黒の宇宙空間に青いプラズマ粒子が瞬く。恒星からもたらされる光をわずかに反射しているのは編隊を組んで進む戦闘機と爆撃機の群れだった。
<ユンカース32より第588航空連隊隊長機へ。敵艦隊を発見。データを転送する>
「こちら、第588航空連隊隊長機。情報提供に感謝いたします」
現在第588航空連隊は灯火管制および無線封鎖でのステルス航行を行っている。そのため、索敵機であるユンカースからは指向性の微弱なビームで通信が送られてきていた。
高度に暗号化されたビーム通信を、すぐさま貸与された暗号解読器が3Ðの宙域図に組み替える。ただでさえも狭いコックピットの内でも、さらに小さいホログラムが多数の敵情報を示す。それを確認したパイロットは満足気にうなずいた。
<事前情報通り、周辺宙域には一個艦隊しか確認できなかった。発見される危険性があったため詳しくは確認できなかったが、敵艦隊は陸戦部隊を満載した輸送部隊と空母を主力とした護衛艦隊がごく少数追随していると思われる>
どうやらバラセラバル最大クラン【三大国】に対する計略は成功したらしい。そうでなければ、赤の星へ向かう部隊が報告にあったちっぽけな輸送部隊だけになるはずがない。
今頃バラセラバル側は消耗して数少ない戦力を必死にかき集め、青の星を目指していることだろう。最もゾレグラ側も、とある理由から同様に主力部隊のほぼすべてを青の星で展開しているのだが。
間違いなくこの星系戦の趨勢を決める戦場は、青の星になることだろう。
「では、わたくしたちはその部隊に一撃を与えてからⅤ作戦の護衛へ向かいます」
<しかし。本当に大丈夫か?我々が離脱してしまってはⅤ作戦の空中戦力が貴女の部隊のみになるが……>
「あら。ご心配は無用です。同志大尉。これでも、ゾレグラ最強を掲げておりませんので」
<……そうか。これ以上言うのは野暮だな。ユンカース隊全機帰投するぞ。―――では武運を祈る。魔女殿>
そう告げるとユンカースは、双発の亜空間装置を搭載した翼を振って、近場の小惑星へと進路を変えた。後方に控えていたほかのユンカース隊も続き、次々に翼を翻していく。恐らく小惑星の重力を使ったスイングバイで燃料を節約しながら青の星を目指すのだろう。
彼らと作戦を共にするのは今回が初めてだったが、ステルス航行している編隊に気を使って索敵に引っかかりやすい亜空間航行を控えてくれたようだ。
「彼らには、気を遣わせてしまいましたね。全機へ通達。現在の状態を維持。このままいつも通り静かに行きますよ」
魔女と呼ばれた女性パイロットは、美麗な顔に笑みを浮かべながら、編隊に進路変更を行うように指示を出した。
◇
アルトリアが敵部隊の正体に気が付き、盛大に顔を歪めていたその頃―――。
航空母艦『海鷹』では、手慣れた様子で副長が自ら準備してくれたシフォンケーキに、艦長のメイビスが緩み切った表情で舌鼓を打っていた。戦闘中とは思えない優雅な空気が艦橋の中を包み込んでいた。
「どうぞ艦長。ロシアンティーです」
「ありがとう」
メイビスの腰かける艦長席のサイドテーブルに、副長が音も立てずにソーサーを置く。芳醇な香りを立てるカップの隣には、小さなスプーンと共に見慣れない容器も置かれていた。
「本日はアッサムティーとレモンのジャムを準備しました。本場のロシアンティーはジャムを舐めながら、紅茶を楽しむらしいですよ」
「へぇー。そうなんですか」
副長の説明を聞いたメイビスは、黄金色をしたレモンのジャムをスプーンで口へと運ぶ。柑橘系特有の酸味と甘み、そしてわずかな苦みが口腔の中に広がった。それを楽しみながら、カップを右手で持ち上げ濃い味の紅茶を口に含む。
実はこのロシアンティーを副長に頼んだのは、メイビス自身だった。
今回戦う相手はゾレグラ。つまりロシアサーバ―のプレーヤー達だ。そこでロシアと名のついたものを飲み下す事で、少しでもゲン担いでおこうと思ったのだ。
「そういえば、アルちゃん、じゃなかった。ホワイトリーダーからの連絡は来ていますか?」
「いえ。ホワイトリーダーからの通信はありま―――」
メイビスの問いに通信手が否定の言葉を告げようとしたとき、コンソールの通信機が点灯した。兵士が操作をして、通信を艦橋の巨大モニターへと表示させた。
すると、そこには焦った表情を浮かべたアルトリアが映りだされる。
<メイビス!今すぐ、艦隊を防空体制へ移行させて!>
表情以上に切羽詰まった叫び声だった。ここまで余裕のない彼女を見るとのは初めてだ。メイビスは、すぐにあらかじめ決めていた作戦のコードを指示する。
「全艦へ通達。作戦手順A-1に沿って、防空陣形へ移行してください」
先ほどの緩み切った雰囲気は引っ込み、凛としたメイビスの声が艦橋に響き渡った。同時に船団と護衛部隊のすべてが緊急の戦闘態勢へ移行していく。
艦橋の中央に設けられたホログラムが、艦隊の全体像を映し出していた。まるで軍隊蟻のようにうごめいている赤い光点の一つ一つが船団に所属する船を示しており、各艦の状況が逐一把握できるようになっていた。
このような形になったのも、急造したゆえ練度が心許ない護衛空母や即席の駆逐艦群とは、まともな艦隊行動訓練を行っていないためだ。それゆえに艦隊旗艦である『海鷹』が統合して、すべての艦の操艦を補助することになっていた。
赤色の光点が緑色に変わり、各艦の防空火器が次々にオンラインになっていく。
<航空隊は全機発—――ザザッ敵は――魔女>
「アルちゃんッ!?」
もうすぐ陣形が整うというところで、突如アルトリアの映し出されたモニターにノイズが走った。
<クッ―――!ホワイトⅡ後ろザザザッ!>
通信からわずかに漏れ聞こえる声が殺気立ったものに変わった。それもすぐにメイビスの見守る先でブラックアウトした。
「ホワイトリーダーが交戦に入ったようです。ジャミングにより通信不能です」
通信手が計器を操作して復旧するよう試みたが、数回行った後諦めたように首を振った。
アルトリアは何か重要な情報を伝えようとしていたようだが、こうなっては聞くことはかなわないだろう。メイビスは、何も映っていないモニターから視線を逸らして、両頬をパンパンと叩く。そしてキッと引き締まった表情で副長に告げた。
「艦隊および船団へ通達。速力を第一戦闘速度まで上げます。航空隊は発艦後、担当区域の嚮導艦に従って上空の護衛についてください」
現在の通信状況では、アルトリアと連絡が取れるようになるのは、いつになるかわからない。
メイビスは、アルトリアが撃墜されることなど微塵も考えていない。それよりも、護衛部隊の隊長であるホワイトリーダーが不在の今、襲撃を受けた場合をどうするべきか。
『海鷹』から発艦する航空隊を見ながらメイビスは、わずかに冷めた紅茶を一気に飲み干した。
アルトリアから通信が切れてから数分後。今度は艦隊の先頭を進む『アイダホ』のロバートソンから通信が届いた。
<こちらRobertson。Commanderに報告。方位02に機影を感知したが数秒前にlostした。『Idaho』の索敵レーダーから逃れるとは、どうやら奴らの中には優秀な電子戦機が混じっているらしい。詳しい状況を確認するため偵察機を出す許可をくれ>
ロバートソンの報告を聞く限り、現在の速力では船団はとても逃げ切れない。そうなれば、先手を打ってできるだけ敵の数を減らすしかない。
数秒考えたメイビスは、浅黒い顔に好戦的な笑みを浮かべたロバートソンに対して、頷いて同意を示した。偵察隊のほとんどが帰投しており、一部の部隊は補給が完了している。すぐに、発進可能な部隊に出撃を命じた。
<敵の位置が分かれば『Idaho』の主砲で先制攻撃ができるがしてもいいカ?>
「構いません。有効射程に入り次第任意での射撃を許可します。ただし航空隊も動きますので誤射に注意してください」
<了解だ!out>
通信が切れるとメイビスは、すぐに隣に控えていた副長へ視線を向けた。
「偵察隊の帰投状況はどうですか?」
「はい。ホワイトリーダーおよび僚機を除いて、未帰還なのは三部隊ですが、これらも所在が確認できております。接敵前には、合流できるかと」
「そうですか」
メイビスは、顎に手を当てて眉を顰める。そして、すぐに細い指でタッチペンを握り、艦長席に備え付けられた小さなモニターをタップした。
ひとまず、『海鷹』の『零式艦上戦闘機21型』十八機と各戦隊に配備された『零式艦上戦闘機33型』を四十機の計五十八機を即席の攻撃隊として、接近中の敵編隊の予想進路とソ4船団の中間地点に展開するように指示した。
あくまで予測進路ではあるが、もし外れて攻撃が空振りに終わったとしても、すぐに帰還できる距離だ。
それに例え船団を守る戦力の半分を放出することになったとしても、近づかれる前に処理する方が安全だとメイビスは判断した。
船団は進路を若干変更して、敵部隊から少し外れるようにして、赤の星へ向かうように追加で指示をする。
「はぁ。アルちゃんがいればな」
タッチペンを置いたメイビスの口から、思わずそんな言葉が漏れ出る。
この判断が本当に正しいのか。本音を言えば不安だった。しかし、アルトリアがいない以上、艦隊を預かる自分が判断を下すしかないのだ。
初めて感じる押しつぶされそうになる重圧にメイビスは、拳を強く握りこんだ。
◇
「『アイダホ』が射撃を開始しました」
はるか遠く、輸送船の間をからわずかに青色に輝く光の線が見えた。開戦の火蓋を切る『アイダホ』が搭載した14inch三連装レーザー砲の射撃だ。
ほぼ同時に、偵察機からの情報が入ってくる。敵部隊はほぼメイビスの予想通りのコースを進んでいた。確認された機影も爆撃機が二十機程度。これなら数で勝るこちらが有利だろう。
<こちら、フォルテⅠ.敵部隊と交戦!敵は『ANT-40』が四機、『Su-2』が十七機!>
<こちらシャープⅢ!敵機撃墜!>
「えっと……『ANT-40』と『Su-2』―――これかな」
『アイダホ』の艦砲射撃から送れること数秒後、『海鷹』航空隊から戦闘開始の通信を受け取った。その中には早くも撃墜報告が含まれていた。
艦長席に腰かけていたメイビスは、手元の端末を操作し数あるライブラリーから件の機体データを探し出した。
『ANT-40』『Su-2』ともに分類は爆撃機。攻撃力および速力はそこまで高くない。現役の機体ではあるが、どちらも機種変更が進んでおり旧式に分類されるとの事だった。新型機でないのであれば、アルトリアが鍛えた航空隊が負けるはずがない。
実際、電子戦機はすぐに撃墜されたようで、ジャミングも解除されていた。
レーダーに表示される味方機の光点が敵機とすれ違うと、まるで道路に落ちたかき氷のように敵機が溶けていく。その様子を見たメイビスは、嬉しさのあまり思わず頬が緩みそうになった。
これなら、勝てる。そうメイビスが確信した時、艦橋にけたたましい警告音が響き渡った。
「な、なに!?」
敵機はまだまだ遠くにいるはずだ。だったらなぜ、今攻撃を知らせる警告音が鳴っているのか。
あまりにも唐突な警報音に混乱するメイビスをよそに、船団の下方を護衛していた第六戦隊旗艦の駆逐艦『パーシヴァル』から通信が入った。
<こちら『パーシヴァル』、下方より敵機接近ッ!―――くそったれ!輸送船が食われた!一体どこから来やがったんだ!こちらの装備では対応が追い付きません!>
「い、一体どこからッ!」
ロバートソンの部下であるプレーヤーが『パーシヴァル』の艦長が、切羽詰まったように報告する。
彼の慌てようも当然だろう。なんせ先ほどまでレーダーには何も表示されていなかったというのに、現在は八十機ほどの敵機が船団の下方に現れていた。まるで魔法でも使っていたかのように。
「メイビス艦長!航空隊を!」
「―――航空隊全機へ通達、すぐに船団下方への対応を!それから、各船は管制に従い対空射撃を開始してください!」
副長の声に我に返ったメイビスは、すぐに残っていた航空機を迎撃に向かわせる。しかし、その一瞬の隙で敵機は船団の中枢部まで侵食していた。
「機銃掃射開始!」
色とりどりのレーザーが宇宙空間を埋め尽くす中、一隻また一隻と火を噴いていく。ついには旗艦『海鷹』の右舷に輸送艦を潜り抜けた敵機が出現した。慌てて銃座が旋回し、レーザーを浴びせるが、敵機はそれを嘲笑うかのように艦橋の前を掠めていく。そして右隣を航行していた『神州丸』の船体に火柱が上がった。
「『神州丸』被弾!」
「そ、そんな!」
メイビスが悲鳴にも似た声を上げた。
あらためて、ここまで読んでいただきありがとうございます。
遅くなり本当に申し訳ありません。今後もノロノロ更新しますのでどうか、気長にお待ちいただけると幸いです。
ブックマークおよび評価してくださった方、本当にありがとうございます。




