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第32話 戦支度

今回は、説明分が多くなっています。

 いつも通りのつまらない授業が終わった後、昼食の時間になり冬華と真優は食堂にやってきていた。


 二人の通う学校は公立高校ではあるものの、綺麗に整備された食堂と売店がある。夏休みには一部の進学を目指すクラスの課外か、部活動をしている生徒しか来なくなるので閉店していた。


 しかし、こちらの方がコンビニで買うよりも断然、安くて美味しいため、冬華は普段からよく利用していた。

 そして今日は珍しいことに、真優も手作りの弁当ではなく購入すると言う事で二人そろってお財布とバッグを持って食堂へ向かっていた。


 食堂のランチは、安いうえにボリュームがあるため運動部の男子生徒や体育科の先生達に人気で、この時間帯の食券販売機の前はソラハシャに出てきそうなむさ苦しい人達で、いつも混雑している。 

 冷房の効いているはずなのに屋外よりも暑そうな混雑を避けながら、二人は食堂内にある購買へと向かった。


 購買にもそこそこ人がいたが、手際よく客を捌く店員のおばちゃんの手腕により、そこまで混雑はしていない。

 地元のローカルスーパーの惣菜パンや創作おにぎりなどが売られている中、冬華は、新作と銘打たれたおにぎり三個と安いお茶のボトルを買う。

 迷っている様子の真優はおいて、周囲を見渡して一足先に席を確保する。


 遅れてやってきた真優はラップに包まれた長方形のサンドイッチの詰め合わせをもっていた。


「よいしょ」

「ねぇ真優、さっきから気になってたんだけど、それ何?」


 腰を下ろした真優に、冬華が朝から気になっていたことを質問する。

 真優が普段持ち歩いているバッグの中から、教科書以外の見慣れない本がちょこんと頭を出していた。


「あぁ。これ?」


 そういって、サンドイッチに巻かれたラップを外していた手を止めて、中途半端に開いていたファスナーを開ける。


 冬華の前に置かれたのは、赤い表紙に『社会を生き残れ!!~ビジネスに成功するための孫氏の兵法~』と、ビジネスマン受けしそうな少し硬めの字体で題名が書かれた本だった。

 それを手に取りしげしげと見る。

 裏表紙にバーコードが貼られているので学校の図書館のものだろう。


「うちの学校って、こんなの置いてたんだ」

「うん。ほかにもこんなのがあったよ?」


 そう言って真優が差し出してきたのは『日本軍から学ぶ失敗しない上司』という文庫本や『起業するために読んでほしい本。第二次大戦中の日本と世界の戦略を知る』といったミリタリー系のビジネス書だった。

 学校の就職支援関係の書棚にあったらしい。


「へー。意外と面白そう」

「だよねー。私、図書室にこんなのがあるって知らなくて」

「でも、急にどうしたの?進学から就職に変えるの?」


 冬華は パラパラと渡された本を流し読みしながらそう質問する。進学校ではあるが、例年少数ながら有名企業へ就職する生徒もいる。

 これらのビジネス書は、そういった生徒に対する教材だ。


「違うよ。ただボスから、お前は少し軍事できなことも学んでおけって言われたから」

「……ボス?」


 真優の答えを聞いた冬華は、文字を追っていた目線を上げ怪訝な顔をした。

 ボス?は確か、濃厚なミルクとのブレンドが楽しめる缶コーヒーの名前だったか?いや、あれの名称はドンだったはずだ。


「あぁ、えっと【愛国者(パトリオット)】のマスターの蝮さんの事。みんなボスって呼んでるからいつの間にか私もそう呼ぶようになってた」


 真優が照れくさそうにえへへと頬を人差し指で掻く。冬華は、その様子を見ながら納得した。

 確かに蝮もいきなり何も知らない女子高生に軍事的な説明をするのは大変だろう。


 そう考えると蝮が真優にミリタリー関連のビジネス書を進めた理由もわかる。


 ビジネス書から噛み砕かれた軍事的なことを学ぶというのは、効率がいいのかもしれない。まぁ著者もこのような使われ方をするとは思ってもいないだろうが。


「そういえば、冬華ちゃん、ボスから星系戦のルールをちゃんと聞いて、編成をどうするか決めてこいって言われたんだけど」

「説明してなかったっけ?」

「うん。されてないかな」

「わかった。ひとまず、ご飯食べながらにしようか」


 そう言って冬華は、生産者の書かれたシールとラップを剥いで、包まれていたおにぎりを一口食べる。真優も、卵が挟まれたサンドイッチを両手で持ち上げて、小さな口でついばむように食べ始めた。


「……まず、星系戦に参加するには開始日時の一日前までにバラセラバルでエントリー登録が必要なの」


 冬華は、片手におにぎりを持ったまま、スカートから自分のスマートフォンを取り出し、ソラハシャのアプリを起動する。


 アプリ画面には大きくエントリーの締め切り時間が表示されていた。


 着々と減少する秒数を確認すると締め切りまであと五日だ。この時間が零になるまでにバラセラバルの第一都市にある惑星庁で必要事項の記入を行わなくてはならない。


 この時、エントリーするためには装備や船舶を一緒に登録する必要がある。その際には一人当たりのコスト制限が設けられる。


「今回の星系戦で使えるコストは一人20000p(ポイント)。で、このコストを個人装備と車両・飛行機、艦船の三つに大きく分類するの」


 スマートフォンの画面には、ずらっと様々な装備がコストごとに一覧になっていた。


 個人装備は、防弾チョッキやヘルメットといった防具と銃・迫撃砲などの個人が携帯可能な火器全般の項目で、最大コストは100pまでとなっている。


 今現在、冬華が持っている『百式機関短銃』はコストが10p、これに地上用の防具一式と予備弾倉、手榴弾、無線装置などを合わせて合計で30p程度になる。


 車両・飛行機は、宇宙機や地上機、戦車や装甲車、回転翼機、パワードスーツが含まれる。最大コストは一機、あるいは一両あたり1000p。


 例えば『海鷹(かいよう)』に搭載された『零式艦上戦闘機21型』のコストは250p。【龍兵団】が運用していた『オ号低空強襲機』は基本80pで『九七式中戦車』を搭載した場合には200pになる。また【菊兵団】のような地上軍歩兵の場合、部隊ごとにコストを消費する。


 この項目に関しては、コストをオバーしない限り投入数には制限がない。


 艦船は、ほかの項目とは異なり、装備されている武装にそれぞれコストが発生する。


 例えば護衛空母『海鷹』であれば『零式艦上戦闘機』が十八機。『97式艦上攻撃機』が六機、それから『二式亜空間戦闘機』と冬華の『相棒』の二十八機を搭載する予定だ。


 このうち、『零式艦上戦闘機』が250p、『97式艦上攻撃機』が210p、改修されている『二式亜空間戦闘機』はちょっと高めの300p、冬華の『相棒』は170pで合計6230pとなる

 

 これに『海鷹』本体のコスト5000pが乗っかり、『海鷹』一隻を運用するのに11230pが必要になる。


「じゃ、残りのポイントはどうするの?」

「あぁ、それについてはね。今回の星系戦から変わったんだけど、復活(リスポーン)に各人のポイントを消費することになったんだ」


 以前は、攻め手はチケット数で復活ができるようになっていたが、今回から各個人の持つポイントを1000p消費して復活できるようにバランス調整が入っていた。


「まぁ、【兵団】の人たちみたいに、正面切って戦うコストの少ない人が多く復活できて戦えるように調整したんだと思う。と言っても、復活は最大十回までなんだけどね」


 それ以外で使わないポイントに関しては、各部隊、あるいは艦隊で共有することができる。


 つまり、あまりコストを必要としていないプレーヤーは他のプレーヤーに譲渡することにで、間接的に戦局に関与することができる。そして、関与が大きければ大きいほど貰える報酬は増えることになる。


「いままでだったら、【三大国(トリニティ)】の三本柱で攻略をしていたんだけど、今回はちょっと事情が違うからね」


 たとえコストが高く、運用が困難な兵器であっても部隊全体の余剰ポイントを集めれば戦える場合もある。


 故に【三大国】のパワーバランスが崩れた今、戦力を集中させることのできる連合艦隊はある意味とても有利なのかもしれない。


「といっても私たちだって、依頼主の【兵団】の指揮下に入ることになるから、コストはかなり自由にできると思う。第一私と真優のポイントだけでも『海鷹』と『羽風』は運用できるしね」

「へぇー」

「あと重要なのが、攻略目標かな」


 星系戦では特定の三か所の地点を占領を目指す侵攻側と、敵の撃退を目的とする防衛側に分かれる。


 防衛側は、基本的に政治の中枢である第一都市と工業地帯の第二都市、後一か所星系内の惑星か衛星に迎撃用の基地を敷設しておく。


 侵略側はこのうち最低二か所を制圧し、奪取(インターセプト)すれば勝利となる。


「【兵団】がどこを攻略するかはわかってないけど、たぶんゾレグラは赤の星と青の星、それから第十一惑星のレセトアに基地を置くんじゃないかな?」


 おそらく、このあたりの詳しい配置については、蝮が率いる【愛国者】が調べていることだろう。


「まぁ、数日もしたらもっと詳しい情報が出ると思うから、それを確認してテンドンさんとライデンさんに相談するしかないね」


 そういうと、冬華はペットボトルのお茶でおにぎり飲み下した。


「あと、星系戦はイベント時間が五時間から六時間程度だけど、その間ゲーム内の時間は一時間で一日進むから、注意が必要かな」

「それって、時差ボケとかするんじゃないの?」

「多分大丈夫だと思うけどね。なんせ、私は何回も体験しているし、残りは今夜話そう」


 ◇

 

 その日の夜、アルトリアはメイビスと一緒にファリス星系のすぐ近くで演習を行っていた。そこに、見慣れない通信が送られてきた。


<よぉ。久しぶりだな。アルトリア、メイビス>

「会議依頼ですね。蝮さん」

「私は三日ぶりですよ。ボス」


 『海鷹』の艦橋にある一番大きなモニターに、【愛国者】のクランマスター蝮の姿が映し出されていた。どうやら、彼は戦闘から帰ってきてすぐのようで、顔には煤の様なものがついていた。


「突然どうしたんですか?」

<いや、先ほどゾレグラに関する新しい情報がわかってな>


 そう言うと蝮はニヤリと左の口角を上げた。左目に装着された眼帯がウィーンと微弱な音を出ているのをあちら側のマイクが丁寧に拾った。


<せっかく【愛国者】で新兵訓練を終えたんだ。初陣を飾る新兵(ルーキー)を少しぐらい贔屓してもいいだろう?>

「何かわかったんですか?」


 メイビスの問いかけに蝮は頷いて、モニターの外で何かを操作する。

 すると『海鷹』の秘匿回線に暗号化されたファイルが送られてきた。パスワードをあらかじめ聞かされていたのか、メイビスが手際よくキーボードを叩く。


 アクセスが認証されると多くの動画ファイルが艦橋中央にあるホログラフィックに広がり、ふわふわと浮かぶ。


「これは……」

<ゾレグラの艦隊位置情報だ>


 3D地図を示した画像の一つをアルトリアがタップする。それはゾレグラの主力となる艦隊が今どこにいるのかを示したものだった。少し時間がさかのぼっているのは、情報を引き出した時点で止まっているからだろう。


 ほかにも、実際に集結しつつある艦隊に近づいて撮ったと思われる時折ノイズの走る映像も添付されていた。

 偵察機による強行偵察のお陰か、艦隊の構成がかなり鮮明に把握できるものだった。

 映像のほとんどが、最終的には撃墜され爆発音と共に途切れてブラックアウトしていた。


「いいんですか?これは【愛国者】が犠牲を払って得た情報でしょう?」


 いくつかは無人機によるものだと思うが、それでも半数近くは明らかに有人機が撮影したものだった。


<心配するな。偵察で死んだやつは機体の損失だけだ。それにこの映像を渡すことは、プレーヤー達から許可は得ている>

「え……つまり」

<うちの連中がメイビスになら、命がけで収集してきた情報を渡してもいいと思ったんだろう。あの戦闘狂どもからかなり好かれているな>


 モニターに映っていた蝮がさらに笑みを深くした。


<さて、この配置から考えるにどうやらゾレグラの主力艦隊、その九割近くが青の星に向かっている。それに比べて赤の星近海は、少数の機動部隊と沿岸砲、地上部隊が配置されているだけでかなり手薄だ>


 ゾレグラの二つの星は恒星を中心に同じ楕円形の軌道を回っている。距離はかなり離れて、移動するには半日は必要となる。

 極端な配置だ。

 アルトリアは、顎に手を当ててホログラフィックを睨み付けた。


「つまり、赤の星の防衛を捨てて、青の星に戦力を集中させたわけですか」

<あぁ。こちらの艦艇が消耗していることを前提にした作戦だな。……【アルテミス】と【愛国者】の戦力が大きく削がれている以上、以前のように分散するは各個撃破されるリスクを生む>


 蝮の言葉を聞いて、アルトリアは思わず難しい顔をした。


 青の星にある第一都市は、攻略すれば最も報酬が大きい。星系戦を征するためにも、最重要拠点だ。


 そこに、主力艦隊が展開している。それ以外にも内宇宙防衛のための沿岸砲などもあるだろう。

 敵は戦力の一極集中で今まで以上に増強されている。となれば、バラセラバル側が総力をあげて事に当たったとしても、戦力比は埋まらないかもしれない。

 無論、連合艦隊にどの程度の艦艇が集まっているかは、まだわからないが大分厳しい戦いになりそうだ。


 それにしても、何か引っかかる。

 ゾレグラの九割近い艦隊が青の星に集結している。では、その他の拠点はどうするのだろう?


 アルトリアが抱いたわずかな疑問は蝮の話によって途切れる。


<バラセラバル連合艦隊は、【三毛猫海賊団】を主力に八つの艦隊で挑むが、実質戦えるのは第一艦隊から第六艦隊までだ>

「第七と第八は地上部隊と補給部隊ですね」

<【菊兵団】と【龍兵団】が連合艦隊に参加しなかったのは痛手だ。おかげで【愛国者】が陸戦隊をする羽目になった。(おれ)の隷下にあるのは第六艦隊八百隻と第七艦隊の陸戦隊と護衛の五十隻だけだ>

「【愛国者】は八百しか出せなかったんですか?」

<いや、正確には六百隻だ。それ以外は、こちらで雇った【傭兵】だ>


 千を超えるクランメンバーを抱える【愛国者】がたった六百しか出せないというのは、衝撃的な情報だった。それだけ、先の戦いにおける損害が大きかったのだろう。


連合艦隊司令長官(ミーシャ)殿からは、寄せ集めの【傭兵】艦隊は三つ目の拠点となるであろうレセトアへ侵攻しろとのご命令だ>


 皮肉を隠そうともしない蝮が胸ポケットから葉巻を取り出す。モニターの横から誰かの手が出てきて、点火したライターで火をつけ、口にくわえた。

 彼が不満げになるのもうなずける。第六艦隊は少数で一拠点を攻略するように求められている。つまり、捨て石に近い状態だ。


<まぁ、傭兵である以上雇い主(クライアント)の移行には従うが……>


 紫煙を漂わせる蝮の心内を察したメイビスが苦笑した。


「—――ところで、私たちはどういう扱いになるんですか?」

<お前さんらは、独立部隊だ。指揮系統はこちらとは別になるから好きにすればいい>


 そして、蝮は葉巻の灰を携帯灰皿に入れると咳ばらいをした。


<だから、これは命令ではなくてお願いになるんだが、可能なら赤の星を攻撃してほしい。―――俺の勘だが今回の星系戦、どうも順当な総力戦とはいかない気がしてな。奪取できれば最上だが、無理なら第六艦隊が本隊に合流するための時間を少しでも稼いでほしい」


 アルトリアは、彼の話を聞いて自分の持っている情報と合わせて考えた。

 

 蝮は、この不利な状況でも拠点を攻略するつもりでいるようだ。

 

 ならば戦力がほぼ護衛艦隊のみのアルトリア達独立部隊でも、手薄なところを狙ったら戦況に大きな影響があるかもしれない。


 地上戦に特化した【兵団】なら、ちゃんと護衛できれば赤の星の奪取だって可能かもしれない。

 もし、二か所攻略できたなら、こちらの勝利は確定する。


「わかりました。こっちは【兵団】のマスターと相談してみます。情報ありがとうございます」

<―――気にするな、ホワイトリーダー殿?>


 最後の最後にウグッと餅を詰まらせたような声をアルトリアがあげる。蝮は愉快そうに笑い通信を切断した。

 映像が途切れて何も映していないモニターをアルトリアはあきれたように見つめる


 【兵団】から漏れたのか、あるいはレッドリーダーが大々的に宣伝したのか。


 どちらにせよ、蝮はアルトリアがホワイトリーダーであると言う事を知っていたわけだ。

 そうなると情報を提供してくれた彼の目的は、メイビスへの手向けだけではなく、アルトリアへ恩を売るという考えもあったのだろうか。


 対価に何を要求されるかわからないが、つくづく【三大国】のマスターは油断できないとアルトリアはため息をついた。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークや評価してくださった方、ありがとうございます。励みになります。


さて、次回は星系戦開始する一歩手前のお話になります。

新キャラがまた増えますがよろしくお願いします。

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