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第30話 兵団長の依頼

平成30年8月11日変更

特大発→SS艇 

ソ4船団800隻→450隻


平成30年11月17日変更

誤字脱字、文章等々を改稿 内容に大きな変更はありません

 レッドリーダーの部隊と『海鷹(かいよう)』の航空隊がゾレグラの輸送艦隊へ襲撃を仕掛けてから、現実(リアル)で三日後。

 アルトリアとメイビスは、会談場所に指定されたB8星系へと向かっていた。


 B8星系はバラセラバル星系から最も距離が遠い星系の一つで亜空間ゲートを数か所経由しなくては行くことができない。


 そして距離も問題だが、アルトリアには別の問題もあった。

 亜空間ゲートは距離が遠くなるにつれて通行料が跳ね上がる。もしアルトリアの所有する『海鷹』や『羽風(はかぜ)』で向かおうとしたら燃料代も含めて馬鹿にならない出費になる。


 そこで出番となったのが、レッドリーダーが『海鷹(かいよう)』に置いて行ったイエローリーダーの『二式亜空間戦闘機』だった。

 『海鷹』に亜空間航行が可能な偵察機が搭載されていないことを知ったレッドリーダーが勝手に置いていったのだ。


 元の持ち主であるイエローリーダーには悪いが、遠慮なく使わせてもらうことにした。一応メッセージを送っているので大丈夫だろう。


<それで、アルちゃんは【兵団】の人たちとは知り合いなの?>

「うーん。実を言うと直接は会ったことはないんだよね」


 プレーを始めてからずっと飛行機に乗っているアルトリアは、地上戦に参加したことがなかった。ただ、一度撃墜されたときに助けに来てくれた救助ヘリが【龍兵団】所属のものだったと記憶していた。


<こちら、ステーションコントロール。付近を航行中の航空機に告げる。所属を知らせよ>


 アルトリアが撃墜された時の悔しさを思い出して苦い顔をしていると、機体の通信機が鳴った。進路上でデブリに紛れていた古い型の宇宙ステーションから通信だった。


「—――こちらバラセラバル所属護衛空母『海鷹』搭載機。アルトリアとメイビスです。レッドリーダーの名前で、着陸願いが出ているはずです」

<確認する。現在の高度で待機されたし>


 返答が返ってくるまで、アルトリアは、キャノピー越しに宇宙ステーションを観察する。


 凡そ100m程度の水筒のような形をした簡素な作りの居住区と、居住区よりも三倍ほどの巨大なソーラーパネルが四枚で構成されていた。

 生産性を重視したためか(ポート)はなく、水筒の両端に接舷用ハッチがあるのみだった。そのうち一つには、地表から補給物資を運んできたのか、居住区よりも巨大な輸送用シャトルが停止していた。


 惑星軌道を周回するステーションとしてはいささか心許ないが、本格的な交易ステーションを建造するまでの間に合わせのものなのだろう。現にステーションの隣には、建材が点々と漂っていた。


<こちら、ステーションコントロール。着陸許可を確認した。第1補給基地、第8滑走路へ向かわれたし。—――あぁ。あと下駄(フロート)は、ステーションの軌道上で預かっておけるがどうする?>

「そうですか?―――ならお願いします」


 事務的な口調を崩した管制官(プレーヤー)からの提案に、アルトリアはすぐに頷いた。


 実は『二式亜空間戦闘機』の機首に装着された楕円型の亜空間跳躍機関(フロート)は、機体の着陸脚よりも大きいのだ。このまま滑走路に降りれば、間違いなく火花を散らして、盛大に地面とキスすることになるだろう。

 

 仕方がないから適当に静止軌道に放置していこうかとも考えていたのだが、気を利かせてくれた管制官に遠慮なく甘えることにした。

 すぐに、いくつかのスイッチを操作して亜空間跳躍機関(フロート)を分離させる。


 並行して地上では役に立たない機体の後方に装着された四基の追加ブースターと落下型増槽(ドロップタンク)も外す。


 すると機体のアイコンが『二式亜空間戦闘機』から『零式艦上戦闘機一六型』へ変更された。


 実はこの『二式亜空間戦闘機』、純正の機体ではなく『零式艦上戦闘機一六型』に無理やり亜空間跳躍機関(フロート)を装着して作られた偽装機体だった。


 しかもこの『零式艦上戦闘機一六型』は、宇宙用に調整された『零式艦上戦闘機』のプラズマエンジンを地上機である『九七式戦闘機』の燃焼エンジンにダウングレードしたものだった。

 当然、宇宙戦闘は不得手だ。唯一の利点があるとすれば、軽量な機体であるため大気圏内での航続距離に優れるぐらいだろうか。


 さらに、本来プラズマエンジン用に開発された亜空間跳躍機関も装着できないはずだ。なぜそんな期待を無理やり改造してまで、偽装させたかったのか。

 地上と宇宙空間、そして亜空間さえも偵察できるようにしたかったのだろうが、もう設計者の思想どころか狂気ともとれる執念が見て取れる。


 そんなイエローリーダーの生んだ化け物(キメラ)とも呼べる機体だったが、通常飛行するには問題なかった。それどころか、どのような場所でも行けるのだ。ある意味で、幅広い用途で使えるマルチロール機の完成形だった


 アルトリアは、亜空間跳躍機関(フロート)落下型増槽(ドロップタンク)が付いたブースターをドッキングさせて、ステーションから照射されるレーダー誘導に乗せた。


<レーダー誘導を受信。よしOKだ。……地上では、地上管制の元に安全な飛行を頼むぜ>

「ありがとうございます」


 ちゃんと誘導され始めたのを確認して、管制官からの返事を受け取ると、アルトリアは付き物が落ちたように随分とすっきりとした『零式艦上戦闘機十六型』でバンクを振った。


「よし。じゃあ、大気圏に入るから少し揺れるけど我慢ね」

<はーい>


 惑星へと機体の向きを変えて、後部座席に座るメイビスに声をかける。

 彼女からの返事を聞くと、計器類の最終チェックを行う。すべての計器が正常に作動していることを確認すると、指定された基地の場所を入力する。


 そして一分ほど待つ。

 B8V1495の自転に合わせて、操縦桿を横に倒して九十度ロールし、そのままスロットルを慎重に上げながら機体をダイブさせた。


 ◇


 地上の管制官の指示にしたがい、草原のど真ん中に作られた真新しい野戦飛行場の滑走路へと『零式艦上戦闘機十六型』を着陸させた。


 周囲には、造形に失敗したギザギザしたカマボコ屋根の倉庫が整然と並んでいた。

まだ舗装されていない滑走路に着陸させると、駆け寄ってきた整備兵に誘導されて格納庫前へと機体をゆっくりと進める。


 誘導されたのは格納庫前の駐機スペースだった。

 隣には、新型機がロールアウト寸前という噂が流れ、急に値段が下がり始めた地上機の『一式戦闘機(はやぶさ)』や旧式も甚だしいレシプロエンジンを搭載した『ドルニエDo.N』を改良した『八七式重爆撃機』が補給を受けていた。


 機体のブレーキをチェックすると、アルトリアはエンジンの火が落ちきる前に、コックピットのキャノピーを開けて立ち上がった。

 ヘルメットを外すと暖機中の機体から放出される熱風によって、銀色の長髪が緩やかにはためく。


 憧れはあるが、やはり短い髪の方が楽だ。アルトリアのアバターの長髪を鬱陶しく思いながら、後ろの座席のメイビスに手を差し伸べた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 アルトリアとメイビスは基地整備兵が設置してくれたタラップを降りる。


 と、機会を見計らったかのように屋根のないオリーブドラブ色の軍用車が停車した。車高が高いくせにやたら細長いオフロード用のタイヤを履いた車は『九五式小型乗用車』。

 バラセラバルでは『くろがね』の愛称で親しまれる車だ。


「よう来たなぁ。歓迎するわ」


 まるで爆撃を受けたかのようなボサボサの髪を使い込まれたゴーグルで抑え込んだ男が、『くろがね』から降りてくる。

 カーキ色の半袖服の上に、分厚い防弾チョッキを着こみ、インカムと一緒になった大きなイヤーマフラーが首元にかけていた。

 

「はじめまして。ワイが【龍兵団】のマスターライデンや。気軽にライさんって呼んでな」

「あ、初めまして。私はアルトリアです。こちらはメイビス」

「よろしくお願いします」

「そんな、固くならんでええよ。とりあえず、ここは危ないさかい、ちぃいと遠いけど司令部に案内するわ」


 ライデンがニッとフレンドリーな笑顔を浮かべると、二人を『くろがね』に乗るように促した。不格好な見た目通り、腰を下ろした『くろがね』の後部座席の座り心地の良くない。


「いや、それにしてもほんま遠いところからご苦労さん」


 運転席で、ゴーグルをかけなおしたライデンがゆっくりと『くろがね』を発進させる。

 

「いえ。それよりもレッドリーダーは、もう来られているんですか?」

「あぁ。すまん。いま二人とも作戦中なんや」


 ガソリンエンジン車らしい少し臭い排気ガスを後方に吐き出しながら、『くろがね』が徐々に加速していく。

 同時に、風が真正面からアルトリアとメイビスにあたる。


「作戦ですか?」

「せや」

「でも、ここは中立地域ですよね?戦闘はないはずでは?」

「確かにここは中立地帯やった。つい一週間前までな」


 何やら意味ありげなライデンは、前を見ながら片手で胸ポケットからスマートフォンぐらいの大きさの3Dホログラムを取り出した。


 アルトリアはホログラムを受け取りスイッチを入れる。

 表示されたのはV1495の広域地図だった。一部が前の座席によって隠されてしまったが、現在の状況を確認するには十分だろう。


「ここV1495はアジアサーバーを中心に、日本、ロシア、アメリカの民間企業(プレーヤーギルド)の連中が開発を進めていた星や」


 ホログラム上にあるV1945の地表にはいくつものプラントと企業のロゴが表示さている。

 そのほとんどが現実(リアル)でいうところの上場企業なみに知名度のある企業(ギルド)ばかりだった。一部には、【三大国(トリニティ)】の傘下も確認できる。


 V1495には多くの企業が進出しているが、そのほとんどは不戦協定を結んでおり、軍事力も社内警備にPMC(民間軍事会社)を雇うぐらいが精々という。


 ライデンから説明を聞いたアルトリアは、首を傾げた。

 こんな平和な惑星に生粋の戦闘集団である【菊兵団】や【龍兵団】がいるのはおかしい状況だ。


「やけどな、つい一週間前、ある中華系のクランが乗り込んできてな。こいつらが、また厄介な奴やって。……なんや、現実(リアル)の事をいろいろとゲームの世界に持ち込んで、誹謗中傷するし、営業妨害するし、果てには戦車連れてきて違法占領するし」


 そういうと、ライデンはハンドルを握ったまま肩をすくめた。


「結局中華系のクランマスターは運営を怒らせてアカウント消去。残りの部隊のほとんどは指名手配された。んで、そいつらをせん滅するために一番近いところにおったワイらが派遣されたわけや」


 まぁ、おかげでガッポリ儲けられたわ!そういいながら、ライデンは大口を開けて笑う。

 するとハンドルを切り損ねたのか一瞬、道路からはみ出しかける。アルトリアの背筋に冷や汗が流れる。


「おっとっと。とりあえず、敵さんが籠っとる企業都市(コロニー)はあと一つ」

「せん滅戦なら、砲撃をした方が早いんじゃないですか?」


 アルトリアの質問に、ライデンがバックミラー越しにチラッとこちらを伺う。


「そうなんやけど、企業の建物は出来るだけ壊さんでほしいって要請やからな。(うち)の大砲や戦車は使えん。ほとんどの部隊が今移動中でどうせ間に合わん。せやから、菊の歩兵が主力で、レッドリーダーには上空援護と情報収集をやってもろうとるわけ」


 着いたでぇ、とライデンの説明が『くろがね』が止まるのと同時に途切れる。

 連れてこられたのは、この基地で最も高い建物である管制塔だった。コンクリートで作られた建物の上には、アンテナとレーダーがいくつも突き刺さっていた。


 二人はそのまま、最上階のオフィスの様な場所に案内された。

 室内には、テーブルとそれを挟むように二人掛けのソファが二つ置かれていた。ほかにも冷蔵庫や給湯器などが置かれていた。


「あと少ししたら、来るはずやから、少し待っといて」


ライデンが冷蔵庫から取り出したサイダーの栓を開けてそう言った。


 ◇


 それから、待つこと約十分。グラスが空になり、中の氷が解けて大分体積を減らした頃。

ライデンと二人が他愛のない会話をしていると、オフィスに二人の男が入室してきた。


「お、やっときたな。お疲れさん。そんで首尾は?」

「貴様はわが兵団があの程度の雑魚に手間取るとでも言いたいのか?」

「そう睨み付けなさんなって。テっちゃんの目、怖いわぁ」


 最初に入室してきたのは坊主頭に昭和レトロな丸渕メガネをかけ、生真面目に軍服を着こなした男だった。おそらく彼が【菊兵団】のマスター、テンドンなのだろう。


 後ろに続いた男はアルトリアも知っていた。顔なじみであるレッドリーダーだった。

 パイロットスーツを着たままの彼は、アルトリアの顔を見つけると軽く右手を挙げた。


「この、少女たちがレッドリーダーの言っていた空母持ちか?」

「あぁ。そうだ。銀髪の奴がアルトリア、隣の赤髪のお嬢ちゃんがメイビスだな」

「……初めまして。私は【菊兵団】の兵団長テンドンだ。今回は、こちらの要請に答えてくれて感謝する」


 一瞬、値踏みするような視線を向けられたような気もするが、テンドンがきちんとした姿勢で頭を下げた。

 そしてコーヒーサーバーから黒色の液体をステンレス製のカップに注ぐと無言でレッドリーダーに押し付けると、アルトリアの向かいライデンの隣に腰を下ろした。レッドリーダーは折り畳みの椅子を引っ張り出してくると、背もたれを前にして跨ぐようにして座った。


「揃ったことやし、話をしたいんやが、その前に―――アルトリアちゃんとメイビスちゃん。二人はちゃんと戦えるんか?」


 先ほどまでフレンドリーな対応だったライデンが、急に鋭い視線を二人に向けてきた。


「嫌味な言い方ですまんとは思うけどな。ワイらだって九百人を超えるプレーヤーに、十万近いNPCたちの(ライフ)を預かる身なんや」


 アルトリアがどのように答えようかと悩んでいると、レッドリーダーが自信ありげな笑みを浮かべながら口を開いた。


「メイビスってお嬢ちゃんの方は、俺も初対面だから保証はしかねるが、アルトリアの方は信用してもらっても大丈夫だぞ」

「ほう。ずいぶん自信満々やないか?なぁレッドリーダー?」


 ライデンが疑惑の視線を投げ、テンドンが目を細める。

 アルトリアは、レッドリーダーの顔を見てなんとなく嫌な気配を感じた。

 その反応を楽しむように、レッドリーダーは笑みを浮かべた。


「知っている人間は少ないが、実を言うとアルトリアは元【Collars】のメンバーだ」

「……はぁ?!ウソや!!こないな、女の子がリーダーやて?ちなみにコードネームは?」

「今でこそ掲示板で都市伝説とか言われているがな。実際には、居たんだよ。地上機専門の【白】が」

「幻のホワイトリーダー……」


 心底楽しそうな顔をしているレッドリーダーの発言に、ライデンが口をポカンと開けてこちらに視線を投げてきた。

 同様に、だんまりを決め込んでいたテンドンも目を見開いていた。驚愕でもしているのだろうか。

 隣のメイビスは、状況についていけず首を傾げていた。


 視線を向けられているアルトリアとしては、別に隠していたわけではないと大きな声で言いたかった。現に【Collars】のメンバーは知っているし、服屋のジョディだって知っていることだった。

 それでも、なんだか自分が悪いみたいでとても居心地が悪い。


 アルトリアが発言するタイミングをあえて妨げるようにレッドリーダーの話は続く。


「俺たち【Collars】は、戦闘機の【赤】、雷撃機の【青】、爆撃機の【黒】、偵察機の【黄】、輸送機の【緑】の各々得意分野を持つ五人がいるのは知っているだろう?自分で言うのも変な話だが、どいつもこいつも狂った奴ばかりだ」


 そこで、彼は優雅にコーヒーを口に含む。

 その一動作にアルトリアはなぜか無性に腹が立った。


「まぁ。おかげでバラセラバルでは最強の航空隊なんて言われている。が、それは宇宙での話だ。地上だとそうはいかない」


 宇宙用に設計された機体では、まともに地上を飛行することはできない。なんせ、宇宙での軌道変更は、微細な調整を必要とするスラスターで行う。それに対して、地上では当然ながら、空気抵抗や重力によって機体を制御する。


 例えるならば50㏄の原付バイクと1000㏄を超える大型バイクの運転ぐらいに違う。


 レッドリーダーはニヤッと笑みを浮かべると、アルトリアを指さした。


「こいつは、地上機を俺らよりもうまく扱える」

「……それは言いすぎですよ。レッドリーダー」

「謙遜するなよ、ホワイトリーダー。こいつは間違いなく地上機の扱いだったら誰にも負けない。まぁ、宇宙機の扱いは俺たちの方が上だが。……どうだ?これでも、アルトリアのことが信用できないか?」


 持ち上げているようで、最後の最後でカチンとくるような言葉を吐いたレッドリーダーは、クツクツと押し殺すような笑みを浮かべているテンドンに意見を求めた。


「いや、疑って申し訳ない。これほどの逸材をこちらに紹介してくれるとは思ってもいなかった」


 先ほどまでの疑問に満ちた視線はなくなっていた。

 【Collars】は基本的に船団の護衛依頼は引き受けない。それは、彼らが自身の操る機体の性能を最大限に引き出すことに特化したプレースタイルだからだ。

 そのスタイルは輸送機を扱うグリーンリーダーと偵察機を扱うイエローリーダー以外、みな戦闘に特化している。

 それ故に、【Collars】のプレーヤーは空母艦載機の護衛や強行偵察、長距離の物資輸送を行うことがあっても、輸送船を護衛することはない。最初か鈍重な船舶を守ることを想定した訓練をしていないのだ。

 

 最も、本気になれば彼らは余裕でこなせるとは思うが、彼ら自身がそれを好まないのだから仕方ないだろう。


 それにしても、先ほどまでアルトリアを値踏みしていた両兵団のマスターがコロッと態度を変えるのには、さすがに驚いた。

 久しぶりに【Collars】というクランのブランド力を垣間見た気がした。


「せやな。この子やった前回の星系戦の二の舞にはならへんやろ」

「前回の星系戦で何あったんですか?」


 そこで、アルトリアは気になる言葉を聞きつけた。

 アルトリアの問いかけに、両【兵団】のマスターは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。


「……。あぁ。以前のドラッセン星系への攻勢作戦時にな」

「簡単に言うと、護衛を任せとったはずの艦隊が、戦果が欲しいばかりに輸送部隊を見捨てよったんや。そのあと襲われて、輸送部隊は全滅。ポイントを稼ぎそこなって大損。ちなみに、そいつらを紹介してくれたのが【三毛猫海賊団】のミーシャや」


 言いたいことはわかるだろう?とライデンが肩をすくめる。 


「まぁ、護衛に【海賊】を雇ったワイらにも非はあるんやけどな。だからこそ、ミーシャが司令官を務める連合艦隊が信用できん」。


 バンッ!!と派手な音が室内に響く。

 驚いてそちらを見やるとライデンが拝むようにして、机につくぐらい頭を下げていた。


「無茶な依頼なのも理解しとるが、護衛の件、何とか引き受けてくれんか?」

「私はいいんですけど」


 そういって、アルトリアは、隣を横目で見やった。

 腰かけたメイビスの双眸には不安の色がありありと現れていた。


「あの、私はまだちゃんと、艦長としてお仕事をしたことはないんです。ゲームだってついこの間始めたばかりですし……。だから、その、正直【兵団】の人にとって足手まといになるんじゃないかなって」

「君もしかしてルーキーなん?」


 顔を上げたライデンの問いに、コクリとメイビスが小さな顔でうなずく。


「かわまん」

「え?」

「なんやテっちゃんはルーキーを雇ってもええんか?」

「兵士は戦場でこそ成長するものだ。新兵(ルーキー)だからといて、雇わない理由にはならん。問題は信用が置けるかどうかだ」


 てっきり強いプレーヤーにしか興味がないと思っていたテンドンからの言葉に、アルトリアとメイビスは揃って意外だというような顔を浮かべた。


 テンドンは丸渕メガネをクイッと鼻の頭へ押し上げた。レンズ越しに見える瞳がメイビスをとらえた。


「護衛をしてもらう以上、逃亡は許されない。死んででも輸送船を全力で守ってもらう。それを理解してもらえるだろうか?」

「は、はい!!」


 厳しい言葉だったが、それを聞いたメイビスは、怖れ半分と嬉しさ半分といった表情で力強くうなずいた。


「では、契約成立だ。メイビス艦長」


 少し表情を緩めたテンドンが立ち上がるとグローブを外してメイビスに手を差し伸べた。

 この時初めて、メイビスが『海鷹』の艦長として認められた瞬間だった。


 ◇


 こうなると予測していたのか、レッドリーダーは満足顔でソファの上でくつろぎ始めた。

 その隣で、グラスに新たに取り出したサイダーをつぎ足しながら、ライデンが説明を始めた。


「ほんじゃま、具体的な説明をさせてもらうわ。レッドリーダーから一応の話は聞いとるとは思うけど。―――今回、メイビスちゃんとアルトリアちゃんにお願いしたいんは、ワイら【兵団】の護衛や」


 ライデンが胸元からホログラムを取り出すとテーブルの上に置いて操作を始めた。するとそこには、今度の星系戦に参加すると思われる艦船のリストが表示された。


「これ、全部ですか?」


 目が回りそうなほど多くの艦船の名前が表示される。艦隊の規模の大きさに、さすがのメイビスも口をはさんだ。


「そう。数は今んとこ決まっとるのが四百五十隻」

「……。レッドリーダー。さすがに『海鷹』だけでその数は無理ですよ?」


 提示された護衛対称の数に、思わずアルトリアは頭を抱えたくなった。どうすれば二十数機の航空機で四百五十隻の巨大船団を護衛できるというのだ。

 引き受けられるはずがない。


 こんな無謀な話を持ってくるなんて、レッドリーダーは一体何を考えているのか。

 

「焦りは禁物だぜ。ホワイトリーダー。さすがに俺だってそれは理解しているさ。【兵団】からも艦を出す予定だ」

「戦力は?」

「戦艦二、重巡一、軽巡一、駆逐艦二十三や。こいつらはフリーランスの【傭兵】やけど、何度も仕事を一緒にしてる。信用できる。それに戦艦のうち一隻は、航空隊支援用に高性能レーダー装備にしてもらっとるから、能力的には十分や。……あとワイらの保有する特殊船が百八十隻と急ピッチで輸送船を改造しとる空母もどきが数隻やな」


 ライデンの言葉にいくらかの期待をしたアルトリアだったが、細かな艦名を見た瞬間、口から深いため息が洩れた。


 ウィンドウを下にスライドさせて映し出された【傭兵】の艦はまだいい。少数だし旧式艦も含まれているが、艦隊決戦をするわけでないから大丈夫だろう。

 どっちにしろ、戦艦や重巡洋艦は航空戦ではあまりあてにならない。

 アルトリアが、求めるとした打撃戦力としてよりも大型ゆえに搭載できる索敵能力の方だった。


 問題なのは、【兵団】所有の特殊船だ。百五十隻と数は揃っているように見えるが、そのほとんどが地上用装備で宇宙空間での運用は考慮されていなかった。


 レーザー兵器に対する防御コーティングをちゃんと行っているのかどうかも怪しい。

 

 搭載機もまたひどい。一番まともな『あきつ丸』は偵察に仕える機体、例えばカタパルトから発射可能な『九八式直協偵察機』や『零式艦上戦闘機』などに載せ変えれば、利用できるかもしれない。


 だが、運用できる機数は少なく、航空戦力として考えるのは難しい。

 これが二隻。


 あと、一応の航空戦力を持っている『神州丸(しんしゅうまる)』や『摩耶山丸(まやさんまる)』等の強襲揚陸艦が十八隻。


 しかし、これらが運用するのは『カ号』や『オ号』。いわゆる回転翼機(ヘリコプター)や九十度まで角度を変更できる翼をもった可変翼ジェット機だ。当然ながら両方とも宇宙で戦えない。


 その他、『SS艇』あるいは『機動艇』と呼ばれる形式番のみの揚陸艇が約百六十隻。


 『SS艇』は全長50mを誇る大型の揚陸艇で、通常の艦船より機動性に優れている。

 しかし運搬が主任務なので最低限の自衛用装備しかない。それも、対地上用の戦車砲や無反動砲だ。

 恐らく『SS艇』がすべて集まったとしても、防空用に特殊改装された『羽風』に劣るのではなだろうか。


 結論から言うと航空打撃戦力はないに等しく、防空能力にも疑問が残ってしまう。そんな現状を知り、再び頭を抱えるアルトリアに、レッドリーダーが苦笑しながら救いの手を差し伸べた。


「そんな悲観するなよ。俺の方でも貸しのある連中から船を徴収できるようにしておくし、航空隊は平甲板を持つ船に無理やり露天係止でもすれば、百機は稼働状態にできる」

「【Collars】は連合艦隊に参加するんじゃなかったんですか?」

「まぁ。俺もひよっこ連中の面倒見ないといけないからな。ほかのメンバーも同じ状況だが、NPCは全部こっちに回せるように手配済みだ」

「ただ、それを指揮できる奴がおらんわけ」


 【菊兵団】と【龍兵団】はその特性上、宇宙戦に不慣れなのは頷ける。

 それに空母は貴重だ。【傭兵】も空母を持つような大規模なクランはみな、【愛国者】と共に連合艦隊に編成されていることだろう。


「百パーセント守り切れる保証はどこにもできませんよ?」

「かまわん。もとより、こちらは被害覚悟で敵中突破を試みるつもりであったからな」


 なんとも豪快な返答に、アルトリアはめまいを覚えながらメイビスの方を見やった。

 両手で透明なグラスを持った彼女は、新たに注いでもらったサイダーを口に含んでいた。グラスの中でカランと氷が音を立てる。

 そして、こちらの視線に気が付くとニッコリ笑った。


 アルトリアも思わず苦笑を返した。そして二人のマスターに向かってしっかりと頷いた。


「わかりました。やれるだけやってみます」


 答えを聞いたライデンの表情が満面の笑顔に変わる。

 隣のテンドンも唇に弧を浮かべていた。


「ほんま!?いやー、助かるわ。もとより、こっちは【兵団】だけでも参戦するつもりやったから。よかったなぁ。てっちゃん」

「よろしく頼む。では、報酬の話を―――」

「ちょっと待ってください。報酬に関しては、まず必要最低限の経費だけをお願いします」


 テンドンが報酬の話を切り出す前に、アルトリアは話を遮った。


「なんや、【兵団】(うち)結構、金持っとんで?」

「そうだ。気を使う必要性はない」


 予想外のアルトリアの言葉に、二人のマスターは不思議そうな顔をしていた。

 そんな二人に、アルトリアは乾いた笑いを返す。


「さすがにこんな穴だらけの作戦で、定額の報酬をもらうのはちょっと」

「じゃ、どないする?」

「成功報酬でお願いします」


 成功報酬であれば、失敗した場合には支払われない。

 もちろん、『羽風』や『海鷹』、そして航空隊を抱え込んでいるアルトリアにとって、お金は欲しい。それこそ困窮はしていないが、貰えるならば貰いたい。


 だが、それ以上に、ここで大規模クランに恩を売れると言う事と、報酬が支払わなければほかのプレーヤーから変な恨みを買うことがないだろうという、少し打算的な考えがあった。

 

「わかった。では、【菊兵団】【龍兵団】の戦果のうち、0.5パーセントを成功報酬として支払うことでどうだ?メイビス艦長も」

「あ、はい!!私はアルちゃんがいいのであれば」


 テンドンの提案に、メイビスが頷き、アルトリアも了承した。


「ほんじゃ、それで。一応この契約の保証人はレッドリーダーやからな、しっかり頼むで」

「あぁ。自信はないが任せておけ」


 戦闘機に乗っている時とはまるで別人のようなレッドリーダーに、不安を覚えたのだろう。

 テンドンがため息をついた。


「……後でグリーンリーダーにも声をかけておく」


 脳みそまで筋肉が詰まっている根っからの戦闘狂のレッドリーダーに比べれば、温厚な性格で隅々まで気を配ることができるグリーンリーダーの方が、保証人としては確かだろう。

 

 思わず、アルトリアの頬の筋肉がピクピクと引き攣った。

 


ここまで、読んでいただきありがとうございます。

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