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閑話 B8V1495中立地域

遅くなりました。


 今回の依頼で必要なのは、空母としての『海鷹かいよう』だ。となれば、艦長であるメイビスに黙って依頼を受けることはできない。


 アルトリアは、顎に手を当ててここ数日の予定を頭の中で思い出していた。


「三日後って確か祝日でしたよね?」

「ちょっと待ってくれ。現実(リアル)だと……。そうだな。祝日だな」


 急な問いかけに、レッドリーダーはおそらく現実の予定とリンクさせているだろう手帳を開いて教えてくれた。


 アルトリアは、左手を振って、ウィンドウのメニューからフレンドの項目を見る。その中にメイビスのネームが明るく緑色に色づいており、ログインしている事を確認する。

 ちょうど、この日は、前から真優と近くのショッピングモールに買い物に出かける予定にしていたので時間は十分に取れるはずだ。


 そう考えるとすぐにアルトリアはメイビスにメールを送ってみた。するとほとんど間を置かずに大丈夫だという返信が、気の抜ける着信音と共に表示された。


「私もメイビスもその日は空いていますので、祝日がいいです。お互いに平日会うのは難しいでしょうし」

「そうだな。なら、一応その日で調整するか」


 レッドリーダーが慣れた様子で左手を振り、ウィンドウを表示させる。空中に浮かんだキーボードでメッセージをタイプして送信した。


「多分、大丈夫だとは思うが、あっちの予定が付かなかったらメールするわ」


 レッドリーダーの言葉に、アルトリアもうなずいた。


 アルトリアとレッドリーダーはそこでいったん話を終わらせる。そして航続距離の問題から、彼とその部下たちをバラセラバル外宇宙交易ステーション『サジタリウスⅡ』へと送り届けることになった。


 拿捕した輸送船は、機関に損傷の無いものは搭乗する機体が損傷したプレーヤーとNPCに任せ、自力航行ができない輸送船に関しては『海鷹』と『羽風はかぜ』の船尾からアンカーに使われる強靭なワイヤーで曳航することになった。


 これらの輸送船に積まれていた弾薬や燃料、食料品に関しては正規ルートでは売却できないので『サジタリウスⅡ』の闇市に流す予定だ。儲けたクレジットの一部は臨時報酬としてアルトリアの口座に振り込まれる。


 問題は、例のよくわからないソーラーパネルを積んだ1kmを超える超大型の輸送船だが、まだ引き取り手は見つかっていないので空いている浮きドッグに係留しておくことになる。

 そこからの引き取り手の捜索は、伝手がないのでレッドリーダーに丸投げすることにした。


 ◇


 B8星系は、バラセラバル星系から亜空間航行を利用し、現実(リアル)で約三日ほどの位置にある辺境の星系だ。

 B8という比較的新しい恒星を持ち、周回するほとんどの惑星も原始惑星で構成されていた。

 そのため資源などを採掘するにはリスクが高く、商業的価値もないため【冒険者トレジャーハンター】によって発見され、情報公開されたにもかかわらず、しばらくの間見向きもされてこなかった。

 しかし、つい二か月ほど前にある惑星が発見されてから大きく状況は変わった。

 

 識別番号B8星系V1495惑星。

 

 事の始まりは、日本(バラセラバル)発、アメリカ(ベイリ)行の超高速船だった。

 亜空間でのトラブルに見舞われた超高速船がたまたまこのV1495に漂流したのだ。

 その際に、通称【中立地域】と名付けられたV1495惑星が、大量の地下資源を埋蔵しており、さらに珍しいことに人類が生存可能な環境があることが確認された。


 このことは、超高速船の救助に駆け付けた艦隊によってバラセラバル本星へ伝えられ、すぐに多国籍のプレーヤー達によって僅かなテラフォーミングが行われた。

 

 そして、今では豊かで広大な牧草地帯が一面に広がる惑星へとその姿を生まれ変わらせていた。


 ◇


 B8V1495【中立地域】の地表は暑くもなく肌寒くもない穏やか風が吹き抜けていた。青い空に白い雲が斑模様を広げている下では、新緑に染まり始めた草花が揺れている。

 若い夫婦が、幼い子供を連れてピクニックに来ていても何ら不思議ではない現在(リアル)の日本では、なかなかお目にかかれないであろう草原が広がっていた。


 そんな草原に似つかわしくない一人の歩兵が、緊張した様子で匍匐したままじりじりと前進していた。

 自身の着込んだ頑丈な防弾ベストがズリッと地面に擦れ、ほのかに漂う草原の草と土の香りに、少し眉を顰めた。


 彼の周囲には同じように匍匐する歩兵が多数おり、その後方には物理的に重い腰を下げて中腰で進む装甲服(パワードスーツ)を着こんだ装甲歩兵たちが、おのおの航空機用の実弾20㎜機関銃や対戦車ミサイルを担いで進んでいた。

 歩兵と装甲歩兵、双方合わせて二千を超える大人数だ。


 装甲歩兵の着ている装甲服は、背部のバックパックにバッテリーとコンピューターを搭載し、体の各関節をアームでアシストする装甲服(パワードスーツ)であり、これにより、通常の人間にとって重量過多の装備でも運用が可能になっている。


 とはいえ、あくまでアシストが目的の装甲服であるため、完全装甲(フルアーマー)の戦車とは異なり、四肢の関節のモーター駆動部分と胸部、そしてヘルメットとバイザーのみにしか装甲がない。

 戦車の120㎜滑空砲を食らえばなすすべもなく、普通の兵士と同じように木っ端みじんにされる。


 しかも購入額と維持費は戦車よりも高く、これを運用しているのは、【海賊】の強襲部隊か、【菊兵団うち】くらいだろう。

 

「準備はいいか?」

「は、はい!!」


 兵士の眼前を同じように匍匐で前進していた将校が彼に振り向いた。ほかの兵士に比べ頭一つ低い小柄な兵士で、昭和レトロを思い出させる丸渕メガネの奥に鋭い眼光が映る。

 彼の身にまとう軍服の詰襟のところには、兵団の長であることを示す菊の花が描かれていた。


「貴様のラッパが合図だ」

「りょ、了解であります」


 将校から向けられる視線に兵士が思わずうなずいた。彼の胸には、他の兵士たちが持ちえない金色に輝く楽器が抱かれていた。

 ホースを円錐形に二重巻きにし、片一方の先端が朝顔のように開いた形状の楽器で軍隊ラッパ(ビューゲル)と呼ばれるものだった。


「総員突撃準備」


 彼の返事に満足したのか将校が前を向き、スラリと腰に差した軍刀を抜いた。


 兵士たちに緊張が走る。ある者は、突撃銃の安全装置がかかっていないかを確認し、ある者は、隣でこわばっている兵士の肩を軽く叩いて口角をニヤッと上げた。


 後方では、長時間はきつそうな姿勢で待機している装甲歩兵の連中が、バックパックから自動糾弾される巨大な弾薬を確認しボルトを引いて装填する。


 彼は、右手にビューゲルの上部に巻かれた朱色の下げ緒をつかみ、唇に吹き口(マウスピース)に当てて息を少し吹き込んだ。シュッとビューゲルの先端にある朝顔(ベル)から空気が排出される。


 問題はない。それを確認した彼は将校の軍刀に視線を向ける。

 

 彼の仕事は将校の軍刀に合わせて合図を送ること。そのために将校の一挙手一投足を見流さないように集中する。


「突撃!!」

「突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 敵が拠点とする市街地の限界まで近寄ったと判断したのか、突如、将校が立ち上がり軍刀を振り下ろした。同時に彼も立ち上がり、右手に持つビューゲルを掲げる。

 咽るぎりぎりまで両方の肺に(ブレス)を吸い込み、マウスピースに唇を強く当てって吹き込んだ。

戦場に高らかと彼のビューゲルの音色が鳴り響く。


 それを合図に薄く草が生える草原の丘を、雪崩のように大量の歩兵達が駆けていく。


 怒号と機械特有の重厚な歩行音を奏でながら、歩兵たちが目指す場所は、敵の占拠する市街地。すでに、住民の退避は住んではいるが、爆撃による制圧はクライアントからの要望でできない。

 他のクランならば、不満の一つもこぼすところだろうが【菊兵団】の構成員は、自身の持つ戦闘能力を最大限発揮させることができると逆に喜んだ。


「敵発砲!!」


 フェンスを張り巡らせた市街地の外には、墜落した重爆撃機の残骸を再利用した掩蔽壕(トーチカ)が三か所あった。

 爆撃機に装備されていたであろう機銃に装甲版を取り付けた即席の銃座や、隠れ潜む敵兵士が放つ突撃銃の銃弾が、豪雨のように突撃をする歩兵たちに降り注いだ。


 先頭を駆けていた歩兵が、どこから放たれたか確認することもできず、銃弾によってヘルメットを撃ち抜かれバッテリーの切れたロボットのように崩れ落ちる。

 後続を走ってきていた装甲歩兵が、倒れた歩兵を交わすことができずに躓き転倒する。そして自身の背負っていたバックパックに銃座の直撃をもらい爆散する。


 さらに、市街地から打ち上げられた迫撃砲が弧を描きながら降り注ぐ。

 美しい草原に砲弾が着弾すると、土を大きく穴を穿ち、いともたやすく重装備の兵士が空を舞った。

 ビューゲルを吹き鳴らす彼の横にも着弾し、爆風のよって後方に弾き飛ばされる。


 とっさに前傾姿勢になり爆風と衝撃からビューゲルを守った彼は、口に入った草と土をペッと吐き出し、再びマウスピースに息を吹き込んだ。


「敵戦車!!」


 回転する履帯によって草原に二本の線を残しながら前進してくるのは、日本サーバー(バラセラバル)製の『八九式中戦車乙型』とアメリカサーバー(グレザー)製の『M3軽戦車スチュアート』だった。


 『八九式中戦車乙型』が初期に装備しているのは九〇式57㎜砲、『M3軽戦車スチュアート』は37㎜砲M5で両車とも他の戦車に比べれば、純粋な威力だけ見れば脅威とはいいがたい。

 最も安価で、簡単に入手が可能な戦闘車両の筆頭だ。


 しかし、安いからと言って油断もできない。両社とも後載せの速射機構を持っていれば、簡単に凶悪な兵器に変貌する。

 なんせ、速射装置を射撃システムに装備した場合、最大で毎分三百発近い速度で57㎜や37㎜の砲弾が撃ち出されるのだ。

 

 さすがに、長時間の連射は搭載弾薬が膨大なことになるため、戦車に乗る射手も避けるだろうが、それでも対人用の散弾が詰まった砲弾や爆発する榴弾を大量に撃ち込まれれば、装甲歩兵であってもただでは済まない。


 案の定、『八九式中戦車』の主砲がスムーズに旋回し、こちらに照準を合わせる。砲口がキラリと輝くのと同時に腹にズンと来る砲撃音が連続で五発なる。

 

 すると後方の丘の上で支援射撃のため匍匐し、二脚で機関銃を撃っていた歩兵と、二十ミリ機関銃を腰だめに構えていた装甲歩兵が周囲諸共まとめて吹き飛んだ。


 ジャンプユニットを搭載した装甲歩兵は、飛び上がることで回避したが、『M3軽戦車』の主砲にハチの巣にされ黒い煙を上げながら落下した。


「しっかりしろ!!衛生兵ぇぇ!!」 

「対戦車兵前へ!!目標、八九式中戦車とM3スチュアート!!」


 砲撃をする敵戦車にひるむことなく、衛生兵が負傷者を後方へと引きずっていく。入れ替わりにミサイルランチャーを手に持った対戦車兵が走ってくる。最前線で片膝をついて肩に担ぎ上げた対戦車ミサイルを撃ち込む。


 しかし、勢いよく飛翔するミサイルは敵戦車の前で唐突に制御を失い、紙飛行機のようにフラフラと明後日の方向へ飛んで、掩蔽壕からも離れた地面に着弾する。


 それを見た対戦車兵が顔を歪めながら叫ぶ。


「くそったれ!ジャマーだ!ミサイルが当たらない!!」


 よく見ていると、戦車の砲塔上部に鋼鉄の籠に入れられた小さな赤いランプが光っているのが確認できた。

 対戦車兵が持つミサイルの赤外線誘導を妨害する赤外線ジャマーだ。

 あれのせいで、ミサイルが敵戦車を見失って落ちたのだろう。


「狙撃兵は!?」

「今は、別の戦場だ!」

「くそったれ!」


 遠距離の狙撃になれた兵士であれば、車体にダメージを負わせることはできなくても、低速で走行する戦車のジャマーを破壊することは十分に可能であっただろう。

 しかし、この場にそれができる者はいなかった。


 【菊兵団】に止まるという概念はない。早くしなければ、さらに多くの歩兵が戦車に食われることになる。


「怯むな!!通信兵!!レッドリーダーへ支援要請!!」

「了解!!こちら【菊兵団】第一大隊!!上空援護を請う」


 その時、一切足を止めない将校が叫び、バックパックに巨大な通信用の機器とパラボラアンテナを搭載し後方を追従していた装甲歩兵が咽喉マイクで怒鳴りつけた。


 すると、すぐに雲の合間から真っ赤なボディの戦闘機が二機、東の空より現れた。


 轟音が轟き、ビューゲルの音をかき消す。

 戦闘機はマウスピースから口を話した彼が、機種を確認する時間もないほど一瞬にして通り過ぎていく。後に残ったのは、戦闘機から投下された無誘導の爆弾だった。

 パイロットの腕がいいのであろう。投下された爆弾は自由落下をしながら、寸法たがわず敵戦車の最も弱いだろう天板に直撃した。

 派手な爆発が起き、上がった黒煙が少し晴れるとひしゃげ炎上した敵戦車の残骸が現れる。


「敵戦車撃破!」

「突撃ぃぃぃぃぃ!!」


 歓喜の声が周囲から上がると、将校から突撃の命令が下る。

 彼は、再びビューゲルを吹き鳴らしながら、草萌ゆる地面を力強く踏みして両足を前へと進めた。



しばらくぶりになりましたが、読んでいただきありがとうございます。

ところで皆さんはGWのお休み、楽しまれましたか?

私は平常運転で仕事です。連休なんてないんやぁー。


そんなわけで、もし、もしもなんとなく感想などを書いていただけたら、現金な作者が喜んで投稿が早くなるかもしれません。笑



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