第27話 メイビス・ブートキャンプ
遅くなりました。
すみません。
「というわけで、話も済んだわけだから、ボルシチちょっと付き合うニャ」
ボルシチとの交渉が終了して、一息ついたその時に降ってわいたような突然のミーシャの言葉。驚いたメイビスは思わず彼女のほうを見た。
ミーシャの手には、懐から取り出したガラスの瓶が握られていた。
青色の透き通るような瓶を片手にボルシチの隣に立つ。
「おぉ!!それは噂に名高い、のんべぇさんの酒か!?」
ラベルを見て何やら沸き立つボルシチ。その反応を聞き、得意げな顔をしたミーシャが小さなグラスを取り出してボルシチへ手渡した。
透明な液体が、なみなみとグラスの縁寸前まで注がれる。
「そうニャ!!彼の作ったウォッカだニャ」
「おいおいおい!!こいつは彼の最高傑作、花鳥風月シリーズのひとつじゃないか!!家が一軒買える値段だぞ!!」
酒の値段を聞いたメイビスは、開いた口がふさがらなかった。
隣にいるアルトリアにも視線を向けてみたが、同じ未成年者である彼女も理解しがたいようだった。
大人になったら、自分もいつか酒というものの良さがわかるのだろうか。いや、それにしても、家が建つほどの金額をつぎこむのだろうか?
そんなことを思いながらボルシチとミーシャに視線を戻す。
いつの間にか彼女たちが持つ小さなグラスは、空になっていた。
「カァァァァァ!!これはすごいな!!」
「でしょう!!こんなお酒、リアルじゃなかなか飲めないわよ!!ほら、座って座って!!ゆっくり飲みましょう」
先ほどまでの嫌悪な雰囲気はどこにいったのだろうか。上気した顔のミーシャがボルシチの前に胡坐をかいて座る。
海賊服にアレンジされた短いミニスカートがヒラリとめくれそうになる。しかし、ミーシャは男性の前であるのに恥ずかしがる様子もなかった。
ボルシチも、彼女のまるでモデルのようなにスラリとした脚部には一切目もくれず、向かいにドスッと腰を下ろした。
「これはこれは、かわいらしいお嬢さんの誘いとあっては断るわけにはいかんな」
「なにそれー!!なに紳士みたいなこと言ってるのー!!ほら、じゃんじゃか飲む飲む!!」
あ、また言葉が戻っている。
頬を仄かな桃色に染めたミーシャが、ボルシチのグラスにウォッカを継ぎ足していく。
さらに、ウィンドウを開くとチョコレートや色とりどりのピクルスを取り出して、床へと並べていく。
「では、僕はこの辺で」
サバ缶が、酒盛りを始めた二人とはたから見ているメイビス達に声をかける。当然ながら、ミーシャから返事はなかった。彼女とボルシチの興味は、中央に置かれた酒瓶に向けられていた。
メイビスは、アルトリアとともに会釈をする。
あきれ顔のサバ缶は、軽く手を振ってそのままログアウトボタンを押して、青い霧になって消えた。
「あぁ、なると俺達には止められん」
突然、隣から低い男の声が聞こえてきた。
驚いて顔を横に振って見てみる。
先ほどまで誰も座っていなかった席には、いつの間にか眼帯をした男が足を組んで腰かけていた。【三大国】の一つ【愛国者】を率いる蝮だった。
名は体を表すとでもいうのか、メイビスは話しかけられるまで蝮の存在に気づくことができなかった。
「あちらには混ざらないんですか?」
空席になったミーシャの席に座りなおしたアルトリアが、メイビス越しに蝮へ質問をする。
「……。ミーシャはザルなんだ。このゲームでは、現実の体質も反映される。普通の人間ではあいつの飲み方にはついていくことなんてできん」
冬の厳しいロシアの酒はアルコール度数が高いと聞く。しかし、ミーシャとボルシチは500mlのボトルを すでに空にして、次のビンに手を伸ばしていた。
蝮の頬には冷や汗らしきものが一筋流れていた。彼自身もミーシャの相手をしたことがあるのだろうかと、メイビスは何となく気の毒に思った。
「まぁ、あいつらのことはどうでもいい」
それよりも、と蝮が片目の瞳をメイビスへとむける。
思わず、メイビスの背に冷たい物が走る。彼の鋭い瞳は、なぜだか苦手だった。
しかし、蝮の口から紡がれた言葉は意外なことに、お礼の言葉だった。
「お前さんらには、本当に世話になった。ありがとう」
「い、いえ。私はなにもしてません。ほとんどはアルちゃんがやってくれたことですから」
「私も特に何もしていません」
ニヤッと口角を軽く上げている蝮に対して、アルトリアの返答は以外のことに少し硬いものだった。まるで、何かを警戒しているような雰囲気だった。
「ところで、蝮さん。ただお礼を言いに来たわけではないですよね。何が目的ですか?」
「……。意外と直球だな。まぁ。そう警戒するな」
蝮が先ほどまで浮かべていた笑顔をひっこめた。
「正直に言おう。俺は、第三銀河帝国とのコネクションがほしい」
「コネ?」
なるほど。アルトリアが警戒していた理由が分かった気がした。どうやら、彼女には、蝮の態度に何か裏があるのを感じ取ったのだろう。
現実では、あまり見られないアルトリアの考え方を意外に思いながら、メイビスはとりあえず、話の流れを見守ることにした。つまり、沈黙を続けることにした。
「そうだ。アルトリアとメイビス、できればお前さんらに第三銀河帝国に所属するNPCにつなぎをお願いしたい。もちろんタダでとは言わん。報酬もいくらか準備が―――」
「別にいいですよ」
「あるって、いいのか?」
会話を続ける蝮にかぶせるようにして、アルトリアが返答する。即答だったことに、彼は虚を突かれたようだった。
「はい。もちろん、先方が承諾すればですが」
「ありがたい」
「その代わりと、言っては何ですが。この子、メイビスの新人訓練をお願いできないでしょうか?」
「え?」
隣から聞こえた寝耳に水な内容に、呆けた声がメイビスの口から漏れる。
自分の聞き間違いだろうか?
なぜ、いま自分の話が出るのだろうか。コテンと首を右へかしげる。赤い髪が肩越しにかかった。
「そりゃ、俺たちは構わんが……。しかし、見た感じメイビスに戦闘訓練が必要だとは思えないがな。どちらかといえば彼女は非戦闘員プレーヤーだろ?」
「えぇ。でも彼女には、私の母艦『海鷹』の艦長を務めてもらうつもりなので、最低限の自衛手段は必要なんです」
「……おい。待ってくれ。たしか、メイビスはまだ初めて一か月ぐらいだろ?あまり新兵に肩入れしすぎるのは感心しないぞ。いらん嫉妬を買うかもしれん」
「……それは、自覚しているんですけどね」
蝮の咎めるような言葉にアルトリアが苦笑しながら、頬をかいた。
「でも、私は飛行機乗りなんです。飛行機乗りにとって母艦は家も同然。なら、信用のおける人にまかせたいじゃないですか」
「いや、だが盗まれる可能性も」
本人の前でぶしつけな言葉に、思わずムッとなって口を出しそうになった。しかし、アルトリアの言葉に、メイビスは再び口を閉じることになった。
「ありえません。この世界で一番信用できるのが、メイビスです」
あまりにも、真っすぐな瞳と言葉。
蝮も、次に言おうとしていた言葉を飲み込んだ。
メイビスは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「リア友か?」
「リア友です」
「わかった。なら、メイビスの新兵訓練を受け入れよう。その代りーーー」
「はい。こちらは、第三銀河帝国へのコンタクトをとる。ですね。一応、一、二か月したらまたバラセラバルへ来るらしいので、その時でいいですか?」
「あぁ。ではそれで頼む」
蝮が一枚の紙を取り出し、メイビスに手渡す。それは、【愛国者】の新兵訓練の申込書だった。
現実世界でも珍しい紙の申請書を渡され、メイビスは流されるままサインをした。
「うちのクランは、閉鎖的な組織でな。新兵訓練とはいえ、本部へ出入りするプレーヤーはすべて、俺か幹部の連中が一度確認するんだ。そして、認めた奴のみにこの申請書を渡す」
その手は、葉巻を取り出そうとしていたが、何かを思い出したかのようにケースを元に戻した。未成年者のメイビス達のために遠慮してくれたのか、あるいはただ単に気まぐれでやめたのか。それまではわからなかった。
「費用はすべてこちら持ち。期間は、ゲーム時間内で十日。詳しい内容は追ってメールする」
「わかりました」
サインを確認した蝮は、申請書を後ろの兵士へと渡す。そしてニヤッと右の口角を上げて笑うと席を立った。そのまま後ろに控えていた兵士を連れて会議室の出口へと向かう。
「あ、蝮お疲れー」
「あんまり飲みすぎるなよ」
出入り口で、いまだに勢いよく酒をあおっているミーシャに声をかけると、振り返ることなく退出した。
◇
「今度の日曜日から、新兵訓練だねー」
阿留多伎冬華が、鮭のおにぎりを頬張りながら、金崎真優に問いかけてきた。
窓際にある真優の席の向かい、前の席の椅子を拝借した冬華が、背もたれに右肘を置いて横に座っている。机の上には遠慮なく購買のおにぎりとから揚げ、そしてお茶の入ったビニール袋が広げてあった。
真優は、取り敢えずうんと頷いた。
耳には、窓の向こう側から漏れ出るザーという雨音が聞こえる。
活発な雨雲のせいで、屋上でのお弁当はしばらくお預けになった。少し残念だった。
雨雲から周囲へと目を向けてみると、ほとんどが食堂へ向かったのだろう。教室で食事をとる生徒はまばらだった。
「なんだが、冬華ちゃんにいいように押し付けられただけ、な気がするんだけど」
「まぁまぁ。そう言わないで。絶対に役に立つから、さっ!!」
なんとなく腑に落ちない真優は、ムーと冬華の整った顔を見つめる。
それに対しての返答は、弁当の中から消えたおかずだった。
早業で、さらわれていった甘い卵焼きは、すでに冬華の口の中だった。柔らかそうな唇が咀嚼と同じタイミングでプルプルと震える。
「あ!!私の卵焼き!!」
「うん。おいしい。これ手作りだっけ?」
「もー。なら私は、これだ!!」
「ちょ、それ最後の一個!!」
袋で小売りしてある唐揚げをお箸でつかみ取る。冬華と同じように一口でそれを口に入れ込む。
「意外と大き、ムグ!!」
「ま、真優!!お茶!!お茶飲んで!!」
しかし、口腔内の容量に対して唐揚げがとても大きかった。案の定、真優はのどに詰まらせた。
向かいの席で慌てた様子の冬華が、真優が購入していた未開封のボトルのふたを開けてよこす。
一気に四分の一ぐらいを飲み干すと、やっと一息ついた。
「でも、蝮さんの新兵訓練ってなにするんだろ?」
「対人戦闘訓練だよ。あと、基礎体力訓練。結構きついと思うけど、まぁ真優なら大丈夫だと思うよ」
「無責任な」
「否定はしない」
真優が思わず、目を細める。
すると冬華は微笑んで、自分のお茶に口をつけた。京都産のいい茶葉を使っていることで有名な緑茶を飲む。すぐに半分以上がなくなっていく。
「それよりも、例の後藤君。プレーヤー名ぐらいわかったの?」
「え、―――えーっと」
唐突な冬華の質問に、思わず真優は視線を外へとむける。心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
その様子を見た冬華は、現状を察したのか深いため息をついた。
「聞いてないんだ」
「うー。だってクラス違うし」
「……はぁ。―――ねぇ、真優。私はね、ソラハシャが真優と一緒にできてうれしいと思ってる。だけど、真優の目的は楽しくゲームをすることじゃないでしょ?」
「……うん」
彼女の真摯な瞳をまっすぐ見ることができず、真優は思わずうつむいた。
実際、彼のクラスの前まで何回か行ったことがある。しかし、まったく話したことがない人に声をかけるのは、非常に難しかった。
そこに、冬華から優しい声音の言葉がかけられる。
「まぁ。でも、まったく行動しないよりはいいよ。ちゃんと後藤君のクラス前までには行ったんでしょ?」
「と、冬華ちゃん、見てたの!?」
「当たり前でしょ?真優が好きになった人がどんなやつか知りたかったし」
「……言ってよ!!ひどいよー」
「まぁまぁ、機会があったら私も一緒に行ってあげるから」
「……。うん。ありがと」
少し乱暴に冬華に頭を撫でられ、真優はぐっとこぶしに力を入れて気合を入れなおした。
◇
ナトギ星系第三惑星ナトギは、惑星面のすべてが海という非常に珍しい星だった。
真っ青に輝く星はまるで黒いショーケースの中で輝くサファイヤのようだった。
そんなナギトを宇宙から見下ろしてみると、ところどころに島のようなものが存在している。
赤道直下に集まる島のようなものは、直径十数キロに及ぶ巨大な海上プラントだった。
しかも、プラントは一つではなかった。一個十数キロのプラントが、百や二百と連結されて、蜘蛛の巣のように大きな網を広げていた。
このプラント群こそクラン【愛国者】の本拠地だった。
◇
先の会議から数日。メイビスは、学校が終わるとすぐにログインして、新兵訓練を受けるため特別に許可されたポータルでナギトまで移動した。
本来であれば、自分の行ったことがない場所への移動はできないのだが、新兵訓練は例外だそうだ。
ポータル専用の小さなプラントにたどり着いたメイビスは、そこでジョディ作のコンバットシャツへと着替えた。まだら模様の迷彩は、変更が可能だったため、海上迷彩だという紺や青、水色が混ざり合った複雑な色合いをした生地選択した。
その後【愛国者】の本拠地へと向かう駐機中のヘリコプターに乗り込んだ。
しばらく何もない海上を飛ぶと、横に座っていた兵士がメイビスの肩を叩き、窓の外を指さした。
指先をたどって視線を動かすと、その先には巨大なプラントが存在していた。
プラントを支える柱は、まるで神話に登場する巨人のようで、それらがいくつも海中に没している。その上には防衛施設やヘリポートなどが寄生するかのように乱立していた。
一番中央近く、最も巨大なプラントに向かって、ヘリはゆっくりとした速度で降下する。
キュッという音と軽い衝撃が、ヘリのタイヤが地面に振れたことを教えてくれた。
兵士が椅子から立ち上がり扉を横へスライドさせる。同時に、ビューと強い潮風が顔に当たり南国の太陽の光が照り付ける。
目を細めるメイビスの視線の先には、グリルのように熱せられた湯気の立つヘリポートで腕を組んで待ち構えている蝮がいた。
「よく来た!!メイビス!!」
「よ、よろしくお願いします!!」
ローターがバタバタとうるさいため、二人とも大きな声で叫ぶように会話をした。
メイビスは、ローターの下降気流を受けて、乱れ飛ぶ赤い髪を抑えて、なおかつキャップが飛ばないよう苦労しながらヘリから降り立つ。
メイビスがある程度離れたことを確認したのか、白色ボディのヘリはローターの回転数を上げて離陸した。
お礼の意味を込めて手を振ると、パイロットと座席に座った兵士がサムズアップで返答してくれた。
そのまま見上げていると、ヘリはあっという間に高度を上げて、騒音と共に快晴の空に点となって消えていった。
「道中は快適だったか?」
含み笑いの蝮に対して、メイビスはあははと乾いた笑いを返してその場を濁した。
人生で初めのヘリに、すこし気分が高揚していたことは否定できなかった。
なんせ、現実ではヘリに乗る機会などなかったし、ゲーム上では宇宙戦闘機というある意味、現実離れした物しかなかった。
騒音が少し気になったぐらいで、メイビスは、空の旅を比較的堪能していた。
「ひとまず、ついてこい」
蝮が、下から蒸されているようなコンクリートの上を平然と歩いていく。
慌てて彼の背を追いかける。
メイビスの頭の上を真っ白な翼を広げた海猫が、鳴きながら編隊を組んで飛んでいった。
蝮がむかっているのはプラントにそびえたつ一番大きな建造物だった。オレンジ色に塗装された外壁には、突撃銃に巻き付いた蛇とpatriotというロゴが大きく印刷されていた。
「お疲れ様です!!ボス!!」
「あぁ」
途中で数人の兵士とすれ違った。兵士たちは、プレーヤー、NPC関係なく立ち止まり、伸びをするようにビシッと敬礼をした。そして、メイビスの姿が珍しいのか、決まって好奇心を宿した瞳を向けてくる。
なんとも、居心地が悪かった。
「あの。ここには女性はいないんですか?」
「数人いるが、ほとんどが別の任務についていて、このプラントにはいないはずだ。NPCもほかのクランに比べたら少ないだろうな」
そうですか。と返事をしながら、メイビスは周囲を観察してみる。
プラントの隅っこのほうでは柔道のようで、異なる格闘術を行っている兵士や大きな木箱をトラックへ積み込んでいる兵士、ほかにも多数の兵士が出入りしている。
そしてまったくと言っていいほど、女性の姿を見つけることはできない。
「このプラントにはおよそ五千の兵が詰めている。そのほとんどが、まだ【傭兵】として階級の低い連中ばかりだ。ここは、そいつらを育成するための設備が十分に整えてある」
蝮が分厚い鋼鉄の扉を開けると、先ほどのヘリの騒音とは比べ物にならない音の波がメイビスに押し寄せてきた。
そこは巨大な射撃訓練場だった。
右手に向かって長大なテーブルが設置してある。そのほとんどが左右をパーティションのようなもので遮られたボックスとなっている。中ではヘッドホンを付けた兵士たちが、数メートル先にある人型の的に向かって銃を撃っていた。
空調が効いているためか外よりも涼しかったが、騒音がひどく思わずメイビスが顔をしかめた。
「ここが、お前さんが訓練する場所。射撃訓練場Aだ。覚えておけ」
「あ、はい」
「ひとまず、お前さんの実力を見せてもらう。武器は持ってきたか?」
空いていたボックスの前で、蝮が立ち止まる。そのボックスは他のボックスと異なり、幅が広く取ってある。おそらく、三人は並べるだろう
そして、メイビスに銃を出すように指示した。
いわれるがままウィンドウを開き、アルトリアから貰った拳銃を手に持つと蝮に手渡した。すると、蝮が鋭い片目を見開いた。
「ほう。FNブローニングM1910か。いい銃だ。……。ん?こいつは、ずいぶん手が入っているな。―――スライドは、最近開発された特殊素材による強化スライドか。こいつは通常のものよりも軽量でいて、丈夫な代物だ。サイトもオリジナルだな。サプレッサーを装備した状態でも視認性が良い背の高いものが装備してある。サプレッサーの接続部にガタツキもない。ハンマーも操作性が上がっているな。リングハンマーか。―――小柄な人間でも扱いやすいように、ボディ全体がコンパクトに収まるようになっている」
唖然としているメイビスの目の前で、蝮は銃の各動作を確認していた。構えたりしながら、ブツブツとつぶやいていたが何を言っているのか理解できなった。
「素晴らしいセンスだ」
彼は、最後に頷くと銃の先の円筒形の物体を外してメイビスへと差し出した。
「新兵訓練の初日として、まず射撃訓練を行う」
「は、はい!!」
「何時まで、大丈夫だ?」
「えっと、今から、現実時間で二時間程度なら」
「十分だ。―――では先に、重要なことを言っておこう。銃を撃つつもりがないのであれば、決して銃口を人に向けるな。こいつは、刃の長いナイフと同じだ。同じように引き金にも指をかけるな。引き金が落ちない限り、弾は発射されない。いいな?」
パーティションに立てかけてあったヘッドホンを蝮から受け取ると、そのまま彼が射撃台の前に立った。
先ほどから、少しうんざりしていた銃声音が綺麗にカットされる。しかし、話す言葉はしっかりと聞こえてくる。
彼の言葉にメイビスはコクリと首を動かした。
「では、まず撃つ前に銃に弾が入っているかどうかの確認をする。最初にするのはマガジンのリリースだ」
蝮は、ごつごつした手で自分の腰から、メイビスの持っている物よりもさらに大柄な銃を抜く。そして、握り手の横についていた小さなポッチを押し込んだ。
すると、持ち手の中から細長い箱が滑り落ちる。それを反対の手でキャッチして、射撃台の上へ置いた。
「今度は、スライドを後ろに引いてエジェクションポート―――ここだな。ここに、弾が入っていないかを確認する」
今度は、銃の上についた前後に動く部分を握りこみ、後ろへと引き絞る。中にあった銀色の部品で作られた半円形の空洞が露出する。そこを蝮がメイビスへ見やすいように、銃を傾ける。
「確認したら、マガジンを同じように挿入してから、スライドを元に戻す」
蝮が、細長い箱を取ると同じように銃の持ち手の中へと戻した。そしてレバーを引くとカシャッとスライドが勢いよく前方へと戻る。
「スライドが戻った時、薬室に弾が装てんされる。やってみろ」
「はい!!」
蝮が顎でクイッと銃を指す。
メイビスは隣に並ぶように射撃台の前に立つと、細い指先でM1910を握りこんだ。蝮が行った動作を真似するように行う。
握り手の左側にあるボタンを押すと、マガジンが下に置いた左手にトンと落ちてくる。
そしてスライドを掴むと後ろへと引く。思っていたよりも固くなかった。
薬室の中に何も入っていないのを確認すると、マガジンを差し込んでからスライドを戻すためレバーを押し込む。
「よし、次に構え方だ。まず、利き手はどっちだ?」
「右手です」
「なら、左手をこう添える。―――この時、スライドに触れないように注意しろ。ダメージが入るぞ」
蝮は、銃の持ち手を右手で保持し、上から左手で握りこむように持つ。
片足を軽く後ろへ置く。そして、引き金を引いた。バン!!というヘッドホンによってくぐもった音が響く。
火花が飛び散り、スライドが勢いよく動き銃から弾が発射された。
数メートル先の的が、パタリと倒れる。どうやら命中したようだ。
「ほら」
促されたメイビスが、蝮と同じように銃を構える。
「ちょっと、肩に力が入りすぎている。もっとリラックスしていい。ただし、両手でしっかり銃を持て」
後ろから蝮の手が伸びてきて、メイビスの肘関節を支える。そして、利き足を後ろへと引くように靴で押すようにして開かせた。
「もう少し、前傾姿勢だ。―――そうだ。両手をまっすぐ伸ばせ。よし。引き金を引いてみろ」
「はい!!」
メイビスが細い指で引き金を絞ると、先ほどの銃とは比べ物にならないくらい静かな銃声が鳴る。同時に、支えている右上肢から肩関節へ向けて衝撃が突き抜ける。
ビリビリと痺れる手を思わず降ろしたくなる。
弾は見当違いの方向へ飛んで行った。
「スライドの上に、二か所突起物があるだろう?こいつはサイトと言って、これを見ながら照準をつける。前にあるのがフロントサイト。後方がリアサイトだ。フロンサイトがリアサイトの中心に来るように合わせる」
「こう、ですか?」
「いや、両目を開けたままだ。それと、標的を狙うときは息を止めると安定する。―――よし、撃ってみろ」
指摘されたようにメイビスは、赤い瞳を両方とも開いたまま人型の的に書かれた円の中心を見つめる。
浅く呼吸をした後、口を閉じて息を止める。そして、引き金を絞った。
パン!!
再び両手に衝撃が来る。
「おぉ。やるじゃないか」
どうやら今度は命中したらしい。
もっとも穴が開いたのは、狙った円の中心ではなく端っこぎりぎりだった。褒められても全くうれしくはなかった。
よし、次と蝮に指示され、メイビスは再びM1910を構えた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は遅くなり本当にすみません。
近況報告で、色々書いていますので、もし作者の言い訳を聞いていだける方がいらっしゃいましたら、そちらもご覧いただけると幸いです。
最後に、ブックマーク、評価してくださった方ありがとうございます。
見て頂けるだけで、すごい励みになります。




