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第24話 処女航海

今回はちょっと長めです。

 漆黒の宝石箱に納まる色とりどりの宝石たち。

 その正体は人間の想像を絶する莫大なエネルギーを内に秘めた恒星だ。それを背に一隻の航空母艦が進んでいた。

 鈍い灰色の船の名は『海鷹かいよう』。客船『あるぜんちな丸』を改装した商船改装空母だ。

 その『海鷹』の真新しい艦長席に、一人の少女が腰かけていた。


「艦長席のすわり心地にはなれましたか?メイビス艦長」

「いえ、正直に言うとあんまり」


 腰まである長い赤色の髪を緩い三つ編みにしたメイビスが、副長に苦笑いで返す。二日前、友人であるアルトリアが受領したこの空母を、なぜかいきなり任される羽目になっていた。


「しかし、アルトリア隊長もいきなりですね」


 その表情をどう思ったのか、副艦長が手ずから紅茶を準備してくれた。

 ミルクと砂糖を多めに入れてもらった紅茶を受け取り、メイビスはまた苦笑を返す。

 メイビスをこのような状況に追い込んだ張本人である冬華は、現実(リアル)の用事――――スーパーの特売日――――のためログイン時間が遅くなっている。


 寮生活で自炊しているアルトリアにとって、大型スーパーの月に一度しかない特売日ほど現実世界で重要なものはないだろう。


 そして、サバ缶との待ち合わせには、ポータルで向かった方が早いらしい。しかし、艦載機の整備を行う上でバラセラバルの方が費用が安く済むという理由で、仕方なくメイビスが『海鷹』でバラセラバルへ先に行くことになったのだ。

 ちなみに、今のアルトリアは『海鷹』の航空隊隊長という立場になっている。


「時間に遅れたら大変ですし、それにもうすぐログインすると思いますから」

「……以前と異なり海賊に襲われる危険性は少ないと思われます。ですから、そこまで心配なされなくてもいいと思いますよ」


 副艦長の言葉に、そんなに心細そうな顔をしていただろうかとメイビスはティーカップに視線を落とす。すると確かに反射するメイビスの顔は何処となく不安気だった。

 たかがゲームとはいえ、ここまで緻密に表情を表せられるとほかの人間から見れば心配になるだろう。

 少しリラックスをしようと、メイビスは手に持ったティーカップに口をつけた。

 その時、


「タッチダウン反応!!二時の方向、距離約三万八千!!」

 

 新たに配置された『海鷹』のレーダー分析官が緊張の面持ちで、メイビスに報告した。

 艦橋の強化ガラス越しに、亜空間から出現した時に見える特徴的な波動のような光が見えた。

 すぐに、メイビスの横に立っていた副長が指示を出す。


「艦種、および所属を確認!!戦闘態勢へ移行!!航空隊は発艦準備!!」

「しかし、副長!!まだ、航空隊の編成は完了しておりません!!」

「クッ!!そうだった。艦長どうしますか?」


 警報音が鳴り響き、艦橋が慌ただしくなる。その様子を意外と冷静に見ていたメイビスが、まさか自分に振られるとは思わず、驚きの表情を浮かべながら答える。


「え、えーっと。とりあえず、近づいてきているのが何なのかわかりますか?」

「レーダーの反応を確認する限り、駆逐艦あるいは防衛艦かと思われます!!」

「確か、宇宙船は識別信号を出しているはずですよね?」


 メイビスが下顎に手を当てながら首を傾げる。以前、アルトリアがドナルド・レーガンの騒ぎの時にそんな話をしていたのを思い出したのだ。


「そうだ、すぐにトランスポンダーの確認を!!」

「りょ、了解!!」


 冷静なメイビスの言葉に、ハッと気が付いた副長がすぐにレーダー分析官に指示を出す。


「トランスポンダー、発信されていません!!」

「なら、艦種だけでも特定をしろ!!」

「最大望遠で確認!!艦種、『鵜来(うくる)』型防衛艦『新南(しんなん)』、船体上部に海賊旗!!」


 中央モニターに画像が表示される。船体に大きくペイントされた黒い旗、そこには右手を大きく掲げた招き猫が描かれていた。ただし普通の招き猫ではなく、海賊帽をかぶり片目に眼帯をした三毛猫で、左手に小判ではなく金色に輝くゴールドカードを持っていた。


「また海賊か!!いったいどうなっているんだ!!この宙域は!!」


 世にいうフラグを自ら建て、それを見事に回収した副長が、大声を上げながら頭を抱える。もしここにアルトリアがいたのであれば、彼女は副長に一級フラグ建築士の称号を与えただろう。


「副長さん。こちらに、自衛の手段はありますか?」

「いえ。現在、パイロットが不在です。そのような状態で交戦はできません」


 アルトリアが言っていた。空母は、飛行機を乗せて、初めてその真価を発揮することができると。それぐらいはさすがのメイビスにも理解することはできた。

 どっちにしても習熟訓練もしていない状態で、これだけの船を操り航海する事こそ無理があるのだ。

 メイビスは、ため息をつくと一応指示らしいものを出しておくことにした。


「とりあえず逃げましょう。この間の海賊さんみたいに攻撃を仕掛けてくるかもしれません」

「――――針路変更!!取り舵三十!!亜空間機関始動!!亜空間航行(ワープ)の準備に入れ!!」


 すると、先ほどまで目視では確認できなかった不明艦が、キラッと急に明るく光りだした。その光は一定のパターンを持って点滅を繰り返す。


「艦長!!『新南』より停船を求める発光信号が来ております!!」

「どうしますか?艦長」

「……無視しましょう。相手が敵かどうかわからない以上、立ち止まる必要ないと思います」


 アルトリアが不在で自衛の手段もない。それであれば、自ら危険を冒す必要はない。そう考えたメイビスは、発行信号を無視することにした。

 接近してくる不明艦から逃げるため、『海鷹』の艦首がゆっくりと針路を変更した。


 ◇


 その頃、『海鷹(かいよう)』を追う形になった『鵜来(うくる)』型防衛艦『新南(しんなん)』の艦橋では、ふわふわとしたオレンジ色の髪、特徴的な装飾の施された海賊帽を被った少女が首をかしげていた。


「前方の空母、進路変更しやす。距離およそ三万七千」

「ありゃ?なんで逃げるのかニャ?サバ缶から連絡のあった船ってあれだよニャ?」

「間違いねぇーとおもいます。こっちからコンタクトを取ろうにも通信も、発行信号にもてんで返信がねぇーです」


 うーんと難しい顔をしながら、少女は前方でイオンエンジンを景気よく吹かせる『海鷹』の姿を見つめた。


「もしかして、連絡が伝わっていないのかニャ?」

「船長、このまま行きやすとバラセラバルの進路から大きく外れますぜ?」

「それは困るニャー。サバ缶にちゃんと二人を時間内に連れてくるって約束しちゃったニャ。――――よし。機関増速第三戦速。横に直接乗り付けて話に行くしかないニャ」

「わかりやした」


 幸いに『海鷹』の船足は遅い。距離は離れているが、今から増速をかけても十分間に合う。そう判断した少女は、勢いよく右手を前へ振り上げ艦橋内に命令を下した。


 ◇


 一方逃げに徹する『海鷹』では、先ほどよりもあわただしく報告が飛び込んできていた。


「『新南』急速接近!!距離三万四千!!」

「なんで距離を詰められているんだ!?『新南』のカタログスペック上の最高速力は二十ノット足らずのはずじゃないのか!!」

「おそらく追加の外部補助動力(ブースター)をつけていると思われます。『新南』最高速力約四十ノット!!」

「バカな!!あんな小さな船体で駆逐艦以上の速力だと!!ぞ、増速!!機関最大戦速だ!!」

「無茶言わないでください!!これ以上速力を上げたら動力炉が暴走します!!――――『新南』さらに接近!!およそ十分後には追い付かれます!!」


 いきなり現れた海賊船は、『海鷹』の後方へピッタリと張り付くと、急速に距離を詰めてきていた。

 先日、アルトリアからエンジンの説明を聞いていたメイビスは、加速する海賊船から勢いよく噴射しているのがプラズマ粒子であると予想していた。


 大型で多くのエンジンと動力炉を積んでいるとはいえ『海鷹』の船足では、逃げ切ることは難しそうだった。メイビスは、副長さんって意外と緊急事態に弱いんだなと思いながら、エンジンを管理する兵士に聞いた。


「亜空間機関はどうですか!?」

「機関始動まであと二十分はかかります!!」


 亜空間に入り込んでしまえば、交戦は困難という話だったが、亜空間に入るためには亜空間機関の始動を待たなくてはいけないらしい。そんな余裕は当然のごとく追われる身の『海鷹』にはなかった。


「何とか、相手と距離を空ける事はできないですか?」

「牽制するにも、こちらの対空兵装は射程外ですし、魚雷や爆弾もパイロットが不在の状態では……」


 まさに万事休すといった状態だが、メイビスは特に悲観した様子もなかった。格納庫にある物資のリストを艦長席の肘置きのウィンドウに表示させ、それを無言で縦にスクロールさせる。

 

「うーん。ここで考えていてもらちがあかないなぁ。――――ちょっと格納庫に行ってきます。副長さん指揮をお願いできますか?」

「なにも、艦長ご自身が行かれなくても!!」


 副長が艦長席から立ちあがったメイビスを止めようとした。しかし、メイビスは副長の静止を笑顔で押し通ると、格納庫へ向かうエレベーターに乗り込んだ。

 扉が閉まりメイビスの姿が見えなくなると、唖然とした副長は、キッ顔を引き締めと艦橋内の自身と同じように呆けている乗務員に指示を下した。


 ◇


「魚雷の固定は大丈夫か!!」

「がっちり固定してますので直撃を受けない限り大丈夫ですよ!!」

「航空燃料の流出に注意してください」

「了解しました!!整備班長!!」


 チンという音と共に扉が開くと、重力の支配から解き放たれた体がふわりと浮く。いまだに無重力下に行くと感じる、この胃が上に上ってくるような感覚に慣れない。


 メイビスは手すりをつかみ、体を格納庫へ押し出した。

 慣性制御がされていない半無重力の格納庫は、『零式艦上戦闘機』と『97式艦上攻撃機』が所狭しに並んでいる。その周りを整備兵たちが、艦載機用の弾薬や燃料が誘爆しないようきちんと固定されているかを確認する作業に追われていた。

 

「あれ?艦長?どうしたんですか?」

「あ、お疲れ様です」


 コンテナの上に乗り、周囲に指示を出していた女性の整備兵がメイビスに気が付いて、声を掛けてきた。

 当然だが格納庫にも状況は知らされている。だからこそ海賊に追われている状況で、なぜ艦長が格納庫にやってくる事が不思議でたまらないといった顔だった。


「何か御用ですか?」

「ええ。ちょっとお聞きしたいことがあって」


 渡りに船だとばかりに、メイビスは自分の隣に整備兵を呼ぶとウィンドウに先ほど見ていたリストの一部を表示させて見せる。


「これ、直ぐに出せます?」

「えーっと、これなら、ちょうどそこのコンテナにありますけど……」

「私もあまり詳しくは知らないんですけど、これって――――」


 メイビスの話を聞くと女性の整備兵は、眉を中央に寄せて難色を示した。


「……やってやれないことは無いと思いますが、上手くいく保証はできませんよ?」

「それでいいです。数分でも時間が稼げればいいので。準備はどのくらいで出来ます?」」


 初めは、無言で考えていた女性の整備兵だったが、すぐに表情を切り替えるとメイビスの案を元に幾つかの計算を紙に書き込んだ。そして、頷くと腰にぶら下げていたタブレットを指ではじいた。


「――――すぐに掛かれば五分、いえ二分で準備します」

「じゃぁ、それでお願いします」

「了解です」


 メイビスの指示に女性の整備兵は頷くと、テキパキと周囲の兵士たちに指示を出し始めた。


 ◇

 

「何をされてきたのですか?」


 艦橋に戻るなり、ズイッと副長に詰め寄られたメイビスは苦笑いをしながら、女性の整備兵に頼んだことを説明した。


<艦長!!投下準備完了しました!!>


 ちょうど説明を終えたときに格納庫から通信が入った。艦橋から強化ガラス越しに右側面をのぞいてみると、前後に二台ある艦載機を甲板に上げ下げする昇降機のうち前方の昇降機が稼働し、中から小さなコンテナが顔を出す。


 宇宙空間では、距離感が狂ってきてしまうが、縦横ともに八メートルはある正方形のコンテナだ。それが五個、縦一直線に並べてられていた。


「わかりました。お願いします。くれぐれも気を付けて」


 無線にそう告げて強化ガラス越しに手を振ると、それを合図にしてコンテナが滑るように浮遊を始めた。コンテナに作用していた慣性制御を解除したため、まるで風船のようにふわりと浮かび上がり、一定の間隔を開け、宇宙空間を漂い始めた。

 

 ◇


「ニャ?コンテナ?」

「へい。進路上に五つ。前方の空母から投機された物でさ」


 防衛艦『新南』の船長である少女は、部下からの報告に首をかしげた。

 彼女の視線の先にある全速で離脱中の空母、その甲板からいくつかのコンテナが捨てられ、『新南』の進路上を酔っぱらいのように漂っていたからだ。


 船体を軽くするため不要なものを捨てたのか?


 少女は、だんだんと近づくコンテナを視界にとどめながら考えた。

 しかし、船体を軽くすると言っても無重力下で重量はあまり関係があるとは思えない。となると、別の理由だろう。


「レーダー。コンテナの中身が何かわかるかニャ?」

「わかりやせん。気密性の高いコンテナのようでさ。まぁ、船体に害の有る類の物ではないと思いやす」


 そうこう考えている間に、豆粒ほどの大きさではあるものの派手な塗装をされているコンテナをモニター上に捉えることができるようになっていた。


「船長、航路変更しやしょうか?」

「んー。いいニャ。そのまま船体をこすらない程度に回避しながら直進するニャ」

「わかりやした。進路微調整しつつ空母の追跡を継続」


 わずかとはいえ針路を変更すると、その分時間にロスが出る。『新南』の船長である少女は、その少しの時間を惜しんだ。


「一個目のコンテナまで距離およそ五百」


 ちょうど艦橋の左側面、十時の方向にあるのを艦橋でも視認することができた。

 艦橋の真横をコンテナが漂うコースだ。五百メートルもあれば、近距離ではあるものの余裕で回避することができる。


「何のための、コンテナなのかニャ?」


 まるで、魚の骨がのどに刺さったかのような何とも言えない気持ち悪さを感じながらも、少女は『新南』を減速させることなく進ませた。


 状況が変わったのは、三個目のコンテナに差し掛かった時だった。


「熱感知!!前方千!!」

「何ニャ!?」


 艦橋の真正面を浮遊していたコンテナが、内側からはじけ飛んだ。

 しかも、強烈な閃光と衝撃波を小さな『新南』の船体に叩き付けて。

 衝撃波に煽られ、船体が大きく揺さぶられる。閃光によって視界がホワイトアウトする。

 

「ウニャァァァァ!!何ニャ!!ニャんニャのニャ」


 目を片腕で覆いながら、船長である少女は叫んだ。


「コンテナが爆発した模様!!電子妨害用のショックウェーブで、ただでさえ機嫌が悪いRCS(姿勢制御装置)が、完全に逝っちまいやがりましたぜ!!」

「ニャ!?嘘だニャ!!」 


 閃光にやられた目で、何回も瞬きをして叫んだ。



 一方、『新南』に追いかけられていた『海鷹』の方でもコンテナが小さな防衛艦の近くで炸裂するのを確認することができた。

 それを確認した副長が、メイビスに問いかける。


「いったい何を入れたのですか?」

「中身ですか?『海鷹』にあった信号弾ですよ」

「信号弾、ですか?」


 信号弾とは、通信の一手段として使う弾丸で宇宙に放つと一定の距離を置いて炸裂する。その強烈な閃光は自身の場所を知らせるため、あるいは指示を与えるためなどに使われる。


「はい。コンテナに信号弾を入れて、少しの爆薬と一緒に海賊さんの通りそうなところに置いてもらいました。もし海賊さんが近くを通ったり、船体にぶつけたりすると起動するように設定してもらって。―――しかも、信号弾と一緒にえーっとETC?でしたっけ?電子機器の妨害用の衝撃波を撒いちゃうのも入れてもらいました」

「恐らく、それを言うのであればEMPではないでしょうか。――――しかし、そんなので足を止めることができますかね?」

「さぁ?わかりません。私も映画で見ただけなのだ」


 副長の疑問に、メイビスは自身も微妙な顔をしながら首をかしげた。

 

「敵艦は?」

「閃光が直撃したと思われますが……。敵艦健在!!距離変わらず!!」

「……そうですか」


 レーダー上に表示されている光点は、ほとんど変わらず速度を維持したまま、それどころか増速して確実に『海鷹』との距離を詰めてきていた。

 違いがあるとすれば、先ほどと異なり直線的な動きではなく蛇行をしていることだろうか。


「敵艦までの距離一万を切りました!!」

「対空砲迎撃準備!!」


 蛇行していようが自力の差は埋められない。瞬く間に『海鷹』と『新南』の距離は近づいていた。

 レーダー分析官の報告を聞いた副長が各所に指示を出す。それに従い『海鷹』に搭載されている25㎜三連装機銃と12.7cm連装レーザー高角砲が、その砲身を後方から迫ってくる『新南』へと向ける。

 

「艦長発砲の許可を!!」

「……。許可します」

「撃ち方はじめ!!」


 メイビスが頷くと同時に副長が発砲許可を出す。


 高角砲から強烈なイオンの粒子が溢れ、一直線に『新南』の艦首へと向かっていく。放たれたレーザーを『新南』は右舷のサイドスラスターを全開にして、横スライドでよける。


 軍艦ではあるが、小型で装甲の薄い防衛艦にとって、対航空機用の12.7㎝レーザーとはいえバカにはできない。数発なら耐えられるかもしれないが、確実にダメージが入る。


「敵艦さらに増速!!速力およそ60ノット!!」


 しかし驚いたことに『新南』は怯むことなく、さらに速力を増して通常ではありえない速度で突っ込んできていた。練度の低い『海鷹』の放つレーザーや弾丸は、予想のはるか上を行く敵艦の船体をとらえることができなかった。


「て、敵艦距千!!対空砲の斜角が取れません!!」


 報告を聞いたメイビスは、艦長席から立ち上がって艦の後方を見る。先ほどまで豆粒程度の大きさだった『新南』を視界にとらえた時、『海鷹』の甲板と『新南』の船体が接触した。


「うわっ!!」


 体が前方へと投げ出されそうになるのを、メイビスは両手で艦長席の肘かけをつかむことで何とか耐えた。

 一方『海鷹』の船体が衝撃によって激しく振動するが構うことなく、『新南』は船体上部と艦首にあるスラスターを全開にして船腹を押し付けていた。擦られた甲板が激しい火花を散らしながら悲鳴のような音を上げ、『新南』の船体が完全に停止した。

 

「ごめーん。遅くなった―――あれ?……え?これってどういう状況!?」


 ちょうどのタイミングでログインしたアルトリアが、甲板に乗り上げる『新南』をみて、驚愕の表情で固まった。


 ◇


「ほんとごめんニャさい。まさか、こんな風になるニャんて考えてもみなかったニャ」

 

 『海鷹』の艦橋に『新南』から一人、高校生ぐらいの少女が誰も伴わず訪れていた。

 ミーシャと名乗った彼女は明るいふわふわとカールしたオレンジ色の髪、活発そうな瞳をしていた。しかし、一番異彩を放っているのは、メイビスとアルトリアの前で申し訳なさそうに下げる頭に付けた鈍い銀色の猫耳だった。


 カシュカシュと小刻みに動く猫耳が気になるメイビスだったが、こちらもミーシャに合わせるように慌てて頭を下げた。


「いえ、こちらこそすみません。まさかアルちゃんの知り合いだったなんて」


 頭を上げたミーシャは、苦笑いしながら頭をかいていた。


「いや、私の方が一方的に知っているだけで、ミーシャさんとは初対面だから」

「どういうこと?」

「ミーシャさんは、『三大国(トリニティ)』の一角【三毛猫海賊団】のマスターだよ」


 『三大国』のマスターと言われても、いまいち分からないすごさがわからないメイビスは小首を左側にかしげた。するとアルトリアがため息をつく。


「どれだけすごいかというとね。ミーシャさんのクラン【三毛猫海賊団】は千五百人を超えるプレーヤーが所属してるの。保有する船は一万隻以上」

「千五百人って」


 あまりの人数にメイビスが驚愕の表情になる。


「まぁ、うちのクランに興味があるならまた今度詳しく話そうニャ。それよりも本当にごめんニャ。こっちも姿勢制御装置が、そっちのEMPで壊れちゃってたから、こんなむちゃくちゃな接舷の仕方に……」

「い、いえ!!もとはと言えば、私が早とちりしたのが悪いんです」


 またもやミーシャが頭を下げ、メイビスもつられて下げる。二人そろって頭を下げ始める中、アルトリアは『新南』が接舷し無残な傷跡が残された甲板を見て、深いため息をついていた。処女航海初日で、ここまでひどい傷を負うとは『海鷹』のこれから先が心配なのだろう。

 とはいえ、修理代は【三毛猫海賊団】が持ってくれるというのだから気にする必要はない。

そこに副長がさりげなく声をかけた。


「あの、そろそろバラセラバルに向かわないと、時間におくれますが」


 言われて時間に気がついたメイビスは、『海鷹』の甲板の上に『新南』を乗せたまま、慌てて針路の修正を命じた。

お読みくださりありがとうございます。

ご感想などいただけると作者の投稿速度が上がるかもしれません 笑


次回はちょっと箸休めの話を挟みたいと思います。

では、また。


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