第2話 『宇宙の覇者は俺だ!!』
18年7月22日 文章を何か所か変更しましたが、内容に大きな変更はありません。
フルダイブシステム。いわゆる仮想現実の世界が世に出てから早五年あまり。
その短い間に、仮想世界は一般家庭にまで浸透を果たしていた。
現実から仮想へ。普段の自分を忘れ、新たなる自分へ。
瞬く間にフルダイブシステムは、現代社会という名の荒海を渡る人々にとって回避地となった。ストレス発散をできる場としてなくてはならないものとなり、今では精神衛生の支援者という名すら与えられることとなった。
さて、仮想現実でのストレスを発散の方法は人それぞれだ。その方法は星の数ほどある。中で最も好まれたのがフルダイブシステムを利用したゲームだった。
多くの人々を引き付けた理由は、仮想ゲームの世界では、勉強も、政治も、お金も、法律も、倫理も関係ない。自分が生きたいように生きることができる。それこそ、第二の人生と言っても過言ではない世界が広がっているからだった。
この一大ブームに目をつけた世界各国のゲームメーカーは、大手、新興企業に関わらず次々と参入した。王道ともいえる異世界RPGから現代社会を舞台にした恋愛学園もの、if物語を追体験するタイムスリップもの、あるいは現実とはなりえていない近未来の世界まで幾多のゲームタイトルが現れては消えて行くことになった。
その中に一つ。SFというジャンルでは最も多くのプレーヤーに愛されているタイトルがある。
日本の企業「鷲の爪社」が三年ほど前に開発したVRMMOゲーム『宇宙の覇者は俺だ!!』―――通称ソラハシャだ。
モデルは数千年後の宇宙。
荒れ果てた地球を後にし、広大な宇宙へと進出した人類は幾多の星系を発見し、開発し、様々な技術によってより遠くの宇宙へと突き進んでいく。
プレーヤーはその人類の一員となり、無限とも思われる星々が存在する広大な宇宙空間を生き残っていかなければならない。
ゲームで最初に支給されるのは少しの資金、宇宙服、そして小型の作業ポッドだけ。正直夢も浪漫もない。ただの工作機械で何ができるだろうか?
そう思う者も多くいることだろうが、この世界は仮想ゲーム。少しの考える頭とやる気さえあれば、何でもできるのだ。
『ソラハシャ』は、プレーヤー自身の技量しだいでどんなこともできる。不可能の無い世界。
いかなる艦船を所有することも、いかなる職業に就くことも可能だ。
点在する星系国家に貢献し、武功を挙げ将軍になるもよし。
気の合うプレーヤーと船団を組織し海賊王をめざすもよし。
戦場から戦場へ自らの命を賭けて傭兵になるもよし。
世界に一つだけのストーリを紡いでいく。それがソラハシャなのだ。
◇
「あぁー負けたぁぁぁぁぁ!!」
無菌状態が保たれた正常な空気が満ちる室内。しかし、通常では考えられないほど広い。それこそ何万人も収容できるほどの空間が広がっていた。
その隅っこで、身長160センチ足らずの少女が叫び声をあげていた。
被っていたヘルメットを投げ捨てると頭をガシガシ掻いて、さらにベンチの上で思いっきり足をバタバタと暴れだした。その姿は、まるで幼児が駄々をこねているようだった。
銀色の髪に、少しつりあがったような銀色の瞳。雪のような白い肌の母性に乏しい―――まな板に近い―――体を派手な赤色のパイロットスーツに身を包んだ十代半ばぐらいの少女だった。
後ろ頭でお団子にしていた銀髪が横顔にかかる。まるで山姥のようになるまでかきむしったことで満足したのか、少女は深いため息をついて静かになった。
この銀髪山姥こそ、先ほどまで宇宙で戦闘を繰り広げ、最後にはレーザーで焼き殺されたはずのアルトリアだった。
現在、アルトリアがいるのは、墓場と呼ばれる観客席で、ソラハシャのゲーム中に戦死したプレーヤーが、その後の試合を観覧するために用意されていた場所だ。
彼女の周囲では、多くのプレーヤーが思い思いの場所で友人と雑談していたり、中央モニターに表示される中継を目で追いかけていた。
「惜しかったなぁ。アルトリア」
「あ、レッドリーダー」
「よぉ」
落ち着いて髪の毛を整えていたアルトリアに、紫色の髪を角刈りにした細身の男が声をかけてきた。
このど派手な男は、先の戦闘で『零式艦上戦闘機』に搭乗し”第二十七航空隊”を率いていた隊長のレッドリーダーだった。
本来のキャラクターネームは”3408”と書いて読み方は”ミシオヤ”と言うらしい。
もっとも数字をキャラネームにするなよと、周りからは思われているらしく殆どがのプレーヤーがレッドリーダーと呼んでいた。
近寄ってきたレッドリーダーがパックジュースを放った。半無重力で緩やかに流れ着いたジュースをアルトリアは片手で受けとり、すぐにキャップを開けた。
「しかし、グレザー の機体は化けもんだな。主に数が」
「ですねぇ。一人ひとりが最新鋭機を十数機持ってきてるらしいですよ。あれには驚かされますね」
アルトリアは、レッドリーダーに誘われるようにして中央に鎮座する大きなモニターを見た。
そこに映し出されるのは、青白いプラズマを吹き出す重巡洋艦や電磁加速弾に貫かれる駆逐艦、対空砲火で火だるまにされた戦闘機であり、まぎれもなく先ほどまで彼女たちが身をさらしていた戦場だった。
「しかも操縦技術も高いし」
「エンジンも、操っているNPCも相当レベル高そうですよね」
アルトリアは、ジュースを少し口に含み顔をしかめた。彼女が苦手とする柑橘系のジュースだった。
「今回は星系戦はどうなるんですかね?」
「さぁ?俺たちが戦死した後のお味方しだいだな」
今、アルトリアが行っているゲームモードは『星系戦』と呼ばれるサーバー対抗戦だ。
ソラハシャのユーザーは世界各国におり、地域ごとにサーバーが分けられている。
星系戦は、世界各国のプレーヤーたちが所属するサーバーに分かれて対戦するゲームモードであり、具体的には各サーバー、一万人のプレーヤがノーマルフィールドで育てたNPCやカスタムした艦船、機体で参戦する。
ルールは防衛側と攻撃側に分かれ、防御側は母星まで攻め込まれたら敗北になり、攻撃側は攻撃部隊の殲滅あるいは時間切れになると敗北となる。
ちなみに今回の対戦カードは、グレザーサーバー対バラセラバルサーバーで終始グレザーサーバーが優勢だった。
本来なら、初期にリリースしたバラセラバルサーバーのプレーヤーたちが、簡単に負けるはずもなかったのだが今回は運がなかった。
まず現在は夏休みだ。七月に時間を持て余した学生たちが大量に参入したゆえに、星系戦に出たこともなく、作戦にも支障がでるような新兵が多く参加していた。
また星系戦の開始時刻が日本では平日の昼12時で、アメリカの太平洋側では夜8時だった。
平日のこの時間に現代日本で遊んでいられる人間は、夏休み中の学生か、このために有休をとったヘヴィーゲーマーかあるいは自宅警備員ぐらいなものだろう。
そのためメンバーは定数の8割で、実質的な戦力は約半分まで落ちていた。
ここまでゲームバランスが崩れていると苦情が出そうが、ソラハシャのルールで開始時間は持ち回りで対戦サーバー片方に合わせられる。つまり有利な場合と不利な場合とが交互にやってくる。
運営も調整を頑張っていることを知っているプレーヤーたちにしてみれば、今回は運が悪く不利な条件だったと受け入れるしかない。ついでに、不利な状況で負けた場合はお詫びとして、運営から若干のボーナスも出たりする。それ故にプレーヤーは勝利にこだわりながらもイベントを楽しむことができるのだ。
「残り3分だな」
「そうですねぇ。ここまで来るともう巻き返しは無理そうですね」
不利な状況が続く日本サーバーのプレーヤー達は、徹底抗戦の後に次々と墓場へと送られてきていた。
モニターを確認する限り、アルトリアの所属する母星バラセラバルの地表には|多くのグレザーの輸送部隊が降り立っていた。主要区画の占領もすぐに始まることだろう。
惑星近海宙域での戦闘も、バラセラバル艦隊の壊滅で雌雄が決した。この状況どうあがいてもバラセラバルサーバーには勝ち目がなかった。
「まぁ。不利な条件だったから結構稼いだと思うんだがな」
星系戦では、敵を倒したポイントに応じてプレーヤーに資金が振り込まる。
また通常のフィールドとは異なるために、いくら弾薬を消費しても、最悪機体が破壊され、死亡したとしても普段プレーしているフィールドに戻ったら回復する。そのためプレーヤーたちは撃墜ポイントを稼ぎ、資金を手に入れることに重点をおいているのだ。
もっとも勝ち負けも非常に重要で、勝利サーバーには一億クレジットが各プレーヤーに振り込まれることになっていた。
「やっぱり『96艦攻』じゃもう難しいですねー」
「まぁな。あれの次って何考えてんの?ケイト?」
「そっちも考えたんですけどねぇ。上位の『天山』がもうすぐ出るらしいのでそっちを待ってから購入しようかと」
レッドリーダーが提案したのは『96式艦上攻撃機』の一つ上のランクである『97式艦上攻撃機』ことで、海外プレーヤーから『ケイト』の愛称で呼ばれている。
「『天山』かぁ……なるほどなぁ。あれも足はなかなか早いよな」
それに対してアルトリアが目指しているのは、今搭乗している『96式艦攻』よりランクが二つ上の『天山』だ。性能差は『96式艦攻』が速力Dなのに対し『天山』はC。さらに大型型対艦ミサイルも装備と全体的にバージョンアップしている。
「とりあえず、資金調達中です。まだまだ遠そうですけど」
「大変だな。――――お。終わったな。結果は……。まぁこっちの負けだわな」
時間的にギリギリであったが、中央の巨大モニターと観客席にあった数十台のスクリーンのすべてにグレザーのエンブレムが表示された。
そのあと、各分野ごとのランキングが表示される。
アルトリアも一応自分の名前を探すと、攻撃機の部門で三位という結果を見つけた。
どうやら撃破ポイントを見る限り、最後の攻撃が成功しており敵戦艦にダメージを与えており、それが決定打となり撃沈されていたようだ。
「報酬は後日にガレージにお送りします、だそうですよ」
「何が来るやらな。ランキングは低かったし。まぁ資金の足しになればいいけどな」
アルトリアの言葉に肩をすくめながらも、レッドリーダーはしっかりとガレージのアイテム整理を行っていた。
「どうですかねぇ?」
各ランキングの上位入賞者には別途の報酬が与えらえれ、ランキングの能力に見合った装備や武器が送られることになっている。
そこでふと、時計を見ると午後6時をさしていた。
「うあわぁ!すみません、レッドリーダー。私落ちます。お疲れ様でした!」
「おう。お疲れさん。次フィールドであったらよろしく頼まぁ」
意外と時間がたっていたことに少し焦ったアルトリアは、報酬の申請だけを行い、すぐにウィンドウに表示されたログアウトのボタンを押した。