第19話 『アリエスⅡ』にて
遅くなりました。すみません。
時は少し遡り、アルトリアが『アリエスⅡ』を出港する前へ戻る。
ドッグに収まっている『羽風』の艦橋には、難しい顔をしたアルトリアとドナルド・レーガンの姿があった。メイビスは、彼女の放浪癖が出たのかいつの間にか姿を消していた。
「で、これから先どうするかなんだけど、恐らく宙域は通常空間航路も全域で封鎖されちゃってるだろうからね」
アルトリアが、肩をすくめるようにしてそう言った。
「今情報を【逃がし屋】が集めてくれているから、それを待ってから動こうと思うけど。どう?」
【逃がし屋】への依頼はドッグまでと言う契約だったが、無機質な合成音声は含み笑いで<サービスです>と情報収集を快く引き受けてくれていた。
リアルタイムに変化する状況に対応する【逃がし屋】の事だ。持っている情報網はかなり頼りになるはずだ。
案の定、すぐにアルトリアの目の前に通信が入ったことを告げるウィンドウが現れる。
<わかりましたよ。――――大まかな巡視船の動きです>
sound onlyと表示された通信とは別口で複数のウィンドウが開き、警察の捜査状況や各部署の【警官】がどこに配置されているかなど詳しい情報がアップロードされる。
「短時間で良くここまで情報を集められたわね」
ある程度は予想していたものの、どのプレーヤーがログインしていて、どの地域を担当してるかまで事細かに調べ上げられていた。
アルトリアは、純粋にその情報の多さと収集能力の高さに驚いた。
<親しい友人がいますので>
「……そう」
何も言っていないのに、帰ってきた返答にアルトリアは渋い顔をして頷いた。
情報の出所は【警察】内部に入り込んでいる【逃がし屋】部下か、はたまた【警官】に協力者でもいるのか。どちらにせよ、今のアルトリア達にはありがたい事に違いないなかった。
<今ログインしている主な【警官】は約十五人程度です。そこまで多くはありません。しかし亜空間ゲートはきっちり検問が敷かれています。裏道もすでに抑えられているようですし、どうやっても一戦交える必要がありますね>
「さすが、しょちょーさん。私の考えはお見通しってわけだ」
亜空間ゲートが始動してからは、古参のプレーヤーたちからも忘れられていた裏道まで把握済みとはさすがとしか言いようがない。
事細かに示された宙域図を見ながら、少し悔しそうにアルトリアが署長を称賛する。
<ところで、これは別の話ですが気になる情報があるのですが>
「何?」
ドナルド・レーガンにも見えるように、アルトリアは左手でウィンドウをタップしてメインモニターへ向けて軽く振る。『羽風』の艦橋上部に設置されたメインモニターに宙域図が大きく表示される。
<どうやら近海、それも一回亜空間航行を行えばファリスにたどり着ける場所にゾレグラの艦隊がいるようです>
「ふーん。ゾレグラがねぇ。――――って、はぁ!?ちょっと待って!!亜空間航行一回でって領海侵犯じゃない!!そんな重要な事、なんでいままで気が付いてなかったの!?【警察】の巡視船が哨戒していたはずでしょ!?」
顎に手を当てて考え込んでいたアルトリアが、寝耳に水な情報に思わず艦長席から立ち上がる。
その反応を面白がるように無機質な声で【逃がし屋】が話を続ける。
<これがおもしろいことに、どうやら【警察】のトップはレーガン氏を捕まえるために投入可能な巡視船を全部集めたみたいですね。おかげでファリスの防衛網はガラガラです>
ピロンという音と共に、今度はゾレグラ艦隊を映した画像が数枚モニターへアップロードされる。
超遠距離からの望遠撮影の画像をさらに無理やり引き伸ばしたのだろう。非常に粗い画像が表示される。
画像に写っていたのは、黄土色の木星型惑星であるファラリス星系第29惑星ウェクを背にした艦隊だった。
<うちの偵察機が撮影したものです。複座の偵察機十機が接触してこれだけしか送信されてきませんでした。――――――送られてきた画像と熱源から判断する限り、最低でも重巡五隻以上、軽巡と駆逐艦が多数です。先頭艦はゾレグラ製重巡【クラースヌィイ・カフカース】>
アップロードされた画像に映る艦隊は間違いなく攻略部隊だった。
ただでさえ【警官】に目を付けられ、追い回されて余裕が無いというのに。
今度は外国プレーヤーが攻撃する気満々でほんの目の前の宙域までやってきている。【逃がし屋】からもたらされた情報に、アルトリアは思わず頭を抱えた。
「すぐに、【警察」を呼び戻したほうがいいんじゃないですか?」
「無理」
隣に立っていたドナルド・レーガンがそう進言するが、アルトリアは首を横に振って却下する。
「【警察】が戻ったところで、巡視船では相手にならないからね」
【巡視船】が装備しているのは、装備換装されていなければ、対空砲だ。そんな豆鉄砲でどうにかできる相手ではない。本来『アリエスⅡ』の防衛はクラン【アルテミス】の仕事なのだ。
「なら傭兵を雇うなり、近くの軍隊に援軍を求めることは?」
<それもできません。【アルテミス】【愛国者】が戦争状態に移行したため、【傭兵】の大部分がそちらへ流れています。要請して戻ってくるまでに最低でも二時間はかかるでしょう>
【傭兵】にとって、新しい戦場は絶好の市場だ。自身を売り込むためには戦場へ行くのは当然のことだろう。
しかも、【愛国者】は【傭兵】が主体のクランだ。
【軍人】主体でお堅い【アルテミス】とは異なり、野良の傭兵や単独プレーヤーの大規模な募集が掛かるはずだ。
それに『アリエスⅡ』に集中している修理用のドッグや改修工場にいる中小クランに援軍を要請したとしても、艦艇の殆どはすぐに動かせないだろう。
そんな悠長なことしている時間もない。
<もしここを攻略されればバラセラバル船籍の修復は、最前線の辺境惑星か、バラセラバル本星に集中します>
バラセラバル最大の工廠が破壊されたとすれば、必然的にそのしわ寄せがどこかへ行く。
現状、『アリエスⅡ』と同規模の工廠を持つのはバラセラバル本星といくつかの中継星系の工廠、そしていまだ調査の手が及んでいない辺境宇宙の手前に作られた小規模な工廠群だ。
しかも、平時ならばまだしも【アルテミス】と【愛国者】の戦争終結後だ。大量の損傷艦が出ていだろう。それが一挙に集中したとなれば工廠のキャパシティを超え、飽和状態となるのは目に見えている。
戦闘艦が修理できないという事は、戦力の低下に直結する。それゆえに重要拠点である『アリエス』や『アリエスⅡ』には【アルテミス】の艦隊が駐留していたのだ。
「ですが、バラセラバルの産業能力をもってすれば、一か月と経たずに復旧が可能なのでは?」
<……確かに、レーガン氏の言うとおりです。各クランや商業組合の協力が得られれば、一か月とかからず完全な姿に修復が可能だと思います>
「―――――ねぇ。ちょってまって。なんであいつらはここに来たの?」
ドナルド・レーガンと【逃がし屋】の会話を聞いたアルトリアは、あることに引っかかった。
「普通に考えたら民間人もいる拠点攻撃なんてリスクの大きいマネをする理由が無いよね。しかもゾレグラ星系はここから数百光年も離れているし」
艦隊をここまで動かす経費を考えたら、作戦立案の時点でバカバカしいほどの費用が掛かるのはわかっていたはずだ。しかも、民間人を【軍人】が殺傷した場合、特例を除いて罰則が発生する。あまりにも割に合わない。
ではなぜ、奴らはこんな無茶な作戦を実行したのか?
<簡単ですよ。アルトリアさん>
本当に楽しそうな合成音声にいらだちを感じながら、アルトリアは一つの可能性にたどり着いた。
「……星系戦があるの?」
<そのとおりです。さすがですね>
「で、でも、星系戦に『アリエスⅡ』が関係するのは、戦闘終結後でしょ?」
<はい。ですが、着目点を変えてみてください。彼らの本当の目的が『アリエスⅡ』の破壊ではなく、星系戦に参加する艦艇の損耗を狙ったものだとしたら?>
「―――――まさか!!【アルテミス】と【愛国者】の戦闘も!?」
アルトリアは、自分の行き着いた考えに驚愕のあまり声を最大にして怒鳴った。
<ゾレグラは内々に【アルテミス】や【愛国者】に諜報員を派遣していたようです>
つまりゾレグラは、星系戦で勝つためにバラセラバル最大の戦力同士をぶつけ損害を出させ、さらには修復させないために『アリエスⅡ』を狙ったのだ。
<さらに言えば、ゾレグラの諜報員にはなかなか面白い能力持ちが居るようでして。情報を改ざんできるというものです。―――【警察】のライブラリにあるレーガン氏の手配情報にはその痕跡が残っていました>
「諜報員が手配書を改ざんしたってわけね」
<えぇ。ですので、レーガン氏の手配は全くのでたらめです。うまく踊らされたものですね>
【逃がし屋』の中から送られてきたデータの一つが自動的に開封される。その中からは厳つい顔をしたNPCのプロフィールが表示される。
【アルテミス】の排除だけではなく、治安を維持する【警察】にも攻撃を加えているとは。さっと簡単に目を通したアルトリアは、思いっきり髪の毛をグシャグシャとかき回したい衝動に駆られるが、舌打ちをするだけにとどめた。
「まったく。そう思うと腹が立つわね」
<そういえば、レーガン氏は自身の艦隊がファリス星系にいるのではないですか?>
【逃がし屋】の言葉を聞くとアルトリアは自分の隣に立っているドナルド・レーガンに目を向けた。
「確かに。ねぇ。貴方の艦隊は頼りにならないわけ?これだけ人様に迷惑かけたんだから、少しくらい手伝ってもバチは当たらないでしょう?」
「あ、えーっとですねー」
アルトリアの視線から逃れるようにドナルド・レーガンは身を引く。
「なに、こんな段階になっても隠すわけ?正直、あまり時間もないんだけど。ぐずぐずしていると殺すわよ?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!言いますから、言いますからそんな凶悪な顔を私に向けないでください」
<最近の若い人は怖いですねー>
かなりイライラしているアルトリアの視線に身の危険を感じたのだろう。ドナルド・レーガンが慌ててコンソールに駆け寄り、いくつかの数字と記号を入力した。
「何?どこの国の領事館のデータベースなのこれ?」
どこかの領事館のサイトからダウンロードされたパスポートと言うか、身分証明の個人データにアルトリアが首を傾げる。まったく見たことのない領事館のエンブレムだ。
心当たりが無いアルトリアに対して、【逃がし屋】が驚愕の声を上げた。
<まさか!!これは、第三銀河帝国の国旗!?>
「知ってるの?」
<……えぇ。ついこの間、実装されたNPC国家の一つです>
「NPC国家?別に珍しくもないじゃない?」
先々月のアップデートに伴い実装されたNPC国家だが、現在すでに数百は見つかっている。その国家の殆どがプレーヤー以下の低レベルの技術力しかない単一星系であった。
そのため、バラセラバル所属のプレーヤーは交易のみ立ち寄りが可能で、どのような理由があろうが自己防衛以外の軍事介入は認められていない。
<確かに、NPC国家は別に珍しくありません。ですが、第三銀河帝国は通常のNPC国家とはまったく異なります。彼らはソラハシャ史上初の対等な戦力を保有する敵対勢力です>
「はぁ?対等ってどれくらいの技術力なの?」
<確認されただけでも第三銀河帝国の戦力は五万隻。しかもこれは主力ではないと思われます>
五万隻という数字を聞いたアルトリアは目を見開いた。NPC国家において宇宙船を所有していたとしても数百隻が関の山だ。その程度であれば、【三大国】の一部隊で十分対応可能である。
その中で、五万隻という途方もない戦力を保有しているというのは、どれほど巨大な勢力なのか。
ちなみに、バラセラバル所属の艦は合計で四万と八千隻。
アルトリアは、苦笑いを浮かべているドナルド・レーガンに視線で説明を促す。
「まぁ。そうですね。恐らくその五万隻はわが軍、第三銀河帝国の地方艦隊ですね」
「それで?あなたの立場は提督であると?」
「えぇ。……改めて名乗らせていただきましょうか。第三銀河帝国所属連合艦隊司令長官ドナルド・レーガン。階級は元帥」
「ほんとなんなのよ、このイベントは!!」
自身の理解できる限界を超えた現状にアルトリアは、自分の銀色の髪をグシャグシャにかき回した。そして、両の手を頭の上に置いたまま崩れるように椅子に座りこむ。
「あぁもう。めんどくさい!!ドナルド・レーガン!!とりあえずあなたの事は後で考える!!一先ずはゾレグラに対処する!!」
すぐに顔を上げて、船長席のキーボードを右手のこぶしで叩きつけた。
<それでいいんですか?レーガン氏の存在は我々にとって結構重要だと思いますが?>
「そんなこと言ったって、このまま『アリエスⅡ』がやられるのは見過ごせないし」
そう言いつつ、『羽風』のスペックデータを引っ張り出す。その他に【修理屋】から以前送られてきたメールも表示させる。
<勝算はあるのですか?>
「ない。から今から作る」
アルトリアの顔には【海賊】とやりあったときのような凶悪な笑顔が浮かんでいた。
サブタイトル変更しました。2/8