第17話 決着
「敵レーザー臨界!!直撃きます!!」
プラズマやイオンを充電し終えた駆逐艦の130 mm単装レーザー砲B-13-2の砲身から、ピカッと閃光が走りレーザーが発射される。
撹乱幕で減衰したものの、発射されたレーザーの緑や青の光が『巡視船102』の装甲を舐めるように熱し、溶解させていく。
衝撃に艦橋揺さぶられ、署長は自身が腰かけている船長席の肘かけを強く握った。
「『334』『098』轟沈!!『157』戦線離脱!!」
激しい爆発と共に『巡視船』が次々に沈んでいく。その殆どがプレーヤーの乗っていない船だったが、署長の表情はすぐれなかった。『羽風』の援護を行うため駆けつけた九三隻の『巡視船』のうち、八十隻近い船がすでに撃沈されていた。
残りは現在退避中か、航行すらできず戦場のど真ん中で停船している。
「機関室の装甲が貫通されました!!署長!!動力炉、臨界真近です!!」
「船尾、レーダー室、機関室通信途絶!!」
「隔壁閉鎖!!プラズマの流出を許すな!!」
『羽風』を先導する形で航行していた『巡視船102』の装甲にもいくつもの穴が開いている。さらに先ほど直撃したレーザーによって大きな亀裂が生じ、船体の後方五分の一が分断されかかっていた。
機関室のモニターを確認するとプラズマ動力炉の周辺装甲がレーザーで破壊され、円柱の動力炉の外壁から青白いプラズマが噴き出している。臨界を迎える寸前の動力炉から発せられるエネルギー放射に、外壁が耐えられず内側から弾けかけているのだ。
その周辺には、作業服を着たNPCが無重力の機関室内を漂っていた。彼らの頭の上には戦死のタグが表示されていた。
「申し訳ありません。ここまでのようです。署長」
「そうか。よくやってくれた」
動力炉が損傷した以上、『巡視船102』は進むことも後退することもままならなくなった。
レッドアラートが鳴りやまない艦橋の船長席に座る署長の目の前には、満身創痍になりながらも敵艦へ突貫する駆逐艦の姿があった。
その周囲には、すでに盾となってくれる船もなく、レーザー攪乱幕も展開されていない。
だが、猛然と突き進む艦影を見た署長は確信していた。
彼女は諦めていない。いまだこの絶望的な場において、何か秘策を秘めている。
いろいろと諍いの絶えない中ではあるが、署長もアルトリアと同じバラセラバルの人間だ。無差別的に攻撃を行うゾレグラの連中を許せるはずがない。それに組織や組合のバックアップもないのに、自身のペナルティも顧みず戦う彼女の姿に署長も感化されたのは間違いなかった。
『巡視船102』に敵駆逐艦から魚雷が放たれる。それは燃料を盛大に消費しながらまっすぐ署長の眼前へ迫る。
鈍い灰色をした円柱形の魚雷に視線を移しながらも、朗らかな顔で署長はつぶやいた。
「後は、頼んだぞ。アルトリア」
転職した老兵の役割はここまでだ。
あとは、彼女に任せることにしよう。
一切の狂いなく魚雷が『巡視船102』の艦橋へ直撃した。
激しい爆発の炎に飲み込まれながら、思い出したように署長は叫んだ。
「後で、絶対に逮捕するからな!!」
◇
「『巡視船102』撃沈!!」
その報告をアフロのNPCから聞いたアルトリアは、一瞬目をつぶり、次に開いたときにはキッと鋭い視線を敵艦隊へと向けていた。
「しょちょーさん……」
署長旗下の艦隊は約百隻。その殆どが『羽風』を守るための盾として撃沈された。無論、共同所有の物が大半であろうからドロップすることはありえないが、死亡したNPCの補充や船体の整備、そのほかデスペナルティを考える決して安くはない損害だ。
だからこそ、ペナルティ覚悟で掩護してくれた署長へ報いるためにもアルトリアが死ぬ気で艦隊の足止めをしなければならない。
「全員やるよ!!偽装解除!!噴進砲準備!!」
アルトリアの命令と同時に、艦橋の【海賊】達が操作を行う。すると、『羽風』の装甲が次々に分離し、その下からミサイル発射管のようなものが顔を出す。
「さぁ、卑怯者ども!!食らいなさい!!射撃開始!!」
装甲部に隠されていたのは、12㎝30連装噴進砲だった。横列五基、縦列六基の合計三十基の発射管からは、特殊ロケット弾頭が発射される。
このロケット弾は、ミサイルのように敵を追尾したり、選択するような高い性能は持ち合わせてはいない。あるのは発射地点を除く前方に存在する熱源へとただ向かっていく機能だけ。
つまり、敵であろうが味方であろうが識別することなく、ロケット弾に搭載されたセンサーに入ったすべての熱源に攻撃を加える。
発射されたロケット弾が敵艦の一番熱量を出す機関室か、ブースターへと編隊を組んでまっすぐに突撃していく。
いくつかは機銃や高角砲で迎撃されたものの、三十連装の発射管からはほぼタイムラグなしに次段が装填され発射されていく。
そして12センチ30連装噴進砲は発射管一基に約百二十発が装填することが可能であり、『羽風』にはそれが片舷十基ずつ、合計二十基搭載していた。
前方に搭載していた左右二基はレーダーと一緒に吹き飛んだが、それでも十八基が健在であり発射可能なロケット弾の総数は約六万発を超える。
まさにロケット弾による波状攻撃だ。照準も付けることなく、ただ無作為にばらまかれるロケット弾に敵艦の迎撃システムは飽和状態となり、次第に迎撃能力は低下していく。
ついに、駆逐艦の船体下部中央にロケット弾が命中する。
すると、ロケット弾が当たった部分に奇妙な小さな爆発が起こり、装甲を円形に凹ませる。さらにに命中すると装甲が剥離していき、最後には装甲区画ごと刈り取られ駆逐艦の機関部がむき出しとなる。
もし、ここに直撃を食らえば間違いなく轟沈だ。
駆逐艦は慌てて戦列を離脱せざるをえなくなった。
「試作音響振動特殊弾頭。有効みたいね」
【修理屋】のギルドメンバーが開発したという、最新式のロケット弾は敵艦を轟沈するほどの威力はないものの、敵艦の足を鈍らせるには十分な威力を持っていた。まるで流星のように駆け抜けるロケット弾を見てアルトリアは嬉しそうに笑う。
これで、目的は達成した。
あとは、待つだけだ。
とはいえ、『羽風』もすでに主機は機能停止し、動力炉も何とか動いているといった状況だ。
今は、急な噴進砲の攻撃によってゾレグラ艦隊は混乱しているが、それもすぐに統制されることだろう。
「弾数をみてあと持たせられるのは一分って所かな」
アルトリアが静かにつぶやいたその時、レーダーに新たな反応が表示された。二十機の戦闘艦より小型なそれは編隊を組みながら突如として現れた。
「来たァァァァァ!!瑞雲!!」
現れたのは独立した楕円系の外付け超短距離亜空間機関を持つ『瑞雲』だった。長距離偵察と爆撃をこなす高性能な機だ。
四機一編隊を組んだ『瑞雲』は機首に設置された亜空間機関を分離すると、白色にカラーリングされた機体が『羽風』上方を通過してゾレグラ艦隊へ襲いかかった。
いまだロケット弾は『羽風』から発射されており、敵艦隊は混乱の極みにある。そこへロケット弾をよけながら『瑞雲』がダイブブレーキの役割を果たすスラスターを吹かしながら急降下していく。
急激に速度を落とした『瑞雲』から無誘導の爆弾が次々に投下され、敵艦の艦橋や機銃群へ直撃する。
瞬く間に、駆逐艦や軽巡洋艦が爆発炎上した。
見事な連携を見せた『瑞雲』を見ながら、アルトリアは自分の役割が終わったことを理解した。
一度に二十機も戦線へ投入可能な船は、このゲームには四種類しか存在していない。
「新たな熱源多数!!識別反応受信しやした!!【アルテミス】第三艦隊旗艦『日向』でさ!!」
副船長が飛び上がらんばかりに喜んで、アルトリアに報告する。
ワープの青い粒子を纏いながら姿を現した船は、前方に巨大な砲塔を装備し、後方は平らな甲板を有していた。その船はゲーム上、たったの四種類しか存在していない超レアな艦種『伊勢』型航空戦艦2番艦『日向』だった。
その船体には、青い星に黒い軌道エレベーターと土星の輪のような交易ステーションが描かれたバラセラバルの国旗と弓矢をつがえた女神が描かれていた。
さらに『日向』の後にもタッチダウン反応は続く。
続いて現れたのは『日向』よりも巨大な300mを超す船体に、平らな全面甲板と黒とグレーを織り交ぜた宇宙迷彩が特徴的な船だった。黒い空母の後方には、淡い白色をした同型艦の空母が続く。
「あっちの空母は『瑞鶴』と『翔鶴!五航戦まで来てくれたんだ」
『日向』の左右に沿うようにして現れたのは、【アルテミス】第五航空戦隊、航空母艦『瑞鶴』『翔鶴』およびその随伴艦である『吹雪』型駆逐艦だった。
二隻の空母は、船尾が亜空間から抜け出すと甲板上から次々に艦載機を発艦させる。
練度が高い航空隊は、機体の横をレーザーが掠めようとも難なく発艦し、冷静に僚機と編隊を組んでいく。
周囲にはタッチダウンすぐだというのに、重巡洋艦『愛宕」をはじめとする【アルテミス】第三艦隊および第五航空戦隊、総数四百五十隻が輪形陣のままゾレグラ艦隊の左舷側に姿を現した。
「やっと、終わったかぁー。噴進砲射撃停止」
アルトリアが、思わずと言った風に背もたれにもたれ掛り脱力する。
【アルテミス】第三艦隊と第五航空戦隊の圧倒的な火力により、ゾレグラ艦隊は反撃することも出来なかった。ゾレグラ艦隊の艦艇は数はある程度いたものの航空支援はなく、しかもアルトリアの『羽風』と『巡視船』船団によって少なくない被害を被っていた。
狩人は瞬く間に獲物となり、浜辺に作られた砂の城が波によって崩壊するが如く呆気なく掻き消えた。
撤退することも叶わず、ゾレグラ艦隊は宇宙の藻屑となった。
キルレートを見てみると、唯一旗艦の戦艦『ペトロパブロフスク』のみが這う這うの体で逃げ出したようだった。
「船長、対応はどうされやすか?」
「一先ず、動力炉は停止。生命維持装置とその電力、あとレーダー、通信関係以外はシャットダウンして。それぐらいだったら、動力炉なしでもバッテリーでなんとかなるでしょ?」
「わかりやした!!」
手元にウィンドウを表示したアルトリアが乗組員に指示を出す。『羽風』も殆ど廃船に近いほどボロボロではあったし、乗組員もかなり死亡した。だが、あの絶望的な状況から生き残ったのだ。良しとするしかないだろう。
一先ず最優先するべきは、耐久値を限界まで削られたプラズマ動力炉だ。あと数分も稼働していれば臨界点を迎えて船体が自壊していた可能性が高い。
戦闘が終局に向かっている今、無理に動力炉を起動させておく必要もない。
動力炉と主機の機関音が聞こえなくなると艦内の全ての電灯やモニターなどが一度ブラックアウトし、その後必要最低限の機能が復旧する。
「船長。『日向』より通信がきていやすが」
「つなげて」
少しのノイズがあったあと正面モニターに、【アルテミス】の真っ白な制服を身にまとった茶髪の少年が映った。少年はアルトリアの顔を見ると一瞬驚愕に目を見開き、その後苦笑した。
<こちら、クラン【アルテミス】第三艦隊、副指令サバ缶です>
「久しぶりですね。カンさん」
<うん。以前の星系戦以来かな?元気にしてた?>
「えぇ。そこそこ」
<それはよかった。――――で、何がどうなってこうなったの?>
サバ缶と名乗った少年は、苦笑したまま声をかけた。
その声を聴いたアルトリアは、サバ缶があきれと共に面白がっているいるのが良くわかった。
「話せば長くなりますよ?」
<そう、だね。まぁ一先ず話は今度聞こうかな?それよりも、一隻この辺りじゃ見ないNPCの船が居るんだけど?知り合いかな?>
「……艦種は、わかります?」
<うーん。国籍はわからないけど、ドラッセン星系の船に似ているかな。オッとトランスポンダーが発信されたね。えーと。第三銀河帝国第34地方方面艦隊所属『グナイゼナウ』。どうやらシャルンホルスト級二番艦と同じ奴だけど、第三銀河帝国って聞いたことある?>
サバ缶の質問にアルトリアは頷いた。
それはもう嫌そうな顔で。
「……知ってます。私がこんな羽目になった諸悪の根源ですよ」
こんな拙い小説を読んでくださっている方、そしてブックマークや評価していただいた方ありがとうございます。
サブタイトル変更しました。2/8