第16話 防衛戦
署長たち【警官】プレーヤーたちを追い出したアルトリアは、再びブリッジの艦長席に座ると【警官】達から奪い取った装備アイテムを肩に下げた副船長に指示を出す。
「状況報告!!」
「へい!!艦内の火災は鎮火、機関は推進力が30%ダウンしやしたが復旧完了しておりやす。ですが武装と装甲は……」
「時間が無いから要点だけまとめて」
「へい。武装は、先の戦闘で二番主砲が損傷。修復は困難です。魚雷発射管一号機は何とかいけやすが二号機は左舷への旋回ができず、そんで魚雷の残りは一号機に装填済みの二発しかありやせん。装甲の方も貫通された場所の応急処置は済ませやしたが、艦首の損傷がひどいもんです。特に装甲部に設置されていた艦首レーダーの復旧は無理でした。そんで魚雷発射管、主砲要員、計34名が戦死しやした」
NPCの報告に、アルトリアが苦虫をかみつぶしたような顔になる。駆逐艦最大の武器である魚雷が封じられたことも痛かったが、何よりもレーダーをつぶされた事の方が痛手だった。
唯一無二の強力な魚雷は駆逐艦にとって重要な攻撃手段だが、他の艦種の追随を許さないその俊足も駆逐艦の大きな武器である。
しかし、俊足を発揮するには敵船の位置や遠方から飛来するミサイルなどを正確に察知し、回避しなければならない。
現在『羽風』は、前面をカバーしていた艦首レーダーを破壊され、モニターに大きな空白が出現していた。無論完全につぶされたわけではないが、人間で例えるならば目隠しをした状態で突撃するのとなんら変わりはなかった。
「……そう。例の奥の手は?」
「へい。艦首部に装備していたのは破壊されやしたが、それ以外は無事ですぜ」
「わかった。しょちょーのほうは?」
「現在、離脱中でさ」
『羽風』の機関始動すると同時に接続されていたタラップが取り外され、『巡視船102』の内部へと収容されるとゆっくりと離れていく。艦橋の強化ガラス越しに純白の船体が離れていく様子を見ながら、アルトリアは次の作戦の事を考えていた。
『巡視船』がゾレグラ艦隊の針路上から退避するまでにかかる時間は凡そ三分。その間は、こちらの状況を把握していないためか、ゾレグラ艦隊は攻撃を仕掛けて様子はない。
敵の狙いは、あくまで港湾施設と技術者たちである。ペナルティを覚悟でこんな大規模作戦を展開するぐらいだ。時間を過ぎたら有無を言わさずに攻撃してくるかとも思ったが、どうやらそのつもりはないようだ。
「レーダー関係は使える部分にカバーさせるようにプログラムを変更。残りの補修作業を急がせて。時間はそうないからね」
◇
巡視船団が小魚の群れが慌てて散らばるように針路から離れていく。
その中心に囲われていた『羽風』は、進軍を続けるゾレグラ艦隊の真正面にその姿をさらすことになった。
「機関始動!!有視界戦闘準備!!」
補修を終えた『羽風』のプラズマ動力炉に火が入り、そこから生み出されたエネルギーが艦を進めるエンジンに伝わり、後部大型ノズルから一度は途絶えた青白いプラズマが薄くまばらに放射される。
レーダーが無い状態で、目視のみに頼る有視界戦闘は命がいくらあっても足りない自殺行為ではあるが、このまま艦隊を見逃せば間違いなくステーションは壊滅的な被害を被るだろう。そうなれば、彼女の修理中の『あるぜんちな丸』も被害を被る。
アルトリアもデスペナルティは惜しいのだが、それよりも修理代がかさむ方が我慢ならない。大型艦に分類される『あるぜんちな丸』の破壊ペナルティは駆逐艦『羽風』よりも格段に高い。しかも一時、時間を稼げば勝ち目がある。となれば、ここはデスペナルティ覚悟で足止めするしか彼女の選択肢にはなかった。
「敵戦艦より索敵ビームがきてやす!!」
「きたわね。ECM、ECCM起動!!電子戦闘準備」
「わっかりやしたぁ!!」
副船長が凶悪な笑顔を浮かべながら、コンソールを見事な手際で操作していく。以前の船長の手で特殊仕様に変更されている円形のホロディスプレイに、次々と大量の文字が流れていく。
「指向性ビーム敵旗艦へ照射!!」
「攻撃が来るよ!!レーザー攪乱幕用意!!」
「「了解!!」」
索敵レーダーとは異なり、明確に攻撃を示唆する照準を合わせるための指向性ビームを敵戦艦へ照射する。
装甲部へビームが到達すると同時に『ペトロパブロフスク』の305mm3連装レーザー砲二門が微調整するように旋回する。周囲の艦艇も『羽風』へ砲塔を向ける。
あれを食らえば、紙装甲の『羽風』は一撃で撃沈されるだろう。だから初手が非常に重要だ。
「敵前衛を切り崩し、敵艦隊へ突撃を仕掛ける!!総員!!全力を持って敵艦隊を破却せよ!!」
レッドアラートが鳴り響く艦橋でアルトリアが号令と共に、黒い手袋をはめた右手をまっすぐ敵艦隊へ向けて振り下ろす。
「ヒャッハー!!機関全速前進!!第一戦速!!」
「レーザー攪乱幕発射!!全弾撃ちきれ!!」
プラズマエンジンが大きく唸り推進力を吐き出すと、重力が働いている艦橋に軽い衝撃が伝わってくる。そして艦の装甲に増設されていたミサイルポッドから白い帯を引いたミサイルが飛び出していく。
先ほどの『巡視船』との戦闘とは異なり、弾薬消費を躊躇しない一斉発射だった。
ミサイルは、敵艦隊の前面に炸裂してキラキラと七色に光るレーザー攪乱幕の粒子をばら撒き、発射されたレーザーを拡散する。
敵前衛は、駆逐艦四隻、軽巡洋艦一隻。軽巡洋艦を中心として、後方に正方形を描くように四隻の駆逐艦が陣取っている。
「どこを抜けやす!?」
「中央!!軽巡に魚雷発射管照準合わせ!!」
「取り舵一杯いそーげー!!」
船体の中央に設置されているため53.3㎝連装魚雷を正面の軽巡洋艦に撃つには、どうやってもどちらかに舵を取らなくてはならない。一瞬、艦の側面を敵にさらすことになるが、攪乱幕のおかげで今の所レーザーは届いていない。
「魚雷一号機、二号機発射!!」
射出された53.3㎝の魚雷、二本がまっすぐ軽巡洋艦の船体へ向かっていく。
軽巡洋艦に搭載された迎撃用の機銃が豪雨のようなレーザーを連発する。瞬く間に一本の魚雷が撃ち落とされるが、それには爆薬は搭載されておらず攪乱幕の粒子濃度がさらに増加しただけだった。
そして、レーザーを躱した残りの魚雷が軽巡洋艦の船体に正面から直撃する。
「敵軽巡に直撃!!ヒャッハー!!撃沈でさ!!」
戦艦すらも沈めることが可能な魚雷の前に、軽巡洋艦は成すすべなく推進剤と爆薬を誘爆させて船体の半ばから竹のように真っ二つに裂けた。
だが、後に続く船はまだごまんと存在しており、『羽風』が飛び込んでくるのを鎌首を上げて待っているのだ。
「機関最大船速!!この際壊れてもいいから、全力で敵中心部まで突っ込みなさい!!」
アルトリアの指示を聞いた眼帯の操舵手が満面の笑みを浮かべて舵輪を勢いよく回転させながら、隣の席に座っているアフロにヘッドホンがめり込んでいる通信手に叫ぶ。
「ヒャッハー!!うちの船長は女だが、漢だ!!」
「ちげぇねぇ!!こんな自殺行為、誰もできねぇぜ!!」
「こらッ!!無駄話をしるんじゃない!!」
二人の会話を目ざとく聞きつけたアルトリアに怒鳴られ、二人は慌てて自分の仕事へ集中する。
前衛艦隊の指揮を執っていた軽巡洋艦の爆発によって生まれた一瞬をついて、『羽風』はゾレグラ艦隊の前衛を抜けた。しかし、その先に待ち受けるはまさに虎穴。戦艦を主力とした三十隻近い艦隊の集中砲火だ。
「敵戦艦より砲撃来やす!!」
「回避!!上げ舵20度!!」
スラスターを最大に吹かして艦首を上に持ち上げたため、『ペトロパブロフスク』の305mm3連装レーザー砲を間一髪のところで躱したが、この一射で戦艦クラスの砲撃になるとレーザー攪乱幕はほとんど役に立たないことが実証された。
「主砲は駆逐艦へけん制射!!ミサイルはあるだけ撃て!!」
連射されたミサイル群が周囲の艦艇へと弧を描いて突撃してく。
その内大半が迎撃され、数発が装甲に命中するものの目立った外傷はない。
「くそったれ!!主砲も使えねんじゃどうしようもねぇですぜ!!」
「奥の手を使いやしょう!!」
副船長の進言にアルトリアは無言で首を振った。奥の手を有効的に使うためには、もう少し艦隊の内部へ進出しなくてはならないからだ。
「まだ攪乱幕は有効だから。何とか旗艦を射程に入れないと、意味がないよ」
とはいえ、そう言ったアルトリアですら、旗艦の前にたどり着けるとは到底思っていなかった。攪乱幕の残りも少なく、また宇宙空間に放出された攪乱粒子には時間制限がある。実際、濃度の薄くなった場所から徐々にレーザーが貫通を始めている。
実弾兵器に関しても装備している艦が少ないのが幸いしているが、それでも主砲の破損からミサイルの迎撃精度は落ちており、実弾も接近するごとに夾叉されている。
近距離で爆発したミサイルに艦橋がぎしぎしと軋む嫌な音を聞いて、アルトリアの頬を冷たい汗が伝う。
汗を拭おうとして、ゲームのエフェクトのくせに要らない感覚まで現実と変わらないシュミレーションをしているのに気が付いて思わず苦笑した。
「針路戻せ!!目標は敵戦艦!!」
「ヒャッハー!!」
その時、副船長の見ていたレーダー上に大量の反応が表示された。
「後方より多数の熱源接近してきます!!」
「後ろ!?敵!?」
「違いやす!!これは、巡視船団!?」
後方から現れたのは、針路上から退避したはずの【警察】の『巡視船』が多数、高速で接近しつつあった。
「ちょ、なんでしょちょーさんの船がこんなとこにいるのよ!?通信繋いで!!」
想定外の事態にアルトリアが、慌てて署長の乗る巡視船へ連絡を入れさせる。中央のモニターに映った署長は先ほどまでの【警察】の制服と異なり、いくつもの勲章が付けられた灰色の軍服を着ていた。
「なにしてんの!?邪魔だっていったでしょ!?てか、せっかく私が逃がしてあげたのに!!」
<そう怒るな。アルトリア。俺たちだって、立場の違いはあれどバラセラバルのプレーヤーだ。見逃せるはずがないだろう?>
署長の言葉にアルトリアは思わず黙り込みそうになった。だが、実際問題彼らの持つ船では対抗するすべなどない。
「だからって突っ込んでくる必要もないでしょ!?【警察】なんだから」
<安心しろ。今の私は、【軍人】だ>
署長は、アルトリアの反応を楽しむかのように笑ってそう言った。その顔にムッとしたアルトリアが乱暴にメニューを表示させ、署長のキャラクターステータスを見ると目を見張った。
「―――た、大佐!?ちょっと待ってなんでしょちょーさんが大佐クラスなの!?」
プレーヤー個人のレベルが存在しないソラハシャだが、職業にはその戦歴や実績に応じて上昇する役職や階級と言うものがある。
一番わかりやすいのが【軍人】や【警察】と言った明確に上下関係がはっきりしている職業だ。
【軍人】であれば、二等兵、一等兵、伍長、兵長、曹長、准尉、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、准将、少将、中将、大将、元帥。
【警察】であれば、巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監であり、【軍人】は元帥に近づくほど【警察】は警視総監に近づくほど職業効果も強く発揮され、収入も多くなる。
これらの職業の階級は、他のゲームのように経験値が溜まればレベルアップするというものではなく、そのプレーヤーの実績と経験に準じている。
現在アルトリアの階級は、士官の准尉。前回の星系戦で戦艦を撃沈するのに貢献したため、階級が上がったのだ。
<と言うわけで、異論はないな?准尉?>
「今の私は【海賊】だから関係ないですけど」
そうこういっている間にも、署長旗下の『巡視船』が砲撃を受けている『羽風』を次々に追い越していく。駆逐艦の足も30%落ちれば、小型の『巡視船』と変わらない速度しか出ない。
見る間に、先行していた『巡視船』が艦橋にミサイルが直撃して爆発し、ガラス片とともに中にいた【警官】を宇宙空間に放りだした。
<何か手が有るんだろ!?こちらが敵艦隊中央までの盾になってやる>
「――――ペナルティがどうなっても知りませんからね!!」
アルトリアは署長、いや大佐の顔に浮かんだ決意に根負けしたようにため息をついた。
すでに両の手に近い『巡視船』が撃沈されているが、彼らは『羽風』を守るように布陣を整えていた。大佐という彼の職業がなせる技だろうが、先ほどまでと異なる厳格な動きで戦闘を続けていた。
「あと、距離を二万詰められれば奥の手が使える!!」
また一隻の『巡視船』が沈んだ。『羽風』に直撃させないために戦艦のレーザーを真っ向から受け止めたのだ。
バランスを崩し、縦にスピンを始めた『巡視船』だった鉄塊を回避しながらも、猛然と船団と『羽風』は突き進んだ。
サブタイトル変更しました。16/2/8
署長の階級を大将⇨大佐へ変更 17/3/28




