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第13話 包囲

 外宇宙交易ステーション『アリエスⅡ』へ、たどり着いたアルトリアたちはすぐに行動を起こした。作業員が来る前にコンテナを内側から開き外へ出た。

 格納庫内には無重力で動かないようしっかり固定されたコンテナがうず高く積まれており、アルトリアは、メイビスの手を引いてコンテナの影に隠れるようにハッチを探すことにした。


 その途中で見つけた作業員のロッカーから三人分のオレンジ色の作業着と帽子を拝借した。


 しかも運のいいことに、作業着のポケットに入っていたカードキーが有効で簡単にハッチのロックを外し船の外へ無事に脱出することができた。

 

「私のドッグはどこかなっと」


 ハッチを閉じて周囲を見回すと、そこは大量の艦艇が収まっているドック群だった。

 地上とは異なる違和感を覚えるほど清潔な空間の円筒形型ステーション。その中心には直径数キロの柱が貫通するように何百本も通っており、それぞれ柱に寄り添うようにドックがくっ付いていた。


 そこに収まっているのはバラセラバルで見たような小型の宇宙飛行機やポッドではなく、全長50mの雷撃艇から300m近い戦艦など大型艦ばかりだった。


「すごい」

「でしょ?ここ『アリエスⅡ』東側ドックはファリス最大のドッグだからね。今は『アルテミス』の艦隊が居ないからガラガラだけど、帰還したら空いているドッグなんて無くなるよ」


 ファリスの内宇宙交易ステーション『アリエスⅠ』にあるドッグは修理と改装用で、『アリエスⅠ』の外軌道を周回する外宇宙交易ステーション『アリエスⅡ』のドッグは船を停泊させるためにある。

 

 そのため殆どのドッグはプレーヤーが購入したもので、プレーヤー人口が増えるたびにステーションは拡張工事を繰り返し、今ではこのドッグ群は合計で二千隻以上の艦船を停泊させることができるようになっていた。

 

「えーと、457号ドッグはあそこだね」


 輸送船の斜め向かいに457号と看板が掛けられたドッグをアルトリアが見つける。

 ドッグ、といってもアルトリアが所有しているのは改装をしていない初期状態だ。その為、固定用アームすら無く、乗り込むためのタラップだけが寂しく船体に掛けられていた。


「さて、これが『羽風はかぜ』か」


 アルトリアの目の前にスマートなシルエットの艦が鎮座していた。撃破された傷跡すら残っていないダークグレーの船体には白い文字で『羽風はかぜ』と書かれていた。 


 小型――――と言っても全長150mはある船体に、アルトリアの隣に並んだメイビスは少し圧倒されていた。『あるぜんちん丸』の方が大きかったが、あちらは民間船。それに対して『羽風』は軍艦だ。

 大砲が乗っているだけで受ける印象はずいぶんと変わるものだった。


 それを横目にアルトリアはタラップを駆け上がり、ロックの掛けられた鋼鉄のハッチに細い手を置きステータスを表示させた。


 ランクⅠ『峯風みねかぜ』型駆逐艦第七番艦『羽風はかぜ』。

 速力A 攻撃D 装甲E 対空E 出力C 索敵E 航続距離E 積載量D 搭乗員150名  

  

 一目見た瞬間、アルトリアは時代遅れの船だという印象を持った。

 特に装甲と対空、索敵能力は悲惨だった。

 唯一の取柄である快足も反比例するように航続距離が短くなっているが、これの原因は大体分かる。

 主機(もとき)として搭載されているプラズマエンジンの特性だ。このエンジンはほかのイオンエンジン等と比べたら燃費がものすごく悪い。それはもう、目玉が飛び出るくらいに悪い。その代り、宇宙での速度は最速だ。


「まぁ、問題はないか」

「おぉー。すごーい」

「落ちないでよ。落ちると死ぬからね」


 アルトリアは苦笑しながら、タラップから下を覗き込んでいたメイビスに釘を刺した。『羽風』の下には、他のプレーヤーの重巡洋艦が停泊しており、その距離は軽く50mはある。


 基本的にドッグ内は無重力だが、下の重巡洋艦には慣性装置によって船体下方に向けて重力が働いている。つまり真上から下に降りると、慣性装置の効果範囲に捕まって落下してしまう。

 いくら殺されるのが常であるソラハシャの世界とはいえ、重巡の装甲で潰れたヒキガエルのようになるのが初死亡では締まらないだろう。


 アルトリアは二人を引き連れて、ロックを解除したハッチから『羽風』の艦橋に入ると、以前の『あるぜんちな丸』と同様に誰もいなかった。


「これで逃げられそう?」

「うーん。どうだろうね。正直微妙だと思う」

「私もそう思いますね。警察があまりに簡単に手を引いてくれましたからね」


 暗い中艦橋の舵輪などをちょこちょこ触っていたメイビスが質問する。しかしアルトリアは、システムを復帰させるために一か所だけ光っていたコンソールをいじる手を止めずに渋い顔をする。


 ドナルド・レーガンの言うとおり、【警察】側の警戒が予想以上に薄すぎたのだ。確かに【逃がし屋】の手腕もあったのだろうが、もしかしたら【警官かれら】は地上で逮捕するのを諦めて、宇宙でとらえることにしたのかもしれない。

 そうであれば、宇宙に多くの戦力を集中させていることだろう。


「そうなんだよね。――――しかも私、前科あるからねぇ」

「え!?そうなの?」

「――――前にワープゲートの巡視船に当て逃げ?みたいな事をしたことがあって。一応賠償金は払ったんだけど、相手のプレーヤーはまだ怒ってるらしいんだ」


 だから、ファリスでは大人しくしておこうと胸に誓っているんだけど、とアルトリアが頬を少し引きつらせながら言った。

 賠償金を払ったているため、書面上では無罪というか罪を償ったことになっているのだが、それでも当てられたプレーヤーの心情は解決はしなかったのだろう。


 まぁ、いきなりワープゲートにタッチダウンして来て、それを咎めようと警告をしてきた巡視船を無視し、取り押さえられそうになったら、『96式艦上攻撃機』に搭載された魚雷を当てて逃げた。アルトリアは完全に犯罪者だった。

 

「それって。完全にアルちゃんが悪いよね」

「……一応魚雷の信管は切ってあったから、爆発はしなかったんだよ?」


 魚雷は、直撃しなかったがそれを回避しようとした巡視船は隕石に衝突し、二日間ドッグで修理する羽目になったのだ。


「アルトリアさん。いくら【警察】とはいえ民間人が艦載機の魚雷を見たら驚いて事故ぐらいおこしますよ」

「ですよねー」


 ジトーと見てくるメイビスの赤い瞳を正面から見ることができず、コンソールの影に隠れるしかなかった。 

 

「ひ、一先ず『羽風』のメインシステムの起動は完了したから!!ね!?」


 場の空気を何とか切り替えようと、アルトリアは少しテンション高めで最終確認のボタンを押す。

 すると艦橋からの命令を受け取った船体中央部のプラズマエンジンが、キィーンという甲高い音を響かせながら起動する。エンジンの始動と同時に動力炉で発電された電気が眠っていたシステムを次々に起動させていく。


―――システムメッセージ。

  アルトリア艦長の着任を確認。NPCを使用しますか?YES or No


 照明によって一気に艦橋が明るくなり、ウィンドウにメッセージが表示された。それを見たアルトリアは迷うことなくYesを押した。 



 アルトリアたちが準備を進めている頃、『アリエスⅡ』東ゲートの正面に大量の船艇が集結しつつあった。

 純白のボディに映える斜めの青い四本ライン。前方に一門だけ搭載された長砲身ボフォース40㎜レーザー機関砲が特徴的な【警察】の巡視船だった。

 不慣れな戦闘陣形を取る船団を取り仕切るのは、ファリス第三都市警察署の署長だった。

 

「今回こそは捕まえてやるからな!!アルトリア!!」


 『巡視船102』に登場して船団の指揮を執っていた彼は、報告書でアルトリアの名を見たその時から復讐に燃えていた。

 何を隠そう、彼こそが交通違反をしたアルトリアの『96式艦上攻撃機』から放たれた爆発しない魚雷に驚き、針路上にあった岩石に艦首を真っ二つされた『巡視船』の船長だったのだ。


「あの時の屈辱!!今度こそ晴らす!!」

<署長。犯人ほしが来なかったらどうするんですか?>

「大丈夫だ!!奴は必ずここを通る!!」


 同僚のプレーヤーからの通信に力強く署長が答えた時、『アリエスⅡ』のドッグから一隻の駆逐艦が出港するのが確認された。

 奴だ!!彼は確信した。すでにアルトリアが新しく駆逐艦を取得したという情報は知っていた。


 アルトリアが保有する艦載機では、亜空間ゲートを通らなければファリスを脱することは出来ないが、駆逐艦があるならば話は別だ。

 ゲートを使わずに抜け出すことができる航路が有る。


 今の亜空間ゲートが建造される以前に確立された通常空間の航路だ。ゲートのように短時間で移動することができないので、よっぽどのことが無ければここを通る船はいないのだが、船に個別の亜空間機関を搭載していて、燃料の消費を度外視すれば離脱することは可能になる。

 

 だからこそ署長はアルトリアが裏道を通って脱出すると考えたのだ。

 

「全船!!二重鶴翼(かくよく)の陣をとれ!!」


 つばを飛ばしながら署長が命令すると、招集に応じた艦艇百隻あまりが一斉に所定位置へ展開を始めた。

 『巡視船』の殆どがNPCが操艦しているが、そこまで複雑な陣形ではないので比較的スムーズに完了した。

 鶴翼の陣形とは、古来の開戦に使用されてきた陣形の一つだ。自軍をⅤの字になるように左右に大きく広げ、突撃をしてくる敵を包囲殲滅し、損害を軽減するための陣形だ。しかし、宇宙空間で包囲殲滅をするには平面ではなく立体的に陣を形成する必要がある。


 そこで考え出されたのが、二重鶴翼の陣だ。


 これは、通常の鶴翼の陣の上にもう一つ鶴翼の陣を展開するのだ。これにより両陣の間に敵艦隊を誘い込み、上下左右の艦艇により包囲殲滅を可能とする。


「上部陣形ロール108度!!」


 署長の命令に従い、上の鶴翼を形成する『巡視船』が一斉に船底を上に向けるように180度回転した。

 彼らの『巡視船』には機関砲が前部上装甲部に一門しか搭載されておらず、必然的に船底部が向いている下および後方は死角になってしまうのだが、今回は中心のみに砲身が向いていればいい。

 

「ふ、ふふふ!!これだけの戦力、いくら駆逐艦と言えども逃げ切ることは出来んぞ!!」

<ターゲット有効射程圏内に入ります!!>


 陣形の完成と同時に、駆逐艦が猛スピードで中央へ突っ込んでくる。


「全船撃ち方はじめ!!」


 署長は、力強く握った拳を振りおろし指示を出した。


 ◇


「前方、『巡視船』百七隻!!二重鶴翼の陣形を取っています!!」

「構わないで!!機関第一戦速!!ミサイル、魚雷発射管全門開け!!」

了解(ヒャッハー)!!」


 長い銀色の髪をたなびかせ、アルトリアがNPCに指示を下していく。その姿は、先ほどまで着ていた作業服ではなく、黒を基調とした海賊船長の服装だった。

 少し胸元の露出度が高いシャツに肩章付のジャケット、その下に履いているのはかわいらしいミニスカートで、仕上げに身丈ほどの大きなマントと髑髏のマークが入った三角帽子を被っている。


 見まごう事なき海賊船の船長だった。


 艦橋にいるNPCたちもバンダナやベストを着た海賊たちだった。時折、間違えたように世紀末仕様のモヒカンやリーゼントが居たりして、返事がすべて「ヒャッハー!!」だったりするのだが、誰も気にしていなかった。


「敵発砲!!」


 有効射程距離に入ったのだろう【警察】の『巡視船』が次々にレーザーを発射する。艦橋の防護ガラスの向こう側が青いレーザーの色で一気にまぶしく瞬いた。


「魚雷発射管、一号機左舷10度、二号機右舷10度に照準合わせ!!」


 アルトリアはすぐに艦の中央部に設置された二連装魚雷発射管を左右に照準を付けさせる。


「撃て!!」


 発射された53.3㎝連装魚雷が、白い尾を引いて左右に広がるように進んでいくが、すぐに対空レーザーに迎撃され派手な爆発を起こし赤い花火を巻き起こす。しかし、これがアルトリアの狙いだった。

 爆発と共に、きらきらと七色に光る粒子が一緒にばらまかれる。すると、放たれたレーザーが徐々にそのエネルギーを削られていき、最後には消滅した。

 これは、最近実装されたものでレーザーを屈折させ、エネルギーを減衰させる特殊な粒子だ。

 粒子に守られるようにして、『羽風』は全速力で鶴翼の陣の中心へ向かう。


「まさか、ここまで戦力を集めているとは思わなかったよ」

「敵艦第二射きやす!!」

「クッ!!ミサイル垂直発射管連続発射!!撃て!!」

 

 一斉射から各艦の任意での射撃に切り替えたのか、異なったタイミングでレーザーが発射される。

 それに対応するため本来のスペックにはない、小型のミサイルポッドが大量のミサイルをばらまいていく。これにももれなく攪乱幕が搭載されていて、大量にばらまかれたミサイルによって直撃コースのレーザーが反射され、掻き消えていく。


「敵艦隊、回頭!!本艦を中心に包囲陣形へ移行しいきやす!!」

「攪乱幕を絶やすな!!狙うは包囲網の突破だけよ!!」

「了解!!」


 『羽風』が陣形に突入して、すでに数百発のレーザーが発射されたがその殆どが船体に届くことなく、届いたとしても装甲ではじかれていった。


「このまま行ければ!!」


 淡い期待をアルトリアが口にするが、その直後被弾の知らせる声が艦橋に響く。


「第二連装魚雷基部に被弾!!魚雷の射出が困難!!」

「ダメージコントロールを向かわせて!!」

 

 右舷から飛んできたレーザーを完全に拡散させることができず、それが魚雷発射管の基部へ直撃したのだ。減衰していたので魚雷が誘爆することはなったが、魚雷発射管が旋回できなくなっていた。

 上下からスコールのように降り注ぐレーザーの前に、最新装備であるはずのレーザー攪乱幕が対応できなくなりつつあった。


 アルトリアが顔をしかめる。


 ある程度の戦闘は覚悟していたが、ここまでは想定していなかった。


「艦長!!反撃の許可を!!このままじゃやられちまいますぜ!!」


 くすんだ茶色のバンダナを付けた海賊が焦りを顔に滲ませながら言ったが、アルトリアは頷かなかった。


「駄目!!決して撃ち返さないで!!」

「しかし!!」

「本来の目的を忘れないで!!」


 幾ら数を揃えようが所詮は『巡視船』、『羽風』の主砲でも直撃すれば一撃で轟沈だろう。だが、それでは駄目なのだ。

 

「あと少しで、敵艦隊を突破できるから!!機関一杯!!」


 何とか海賊達を鼓舞しながら、さらに増速の指示を出す。主機が損傷するギリギリまでの出力だ。

 エンジンの唸りが一層高鳴り、嫌な振動が船体全体に伝わる。

 冷や汗がアルトリアの頬を伝わる。こんな嫌な感覚まで再現しなくてもいいのにと思う。

 その時、振動が衝撃へと変わった。


「ど、どうしたの!?」

「レーザーが右舷装甲を貫通!!第34から第69区画を閉鎖だ!!中にいる奴!?知らん!!早くやれ!!」

「消火作業急げ!!ヒャッハー!!」

「エンジンに損傷!!速力が落ちやす!!」


 ガクンッ!!と前につんのめる様な衝撃が艦内を襲う。見る見るうちに速力が低下していき、艦の姿勢制御装置も損傷したのか、ゆっくりと右へ船体がロールを始める。


 火災により後部装甲が激しく黒煙を噴き上げている。


 その時、一隻の『巡視船』が接近し、警告を発した。


<駆逐艦の乗員へ告げる!!即刻停船せよ!!繰り返す、エンジンを停止し、武装をロックせよ!!>


 どこかで聞いたことある様な声を聴いて、海賊達が悔しそうにアルトリアの顔を見上げた。


「こ、ここまでのようですぜ。艦長」

「……そのようね。機関長。エンジンを停止しなさい。本艦は投降します」

「了解しやした。主機停止しやす」

「みんな、ここまでありがとう。抵抗はしないでね」


 悔しそうに男泣きに男泣きをしている海賊の肩に手を置いて、アルトリアは明るくそう言った。

 こうして駆逐艦『羽風』は『巡視船』に接収されることになり、脱出計画は失敗した。

 ――――――ように思われた。 

  

  


  

読んでくださった方ありがとうございます。

忙しくなってきたので、不定期更新になりそうです。

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