第12話 脱出
少し短めです。
<ずいぶん派手にやりましたね>
パトカーをまいたアルトリアが連絡を取ると、【逃がし屋】が笑いを堪えているのが合成音声越しにありありと分かった。
「把握はしているんでしょう?悪いけど目的地には向かえなさそう」
先ほどのパトカーと繰り広げたカーチェイスのお蔭で、目的地からはかなり離れてしまっていた。
何とか別のルートで向かおうとしたものの警戒が厳しくなっており、検問が敷かれたため、車で行くことは困難になっていた。
すると、そんなことは些細な事だとでもいうように【逃がし屋】は次のルートをメールで送信してきた。
<現在位置から、裏通りを抜けて北東方面へ向かってください>
「どういうこと?」
表示されたルートをカーナビに入力すると、地下を通るバイパス通りを目的地として示していた。このバイパスは第三都市と第二都市を結ぶ全長100キロにも及ぶ長いトンネルだ。
だが、トンネルの中に入ってしまえば出口まで一直線だ。出入り口をふさがれてしまったら袋の鼠になってしまう。
<大丈夫です。監視カメラの類はジャミングをかけておきますのでご安心を>
しかし、【逃がし屋】は自信満々にそう言い切った。
◇
ゴミが散らばる細い裏路地を抜けてトンネルの入り口までたどり着くと、まだ検問は始まっていなかった。それどころか、パトカーの姿すら無かった。どうやらこれも【逃がし屋】が手配されてくれたらしい。
このトンネルは、主要幹線道路なので交通量はかなりあるのだが、今日はいつもより交通量がかなり少ない。
恐らく他の所が通行止めになっているからだろう。
トンネルに入ってすぐ、五車線の中央を走行していると後方から大きなコンテナを牽引したトレーラーが一台追い抜いて行った。そして左右と後方にも一台ずつまるでセダンの四方を隠すようにトレーラーが並走を始めた。
「なるほど、車ごと回収するつもりね」
セダンの前を走っているトレーラーの荷台が開くと、中には数人のNPCと鉄のワイヤーを付けた捕鯨用に使われるようなモリの発射機が設置されていた。
しばらく、そのままの状態で走行していると準備が整ったのか、NPCが大きく手を振った。すると、モリが勢いよく発射されセダンのボディを貫き、先端が花弁のように開いて内部から固定した。
勢いよくワイヤーが巻き取られ、セダンごとトレーラーの荷台に乱暴に乗り上げる。
セダンが完全に内部に乗り込むと同時に荷台の蓋が閉じ、NPCたちが手際よくタイヤに車止めをかけた。
◇
その頃、ファリス警察署に怒号が響き渡っていた。
「逃がしただと!?ふざけるな!!」
<す、すみません>
怒鳴っているのは第三都市警察署の署長レベルの【警察】プレーヤーだった。激怒した彼は固く握ったこぶしでデスクを殴りつけると、報告をしてきた同じクランの【警察】プレーヤーを再び怒鳴りつけた。
「相手は凶悪犯だぞ!!なぜ撃ってでも止めなかった!?」
<あ、あの時は許可も下りていなかったですし、なにより被害者がいませんでしたから>
【警察】プレーヤーにとっては犯人が殺害をしたかどうかが非常に重要だった。今回一人は殺害の罪で逮捕できるが、それ以外のプレーヤーに対しては信号無視等の道路交通法違反と逃亡補助の罪ぐらいのものだ。
このゲームでは、殺害されなければダメージは自動回復するし、瀕死の場合でも薬品を注射するだけで完治するのだ。
一番重いのは殺害罪で、それ以外は日常茶飯事すぎて罪が軽くなり逮捕した時の報酬も減ってしまうのだ。
<それに今署に配備されているドローンは誤報率が高すぎて、先日もプレーヤーを誤認逮捕して、さんざんギルドリーダーに怒られたではないですか!!>
「そんなことは知らん!!それよりも犯人はどこに消えた!?」
しかし、彼にはそんなことは関係ない。彼はゲームだからと言って決して犯罪者を許したりしない。
絶対に豚箱へ入れてやると意気込んでいた。
今回の犯人は数人のグループで行動しており、一人は爆破テロ事件の首謀者NPCドナルド・レーガンであることは間違いない。しかし共犯者の女の情報はまだ上がって来てはいなかった。
女二人はプレーヤーらしく、派手なカーチェイスを披露した挙句、追いかけてきた警察車両へ発砲、パトカー四台を走行不能へ追いやり逃走した。
<現在検問を各所に実施しておりますが、足取りはつかめていません>
「くそったれ!!今ログインしているプレーヤーを全員集めろ。NPCの非番の奴らもだ!!絶対に逃がすな!!」
<りょ、了解!!>
署長はウィンドウを閉じると、乱雑に椅子に上の座ると第三都市の詳細3Dマップを表示させた。
マップにドローンが犯人を発見した場所から、犯人の逃走ルート、そして見失った場所を実際の動画を反映させながら確認する。
「奴らの目的は恐らくドナルド・レーガンの星系外脱出。となると港へ向かうか?……いや、シャトルに乗るのはリスクが高すぎる。そうなると、それ以外の脱出方法があるか?」
恐らく逃亡には【逃がし屋】が関与しているだろう。顎に手を当てて、署長はそう考察する。
その時、NPCが部屋に飛び込んできて紙の報告書を署長に手渡した。
「署長!!犯人の身元が割れました!!」
「何ッ!?」
ひったくるように報告書を受け取ると食い入るように読み始め、ある一文に大き目を開かせた。
「アルトリアとメイビス。そうか!!あのアルトリアか!!」
アルトリアの経歴を見た署長は思わずと言った風に満面の笑顔になった。そして、先ほどの【警官】プレーヤーに慌ただしく連絡を取る。
「全巡視艇を『アリエスⅡ』へ向かわせろ!!至急だ!!」
<りょ、了解!!>
「く、くくく、くはーっはっはっは!!いつぞやの借りここで返すぞ!!アルトリア!!」
高笑いをしながら署長は報告書を右手で握りつぶした。
◇
トレーラーに回収されたアルトリアたちは途中でセダンを川に破棄して、今度は小型トラックの荷台に搭載された貨物用コンテナの中で揺られていた。
コンテナは柔らかなクッション材で内部が覆われており、扉を中から開けることができるように改造されていた。どうやらこのまま貨物船に乗せて宇宙まで打ち上げる予定のようだった。
数分すると先ほどまで感じていた車の揺れが収まり、ブザー音と同時にガコンッ!!と大きな音を立ててコンテナがグラグラと揺れる。
どうやら荷台からクレーンか何かで空中へ持ち上げられたようだ。
ブザー音が鳴り響き、ゆっくりと地面に下される振動を感じると今度は横へ移動を始めた。恐らくベルトコンベアに乗せられて運ばれているのだろう。
その時、外から話し声が聞こえてきた。
内側には外部の様子は音しかわからないが、内容を聞く限り問題が起こったことが容易に想像できた。
<おい、何をするんだ!!>
<え?Ⅹ線にかけるんですが>
<そんなことをしてないで急いでくれ!!この便に乗り遅れると俺が上に怒られるんだ!!>
<ですが、中身を確認しないと>
<いいから早くしてくれ!!>
<しかし、職務規定ですし>
どうやら、【逃がし屋】の部下と港の作業員がもめているようだ。思わずアルトリアは顔を歪めてチッ!!と舌打ちをした。
Ⅹ線なんてかけられたらコンテナの中がわかってしまう。逆にわからなかったとしても、確認されるだろう。
こういうところの作業員はもっと不真面目で良いのに。
<だから、ほらあと五分で出発なんだ!!何とかしてくれ!!>
「お願いだからばれないでよ」
小声でつぶやきながら、固唾を飲んで外の声に耳を傾ける。【逃がし屋】の部下も何とかしようと頑張っているものの、以外に作業員が頑固で首を縦に振らない。
よほどいい教育を受けたのだろう。
部下と作業員が問答をしている間にもジリジリと時間は過ぎていく。秒針が二回転した時に二人の問答に終止符が打たれた。野太い男の声が二人を遮ったのだ
<さっさとしてねぇか!!船が遅れるだろうが!!>
<チ、チーフ!!ですがまだ検査が済んでおりません!!>
<あぁん?このコンテナか?なら大丈夫だ。送り主は俺が知っている人物だ。中身も聞いてる。それよりも早くしねぇと【警察】の検問が始まるぞ!!>
<検問ですか!?なら、なおさら中身を確認しないと>
<そんなことしてたら、船が検問の渋滞に捕まって荷が届くのが遅れるだろうが!!一体いくらの損失になると思ってるんだ!?>
<す、すみません!!>
作業員がバタバタと走り去っていく足音がすると、コンテナの外からコンコンというノックと共にチーフと呼ばれた男がこう告げた。
<今後ともご贔屓に、と【逃がし屋】に伝えてくれ>
<チーフ上げますので離れてください!!>
<おう。丁寧に扱えよ!!>
こうやって危機を乗り越えたアルトリアたちのを乗せたコンテナは、外宇宙交易ステーション『アリエスⅡ』へ向かう輸送船に積み込まれた。
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