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 私には文才がない。私だけではない。ライエルバッハを名乗る者で文才のあった者はいないと聞いている。それはまったく慰めにはならない。今日ほど初代ジャスティンの血を引くことを、口惜しく思ったことはない。


 ここまで書いたところで羽ペンの先がメキッと不吉な音をたて、その下の紙に小さく穴があいた。サリーナは眉をひそめてペン先を確かめた。わずかにヒビがいってしまっている。それをぽいっと足元の屑籠に放りこむと、机の上のペン立てから新しい羽ペンをとった。


『君の瞳は、底無し沼に浮かぶ藻のよう。

 その緑の底知れぬ深さに囚われる。』

 これが最愛の奥方に贈った求婚の詩だというのだから、推して知るべし。これでよくレティシエンヌは了承したものだと思う。

 自分の死後三十年はこの箱を開けてはいけないと跡取り息子に言い置いて、ジャスティンの数々の駄作を封印していたのを見るに、詩にほだされて結婚したわけではないのだろう。

 だが、初代の死後百年以上たち、お父様は好んでこの詩を朗読しては、そのたびに領民たちの笑いをとっている。皆、笑って笑って笑って、涙を拭いている。私もそうだ。駄作なりに、ジャスティンが心底奥方を愛し、真剣にこの詩を書いたのが伝わってくるが故に、よけいに滑稽で物悲しい。

 ああはなりたくないと、文章修業にと日記をつけ始めてはみたが、いっこうにうまくならず、駄文に埋められたノートが一冊二冊と増えていく。

 ジャスティンの駄作を纏めた本は十冊。それでも駄文は最後までましにならなかった。むしろ酷くなっていった感がある。読み終わった時に、駄作を極めるとはこういうことかと思った。私もライエルバッハの末裔としてそんな人生を送るのだろうか。今から暗澹とした気分になる。いや、諦めるには早い。私はまだ十四歳だ。


「あ、違うわ。こんなことを書きたかったわけじゃないのに」

 サリーナは我に返って呟いた。それから突然ふふっと笑って、頬を染める。彼女は夢見る瞳で、続きを書き始めた。


 そんなことはどうでもいい。

 今日、うちに銀月の騎士様が来た。


 そこまで書いたところで、彼女は感極まって、にやけっぱなしの頬を抑えて、いやいやをした。甘ったるい小声で、ああ、もう、いやん、すごく格好良かったの~、とぶつぶつ呟いている。


 王都から帰ったお父様が連れていらっしゃった。はじめはお父様だけだと思って駆け寄って抱きついたら、その後ろに彼がいてびっくりした。

 はしたない女だって思われたかもしれない。彼は騎士らしく見て見ぬ振りをしてくれて、顔色一つ変えていなかったけれど。あとで淑女然としてご挨拶してみたあれで、挽回できているといいのだけれど。

 とにかく、あんな格好いい人、見たことない。銀月の騎士が現れたって、本気で思ったわ!!

 驚くほど高い背。厚い胸板。長い腕や足は優雅ながら、とても力に満ちているのがわかった。短い髪は銀髪。小説のように白銀の、というわけではないけれど、鋼色と呼ぶにふさわしいそれは、とても整った硬質な容貌と相まって、まるで彼を剣の化身のように見せていた。

 ああ、駄目。駄目だわ。ぜんぜん表現し足りない。しかも陳腐だわ。文才のないのが、かえすがえすも口惜しい。あの完璧な美貌を、私の日記に書き記して永遠に残しておきたいのに! いったい、どう表現したらいいのだろう。

 男らしい顎。形の良い額。優美な眉。そして輝く双眸は澄んだアメジスト。本当に美しくて、うっとり見惚れてしまった。ぼんやりした子だって思われていないといいのだけれど。

 鼻の形って、とても難しいと思うの。顔の真ん中にあるものなだけに、ちょっとでも高すぎても低すぎても様にならないし、鷲鼻とか鉤鼻とか個性的な鼻はそれだけで全体を台無しにしてしまうことがある。でも、彼の鼻は完璧だった。鼻筋が通って爽やかなのに、薄くてのっぺりってこともなくて、適度に張って力強い。

 少し薄めの意志の強そうな唇と、そこから紡がれる声がまた素敵だった。低くてちょっとハスキーで。

不思議なのは、彼の声が耳に入ると、耳の奥から背筋に抜けて、ぞくぞくしたってこと。

 その声で、名前を呼ばれて、天にも昇る心持だったわ!

 父の紹介で、彼は正式な騎士の礼で挨拶をしてくれたの、本物の淑女に対するみたいに!

 右手を左胸に置き、左手は剣の柄頭を押さえ、上半身をまっすぐに軽く折るだけ。ただそれだけなのに、えも言われぬ優雅さで、視線を惹きつけた。 

「サリーナ様、お初にお目にかかります。エディアルドと申します。よろしくお願いいたします」

 それが彼の第一声! なんと、うちにきて、まず私の名前を呼んでくれたのよ!

 絶対一生忘れない! 忘れるものですか!


「エディアルド。エディアルド・ライエルバッハ」

 訳あってライエルバッハ家の一員になったという青年。

 サリーナは筆を止め、わずかに瞳を潤ませて彼の名を呼んだ。

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