第9話「やりすごし」
第9話「やりすごし」
沙月の言葉に一同は身構える。
「……黒服がいるわ。3人。あの人数だけなら、まださくらを探しているだけかもしれない」
「それなら、私がランニングに出て辺りの様子を……」
「それは駄目です。私が直接接触した2人の記憶は改ざんしましたが、それ以外の方は病院の周りにいたあなた達を覚えている可能性があります」
「……黒服が入って来たわ。さくら、少しむさ苦しいかもしれないけど、貴明と一緒に押し入れの中に隠れて。この筋肉男なら何があっても守ってくれるわ」
「酷い言い草だな……と、行くぞさくら」
「え……あ……」
2人は押し入れに隠れ、一誠と彩花がその扉を塞ぐようにして座り込む。
「私たちも見られている可能性があるけど、カップルの振りをしているから一緒の部屋にいても怪しまれないわ。応対は私と達也がする」
「任せろ。いざという時は……」
「……その心意気だけで十分よ。達也は無理しないで、相手を刺激しないことだけ考えること。いい?」
「それじゃあ、私は一誠と? えー……兄さんとなら良かったのに」
「あくまでも振りです。何なら、また催眠術をかけてあげましょうか?」
「それは遠慮。一生の傷を付けられたらたまらないもん」
「安心しろ、その時は俺が一誠に引導を渡す」
「いい加減にしないと、まとめて天国の階段から突き落とすわよ?」
その言葉に部屋は静まり返る。男たちは手当たり次第に当たっているのか、隣の部屋から話し声がして、玄関先にいる2人は構えた。
「……呼び鈴が鳴ってもすぐに出ないこと。いいわね?」
「そのくらい俺だってわかる。扉は俺が開けるからな? それだけは譲れない」
「……わかったわ」
男たちの甲高い靴の音が廊下に響き、遂にこの家の呼び鈴がなる。それから十秒ほど待って、達也は扉を開けた。その直後、沙月が腕を絡めて明らかにラブラブなカップルの演技を始める。
「……突然の訪問で申し訳ありません。実はこういう子を見たことがないかお聞きしたくて……」
「……やば」
彩花は一誠の傍を離れ、誰も気が回らなかったさくらのリュックと財布を掴んで服の中に隠す。そのまま寝転がってテレビを観始めた。
「おや、この家は4人で住んでいるのですか?」
「あの人たちは私の兄妹です。それで、この人は私の恋人です。せっかく年末を楽しく過ごしていたのに、あなた達は一体なんですか?」
「これは申し訳ないことを……。この子を知らないかどうかだけお答えして頂ければ大丈夫です」
「……知らないな。この子がどうかしたのか?」
「迷子なんですよ。警察にも届けたのですが、私たちも気になって仕方がないので……。もし何かわかったら、ここに連絡を入れてくれませんか? 相応の謝礼をお支払いしますので」
「わかりました。お年玉探しのつもりで、色々聞いてみますね」
「それは助かります。では、良いお年を」
それで扉は閉まったのだった。