第5話「病院脱出」
第5話「病院脱出」
彩花の飛びつきで達也は倒れ、大きな落下音が病室に響く。それを気にする様子もなく、彩花は嬉しそうに達也を抱き締めた。
「兄さん、ただいま!」
「おい、彩花……まったく、仕方ない奴だな」
満更でもない様子で達也はその頭を優しく撫でるが、その二人に沙月の鉄拳が振り下ろされる。
「便所コオロギが……その口を糸で縫い合わせて貰いたいの?」
「うぅ……便所コオロギは鳴かないでしょ?」
「知っているわよ。コオロギの分際でありながら美しい音色を奏でられず、ギャーギャー喚くだけの二人だから、ぴったりじゃない」
「な……何をー!」
「沙月、謝るからそれ以上煽るな。彩花もほら、痛いところは撫でてやるから」
達也のお蔭で病室が戦場と化す前に事態が収束する。幸いなことに、まだ少女も目を覚ましていない。
「これからのことだけど、私が退院させると言って来たわ。向こうも快諾してくれたわよ」
「快諾? 病院なのにそんなことあるのかよ?」
「えぇ、涙を流しながら同意してくれたわ。蜂の大軍に集中砲火受けたような猿の顔に泥を塗っても足りないくらい下品で不潔で野蛮な奴だもの。あれくらいやってもお釣りがくるわ」
「うへぁ……沙月ったら、またそんな酷いこと言ったの? 私はそんなことしないからね、兄さん?」
「あ……あぁ、それは疑うつもりもないけど……。でも、そうか。俺が話していたらこんなことには……」
「まーまー、別にいいんじゃないの? こうして再会できた訳だし」
「それは主に達也と彩花だけのようですがね」
「……おい、それよりも帰るんだろ? この子の荷物はどうした?」
貴明が無神経にもあちこちの扉を開けては空のことを確認して回っている。まだ完全に事情を把握していない彩花は首を傾げる。
「なんで? この子の家族か誰かに連絡を取ってからの方がいいんじゃないの?」
「……警察が手を引いたんだよ、わかるだろ?」
達也の一言に彩花は閉口し、少女の手を取る。布団で暖まったというのに、その子の手はまだ冷たく彩花の手は徐々に冷えていく。
「……そっか。君も……同じなんだね」
「感傷に浸るのも結構ですが、早くしないとまた黒服が戻って来ますよ?」
「その子は俺が担ぐ。一誠は先行して念のために家の周りを調べておけ」
「私も付き添うわ。テレビ局すら拒否するような極悪人の面だもの、間違って逮捕されたら面倒だから」
「……お前の言葉は相変わらず胸に響くな」
「あら、お礼は要らないわよ?」
「家の安全性確認は達也と彩花にお願いしますよ。私はここの退院記録を偽造して来ますので」
「わかった。行くぞ、彩花」
「はいはーい! 兄さんとデートだー!」
こうして他の患者たちに睨まれながらも、6人は平然とした表情で病院を後にした。