第3話「何で寝ちゃったの!?」
第3話「何で寝ちゃったの!?」
12月31日午前5時、早朝から渡辺一家では声にならない奇声が発せられた。その煩さにニュースを見ていた貴明は低い声で凄む。身長190センチ以上、背筋力200キロオーバーという細身でありながら筋肉質の彼の一言だというのに、元凶の二人は悪態を吐く
「だって、一誠が私に催眠術をかけたんだよ!? 酷過ぎると思わない!?」
少し茶色混じりの髪を後ろで一本にまとめた身長160センチ程度の高校生の彩花は、まだ眠っている一誠の腹部に踵落としを決めたのだ。それでも気が済まない彩花のひじ打ちが炸裂する。
彩花は兄さんと呼ぶ達也のことがかなりのお気に入りで、アルバイトから帰って来るまで決して眠ることはない。毎日の挨拶をとても楽しみにしていたのだが、昨晩は一誠の催眠術にかかり、達也の帰宅前にまんまと寝てしまったのだ。
「だから、あれは彩花のためを思えばこそ……とと、暴力は女性には似合いませんよ?」
このあざ笑うかのような口調で話す男は一誠。身長180センチ程度で細身に細目の彼はこれが普段の話し方で、こうして時折火に油を注いでしまう。
「そこまで言うなら説明して貰おうじゃない! 一体兄さんに何があったって言うのよ!?」
「……どうやら事件に巻き込まれたらしい。俺にも応援の連絡が入った。お前たちも行くか?」
「事件って……どうしてそんな大切なことを黙っているのよ!?」
「だから、それを言ったら彩花は家を飛び出すでしょう? 私が機転を利かせたから、高校生らしい日々の睡眠を……」
「俺はもう行くぞ。暇な奴だけついて来い」
「私も行くに決まっているじゃない! 一誠、後で覚えておきなさいよ!」
「はは……楽しみにしておきますよ」
一同が病院に着くと、貴明の携帯に連絡が入る。それを見た貴明は走り出そうとする彩花の腕をしっかりと握りながら、二人に要点を伝えた。
「……沙月からだ。どうやら外に見張りがいて動けないらしい」
「なるほど……それはあの方々ですかね?」
一誠の指さす先には黒服の男が5人立っていた。隠れるつもりもないのか、全員ベンチに腰かけたり街灯に寄りかかったりしながら談笑している。
「……間違いないだろうな。彩花、俺と一緒にランニングだ」
「えー、兄さんとなら良かったのに……」
文句を言いながらも、彩花は自慢の足で貴明と一緒に病院の周りを一周する。あそこの5人以外に、木や街灯の下に2人1組になって隠れている黒服がたくさんいるのを発見した。
「……なるほど、表の5人は罠か」
「うーん……何だか面倒なことになっているねー。こういう時は一誠にやらせようよ」
「ふ……名案だな。俺が片付けてもいいが……応援を呼ばれたらアウトだ」
二人は手頃な2人を決め、彩花は一誠に連絡を入れる。
「はぁ……人使いの荒い方々ですね。私、この業界からは足を洗ったつもりでしたが……」
「ほほぉ……昨日私にかけた催眠術をどう説明してくれるのかな?」
「それは人助けですから」
一誠は爽やかにそう言い切ると、携帯の電源を切ってターゲットを探す。
「……サングラス、ですか。これまたハイレベルな相手ですね。ま、私にかかればベリーイージーモードですが」
そう言って一誠は妖艶に笑いながら2人に近付いていく。