第2話「敵はあそこに」
第2話「敵はあそこに」
12月31日午前1時過ぎ、手術中のランプが消えて少女が病室へと移される。怪我自体は大したことないが出血が酷かったことと、打撲や裂傷が多く見られることから念のために数日入院することとなった。
「……あなた方はこの子のお知り合いですか?」
「いえ、俺はたまたま通りかかっただけで……」
「私たちがあの場にいたことは偶然です」
その言葉に医者は深いため息を吐く。達也が理由を尋ねると、少女の持ち物の中に身元を判別する物や保険証が無いらしい。
「じゃあ、それは俺たちが立て替えます」
「こっちは達也に任せるわ」
沙月は席を立ち、外で待っている警察の方へと向かう。何かの事件に巻き込まれた可能性が極めて高いとのことで、事情聴取を希望していた。
達也が色々な手続きを終えて少女のいる病棟へ向かうと、看護師は一様に渋い顔をして病室の番号を伝える。そこは大部屋から離れた所にある個室で、なぜか両側は空室である。
「……事件かもしれないから念のため……か?」
聞いても教えてくれるはずのない答えを達也はあれこれと考えるものの、無駄と結論を出して病室に入る。麻酔はもう効いていないはずだが、夜なこともあってか少女は穏やかな寝息を立てていた。
「……何だかなぁ」
血の付いた、A4のファイルすら入ら無さそうな小さなリュック1つ。他に少女の持ち物は無く、当然ながら面会者はいない。その余りにも寂し気な風景に達也はやるせなさを感じていた。
「……達也、ちょっと」
病室のドアを少し開けて、中を覗き込むようにしながら沙月が手招きする。達也は重い腰を上げるようにして出て行くと、廊下へ強引に引っ張り出された。
「いい、よく聞きなさい。ある意味で最悪の事態よ。警察はこの件に不介入になったらしいわ」
「は? どういうことだよ? 事件の可能性が極めて高いって……」
突然達也の足が地面から離れ、二人はまるでカップルのように抱き合いながら大きな窓ガラスにぶつかる。沙月は達也の胸に顔を埋めて、大切な人が危篤状態で泣いている風を装いながら達也に耳打ちする。
「……外、ベンチ横の街灯の下」
そこには黒服にサングラスという明らかに危険な人物が3人立っていた。1人が携帯電話で話す中、残り2人は病院の方を何度も見ては時計を確認している。
「……恐らく、性質の悪すぎる借金取りね。警察が退いたのだから、それなりの組織力があると見て間違いないわ」
「ど……どうする? このままじゃあの子は……」
「状況が掴めないんだから、脱出以外に手は無いでしょ? 今日の午前6時に迎えを手配したわ。外は私が見張るから、達也は中で手でも握っててやりなさい」
達也は反論の余地も与えられないままに、病室の中に放り込まれた。