第1話「冷たい少女」
第1話「冷たい少女」
年の瀬が近くなった12月30日の夜。かじかむ手に息を吐きかけながら、達也はアルバイト先から帰ろうと歩いていた。雪が積もり始めているアスファルトの道路は凍りついて滑りやすく、車はおろか人さえも家に籠っているほどの寒さだった。
「……何だ?」
余程の物好きしか外にいないだろうと考えていた達也はふと、電柱の下に黒い塊のようなものを見つける。ゴミ袋の不法投棄か何かかと呟きながら近づくと、それは小刻みに震えながら赤黒い液体を流していた。
「あ……お……おい、大丈夫か!?」
それが女の子だと気付くまでに達也が十秒ほどかかるほど、酷い状態になっていた。衣服はあちこち裂けて穴だらけ、元々は白かったであろう肌は赤く腫れていて、逆に手先は氷のように青白い。目は開いているものの焦点が合っていなく、まるで棒にしゃぶり付くように口を動かしながら息を吸っている。
「くそ……救急車を……ん?」
「……だめ」
携帯を取り出した達也に少女はそう呟き、弱々しく首を振る。
「ふ……ふざけるな! こんな酷い状態で、そんなこと言っている場合か!」
「……迷惑……だめ」
「駄目じゃない! いいから、俺の言うことを聞け!」
急いでプッシュするとすぐに繋がり、達也は救急車の要請をする。
「そうです! 小さい女の子が倒れていて……え、住所?」
住所を聞かれて達也が辺りを見渡すと、異様な雰囲気が漂っていることに気付く。特に用事が無い限り、この時間にこの道を通る者はよほどの物好きだ。しかし今日はなぜか、数人の男が電柱の陰に隠れるようにして立っている。
「電話代わりました。場所は……です。はい、狭い道なのでスリップしないよう注意して下さい。では」
「さ……沙月」
達也の電話を取り上げたのは偶然通りがかった沙月だった。日本人形のように綺麗な長い黒髪と吊り上った目、長身が特徴的なスレンダーな女性だ。沙月は着ていたコートを脱ぎ、少女にかけながらその下で携帯電話を操作する。
「愚図ね、突っ立って死を見届けるつもり? 人間としての心があるなら、あんたも温めてやりなさい」
「わ……わかっているよ!」
二人分のコートの下で、再び繋がった携帯電話から声がする。沙月はあたかも今電話がかかってきた風を装ってそれに答えた。
「申し訳ありません。道で女の子が血を流して倒れているということで救急車を呼んだ者です。住所ですか? それは……です。はい、すぐに来て下さい」
「あとどのくらいで来るって言っていた?」
「五分だそうよ。まったく、亀みたいに遅いのね」
「そう言うなよ。あっちも急いでくれるんだから」
「この花畑脳みそ野郎。人命がかかっているのよ? 一分だって待てないわ」
それから少しして、救急車のサイレンと共にパトカーの音も近づいて来ると男たちは引き上げて行った。
「……ふん、根性なしね。大方借金取りか、虐待した子に逃げられたか……ま、そんなところでしょうね」
そしてあろうことか、またしても沙月は達也の携帯で電話をかける。
「おい、自分の携帯を使えよ!」
「電話中よ! そこでかかしになって見てろ!」
これ以上揉めても良いことなんてないと悟った達也は、ため息を吐いて少女の手を握る。余りの冷たさに冷え性とは縁のない達也の手はすぐに熱を奪われていく。
「安心しろ、もうすぐ助かるから」
「……はい」
少女はそれだけ言うと目を閉じ、意識を失ったのだった。