打開策
しばらくの間はタクト視点。変わったらまたお知らせします。
美影は狂っているようにも見えた。
願いの成就を目の前にして、理性を保てなくなったみたいだ。
「フフフ……もう少しだよ……梓……!!」
笑顔でエリクシアと呼ばれた子供を見ては氷のように冷たい笑い声を漏らしていた。
しかし次の瞬間俺達の方を見ると、その表情は消えていた。
「これできみたちも解放されるよ。よかったね。切り取られたこの世界に囚われなくてもよくなるよ」
何を言っている。
この女は、何をほざいているんだ。
クソ……!!
何なんだ。
俺の中では危険を知らせる警鐘が鳴り響いていた。
何かがくる、逃げろ、と理性が総動員で訴えかけている。
しかしその場所から動くことが出来なかった。
特別な事があったわけじゃない。
その場の空気が圧力をかけてくるみたいに重いのだ。
押さえ付けてくる。
与えられた情報が少なすぎる
これじゃ最善策も見つけられない。
「メア……そのまま聞け」
「え? なに?」
「あの女、美影とエリクシアについて知ってる事を教えろ。全部だ」
「……解ったの」
メアをチラリと見るとメアは俺の考えが解ったらしく、話し始めた。
「ウチはあの女については何も知らない。でも、あの子供は願いの結晶なの。この世界の人間全ての無意識の願いが集まって形作ったものなの」
「じゃあ、あれは人間じゃないんだな?」
「多分そうなの。でもきっとあの子の事はツバサがよく知ってるの」
「そうなのか?」
「ウチの予想だけど、あの子が現れた時、一番最初に反応したのはツバサだから、ツバサが一番詳しいと思うの」
「話、聞いてみる」
「頑張って。御主人。ウチは最後まで御主人に従うから。思う存分その頭を使って」
「サンキュー、メア。よろしく頼むぜ」
「任せてなの!!」
メアと目が合った時、メアは自信に満ちた顔で笑った。
「ツバサ」
「な、なに?」
話し掛けられた事が意外だったのか、ツバサは驚いていた。
「あんたはあの子供、エリクシアについてこの中で一番詳しいよな?」
「多分。エリーに直接関わったのは私だけだと思う」
「知ってること全部を教えて欲しい」
「良いけど……」
「どうして、なんて聞くなよ。あんただって感じてるはずだ。何かヤバイ事が起こるって、気付いてるだろ?」
ツバサはコクリと頷き、話し始めた。
「あの子は願いを叶えるちからがあるの。メアさんからはどれだけ聞いた?」
どうやら聞いていた、というか聞こえていたらしい。まあ、この距離だから聞こえない方がおかしいか。
「無意識の願いの集合体って事だけだ。他はあんたが知ってるだろうってメアは言ってた」
「そっか。その通りだよ。願いの集合体はいつしか願いを叶える事を知った。それで暴走した願いを静めたのが私の右目。眠らせるちからがあるの」
俺は青いツバサの右目を見た。
「左目はトウヤくんと同じ、異形を捉えるちからがある」
願いを叶えるちから……。
あの女はなんと言っていた?
『これで願いが叶う』……?
確かそんな事を言っていた。
それだけなら何も俺達が恐れる事なんてないはずだ。
しかし胸の奥に引っ掛かっているこの感覚がそれだけではないと言っている。
「あの子供を使って願いを叶える方法は? 知ってる?」
「一応……。全部聞いてはいるけど……」
「けど、何だ? 時間がないんだ。早く」
「正しい保証はないよ。それでも良いなら話す」
「頼む」
「あの子は願いの集合体だけど、完全な願いの塊ってわけじゃない。足りない部分があるの。その足りない部分を持っているのがわたし達、『選ばれた子供』」
そうか、分かってきた。
美影は恐らく俺達からその『足りない部分』を奪うはずだ。
そしてこれは勘だけど、命に関わってくる事だ。
「足りない部分っていうのは何だ?」
「『五感』と『人間性』だよ。あの子は人間じゃないうえに私が五感を眠らせた。完全にあの子の能力を使うとすればきっと意識を取り戻さないといけない」
「俺達はそうなると視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚やその他色々なものを奪われるわけか……」
「多分。誰がどれを吸いとられるかは分からないけど、きっとみんなから1つずつ奪われてしまう。きっとそれを止めないことにはこの世界のわたし達は死んでしまう」
「それが本当なら、ボク達は絶体絶命ってやつだね。タクト、策はある?」
腕を組んでいた女子高生が口を開いた。
正直言ってまだ策は思い浮かばない。
「ボクには完成してない策がある」
「是非教えてくれ」
伊達に成績首位ではない。
思考力は高校生に劣らない自信がある。
「その話、アタシも混ぜて貰える?」
「……俺も参加する」
小学生二人も参戦してきた。
どの道俺達だけでは頼りない。
少しでも作戦を考える人数は多い方がいい。
「じゃあ……聞かせてくれ。ナツメ」
ナツメは頷く。
「要は時間を稼げばいい。さっきから美影は時計を気にしてる。てことは、時間に制限があるって事。その時間が過ぎれば何も出来なくなるって考えて間違いはないと思うんだ。だからどうにかして時間を稼ごうにもボクはその方法を思い付けない。そこで方法を考えて欲しいんだけど……ここまで大丈夫?」
「解ったわ。時間稼ぎの方法を考えれば良いのね。トウヤ! こっち来て」
マリがトウヤを呼んだ。
「トウヤ、人間じゃないものを視られるって言ってたわよね」
「うん」
「意図的にここに集める事は出来る?」
「え? やったことないから分かんないけど……多分出来るよ」
「あの女の周りにありったけの妖怪とか幽霊とか、とにかく化け物呼び寄せて時間を稼いで欲しいの」
「解った。けど何でそんな……」
「それは俺から全員に話す」
シンイチローがトウヤを制した。
「あ、妖怪なら私も呼び出せるけど……」
「じゃあツバサさんもお願い」
「うん、わかった」
「何をこそこそと話しているの? 今から始まることに怯えて逃れようとしてるの?」
「さあね。アンタに教える訳ないでしょ!!」
美影がこちらの行動を目に掛け、言葉を投げ掛けてきた。
それに威勢よく答えたのはマリで、そんなマリの言葉に美影は怪訝そうな顔をした。
確かこういうのをパロールって言うんだっけ。
言葉を使わずとも人間はコミュニケーションがとれるとかいう意味のフランス語だったはずだ。
そして不快だと告げるパロールは美影から発せられていて、俺達はしっかりそれを受け取った。
「トウヤ、今だ」
「はいっ」
トウヤに合図を送る。
返事をするとトウヤの目が赤く変わった。
妖怪を見る目というのは赤くなるのがデフォルトなのか?
トウヤは何やらぶつぶつと喋り始めたが何を言っているのかは聞き取れない。
「何したいのか分からないけどさ、何をしたって無駄だよ。運命っていうのは私達を外側から見ている人が決めたシナリオなんだから覆すことなんてできないんだよ」
「! --そんなの分からないだろ!! 運命なんてもんは俺達が掴み取るってアニメでは相場が決まってるんだよ!!」
力強くそう言い放った後にしまったと思った。
冷静になれ、俺。
理不尽な物言いにムカついたのは分かるがこれじゃあ挑発だ。
そんな事しても意味はないし裏目に出る可能性だってある。
もっと冷静に、理論的に動け。
そう自分に言い聞かせて自分を落ち着かせる。
さて、この行動は吉と出るか凶と出るか……。