惨劇の始まり
ナツメ視点→美影視点
帰ってきた記憶はボクの引っ掛かりを取り去った。
そうか、居ないと思ってたのは……美奈だったのか……。彼女は今……どこに?
「美影。美奈は今……どこに居る?」
「美奈ちゃんか。懐かしい名前だね。彼女なら今、詐欺師のカジノで働いているよ。お父さんの借金を返す為にね」
「この世界には……居ないってこと?」
「まあ、そういう事になるかな」
良かった。
美奈の行方がちゃんと掴めた。
これであの言葉の真偽を問う事も出来る。
「でもナツメちゃん……いや、ナツメくんと呼んだ方がいいかな?」
「好きに呼べば良いよ」
「ナツメくんは美奈ちゃんに会いたい?」
「……会いたい。美奈に会って確かめたい事があるんだ」
「まあ、その願いはきっと叶わないよ。彼女はきみに会う事を拒絶してる」
美影の蔑むような微笑に腹が立った。
そんな事は美奈じゃなければ解らない事なのに。
お前が美奈を語るな!!
そういう思いを籠めて美影を睨み付ける。
「恐い顔だね。でも私をそんな目で見ても何も変わらないよ」
美影は相変わらずボク達を面白がるように見ている。それはまるで推理小説の犯人を推理している時の様に愉しそうに、全てを見落とさない様に、という観察だった。
* * *
「聞きたい事はもうない? 今しか答えてあげないよ。私にももう時間がないからね」
私は再び懐中時計を見る。
時刻は07:52
残り時間は刻一刻と迫っている。
そろそろ始めなければいけない。
「じゃあそろそろ私の話をしてあげる。気になるでしょう? さっきから勘ぐってるみたいだし。ね? トウヤくん、シンイチローくん」
「やはり気付いていたんだな」
「当たり前だよ。私は全てを知っている」
「私はね、ある願いを叶えたいんだ。そのためにきみたちのちからが必要不可欠なんだ。でも協力してなんて言わないよ。いやでしょう? こんな素性の知れない女の子の手伝いなんて。だから私は勝手にきみたちを利用するの。きみたちはただそこに居て、見ていてくれればいい」
「美影さん、貴女の願いとはなに?」
ツバサちゃんが尋ねた。
「私の願いは親友を助けること。一年前……といってもこの時間軸じゃないけど、そこで私の親友は自殺したの。そこから飛び降りてね。下の花壇で花に囲まれて亡くなった。私はそんな親友を救えなかったから、あの子を助けるの。きみたちにわかる? 大切なものを失くした私の気持ちが」
沈黙。
誰も何も言わない。
風が吹いた。
沈黙を破るように、一吹き。
「……分かるよ。……そんなの、ウチだって分かるよっ!!」
「わたしも……分かるよ。わたしも……わたしの所為で……大切な人を亡くしてるから……」
「ボクにも分かる。ボクだって美奈を失った」
違う。
こんな答えは求めていない。
私は同意してほしいわけじゃない。
賛同してほしいわけじゃない。
じゃあ……
私は一体何をしてほしかったの……?
懐中時計を見る。
時刻は08:43
あと三時間。
そろそろ始めよう。
さあ、カウントダウンを始めよう。
願いが叶うまでの、カウントダウンを。
階段を昇るみたいに、少しずつ、少しずつ、着実に近付こう。
「時間がないって言ったわよね。何をするつもり?」
マリちゃんがきつくこちらを睨んでる。すごい突き刺さるような視線だ。
……フフッ。
思わず笑った。
これから何をされるか解らないのに私を挑発する、彼女の姿が滑稽だった。
「そう焦らないでよ。もうじき始めるんだからさ」
そう、この時計の長針が12を指した時に始めようと思っている。今はまだ、その時ではないから。
もう少し、もう少し。
早く、早く。
逸る心を抑えて時計を握り締める。
あと五秒……3……2……1……時間だ。
「じゃあ始めよう」
私は手のひらを空に向け、腕を肩の高さまで上げる。
するとそこには一人の子供が眠った状態で現れた。丸くなってすやすや眠る子供には重力が適用されていない。
「エリー!?」
「そうだよ。エリクシア。この子が私の願いを叶える鍵の一つになるの」
「……1つ……? まだ……あるの……?」
「鋭いね、キキョウちゃん。その通りだよ。まだある」
「……なんだよ、それ」
「ランくんもようやく興味を持ってくれたみたいだね」
「もったいぶってねぇでさっさと教えろよ」
「それはね、きみたちのその能力だよ」
「意味が分からない。トウヤとかならともかく、おれたちに何の能力があるって言うんだ」
「きみたちが持っている能力はそれぞれ違うよ。トウヤくんはその目だけど、ツバサちゃんの左目もそうだよ」
「言ってる事がよく分からねえ」
「分からなくても良いよ。これで私の願いは叶う。無意識の願いの集合体、エリクシア。それと欠けた欠片を集めれば願いは叶う……!!」