物語の終焉
レオ視点→ラン視点
タクトさんの指示はとにかく的確だった。
全員の能力を最大限に活かした作戦だった。
ランとトウヤ、キキョウはタクトの側に居た。
『時間』『異形』『心』これはタクトには解らないから、実況する人間が必要だった。
タクトはおれ達に指示を出す司令塔になっていた。
タクトの『言葉』は絶対遵守にも近い力を持っているから、おれ達はそれに従う事が出来る。
その他で最も重要なのはツバサの力だった。死神が見え、更に眠らせる力を持つ彼女に死神を眠らせて貰おうというのが作戦の全容だった。
「美影さんっ! こっちに来て!」
ハルカが大きな声で叫ぶ。
「ーー私はもうそっちには行けないよ……。だって時間……ないもん……」
しかし美影は力無くその場で答えた。
「時間ならまだある!」
そこへランが叫んだ。
「見えてるでしょ? トウヤくんもツバサちゃんも……」
「見えてるけど……」
「今ならまだ間に合います! 早く!」
トウヤが美影に手を伸ばす。
しかし美影はその手を取ろうとしない。
あくまで罰を受け入れるつもりらしい。
ーー罰? 何の……
その時ナツメさんが大きな声を張り上げた。
「バカじゃないの!? 罰を受けてるつもり!? アンタがここで消えたからって何の罰になるって言うのさ!! 罰は前に進む為に掴むものだ!! 罰が欲しいなら生きてみろっ!!」
それはタクトの『言葉』よりも心に響くものだった。
静止した空気を振動させて心に直接響いて、美影の心を震わせた。
それは今まで理性で押さえて来たナツメさんの本心みたいだった。
後ろを見るとナツメさんの目もトウヤと同じ様に、メアさんと同じ様に、タクトさんと同じ様に赤く染まっていた。
ナツメさんだけじゃない。
よく見れば、ランもキキョウもハルカもシンイチローもマリも、何かが解ると言った連中は目が赤くなっていた。
これはおれにも当てはまる事なのか?
おれにだって美影の『記憶』が解るのだからおれの目も赤いのか?
余計なことを考えている余裕はない。おれはおれに出来る事をやるだけだ。
「レオ! 死神の所まで走れ!」
「はい!」
おれは今までにない位早く走った。給水塔の上に登ると美影が涙を流しているのが見えた。
「そのまま死神を蹴り飛ばせ! 美影の肩の上を思い切り狙え!」
言われた通り、助走の勢いを生かして一発お見舞してやる。
不思議だった。
そこに何も居る様に見えないのに、蹴った時の感触はしっかり足に伝わって来る。
「死神はよろけたよ」
「よし。ラン、時間はあとどれ位だ?」
「もう殆ど残ってねぇよ!」
「じゃあ全員上に上がれ!」
タクトさんの指示で11人全員が給水塔の周りに集まった。
「ツバサ」
「はい」
「タイミングを見て眠らせろ」
「はい」
「トウヤ」
「はい」
「今どうなってる?」
「死神は美影さんの2メートル後ろに居るよ」
「タクト。あれは死神じゃない。美影が言う「神様」が仕向けたものじゃない」
「どういう事だ?」
「あれは美影の心の中に渦巻く『影』だ」
「……美影さん、罰を受けて消えたいみたい……」
「美影の心の闇か」
「そう」
「あ!」
トウヤがいきなり声を上げて美影の後ろに走った。そして両腕を広げると同時にトウヤの小さな身体から真っ赤な血飛沫が上がった。
「トウヤ!?」
「死神が……いきなりここに……」
トウヤはそう言いながらその場に崩れた。おれは何も考えず駆け寄った。
「おい、トウヤ……」
「大丈夫……次の世界で……また会えるから……。その時は思い出させて……ね……」
トウヤはそう言うと動かなくなった。意識はあるみたいだが、瀕死の重症。少しでも長くこの事態を見届ける為にトウヤは余計事をせず、動かない事を決断したらしかった。
「待ってろ。すぐ終わらせる」
おれの怒りは頂点に達していた。
* * *
残された時間はもう殆どない。10分あるかないか、そん位だ。
「レオ」
「何」
「残り時間は10分あるかないかだ。オレの作戦乗ってくれるか?」
「いいぜ。大方時間稼ぎだろ? 任せとけ」
流石。レオはオレがしようとしている事を見通していた。オレがしようとしているのは、あの夏にもやった数々のトラップだった。あのロープを使う奴はきっと今回奴を縛るのにかなり役立つ。
オレはその旨をタクトに説明した。
「頼む。でも時間を知らせるのも忘れないで欲しい」
「解ってる」
「時間稼ぎに関しては俺がやる」
名乗り出たのは意外にもシンイチローだった。
「お前運動あんまり得意じゃないんじゃねぇの?」
「……いや。武道の経験がある。多分互角にやりあう位は出来る」
初めて聞いた。
「問題は見えない事だ」
「わたしが教えるよ」
「僕……も……タクト……に言うから……タクト……叫んで……」
死にそうなトウヤでさえも力を貸してくれると言うのだ。失敗する訳にはいかない。
「じゃあ……頼むぜ」
そして作戦は始まった。
オレはポケットの中にいつも入れている赤色の細いロープ……紐と言った方が良いかも知れない。それを全ての座標、死神の動き、タイミング……それらを計算した上で至る所に結んだ。それも連鎖反応を誘う様に、一ヶ所に引っ掛かれば全ての紐が死神を縛り上げる様に罠を組み上げた。
シンイチローはツバサの的確な情報で死神と戦っている。時折危ない時にはトウヤからの指示でタクトが無理矢理避けさせており、互角に戦っているらしかった。オレには見えないけども。
あと残り5分……
体感でそう分かった。結ばなきゃいけない紐は残り7本……間に合わない……!
「貸して。アタシも手伝う!」
「私も!」
「……私も……」
後ろで声を掛けてくる女子達に指示と一緒に紐を渡す。賢いアイツらならしっかりやってくれると信じて。
「シンイチロー! こっちだ!」
全部結び終わるとオレはシンイチローを呼んだ。作戦ではそうなっていた。シンイチローは足元を確認して、一番近い紐に死神を誘導した。そしてシンイチローが紐を跨いだ3秒後に全ての紐が空間を縛り上げた。何も見えないけど、確かにそこにはその存在があるらしく、紐はわずかに揺れている。
「今だツバサ!!」
タクトの声が響いた。ツバサは空中を見ると目を見開いた。ツバサの周りだけ空気が揺れてるみたいに髪の毛が蠢いていて、右目が青く光っていた。少しすると紐は動かなくなり、ほどけてシュルシュルと地面に落ちた。
「終わった……のか……?」
「多分……ね」
「トウヤ。大丈夫か?」
「まだ……なんとか……ね」
無理してトウヤは笑顔を見せる。
「終わりだよ……終わり」
その時美影は呟いた。
「何が終わるっていうんだ?」
「!」
オレには美影の言っている事が分かった。終わりに向けての時間の進行は緩やかにすらなっていなかった。それどころか、加速して……
ーーオレ達は結局、何も救えなかった。
切り取られた世界は幕を閉じましたが、少年少女の物語はまだほんの序章にすぎません。どうか最後までお楽しみ下さい。
次の物語は『切り取られた唄』。
とある店の店主の話です。
ーー彼女は不思議な力を貰ったんだって。