美影の願い、梓の願い
「梓ーーこれでようやく梓の願いが叶うんだよ……」
今にも泣きそうな、感動に満ちた美影の表情を梓は強張った表情で見ていた。
そして俺達と美影を交互に、何度も見比べた。
その末にーー
「ーーねえ……美影……どうしてこんな事ーーするの?」
「え……。どうしてって……梓なら分かるでしょ? 私の親友なんだから……」
梓から発せられた言葉は美影の予想の180°正反対のもので、美影は意表を突かれた。困り果てながらも笑顔を保ち、言葉を紡ぐ。
「ぼくの願いを叶えるため? ーーぼくがいつそれを頼んだの? 分かると思ってた。美影なら……ぼくの親友なら、ぼくの一番の願い、分かってると思ってた」
「どういうこと……? 違うの……? これは……梓の願いじゃ……ないっていうの……?」
「違うよ」
梓は静かに目を閉じて頭を振った。
「これはぼくの願いじゃない。……分からないの? 美影」
美影の名を呼ぶ梓の声は酷く湿っぽく、顔は残念そうだった。
「分かんない……分かんないよ!! 私は梓が分からない!! どうして!? どうしてそんな事……言うの!!」
美影はヒステリックに声を荒げた。
「とても……残念だよ。美影ならぼくの言いたいこと……見つけてくれると思ってたのに」
「だって梓言ってたじゃない!! 『早く大人になってーー自由に……幸せになりたい』って……」
「それは自分の力でだよ……。ぼくは確かにそこから飛び降りて死んだーーもう何も望めないーー望んだらいけないんだよ……」
「そんな……そんな悲しいこと言わないでよ……。私だって死んだんだよ……。梓がそこから飛んだ一ヶ月後に私も……私も飛んだの!! でも……こうして神様が私に時間をーー身体をーーチャンスをくれたの!!」
「それは、本当に、神様だったの?」
「どうして信じてくれないの!? 私は梓の願いを叶えるために自分の魂を神様に捧げたんだよ……それなのにどうして……」
美影の頬を涙が伝う。
それはさっきまで浮かべていた感動とは別の感情から来るものだった。
「ーーあの子たちにもきっといっぱい迷惑掛けたんだよね……? 美影」
梓は俺達に視線を落とした。
「ごめんね。ぼくたちのせいで……色々大変だったでしょ?」
梓は困った様に微笑み、謝った。
その様子を見ていた美影は懐中時計を胸元で握りしめていた。
「それは……なに? 美影、そんなの持ってなかったでしょ?」
「これは……」
「神様にでももらったの? 残された時間が刻まれてる……とか?」
あてずっぽうだろうが、当たっていた。
それを聞いて美影はぎゅっと時計を握る手に力を込めた。
「そっか」
「違うよ。これは梓に残された時間じゃない。これは私に残された時間を知らせるものだよ。神様がくれたの」
「へぇ……。ねえ、美影。少し向こうを向いていてくれる? 美影には見せたくないんだ」
「え?」
「いいから」
「う、うん……」
「安心してよ。悪いことはしないからさ」
美影は疑念を抱きながらも梓に背を向けた。
「ーー御主人、あれ、嘘だよ……。梓は飛び降りるつもりだよ」
メアが肩越しに話しかけてきた。
「は? どうして解るんだ?」
「ウチにもよく解らないけど、分かるの……嘘だって。梓は飛び降りるつもりなの……」
「止めないとな」
「「そうだね」」
俺の一言に、その場に居た10人が一斉に頷いた。
全員の意思が1つになったーーそういう風には思えなかった。
俺の言葉に誘発されたみたいに皆一斉に頷いた。
「おい、待てよ。お前、そこから飛ぶつもりだろ」
「! ……何を言ってるの?」
梓の身体は一瞬硬直した。
嘘を吐くとか、隠し事をするという事に慣れていないらしい。
「ぼくは危ないことなんてしないよ。嘘ついて美影を悲しませたりしたくないしね」
にっこりと作り笑いを浮かべるが、はっきり言って嘘臭い。
「それは……嘘なの……。ウチにはわかるの……。何でか分からないけど、梓は嘘を吐いてるの」
「な、なに言ってるの……」
「アタシにも聞こえる。梓さん、あなたが何を望んでいるのか。その心の声が聞こえるわ」
「でたらめを……」
「言い当ててあげようか? 『美影にはぼくの為に罪を犯してほしくない。美影と一緒に幸せになりたかった』って」
「そん……な……」
もう観念したのか、梓は抵抗を見せなくなった。
「ぼ……くは……」
本心を言い当てられて動揺を露にする梓。
「ーー本当なの?」
「み……か…………げ……」
更に追い討ちをかけるかの如く美影の質問が飛ぶ。
「「私と一緒に幸せになりたかった」って……本当なの?」
「! うん……! もちろんだよ! 美影が居ない世界なんてぼくは嫌だよ。美影と幸せになりたかった。でも……」
言い淀んだ。
「……もう無理みたいだ。時間が来た」
そう言って微笑むと梓の身体が光を放った。
眩しく、儚く、優しく、そして暖かい白い光だった。
梓はその光に包まれた。
そして手足の先から光の粒子となって空へ消えていく。
その様子はとても幻想的で、夢でも見ているかのようだった。
「嫌……。嫌だよ……梓……。やっと梓の本心が聞けたのに……。何も出来ないままお別れなんて……そんなの悲しすぎるよ……」
美影は目に大粒の涙を浮かべていた。
「ごめんね、美影……。……ねえ、きみたち。美影のこと、よろしくね」
そう言って梓の身体は完全に消失した。
抱き止めようと伸ばした美影の両腕は空を切って落ちた。
そして溜めていた涙が一気に零れた。
「うぅ……梓ぁ……」
その場に崩れ、泣きじゃくる。
俺達はそれを見ている事しか出来なかった。