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切り取られた世界  作者: 本郷透
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「きみたちは黙ってそこで見ていて。私の願いが成就するその瞬間を……」


美影の声は消え入った。

集中し始めたのかも知れない。


「……ね、ねえ、シンイチロー……」

「どうした? キキョウ」

「これ……逃げたらダメなの……? 逃げられないの……?」


キキョウがシンイチローの服の裾を掴んで震えていた。

これから何が始まるのか分からないのだから怯えるのも無理はない。

しかし、キキョウはすっかり忘れていた事を思い出させてくれた。

そうだ、逃げれば良いんだ。

物理的にこの場から居なくなればいい。

あいつの願いは俺達には全く関係ない事じゃないか。

わざわざあいつに付き合ってやる必要はない。

そろそろ陽も暮れて来た。腹も減った。

帰って録画したテレビ番組でも見ながらシェフ・母上が作った夕食に舌鼓を打とうではないか。


「おい、メア」

「何? 御主人」

「帰るぞ」

「え?」

「あんな狂言女の言う事に付き合ってやる必要はない」

「う、うん……」


メアは俺の言った事が信じられないのか、呆気に取られていた。


「みんなも帰ればいい。もう陽も暮れたんだ。家族が心配するだろ?」

「……そうだね。ボクも帰らせて貰うよ」


ナツメはあっさり帰宅を受け入れた。今はトウヤが妖怪を集めている。その妖怪達を囮に使えば逃げる事は容易ではないかと俺は考えた。恐らくナツメも同じ考えだろう。


「みんなはどうする?」


ナツメの問いかけにシンイチローが答えた。


「……俺も帰る。キキョウ、送る」

「……うん……」


未だシンイチローの服の裾を掴んでいるキキョウも言った。


帰ると宣言した奴らはこぞって扉がある方へ歩き出す。

美影はその事に気付いていない様だ。

今なら行ける。

そう思いドアノブを掴んだ右手に力を入れて、そのまま静かに右へ捻る。




バチッ




その瞬間、右手に刺激を感じた。

痛みによる反射で思わずドアノブから手を離す。


「ダメじゃない、きみたち。私はそこで見ててって言ったんだよ?」


美影がこっちを見て勝ち誇ったように微笑んでいる。

手の平を見ると全体に火傷の跡があった。

最初から逃げられない様に細工していたらしい。


そこまでして俺たちをこの場に繋ぎ止める理由は何だ?

俺たちにどんな利用価値があるっていうんだ?


「ほら、始まる……」


うっとりとした顔でエリクシアを見つめる美影。

するとみるみるうちにエリクシアが輝きを纏い始めるではないか。

完全に陽が沈み、濃紺の星空の中で白く光るその輝きは眩しすぎるものだった。

皆耐えきれずに目を瞑り、背ける。

だからその光が消えるまでの間に何が起こったのかは誰も知らない。


目を開けたら、美影の隣には1人の男の子が立っていた。

背は低めで、髪も少しだが長い。

女に見えなくもないその容姿の人物はゆっくりと閉じていた目を開けた。


「梓……」


美影は感無量と言ったように涙を浮かべている。


「あ……み……美影……?」

「そう……! そうだよ! 梓!」


梓と呼ばれた男の子は一瞬美影が目の前に居る事が信じられないらしく、えらく戸惑っている。


「久し振りっ!!」

「うわっ!?」


美影は梓に飛び付いた。

梓は美影を受け止めきれずによろける。


「梓……梓っ!」

「ちょ……どうしたのさ、美影」

「梓が居てくれて嬉しいっ」


俺たちを他所に美影は舞い上がっている。


「わかった、わかったから離して。痛い痛い……」

「あ、ごめん」


美影は梓の背中に回していた腕を解いて離れる。


「ねえ、美影……どうしてぼく……生きてるの? 確かぼくは……そこから……」

「そんな事、どうでもいいじゃない。梓は私に会えて嬉しくないの?」

「嬉しいけど……」

「? 何を疑ってるの? 夢じゃないよ? ちゃんと現実だよ? ほら、さっき痛いって言ったでしょ?」

「うん……そうなんだけどさ、何か信じられなくて。ぼくの理解が追い付いてないのかな」

「大丈夫だよ。これからはずっと一緒なんだから!!」

「うん……そうだね……」


梓は困った様に笑った。

何か腑に落ちない事があるようだ。


「……ねえ」

「? 美影……あの子達は……?」

「ちょっとした縁があって集まって貰ったの」

「知り合い?」

「そうだけど、違う」

「……ねえ。エリーは……エリーはどうなったの!?」

「ーーエリクシアには梓を蘇らせる媒体になって貰ったの。精神はきみたちから要素を集めたけど、身体はーー難しいからね」

「ーー返して……エリーを返して!!」

「煩いよ、ツバサちゃん。エリーの身体は梓になった。もう戻らないんだよ」

「九十九くんと約束したの!! エリーを守るって……!」

「戻らないものを取り戻すには対価が必要なんだよ。私は神様にその対価を支払った。だから梓を取り戻せた」


「ーー気に入らない話だな」


あまりにも腹立たしい話だった。

対価を払ったから何をしてもいい?

ふざけるのも大概にしとけよ。


「なに? タクトくん。言いたい事があるみたいだね」


「ああ、あるさ。お前に言いたいことが山程あるんだよ!」

「そう……でも私には時間がないの。ーー梓、帰ろう?」

「ーー嫌だ……」

「ーーえ?」

「何か……あったんでしょ? 美影。ぼくだけ何も知らないまま帰るのは……嫌だよ……」

「ーー梓……」

「ねえ、教えてよ? 何があったの? 絶対何かあったんでしょ?」


美影は言い淀んだ。

どうしても梓に言えないことらしかった。

それでも俺はーー俺らは、アイツにも知る権利がーー義務があると思った。


メアをちらりと見る。

メアの目も、俺と同じ事を思っているらしく、決断したみたいな強い意志が宿っていた。

それから順番にトウヤ、レオ、ラン、マリ、ハルカ、キキョウ、シンイチロー、ナツメ、ツバサをゆっくりと見る。

俺と同じ赤い目をした子供達は、同じ気持ちらしかった。


「ーーそいつが教えないなら、俺達が教えてやるよ」

「梓さんーーで、良いんですよね?」

「ーーうん」

「あなたは蘇ったんです。そこに居るツバサさんの大事なーー大事な人を犠牲にして、生き返ったんです」


トウヤは美影の言葉から梓一度死んだと推測したらしい。

俺も同意見だ。

エリーがどうなったか、それを告げた時にあいつははっきりと「蘇った」と言った。


「ーーあなたは一度亡くなって、それを受け入れられなかった美影さんの手で生き返ったんです」


真実を聞いた時ーー梓の表情強張った。

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