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切り取られた世界  作者: 本郷透
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夏の記憶

夕陽が差し込む窓際の一番後ろの座席。

うたた寝していた少女は目を開けるとゆっくりとそして大きく伸びをした。

腕をゆっくり下ろした少女は呆然としていた。






……あれは……何の夢だったんだろう……






少女が見た夢はとても不思議なものだった。

幼い頃、小学校三年生の夏の夢だった。

確か内容は自由研究で街で起こった怪奇現象の解明をしようというものだった。




ここまでは記憶と合致している。




記憶ではその真相が実にくだらないことであり、みんなで笑い飛ばしていた。

夢では研究が終わることはなかった。

というか、終わったのかすら判らなかった。

少女は何者かに殺され、更にその後友人にも撲殺された。

一度死んだというのに。

一度目の死を遂げた後何故か友人の家を訪れていて、金属バットで殴られ二度目の死を遂げた。


「ハルカ? 何してるの?帰ろ」

「あ、ゴメン、マリ。寝ちゃってたみたい」

「最近忙しそうだもんね。アイドルの仕事」

「うん。でも楽しいから」

「無理して体壊さないでね」

「心配してくれてありがとう」

「早く行こう。みんな駅前のドーナツ屋で待ってる」

「うん」


そう。

今日はあの時自由研究を行ったメンバーで集まる日だった。

何故かというと、今日はキキョウの誕生日だから。

普段は全く使わない(にも関わらず親に持たされた)携帯の電源を入れて時間を確認するともう17:00だった。

集合は16:30だったから大遅刻だ。


「遅れるってメールはしておいた」

「ありがと」


さっきも言ったように私は普段携帯を全く使わない。従ってメールを打つ速度もとてつもなく遅い。だからこういう時は大概マリにメールして貰っている。




中学校卒業後、私たちは見事にばらばらになった。それぞれの進路のために。

私、ハルカとマリは大学附属の高校に。

マリの成績なら県内トップレベルの高校に入学することもできたのに、そうしなかった。

以前何故かと聞いたところ、

「兄と同じ学校で同じ研究をしたいの。ここなら研究室も近いし」

と言っていた。

私は本命の高校に落ちて併願していたこの学校に入学した。そして街中でスカウトされてアイドルにもなった。

キキョウは家の都合で県内でも有名なお嬢様達が通う女子校へ。

レオは隣の県の陸上競技が強いと言われている学校へ。まあここは県境だから登下校とかで特に困る事は無い。

シンイチローは県内トップレベルの進学校へ。そんなに成績がよかったのかと少し驚いた。

ランとトウヤは家の近くの公立校へそれぞれ通うことに。


そんな七人が何故集まることができるかというと、駅前がみんなの通学路だから。

隣の県に通っているレオはもちろん電車でないと移動は難しい。流石に走るには遠すぎるから。

私たちも一駅隣で降りているからもちろんこの駅を利用している。

キキョウやシンイチローは終点まで行かないといけないが、トウヤとランは徒歩で通える距離に学校がある。

そんな二人も駅前を通らないと一時間以上かかる遠回りをしなくてはいけなくなる。

だからここはみんなの共通の通学路なのだ。


「ハルカ、どうしたの? さっきから元気無い……っていうか、ボーッとしてるよ?」

「……何でも無いよ。ちょっとさっき見た夢の事考えてた」

「どんな夢?」

「……大した事無いよ」

「そんな元気無い状態でキキョウの誕生日を祝うの?」

「……話してもきっと変わらないよ。それに、話すなら皆にも話したいよ」

「……分かった。でも皆の前では話してよね」

「うん……分かった」


電車の中で揺られながら沈む夕陽を呆然と見ながらマリと話していた。


『次は桃李駅~……』


私たちの家の最寄り駅の名前を車掌が車内にアナウンスする。


「ほら、ハルカ。降りるよ」

「う、うん……」

「大丈夫? 顔色悪いよ」

「やっぱり、マリには先に話しておこうかな……」

「着くまでに終わる?」

「無理かも」

「手短に」


全部マリに話した。

といってももちろん概要だけ。

夢の全容を話すには時間が無かった。


「とりあえずさ、その夢のことは考えないでまずはキキョウの誕生日を祝おうよ」

「……そうだね。ありがと、マリ。話聞いてくれて」


話したことで少しだけ安心した。

マリなら上手いこと私が話すタイミングを作ってくれると思って。


「遅れてごめんね~」

「あたし日直だったんだ」

「私も掃除当番で……」

「遅いよ~二人とも~待ちくたびれて先に始めちゃったよ~」


そういうランの前にはドーナツの欠片が残った皿があった。それに、ほかのみんなの前にも。


「ごめんね。お詫びにみんなにひとつずつ奢るよ」

「あ、私も……」


幸いアイドル活動のおかげで手持ち無沙汰になることは無い。

一応自分で管理しているのだが、何しろ忙しすぎて使う機会がない。


「みんな、選んで選んで。キキョウは二つ選んでも良いよ」

「みんな好きなだけ選んで良いよ。今日は私が奢る♪」

「え?マジ? じゃあプレーンとチョコと……」

「パイはあり? チュロスは?」

「何でも良いよ」


無理やり作った笑顔でランに言う。


「……ハルカちゃん……?」


キキョウが恐る恐る声をかけてきた。

それはいつものことなんだけど、今日は何かが違う。声のトーンとか、雰囲気とか。

今日のキキョウは何かを悟っているみたいだった。


「……何かあったの?」

「ん~……後で話すよ……みんなにもね」

「……悩んでることがあったら言ってね。私、力になるから」

「……ありがとう」


キキョウの言葉を聴いて胸が温かくなった。


「私、イチゴチョコのドーナツ食べたいな」

「食べて食べて。私からのプレゼントだよ。ほかに何も用意できなかったから」

「……ハルカちゃんが……みんながお祝いしてくれるからそれだけでも十分だよ?」


嬉しい事を言ってくれる。




そしてワイワイガヤガヤと楽しい時間は過ぎた。キキョウは一人ひとつずつ用意したプレゼントを嬉しそうに受け取り、みんなもキキョウが喜んでいたので満足した様だった。


「ねえ……みんな……」

「どうしたの? ハルカちゃん」

「話したいことがあるの……」

「真剣な話だから、みんなちゃんと聞いて」


マリが注意を集める。

これで話しやすくなる。

店に居た人たちも徐々に居なくなって、

残っているのは私たちとせいぜい学校帰りのカップル、幼い幼稚園児とその母親くらいで、すべての話は小声でも十分聞こえる。

あまり大きな声では話したくないと思っていたからちょうどいい。


「あのね、みんな……小学校三年生の時の自由研究の時のこと……覚えてる?」

「勿論。忘れるわけがない」

「そう……だよね……私もちゃんと覚えてる。覚えてるんだけど、何か違和感があるんだ」

「というと?」

「私、今日おかしな夢を見たの。うまく言えないんだけど……」

「概要は私から説明するわ」


言葉に詰まったとき、マリがタイミングよく助け舟を出してくれた。


「まあ、私も大体しか知らないけど、知ってることをまとめると、こうなる」


「ハルカが見た夢は小学校三年生のあの夏のこと。私たちの記憶の通りだと確か調べた内容は「町で起こった怪奇現象の解明」だったわよね。そこまでは同じなのよ。でもね、最後はどうなった? 発表してみんなにわらわれたわよね。真相があまりにもくだらなくて。でもハルカの夢ではそうじゃなかったのよ。そうよね?」

「うん」

「ハルカの夢の中では調査結果が発表される事が無かった」

「それは成果を横取りされたということか?」

「違うよ。マリの話を聞いて、シンイチロー」

「みんな発表したかったけどできなかった。いえ、調査すら終えることができなかったの」

「みんな……調査の途中で……殺されて……私……」


ハタハタとテーブルに涙が零れる。あんな夢で見た結末、信じられるはずが無い。


「……落ち着いて、ハルカちゃん……」


キキョウが背中を擦ってくれる。マリはそんな私を一度見ると話を続けた。


「夏休みが始まった初日、桃李神社で動物の屍骸を磔にした犯人を捕まえようってことになったでしょ? そのときハルカは夜までそこで犯人を見ようとして、殺されたのよ」

「……酷い話だ……」


それまで黙っていたトウヤが口を開いた。


「でも不思議なのよ。次に気づいた時にはトウヤの家の玄関の前に私と立っていて、トウヤの部屋に踏み入ったら金属バットで撲殺された。そこでハルカは目が覚めた……というわけなんだけど、みんなわかった?」

「ああ。十分だ」

「僕が……ハルカちゃんを……?」

「でもそんな話いきなりしてどうしたの? ハルカも泣く程のことじゃないだろ?」

「……それをね……思い出せば出すほど……夢じゃない気がしてくるの……」

「どういうことだ?」

「……今……私が持ってる記憶が……間違ってる気がしてくるの……」

「何バカなことを……」

「じゃあ……これ言ったら……信じてくれる?」

「何だよ」

「トウヤ、メガネが嫌いだから掛けないって言ってたよね?」

「うん。そうだけど……」

「その理由、嘘でしょ?」


それを告げた瞬間、トウヤの体がわずかだがビクッと震えた。レオはその些細な変化を見逃さなかった。


「……本当なのか?」

「な、何言ってるの……ハルカちゃん……」

「声が震えてる。本当みたいだね」

「……その理由、おかしなものが見えるからでしょ?」


トウヤの動揺はもう皆に知れ渡った。

本人は平静を装っているが、明らかに顔色は悪いし、テーブルの上で組んでいる手は小刻みに震えている。


「トウヤ、顔色悪いぜ」

「隠さなくても良いわ。私はそれがもし本当でもトウヤを怖いとも気持ち悪いとも思わないもの」

「……そう……だよ……。僕には……昔から人間では……生き物ではないものが見えるんだ……」


トウヤは俯き、途切れ途切れに話し始めた。

みんなの空気が冷たくなっていく、というより張り詰めていくのがわかった。

トウヤが次に顔を上げたとき、その目は深紅だったのだから。


「これで……信じてくれる? 皆……見えるでしょ?」


そう、トウヤの目の色は両親にもわからなかったらしい。いや、見えなかったらしい。


「僕の目……何色に見える?」


トウヤが自嘲気味に笑った。その笑顔はどこまでも悲しそうだった。


皆は一斉に「赤」と答えた。

でもどうしてトウヤは皆にその目の色が見えることを知っていたんだろう。


「ねえ、トウヤ。どうして皆には見えると思ったの?」

「ハルカちゃんの夢の話を聞いたからだよ。その夢の登場人物だった皆には見えるんじゃないかって思って」

「……どうして、目の色が変わったの……?」

「この力、普段は表に出てこないようにしているんだ。見えすぎると……」

「倒れるから」


私が答えた。


「うん。ハルカちゃんの言うとおり、見えすぎると僕の脳が処理しきれなくなるのかな。眩暈がして倒れるんだ」


トウヤの目から赤い色が消えて行った。


「……だから普段は見えないように、この力を押さえ込んでいるんだ。でもハルカちゃん、どうしてわかったの? ハルカちゃんの夢だと、その力のこと、出てきてないじゃない」

「あのね、私、殺された後、トウヤの中に居たの」

「……というと?」

「殺された後、勿論何も見えないし聞こえなかったよ。でもね、私、トウヤの中に居たの。二回目に殺されるまでの間ずっと。でもすぐに皆も来たの。トウヤ以外の皆も」

「それは俺達もそのあと殺されたってことか?」

「たぶんそうだろ」


レオが肯定した直後、店員が近寄ってきて声を掛けられた。


「あのぅ、そろそろ閉店なので……」

「あ、すみません。すぐ出ますね。そうだ、残ったドーナツ持ち帰りたいので紙袋くれますか?」


マリが適当に作った笑顔で店員に言って、私たちは帰り支度を始めた。


「じゃあ、帰ろうか」

「そうだね。この話、どうする? これで終わるかそれともまた明日集まるか」

「終わりでいいよ。皆忙しいでしょ? 私も明日はお仕事入ってるし……」

「じゃあ、みんな。またね」

「ごめんね、キキョウ。せっかくの誕生日なのに……」

「……うぅん。大丈夫。ハルカちゃんも悪い夢のことは忘れて、ね?」

「ありがとう」


そして私たちはそれぞれの帰路に着いた。

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