第九話 進路選択
進化したのはいいのだが、さて、これからどうするべきだろうか。
バット・モスキートに上位種は、と言うより昆虫には成虫以上が存在しない。
つまり、ここで打ち止め。
たとえレベルを上げていっても、種族としての限界がすぐに立ちはだかるだろう。
レベル100の俺は、レベル1のトライホーン・クワガタやらその他諸々の戦闘特化昆虫にはどうあっても勝てまい。
昆虫以外に目を向ければ、言うまでもなく。
ゴブリンやコボルトなどの妖精種には、名前の前にホブならまだしも、ハイが付けばもう一対一で勝ち目がなくなる。
獣種に目を向ければ、勝てるのは精々初心者向けの雑魚――ウッド・ウルフやフォレスト・ベアまでが限界で、それ以上は力押しで捻り潰される。
竜種にでもなれば、最弱のキッズ・ドラゴンにすら嬲り殺しにされるだろう。
所詮は低級から中級にかけてでしか"敵"たりえない、昆虫というのはそういうモンスターだった。
……まあ、ポップ自体は上級のダンジョンでも結構あるのだが。
それも毒蚊や藪蚊といった、鬱陶しい能力持ちのが団体で。
個の力で対抗できないのなら、集の力で対処する。
数と成長の速さを頼みにする虫達は、そうして敵と戦っていくのだ。
閑話休題。
どうでもいい方に話がずれていった。
という訳で、元の目的へ戻していく。
つまりは、俺がこれからどうして強くなっていくべきか、ということだ。
別に強くなる必要はないかもしれない。
しかし、俺は強くなりたいと思う。
あの消失感を味わう事に怯えて過ごすのは、真っ平ごめんなのだ。
仮令レベル上げの過程で死ぬ回数が多くなるとしても、何もせず殺されているよりはマシだと考える。
何故なら俺は強くなっている分、後で死ににくくなっている事は事実だからだ。
……本音を言えば、単に強くなりたいという願望があるだけなのだが。
俺も、一人の男の子であるからして。
そして、単純なレベル上げであれば、これ以上の努力には意味が感じられない。
芋虫の時の糸を吐く、といったようなスキルを得るためには、ある程度のレベル上げは必要だろう。
けれど、その先にある進化という道は閉ざされているのだ。
モチベーションは今一つ上がらない。
であれば――と、ある言葉が脳裏を掠めた。
それは即ち、"転生"である。
転生――LCO的に平たく言えば、キャラを初期化してその分のボーナスを得ることだ。
修得したスキルやパラメータの一部を引き継ぎつつ、更に転生回数に応じたステータスアップの恩恵がある。
レベルキャップが低い分、転生回数の多さがそのキャラの強さを表していた。
勿論、転生したてのキャラはPKのいい的だったが。
十度も転生を重ねたキャラでもなければ、転生直後はレベル100のプレイヤーには当然太刀打ち出来ないのだから。
それは逆に言えば、十度も転生していれば、レベル1でもレベル100のプレイヤーを圧倒できるという事だ。
根本的なスペックの違いが、そこに現れてくる。
ところで、一つ疑問が浮かぶのだが。
(モンスターで転生って、どうやればいいんだ?)
モンスター達にはそれっぽい神殿もないだろうし、人間達の神殿にはそもそも入れるかどうかも怪しい。
今のままでは夢想に過ぎない強化計画の見通しの悪さに、俺は頭を振って意識を切り替える。
もう少し、現実的な考えをするべきだ。
(とりあえず、しばらくはレベル上げに勤しみますか……芋虫じゃ碌な経験値は入らないだろうなー……何狩ればいいのやら)
行き当たりばったりで甚だ遺憾ではあるが、今の俺に取れる選択肢はそれ以外に見当たらない。
眺めていた夜空から視線を森へと落として、俺はゆらりと歩き出す。
森の作り出す暗闇に引き擦り込まれるように、俺の体は夜に溶けていった。