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Bug's HERO  作者: パオパオ
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第七話 蠱毒(薄味)の急

 暗い。

 何も見えない。

 木漏れ日が射し込む位置に居る筈が、何故か光がここまで届かない。


(……どうなってるんだ? 俺の復活した場所は、最初から変わらないと思っていたんだが)


 怪訝に思い、今の状況を知ろうと体を動かそうとするが、身動きがとれない。

 強靱な包帯で全身をグルグル巻きにされているかのように体が締め付けられ、動きたくとも動けない。

 力一杯暴れれば拘束から抜け出せるような気もするが、見えなくとも分かる浮遊感がそれを思い止ませる。

 地に足が着いていないという事への並々ならぬ恐怖に、俺は迂闊な行動をとれないでいた。


(待っていれば何かしら状況に変化が起きるのか? かと言って、下手に行動すればまた死ぬかもしれないし)


 暗く狭い空間の中、縛られている俺の行動は酷く制限されている。

 何も見えず、何も分からず、何も出来ない。

 唯一まともに機能している耳からも、伝わってくるのは小さな風切り音だけだ。

 八方塞がりの現状に、俺はただぼーっとしている以外の選択肢を与えられなかった。


(願わくば、この状態が無事に終わりますように)


 手も合わせずに祈る位しか、俺に出来る事はなさそうだった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 ガサガサ、ゴソゴソ。

 カサカサ、ザワザワ、ザーザー。

 ギィギィ! ギァァァ! ビーーー! ジィィイ!


(何だか、物騒になってきてないか? いや、物騒とか言えるレベルじゃないな)


 聞こえてくる音が多種多様になるにつれて、俺は沸き上がる不安に背筋を凍らせていった。



 最初は茂みや木々が揺れるぐらいだった。

 それが虫が近くに居るという事を表しているのは、今までの経験から推測出来た。

 攻撃されると反撃出来ずに死ぬな、なんて気楽に考えていたが、予想に反して虫は襲ってこなかった。


 攻撃されなくて安心安心、などと思っていられたのは初めの内だけで、虫が近づいてくる音が何度も聞こえるようになると、俺は内心びくつき始めた。

 明らかにおかしい数の虫が、俺の近くに集まってきているようなのだ。

 しかも、そいつらは互いに友好的ではないらしく、威嚇するような鳴き声を無秩序に発し合っていた。


 いつ戦いが始まるかと戦々恐々としていると、一際大きな虫の声が聞こえてきた。

 それは俺を前に殺した、トライホーン・クワガタの鳴き声に酷似していた。

 その声を発端に、虫同士が争い始めた。

 羽撃き、切断、衝突など、俺を殺せる一撃の音が騒がしい程に乱発される。

 殺された虫が悲鳴を上げ、その仲間がまたこの場所に近付いてくる。

 もし死体が残っていれば、ここは地獄に等しい状況となっていただろう。

 殺し合いの泥沼化が進み、この場は正しく戦場となっていたのだから。


(何で俺の側でこんな決戦が行われてるんだ!? 正直、攻撃の余波だけでも俺の体力がゴリゴリ減っていってるんだよ!)


 届かない愚痴を心の中で叫びながら、一刻も早い戦いの終結を希う。

 そんな俺を余所に、虫同士の殺戮は激しさを増していく。

 死を嘆く虫たちの声はより強い虫を呼び寄せ、その力によりまた多くの虫が虐殺される。

 虫たちの戦争に終わりは見えない。


(……あれ?)


 永久に続くかと思われた戦いは、とある切っかけで中断を余儀なくされた。

 その原因は、俺にあった。


(何だ……? 光が、入ってくる……?)


 暗かった空間に、一条の光が射し込む。

 そこを皮切りに、光はどんどん大きくなる。

 それと連動するように、俺を縛っていたものも壊れていく。


(今までは、膜みたいなものに包まれていたのか。そりゃあ、動けない訳だ)


 納得している内に、周囲を塗り潰していた喧噪が静まっている事に気が付く。

 あまりにも静か過ぎるために、また別の恐怖を感じさせる。

 そんな事を思いながら、俺を包んでいた膜は完全に砕け散った。


(うがっ、眩しっ!)


 直射日光を浴び、暗闇に慣れていた目が光に覆われた。

 世界がぼやけて気持ちが悪い。

 緑や茶、黒や青やそれ以外の色がごちゃ混ぜになって、混沌とした世界を作り出している。

 それらの色が動いていない分幾らかマシだが、今回初めて見たものにしてはインパクトが強過ぎる。


(あー、少しずつ見えてきた。虫がどれだけ居るかなまじ分かるだけに、出来れば見たくないんだよなー……)


 俺の瞳も光への耐性を徐々につけていき、色の混ざり合った世界を変革させていく。

 色の周りに虫の輪郭を形成し、その姿を網膜へ鮮明に描画する。

 そうして、こちらを向いて攻撃準備を整えた昆虫の群れを直視した。


(うわー……想像していたとは言え、これは酷い。ただのリンチじゃん)


 溜め息を吐こうと少し頭を下げ、そこにある体に気が付いた。

 今の俺は、地面に伏せているのではなく、立っていたのだ。

 地を這う緑の芋虫の体は既に過去のものとなり、今や俺の体は進化していた。


(おっしゃ、進化きた! で、俺は一体何の虫に――)


 自身の変化を確認しようと視線を自分に固定すると、俺の体は吹き飛ばされた。

 体が爆発したんじゃないかと錯覚する程の衝撃を受け、直撃した俺の頭は混乱の極みにあった。


(な、に、がっ!? って、何も見えねぇっ!)


 頭を弾き飛ばされたため、何が俺を殺したのかを確認する事は出来なかった。

 威力からして相当強い虫がやったのだろうとは思うが、攻撃パターンも変わっているだろうし、記憶からは断定出来そうもない。


(くそっ、進化したのに強くなった気がしな――!?)


 何も出来ず地面に体を投げ出している俺に、追撃の嵐がやってきた。

 切り刻む旋風が、抉る刺突が、破壊する衝撃が、俺の体を散々に蹂躙する。

 そもそも、体力的には先の一撃で全損しているのだ。

 既に消滅を待つだけの体への攻撃としては、どう考えてもオーバーキルだった。


(……こんなに気持ち悪いのに痛くないのが逆に意味分かんねえ。俺の体、もう破片しか残ってないだろ)


 分断された体全てが自分のものだという気が狂いそうになる感覚に、俺は内心で哄笑した。

 早く、一刻も早く自分が消える事を、心の底から望みながら。

 未だに続く死体への暴虐が、俺の精神を削っていた。



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