第六話 蠱毒(薄味)の破
(そりゃあ!)
勢いをつけて振り下ろした尻尾が芋虫の脳天を砕く。
ギュィィィイ! と甲高い悲鳴を上げて、頭部を失った芋虫の体は消えていく。
それを最後まで見届ける暇もなく、新たに現れた芋虫たちへの警戒を強める。
(……っ、次から次にっ!)
休む間もなくこちらへ向かってくる二匹の芋虫の片方へ、牽制のための一撃を入れる。
近くを転がっていた石を弾いてぶつけただけなので大したダメージではないが、僅かでも時間を稼ぐには十分だ。
一歩前に出た芋虫の攻撃をギリギリのところで避け、カウンターの一撃を叩き込む。
(だりゃあああぁっ!)
狙い違わず、芋虫の頭を貫く。
レベル差のおかげか、その一撃で芋虫は消滅を始めた。
喚く芋虫を無視してもう一匹の芋虫と対峙しながら、耳障りな音声を聞き流す。
――テッテレー! Falioはレベルが81に上がった!
先に倒していた芋虫の経験値が入り、何が変わるのか分からないレベルアップが起きる。
いや、芋虫を一撃で倒せる分、少しはステータスも上がっているんだろうけど。
未だに芋虫一体分の経験値でレベルが一つは上がるのは、プレイヤーだった頃を考えればネタでしかない。
(にしても、いつになったら終わるんだよ、これ!?)
またどこからともなく新しい芋虫が近付いている事を把握して、俺は心の中だけで溜め息を吐いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
事の発端は、俺が倒した一匹の芋虫だった。
あれの体が完全に崩壊する直前、最後の力を振り絞って悲鳴を上げたのだ。
いきなり鳴いた事には驚かされたが、特にダメージなどもない……などと考えていると、近くの茂みが揺れた。
咄嗟に身構えた俺の前に、一匹の芋虫が現れた。
毒蚊クラスの勝てない敵かと思っていたが、違うと分かったので警戒を解くと、芋虫は俺に攻撃してきた。
丁度気を抜いた瞬間への攻撃だったため、躱しきれずにいい当たりを貰ってしまった。
当然後で報復して芋虫をボコボコにして満足していると、瀕死の芋虫はさっきのと同じように悲鳴を上げた。
何となく警戒しながらもその芋虫を見守っていると、周囲に二匹の芋虫が現れた。
そいつらも問題なく倒すが、また消える前に悲鳴を上げて、また何匹もの芋虫が現れる。
ここまできて、あの悲鳴が芋虫のスキルだと言うことを理解した。
所謂、仲間を呼ぶスキルだろう。
どこかで途切れさせなければ延々その敵と戦う羽目になる、基本的に面倒だが便利な時もあるスキルだ。
芋虫ではない強力な敵が持っていれば、レベリングやアイテム稼ぎの餌として重宝する事もある。
その分、処理しきれなくなった時の危険度も跳ね上がるが。
芋虫たちがじりじり距離を詰めてくる中で、俺はそんな事を思い出していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ブン!
(いい加減、体力もキツイ)
敵の攻撃がクリーンヒットするのはどうにか避けられているが、それでも細かい当たりは何度か貰っている。
二匹目の一撃と合わせて、そろそろ看過出来ないダメージ量になってきている。
それ以前の問題として、既に一時間近くまで及んでいる戦闘により、集中力が限界に差しかかっていた。
――テッテレー! Falioはレベルが96に上がった!
(うっさい! ……ああもう、このレベルアップも本当に邪魔だな! レベルアップしてなきゃとっくに死んでるだろうけどさ!)
強制的に聞かされるノイズに集中を掻き乱されてダメージを負いつつも、そのノイズがなければもう死んでいるというジレンマ。
僅かながらも強くなっているのだから、レベルアップしている事を喜ぶべきなのだろう。
平時で、しかも人型であったのなら素直に喜べたのに、とあり得ないもしもの考えを頭の中から追い出す。
――テッテレー! Falioはレベルが97に上がった!
――テッテレー! Falioはレベルが98に上がった!
聞こえてくる効果音を努めて無視する。
残る芋虫も後二匹。
奴らがまた死ぬ時に仲間を呼ばなければ、それで一息つける筈だ。
休みが近いと意気込んで、残る二匹に同時に攻撃を加える。
(せっ、どりゃあああぁっ!)
疲労のためにキレの欠けた攻撃だったものの、レベル差のおかげか、芋虫たちは一撃でその身を崩壊させていった。
注意深く芋虫たちを見守るも、芋虫たちが仲間を呼ぼうとする様子はない。
やった、と気を抜いた瞬間、俺はその存在に気が付かされた。
「■■■■■! ■■■■■■■■■■!!」
(何――!?)
やはり俺も芋虫と戦い続けていて集中力を失っていたのだろう。
その虫――トライホーン・クワガタが至近に迫っている事に、直前まで気が付けなかったのだから。
(ここで芋虫以外のモンスターとか、無理ゲーだろ!)
意味のない愚痴を吐き捨てる時間さえなく、俺の体は黒光りする鋏に両断された。
痛みはなくとも、体が分かたれているという違和感の強烈さに、俺はどうしようもない不快感に襲われた。
いつもの消失感と相まって、俺という存在が本当に消滅するのではないかという不安はずっと強かった。
そんな中で。
――テッテレー! Falioはレベルが99に上がった!
――テッテレー! Falioはレベルが100に上がった!
――Falioはスキル"糸を吐く"を獲得した!
ようやく入ってきた経験値により、俺のレベルが最大まで上がりきる。
レベル100まで上がって手に入れられるスキルが"糸を吐く"だけだという事に涙が流れそうになった。
無論、芋虫に涙腺は存在しないのだが。
今更ながらに、俺というモンスターは死んでもレベルが変わっていないという事実に気が付いた。
毒蚊に殺された後で倒した芋虫の経験値で、俺のレベルはまず52に上がったのだ。
……それに何の意味があるかと問われれば、デスペナがなさそう位にしか答えられないが。
そうして俺が座して死を待っていると、不意にアナウンスが流れてきた。
――進化を行うことが出来るレベルに到達しました!
――進化先がこれまでの経験により自動的に選択されま――
何やら胸が熱くなりそうな言葉が聞こえてきたが、すぐに意識を失ってしまった俺には理解出来なかった。