第四十八話 英雄
糸に絡まっていた人間の男(おそらくはNPCだと思われる)から話を聞いた。
ツウィグの話によれば、この世界はデスゲームになっているらしいのだ。
ゲームである以上、何かしらのクリア条件がある筈。
だから、最近何か人類の敵対者的なものが居るかと訪ねれば、案の定。
いや、寧ろ予想以上に分かりやすい答えが返ってきた。
――この世界には、魔王が居る。
話を聞けば、魔王の居城はどうやらこの村の北にあるそうだ。
そこには強力な魔物が群を成して彷徨き、侵入者を一人たりとも逃さずに殺しているらしい。
既に何人もの勇気ある冒険者が魔王退治に向かったが、いずれも帰らぬ人となっているとか。
この辺鄙な村でどうやって詳細な情報を得たのかは知らないが、とりあえず役には立ってくれた。
へらへらと卑屈に笑う男に笑いかけ、一縷の希望が瞳に宿った所を食い破る。
経験値が得られる感覚が、微塵も感じられなかった。
どうやら、ユニークボスにはレベルが設定されていないらしい。
これも覇者が王者と拮抗できた理由の一つかと納得した。
さて。
目的が決まったのなら、動き始めるべきだ。
しかし、俺一人で魔王退治に行くのも面倒だ。
魔王上の近くには強力な魔物が何体も居るらしいので、そいつらに一体一体を倒すのも面倒極まりない。
露払いのための戦力が必要だ。
(丁度いい戦力が近くに居るじゃないか)
二度手間になるが、雑魚を殲滅するよりは時間短縮になるだろう。
別に敵を全滅させなくてもいい。
俺が魔王殺すまでの間、邪魔者が乱入しなければそれで十分だ。
唯一の懸念は、今まで完全に敵対していた俺にあれらが従うか、という事だが……。
(ユニークボスには従うんじゃないか? 多分)
自信はなかった。
もし失敗しても、まあ。
無理矢理服従させればいいので、問題はない。
張られている結界を一閃し、崩壊させる。
幾らかの手順を踏めば力技でなくとも解除できる簡易的なものなのだが、人間にはそれを考える頭もないらしい。
やはり配下に人間は要らない。
人間が俺に従うとも思わないし。
人の居ない村を出ると、草原を飛び出した。
白み始めた空は、まだ暗い。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
絶対者が全滅した森は、無法地帯と化していた。
元より力こそが正義の風潮はあったが、ここ数日は特にそれが顕著だ。
同胞を殺してレベルを上げ、成り上がろうとするものが跡を絶たない。
そんな中、ある時を境に昆虫達が動きを止めた。
太陽が南中して間もなく、一体の敵が森の中へ侵入してきたのだ。
彼らは聖地への侵入者を排除すべく、連れ立って森の入り口へと向かっていった。
そして、彼らは見た。
そこに佇む、一個の英雄の姿を。
まず眼に映るのは、巨大な黄金色の四翅。
絹のように薄く、けれどその存在感は竜種のものかと錯覚させられる。
極彩色に描かれた紋様が、昆虫達を魅了して止まない。
視線を落とせば、蒼く毛深い四対八脚が見える。
一本一本が幹のように太く、覆う蒼毛は鋭利な刃物でも断ち切れそうにない。
蒼毛の下からは毛の層でさえ抑えられない金の光が溢れ出し、足の先に揃えられた銀の爪は堅固な甲殻も一撃で切り裂くだろう。
少しだけ視線を上げれば、身を包む白銀に輝く装甲に驚かされる。
昆虫種の甲殻にも見えるが、装甲の下に見える黄金の反射光を見ればあれは装甲なのだと理解出来る。
剥き出しになった部分は、全て崇高な黄金色に彩られているのだ。
肩関節から伸びるのは、三対六本の腕。
今は鷹揚に組まれているが、戦闘となれば猛威を振るうのは疑いない。
対ごとに違う武器――鈍器、利器、そして精密作業用の五指が用意されている。
そして最後に、頭部。
十二の紅眼に、一つの碧眼。
天を衝かんばかりの、五本もの剣角。
暴食を思わせる二つに分かれた口と、その中で蠢く筒状の舌。
そして昆虫であると主張する、頭頂部から垂れた一対の美麗な触覚。
異形。
正しく異形だ。
動物ではあり得ず、昆虫としても異様を感じる容貌をしている。
けれど、それでも。
一声で、昆虫達は抗う気を失った。
「ついて来い」
声を張り上げた訳でもない、友人に話でもするような声量。
当然ながら、そこに友人を気遣うような色は含まれていない。
何の説明もなく、ただ一言ついて来いと言っただけだ。
普通、そんな命令に従うべくもない。
けれども、昆虫達は本能で理解した。
あの異形が、我らが掲げるべき英雄であると。
無二の忠義を尽くし、命を懸けるに値する主であると。
昆虫達は歓喜する。
英雄の誕生に。
英雄の力の一端を担う事に。
説明もなく、英雄が森へ来た理由を、昆虫達は理解していた。
無言のまま、英雄は背を向けて飛び立つ。
ついて来いと言っておきながら、ついて来られない者は必要ないと言わんばかりに。
英雄とは、ただ孤を以て英雄なのだ。
英雄に付き従う者は、所詮ただの露払いでしかあり得ない。
英雄には真実、英雄本人しか必要ではないのだ。
昆虫達は全てが森を飛び出した。
羽のある者は、空を飛んで。
羽のない者は、地を這って。
障害を文字通り全て踏み潰しながら、昆虫達は英雄を追いかける。
骸は打ち捨てられる。
けれど、落後者は生まれない。
どんなに移動が遅くとも諦める事なく、追いかける事を止めない。
始めはその侵攻を妨げようとした動物達も、今では素直に道を明け渡している。
虫達の異常なまでの物量に、耐えられるだけの集団がなかった。
それも当然だ。
ただでさえそれぞれの個体数が多い虫達が争わず、結託して襲いかかってくる恐怖は、名状しがたいものがある。
無駄に死ぬよりも、と彼らは命を守る事を選んだ。
そして一行は、魔王城へと到達する。




