第四十七話 決別は変態の前に
宿屋に集っていた人間達を全滅させると、次の獲物を探しに村の入り口へと向かった。
人間達はそれなりに強い部類だったらしく、戦い始めて直に一度レベルアップが起きた。
残念ながら二度目は起きなかったが、レベルアップのタイミングからして次もそう遠くの話ではないだろう。
百まで後一つ。
そこまで行けば、俺もユニークボスになれる筈だ。
万が一なれなかったとしても、転生によりまた一から強くなれる。
未来予想図に期待が膨らむ。
村一帯を覆った白い糸の網―トラップ・スパイダーの補正を受けた頑丈な檻は、十分にその役目を果たしていた。
糸の綻びはどこにも見られず、逃げようとする人間達は脱出出来ずに狼狽えている。
冒険者でもない人間なんて大した経験値を持ってないだろうが、今は一刻も早くレベルを上げたかった。
微少だとしても、糧にはなるのだ。
立ち竦む少女の憂い顔を見た時、割れるような痛みが頭を襲った。
痛みの反動で身を捩り、狙った位置から体一つ分逸れた位置を白槍が通り抜ける。
そこに居た名も知らぬ老人が少女の代わりに命を落とし、俺は耐え難い頭痛に意識を手放した――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
眠りから覚めるように意識を取り戻すと、目の前にはどこかで見た少女が居た。
いや、どこかで見た、なんて淡泊な関係の相手ではない。
現実でも友人である、ツウィグと言うキャラネームの少女が何故か居た。
それもあからさまなまでに、こちらへ警戒を向けながら。
「ツウィグ、か?」
何かを考える前に、口が勝手に動いていた。
いきなりモンスターが語りかけてきたことに驚いたのか、目を大きく見開いて過剰だった瞬きが止まる。
混乱のあまり警戒も途切れ、構えるように持ち上げられた腕は空を掴んでいる。
「――どうして私の名前をモンスターが知っているの。あなた、何?」
そう言えば、こちらには相手を特定する要素があるが、ツウィグにそんなものがある訳がない。
案の定、暫くして一応の治まりを得たのか、発せられた言葉は素性を訪ねる問いかけだった。
内心で苦笑しつつ、信じられないだろうと思いながらも素直に答えるしかない。
「俺だよ、俺。俺だって」
「……詐欺か何か? いや、そんな人間臭い反応をモンスターがする訳が……」
ツウィグは思ったより落ち着いているんじゃないだろうか。
その返し方はちょっと予想してなかった。
「ファリオ。F・A・L・I・Oで、ファリオ。よく狩りとか一緒行ってたし、リアルじゃ普通に会ってるだろ」
「あー、ファリオってあのヒッキーニートな……は? ファリオッ!?」
更に瞠目し、呆然とするツウィグ。
芋虫になってからでは味わえなかった反応の心地よさに、気分がよくなる。
「え、ちょ、はぁっ!? アンタ、え、ちょ、待って。意味分からない。何が、ええと。一度待って、ホント頭混乱してる」
しどろもどろに言葉を吐き出すツウィグを、若干陶酔しながら観察する。
面白いなんて、他者への好意的な感情を生み出したのは随分久し振りのように思う。
すーはーすーはーと深呼吸したり、両手で頭を押さえて腰を捻る姿は、とても滑稽だった。
「おーけーおーけー。落ち着いた。まず、聞かせて」
彼女の内心で何かが一応の決着を見たのだろう。
真剣な表情でこちらを睨む少女に、俺も居直る。
「アンタが、まあ、ファリオだとしましょう。そう仮定するとして……何でモンスターやってるの?」
「さて、俺も詳しい事は分からん。気が付いたら芋虫――ポテンシャル・キャタピラーだったからな」
「何それ……」
呆れたように溜め息を吐かれる。
そう言われても、俺も現状を正しく理解している訳ではない。
原因がアップデートにあるだろう位は、何となく予想しているが……。
「ま、時間はあるんだ。俺も久しく人と話してなかったし、これまでの経緯とか、情報交換と行こうか」
「……そうね。アークさん達が帰るまで暇なのは確かだし」
同意を得られたので、長い話を始めることになった。
芋虫となってから、罠蜘蛛としてこの場に来るまでの来歴を、この内弁慶な少女に、誇らしげに。
――少女の顔の目紛るしい変化には、気付けずに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――と言う訳で、タイラント・スパイダーとトライホーン・クワガタの戦闘は終わって、俺は漁夫の利を得られてホクホク出来たんだよ。それからはやることないから森を出て、今に至る……って、どうかしたか?」
顔面蒼白なツウィグを不審に思い、訊ねる。
心なしかその体は震えているようにも見えた。
「……色々と、聞きたい事はあったけど。とりあえず、一つだけ」
「何だ? 別に一つに限定しなくても構わないが……」
目を瞑り、何か覚悟を決めたような表情で、問いかけてくる。
その瞳は不安げで、けれどどこか鬼気迫っていた。
「皆は、死んだの? アークさん、サラさん、イリナちゃん、レイスさん。皆、本当に殺されちゃったの?」
「ああ、死んだよ? あの銀髪男と、金髪男。双剣持った金髪女に、ローブ着たハンマー少女の四人組だろ? 女王――ホーネット・アントに止め刺した奴ら。そう言えば、あの時はお前もあそこに居たよな。俺が相手してたのがお前だった気がするし」
「……ぅ…………ぉ」
恐怖に怯え、少女の体が震えを増す。
ガタガタと目に見えて揺れる様子は、流石に見ていて不安になる。
「どうしたんだよ? たかが一死しただけだろう?」
「……そ…………だ」
会話が繋がらない。
本格的に少女が心配になってきた。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ」
「おい?」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!!」
少女は口元を引きつらせながら、恐怖を振り払うように叫んだ。
身を捩り、肌を掻き毟り、髪を振り乱す。
突然の狂態に、どうしたらいいか分からなくなる。
とりあえず、放置しておく事にした。
「この世界はゲームじゃないんだ!」
ゲームだよ、と心の中で突っ込みを入れる。
いきなり始まった宣言を中断させる気もないので、口には出さない。
「この世界での死は、現実での死と同じで! 教会での復活なんてない! 蘇生アイテムなんて存在しない! この世界は現実と変わらない!」
違う、とやはり内心で突っ込む。
どこまで行っても、この世界は現実ではありえない。
痛みはないし、努力は結実し、平等と安全が保障されている。
『死』が現実と変わらない程度で、この世界がゲームじゃない訳がない。
と言うか、プレイヤーは死んだら生き返らないのか。
へー、としか思わなかった。
「死んでも大丈夫だって? そんなズルが許されるのか! チートもいいところじゃないか! 巫山戯るんじゃない!」
大丈夫な訳がない。
あの消失感――あんな非現実的で、けれど現実の生々しさに満ち満ちた恐怖を、大丈夫なものと形容出来る訳がないだろう。
経験していないツウィグには"殺されても死なない事"が夢のように感じられるのかもしれないが、当人にとっては"殺されても死ねない"という絶望に徐々に蝕まれていくのだ。
殺される経験なんて、生涯にたった一度でよかった。
こちらにしてみれば、いつでも死ねるプレイヤー達が羨ましくて仕様がない。
「――この、人殺しっ!!」
命の尊さに関する話でいくら罵倒されようが、別に気にはならない。
心は凪のまま静寂を保ち、攻撃された精神は微塵も揺るがない。
彼女の事を俺は友人だと思っているが、あちらが絶縁してくるのならそれまでだ、とも思っている。
正直な話、そんな繋がりは今更どうでもよくなっている。
そも、直接俺が殺した人間の数――三十人ちょっとか?
それだけの人数に死をもたらした程度で、罪悪感が湧く訳がない。
こちらは既に数えられない程の死を経験してきているのだ。
人の死に、感情的なものは浮かばない。
浮かべようがない。
「殺してやる! アークさん達の、皆の仇を討ってやる!」
見ない内に熱血になったなあ、とぼんやりその光景を眺める。
昔はもっと人見知りをこじらせた感じで、誰に対しても引っ込み思案だったのだが。
いやはや、男子三日会わざれば、とは言うが、女子にも適応されるらしい。
いつ懐から取り出したのか分からない短剣を腰だめに構え、疾風のごとく駆け出した。
(まさか、知り合いを手にかける事になるとはなー)
呑気にもそう考えながら、躊躇なくツウィグを弾き飛ばす。
受身も取れずに地面を転がっていく様は、どこか物悲しさを感じた。
(やっぱり、ユニークボスクラスじゃないと危険はないんだな)
そのまま消滅するのを待っていると、驚くべき事に少女が立ち上がった。
てっきり蹴飛ばした一撃で死んだと思っていたのだが、知らぬ間に手心でも加えていたのだろうか?
「これでも……トッププレイヤーの、一人に、数えられてたんだ……そう易々と、倒せるとは、思わないでよ……!」
(ホント、知らない内に成長してたんだな)
親のような視点だと、微かに自嘲する。
あながち間違っていないというのが、何とも言えないおかしさを生んでいる。
くつくつと笑っている隙に、再びツウィグは突撃をかけてきた。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!」
裂帛の気合を受けて、白刃の煌めきが暗闇に光る。
ギラリと危険な色を帯びた短剣を見て、嘆息する。
小細工だな、と。
「――ぁはっ……」
カラン、と短剣が少女の手から滑り落ちる。
肩を貫いた俺の舌が、吸血を始めようと脈打つ。
「……バイバイ」
生命力と、他の何か大切なものを、容赦なく奪い去っていく。
少女の断末魔が、夜闇を切り裂いて木霊した。
――テッテレー! Falioはレベルが100に上がった!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あ、最後の一枚ってツウィグが持ってたのか」
「ラッキー。これでもう集めなくても良いじゃん」
「うん。これでやるべき事もなくなったな」
「さて、そう言えばレベルが百になったみたいだし、これで俺もユニークボスの仲間入りか」
「この状態で死んだら、俺も死ねるのかな」
「でも、自殺で試すのは止めとこう」
「もし本当に死んじゃったら、折角の力が勿体ないし」
「……人から奪って得た力なんだから、有効に使ってあげないと」
――レベルが100に到達しました!
――Falioは所定の条件を満たしたので、超越が行われます!
――特殊条件を満たしたので、進化先が変化します!
――Falioは新たなユニークボス【バグズ・ヒーロー】へ超越します!




