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Bug's HERO  作者: パオパオ
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第四十三話 覇者と王者

 覇者と王者。

 タイラント・スパイダーとトライホーン・クワガタ。

 その身に激戦の痕を残しながら、両雄相見えている。


 実を言えば、俺がタイラント・スパイダーを見るのはこれが初めてだった。

 トラップ・スパイダーに進化してからは出来るだけ出会わないよう心がけていたし、それ以前にはそもそも存在していなかった。

 "覇者"なんて呼称を付けておきながら、容姿がそれに似つかわしくなかったら――雌でホーネット・アントのようになる可能性もあったので――なんて懸念もあったのだが、なんて事はない。


 一目見れば伝わってくるその威容。

 同族補正もかかっているかもしれないが、その身に纏う雰囲気は王にあらず。

 正しく覇の体現者。

 一睨みするだけで、で弱者は自然と道を空けるだろう――そんな風格が、タイラント・スパイダーにはあった。


 しかし。


 ――褐色に鈍く輝く甲殻も。

 ――体への衝撃を殺す剛毛も。

 ――真球に膨張している腹部も。

 ――闇夜に紅く輝く四対の灼眼も。

 ――人の胴回り程に太い八脚二腕も。

 ――鋼色にコーティングされた爪牙も。

 ――凶々しく瘴気を噴き出す口腔さえも。


 覇者の力を知らしめるそれらは、片端から破壊されていた。

 殻は割られ、毛は毟られ、腹は破られ、瞳は潰され。

 手足は折られ、爪牙は砕かれ、頭殻は抉られる。

 残骸が残り、傍目には死体にしか見えない。

 それでも未だ動いているという事実が、傍目には不気味で仕方がない。


 対するトライホーン・クワガタも無傷という訳ではなく、満身創痍もいいところ。

 その名を象徴する三本の角は根元から砕ける。

 薄茶色のクリームのような体色はドス黒く濁る。

 全身に刻まれていた紅色の紋様は、その存在自体を疑われる程原型を留めない。

 強靱な膂力を生み出す手足は、半ば程で無惨に千切られる。

 見上げる程だった巨躯は、くずおれて俺と身長を等しくする。


 かねてからの森の守護者が追い詰められている姿は、正直、目を疑うものだった。

 絶対者として君臨していた存在が、ぽっと出の新参者にこれだけのダメージを負わされている。

 目の前で事実として認識していても、頭は理解してくれそうもない。


 タイラント・スパイダー……昆虫という種族で最強の一般モンスター、トラップ・スパイダーの上位種。

 超越前の素体の強さは、やはりユニークボスのステータスに関わってくるのだろう。

 強さで言えば中堅どころのシザー・ビートルの超越種、トライホーン・クワガタが、その豊富な経験を以てしても圧倒出来ないのだ。

 蜘蛛という種族の異常な強さが窺い知れる。


 あの罠蜘蛛が覇者と化してからまだ数日。

 どんな過激なレベル上げを行っていたとしても、到底王者には追いつける訳がない。

 だから覇者が王者と互角に演じていたであろう死闘が、偏にその地力が王者と拮抗していた事を証明する。

 能力値を始めとして、戦闘技術、勝負勘等がどれ程の高みにあるのか、決戦を見逃してしまった身としては想像も出来ない。


 そう。

 最早、戦闘は終幕を降ろす直前と言っていい。

 王者と覇者の体は死に体で、あと一撃をどこかに受ければ、間違いなく体力を全損して遺骸を晒す事となるだろう。

 何せ、闖入者である俺を排除する事さえ叶わないのだから。


 けれど、俺が彼らに手を出せるかと言われれば――答えは否だ。

 今も尚、王道と覇を唱える者達は倒れない。

 己の矜持を守るために。

 誇りを地に塗れさせぬように。

 敵より先に倒れるなんて真似は、どちらにとっても許容出来るものではないのだろう。


 決闘を邪魔せず、傍観するだけの俺だからこそ見逃されているのだ。

 もしどちらかを害そうと動けば、両者が最後の力を振り絞って俺を殺しにかかるだろう。

 命辛々に逃げてきただけあって、俺の残る体力も多くはない。

 無論雑魚の攻撃なら幾らでも耐えてみせるが、ユニークボスの攻撃を耐えられるとは思えない。

 普段の彼らは一撃でモブモンスターを消し炭に変える威力の攻撃を繰り出すのだから。

 武器になる部位が破損しているとは言え、侮れるようなものではない。


 それに何より、彼らの決着はまだついていないのだ。

 立つのもやっと、どころか体を動かす事すら満足に出来なくとも、彼らは未だに昆虫の上位者だった。

 その身に纏う王威/覇気は衰えを微塵も感じさせず、寧ろ増しているようにさえ思わせる。

 そんな彼らの間に、無粋な横槍を入れるつもりはない。

 また、入れる暇もないらしい。


 ――■ァ■ガ■ッ!


 折れた脚部を地面に叩きつけて、反動で覇者の体が宙に舞う。

 着地など後事を微塵も考慮に入れていない、文字通りの決死の攻撃。

 最後に残った白銀の牙を煌めかせ、王者の命を奪おうとしていた。


 この一撃が明暗を決める――どちらにとってもそれは明らかだった。

 挑まれた王者は逃げない。

 覇者のように跳躍すれば避けられるだろうが、そうして得られる勝利は王道ではないと言わんばかりに、迎え撃つ姿勢を固める。


 尤も、王者に選べる攻撃方法も決して多くはない。

 主要な武器は軒並み喪失し、残っているのは精々内部を露出する関節の突起部分位だ。

 しかし、それで十分だとばかりに構える。

 砕かれた顎から覗く空洞が、どことなく笑みを形作っているように見えた。


 ――■ギェ■ク■■ラ■ァ■!!


 ――ア゛■グ■■ェ■゛ガィ■!!


 それまでのような、森を震撼させる程の派手さはない。

 酷く小規模で、地味な衝突。

 けれどそこにある迫力は、今までに感じた何よりも強く大きい。


 折り重なるように重なる覇者と王者。

 離れた位置から見る分には、どちらが勝ったのか分からない。

 喉を鳴らし、一秒も変化を見逃すまいと視線を止めるが、動きはない。

 もしかすると相打ちか――そう考えた瞬間、視界の中心で微かに動いて、アナウンスが聞こえてきた。



 ――ユニークボス"タイラント・スパイダー"が打倒されました!



 それきり、機械音声は聞こえてこない。

 見詰める先で、ゆっくりとトライホーン・クワガタがその身を起こしていた。


(凄かった……素直に賞賛するよ。プレイヤーなんかに拘って最初から観戦できなかったのが心残りで仕様がない)


 それだけに、残念極まりなかった。

 どれだけの危険があろうと、覇者と王者の決戦を見逃したことが悔やまれる。

 リスクなど勘案せず、本当の意味での頂上決戦を、ただただ見てみたかった。


 ――テッテレー! Falioはレベルが63に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが64に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが65に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが66に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが67に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが68に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが69に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが70に上がった!


(……はっ?)


 何故か、大量な量の経験値が俺に吸収される。

 理由は――状況から見て、覇者の死亡だろう。

 俺は攻撃していないのだが、どういう事だろうか。


 敵対関係にはあったものの、俺は最後に少しだけ傍観していただけだ。

 敵の敵は味方と言うが、それでも経験値は入るのだろうか?

 けれど、今までにそんな経験はない……筈だ。


 そもそも、俺の味方が敵を倒した経験は、蟻時代にしかない。

 その主となるのも、デモリッシュ・モスを狩った時に限定される。

 確かにあの戦争の後には大量にレベルアップしていたが。


 RPGの鉄則として、パーティーメンバーが多ければその分経験値も分割されるのは自明の理だ。

 モンスターもレベルアップする事は、今までの経験則から把握している。

 もしかすると、敵がレベルアップし辛いのは、仲間と集団で戦闘を行うからなのか。

 そうであれば、一連の事態にも一応の納得が出来る……気がする。


 そこまで考えが至ると、邪な考えが浮かんでしまう。

 ならば、単体でユニークボスを倒せば、どれだけレベルアップが出来るのだろうか、と。

 幸い、今の王者は一撃でも当てられれば倒せる筈だ。

 ……卑怯と言うなかれ、これは俺の幸運の結果だ。


 そうは言うものの、やはり自責の念は拭えない。

 何より、赤い欠片を集めるに当たって、いつかは倒さなければならない相手だ。

 次にいつ倒すチャンスが巡ってくるかも分からない上に、ここに放置しておくとまた別の超越が起こるかもしれない。

 だからやるしかないのだ、と自分に言い聞かせ続ける。


(…………ごくり)


 幻の心臓が高鳴る。

 喉がカラカラに渇いて、樹液的な何かを啜りたくなる。

 確実な一撃を叩き込めるように、限界ギリギリまで舌を捏ねくり回す。

 そして、動けない王者目掛け――撃ち出す!


「あああああぁぁぁぁぁっ!!」


 槍上に丸まって伸びる舌は、身動きの取れない王者に襲いかかる。

 本調子ならば余裕を持って避けられたであろう――いや、そこまで卑下しなくてもいいか。

 万全の王者にさえ必中させられるであろう速度で迫る舌は、何の抵抗もなくその身を貫いた。

 あまりの呆気なさに、反射的に罠でもあるのかと疑ってしまう。

 罠を張るのは、こちらの専売特許だと言うのに。


 王者の体が崩壊する。

 その身から一つ、二つ、三つ――三枚の赤い欠片と、レアアイテムらしいドロップを撒き散らす。

 死亡を確認して、漸く安堵した。


 ――ユニークボス"トライホーン・クワガタ"が打倒されました!


 高らかに響き渡る合成音。

 その後に続く止まらないレベルアップの音を聞き流しながら、赤い欠片を拾っていく。

 これで、四枚……四枚?

 ……一枚足りない。


「形からして五枚だと思うし、俺が持ってる一枚も大きくないから後一ピース、どこかにあると思うんだが……」


 以前の推測通り、どこかのプレイヤーが所持しているのだろう。

 その相手を倒せば、遂にミッション・コンプリートだ。

 全ての欠片が揃う。


(ま、揃ったからって何があるかも分からんのだが、結果的にステータスが向上したからいいか)


 馬鹿長いレベルアップも終わり、もう九十二レベルになった。

 今の俺なら大抵の敵には負ける気がしない。

 何せ、身近の勝てる気がしない敵が全滅したのだ。

 卑屈っぽいが、まあ当初の目的は果たせている。


(とりあえず)


 覇者と王者の骸を貪ろう。

 俺の血となり肉となって、ステータスアップの一助となってもらおう。

 女王の前例がある以上、何かしらの恩恵は受けられるに違いない。


 口を大きく開く。

 バリバリ、と噛み砕いていく。

 胸に生まれる充足感に、想像が間違っていない事を確信する。


 けれど、心のどこかで。

 覇者と王者の二体に対して。

 哀悼を捧げる自分が居ると、俺は気付けない。

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