第四十一話 推察
ぱちくり。
八つの瞳は木々に切り取られた濃紺の空を捉える。
体を起こしてみれば、訝しむ。
どうしてあれ程タイラント・スパイダーを警戒していたのか、と。
今だって勝てる見通しがある訳じゃないし、戦力差は絶対的だとさえ思う。
けれど、グラブ・グモだった頃を思い出すと、異常なまでにタイラント・スパイダー――以降は覇者と呼称しよう――に怯えていた。
まるで、ステータス以外にも何かの要因があったかのように。
女王を思い出す。
蟻と蜂を統率する絶対者。
けれど女王亡き今、蟻と蜂はただの弱者に成り下がっている。
ふと、疑問が芽生える。
俺が羽蟻だった頃、逆らおうという気が微塵も湧かなかったのは何故だ?
女王のカリスマと断ずるだけに留まらず、他の影響も相まってあの状態になっていたのではないか?
考えてみればそういう力が――上位種として、下位種を支配する力があってもおかしくはない。
女王はスキルで表される程に、支配力が特別強かったのだろう。
同族を増やす唯一の母体として。
曲がりなりにも女王――王の名を冠する者として。
反逆など許さぬよう、絶対者として君臨するために。
また、王者も見ていて分かりやすい。
力こそ正義だと標榜して、その傘下に加わった者を武力で以て庇護している。
王者の勢力に攻撃を仕掛ければ、待っているのはその傘下による一斉攻撃であり、最悪王者本体が出張って来る。
以前から変わらず、弱い昆虫達にとっての頼れる王である。
では、覇者はどうなのだろうか。
グラブ・グモはタイラント・スパイダーの下位種の、更に下位に位置している。
しかし、トラップ・スパイダーは下位種だ。
グラブ・グモよりも上位な分、支配力もその分弱まるのだろうと推測する。
事実、勝てる気はしないものの、一方的に殺されるだけという事態は、罠蜘蛛となった今では考えられない。
それにしても、蟻に比べて蜘蛛は支配が変なように感じる。
羽蟻の頃は全く疑念を挟まずに女王に従っていたが、蜘蛛は命令に従うというよりも、関わりたくないという想いを起こさせる。
女王が王として臣下を統べるとすれば、覇者は王の威を振り翳しているとでも言えよう。
これが覇者の前に立てばまた違うのだろうが、どの道現状の実力では真正面から打ち倒すなど出来る訳もない。
可能性として考えられる俺の勝利とは、死にかけあるいは死亡直後の覇者から欠片を奪う事だ。
勿論、極々僅かには、俺が覇者に打ち勝つというものもあるが――どうにせよ、他力本願に違いない。
何せ、王者と覇者の決戦――これはほぼ確実に行われる筈だ。
気性が荒い(に違いない)覇者が、辛酸を舐めさせられた相手にやり返さない訳がない。
今はまだレベル上げにでも専念するだろうが、そう遠くない内に頂上同士の戦いが行われる事だろう。
ところで、何の気なしに付けた"覇者"という呼び名は、存外相応しいように思う。
孤であり個を以てして覇を為す者――それが出来るだけの力が、覇者にはあるのだ。
一騎当千の武の体現。
果たして、王者と覇者、どちらが強いのだろうか。
閑話休題。
少々思索に耽り過ぎた。
考えるばかりでは脳が茹だりかねないし、放置していると体力も減っていってしまう。
二者の決戦は近い内に行われるだろうが、それでも今すぐはあり得まい。
見逃すつもりは更々ないが、勃発したときに近くにいなければ俺の勝利を掴むのが難しくなる。
少しでも勝利を手繰り寄せるために、ステータスを上げておくに越した事はない。
暇な内に、レベル上げをしておくべきだ。
気が付けば、もう空も黄色い。
日光に誘われて、虫達の動きも活発になっていくだろう。
基本的には歓迎できる事態だが、覇者と王者に遭遇しない事だけは願う。
ギラギラと照る太陽を直視しながら、両手を擦り合わせて祈った。




