第四話 経過観察
レベルアップが終わったのは、たっぷり一分は過ぎた後だった。
最終的なレベルは51。
あの一戦でどれだけ莫大な経験値を得たのか、想像もつかない。
(頭痛ぇー……洗脳されるかと思った)
断続的に鳴り続けたレベルアップの音は、俺の精神をガリガリと削っていった。
もう終わった筈なのに、気を抜くと耳の奥に軽快な効果音が聞こえてくる。
残念ながら、しばらくは幻聴に悩まされる事になるだろう。
(あー、レベルアップしたんだろうけど……多分大してステータスは変わってないだろうな)
RCOにおいて、レベルアップでも確かにステータスは上昇する。
しかし、基本的にステータスの値はレベルアップ時に与えられるスキルポイントを割り振って上げるものだ。
プレイヤー毎に全く違うビルド構成のキャラが生み出せるのも、このゲームの魅力の一つである。
まあ、そこまで珍しいものでもないのだが。
ともかく、俺は大量レベルアップをしたとはいえ、おそらくステータスはさほど変化していないだろう。
芋虫――ポテンシャル・キャタピラーというモンスターの性質を考えると、本当に何も変わっていないということも考えられる。
芋虫はゲーム中最弱のモンスターなのだから。
(悲観しててもしょうがないんだよな。というか、レベル上げても意味ないのか? いや、いつかは進化する筈)
何せこの身は芋虫なのだ。
変態しない訳がない。
しなきゃ本気でただの害虫だし。
(そうに違いないさ。多分。おそらく。きっと)
自信はないのだが。
そもそも、俺が芋虫になっている理由からして不明なのだから、確信など持ちようがない。
本当に、何でこんな事態になったのやら。
(……さてさて、色々と試してみようか。この体で出来る事とか、ちゃんと把握しておかないと)
現実逃避気味に、そんな事を考えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(せい!)
ブン!
(そりゃっ)
ブン!
(でぇいやぁっ!)
ブォン!
(……何か、空しいな)
尻尾、と言うか尻の先を振り回すのをやめる。
やはりと言うか、可動範囲内であれば思った通りに動かせるようだ。
尻尾や六本の足を思い付くままに適当に振り回したり曲げたりしてみたが、何の問題もなさそうだった。
無理をすれば限界を越えた動きも出来そうだが、その結果が怖くて試してはいない。
もし死んでも時間が経てばどうせ復活するのだろうが、それでもあの喪失感は好んで味わいたくはない。
それにしても、自分の体なのに自分の体じゃない感じがするのは変な気分だ。
(まあ、芋虫だしな)
自分で自分に突っ込みを入れる。
反応してくれる相手がいないのが、少しだけ物悲しかった。
別に誰かに聞かせるようなものでもないけれど。
(そう言えば……あの男のドロップ品、何があるのかね)
ふと思い出した事を確かめるため、元居た位置へと引き返していく。
別に何かを期待しているのではなく、純粋な興味のためだ。
覚えている限り、あの若い男のドロップしたアイテムの量はただ一死したにしては多過ぎる気がした。
あたかも、持っていたアイテムを全て落としたかのように。
(どれどれ……っと、うわ、本当に多いなこれ)
草地を埋め尽くすほどの密度でばら撒かれたアイテムの数々。
その数は優に百を越えるだろう。
考えていた通り、普通のデスペナではありえない量のアイテムがここにはある。
一体どういうことかと首を傾げつつ、徐に手近な場所にあったポーションに触れた。
ポーションは消えた。
(……あん?)
見間違い、だろうか。
今、俺が触ったポーションが消えたように見えたんだが……。
勘違いだよな、と思いながらも今度は別の色のポーションに触れる。
やはり、ポーションはなくなった。
(……まさか、なあ)
近くに落ちているアイテムに、次々と触れていく。
薬、剣、鉱石、食物、盾、お金、等々。
節操もないが、それらは一つの例外もなく消えていく。
けれど、その辺りに生えている雑草を引っこ抜いてみても、それらは別に消えたりしない。
ここで、一つの推測が生まれる。
(もしかして……俺がアイテムを拾ってるのか?)
時間経過でアイテムが消失しているという可能性もあるが、アップデート前ではプレイヤードロップは少なくとも一時間は残っていた。
何より、俺が触っていないアイテムは変わらず残っている事が、俺の推測の信憑性を高める。
まあ、重要な問題もあるのだが。
(メニューが開けないから確認出来ないんだよなあ。同じくメニュー開けないからアイテム使えないし。意味ないなー……って、うん?)
ふぅ、と侘びしく溜め息を吐くと、遠くから草木を揺らす音が聞こえてきた。
こちらに近付いてきているらしく、その音は徐々に大きくなってきている。
バサバサと鳥がのんびり羽撃いているような音が聞こえると、俺はすぐさま警戒を強めた。
(やべ、鳥か? 芋虫って雛の餌になるんだっけ? そもそも、このゲームの中でモンスターも食事をするのか?)
疑問は尽きないが、そんな事を考えている余裕はなさそうだ。
すぐさま隠れるために動こうとして――俺は死んだ。
(なっ……!?)
あまりにも呆気ない死亡。
レベルアップを五十度も経験して、多少は強くなったと思っていた。
けれどそんなものは、吹けば飛ぶような頼りないものだったのだと思い知らされる。
(くそ……所詮、芋虫は芋虫か。貧弱にも程があるだろ)
悪態をついていると、いつもの消失感がやってきた。
抗うことなど出来ようもない。
せめて俺を殺した相手の姿を見ようとして――頭が真っ白になった。
(え……?)
意識を失った訳ではない。
俺を殺した相手に驚いただけだ。
何故なら、俺を殺した相手は、俺と同じモンスターだった。
(蛾か……? いや、蝶だな……。どう見てもモンスターな外見しやがって、それなのに俺を殺すのか)
毒々しい模様の羽を大きく広げてこちらを見下ろす一匹の蝶。
全長一メートル近い巨大なそれは、果たして蝶と呼べるのか。
羽から落ちる粉を撒き散らしながら飛ぶ姿には、蝶の持つ優雅さなど欠片も感じられない。
そんな蝶を見ていると、体の一部が溶けていくのを感じる。
すると、中身がパンパンに膨らんだ袋に穴が空いたように、そこからいくつものアイテムが零れていった。
薬、剣、鉱石、食物、盾、お金、等々。
それらは間違いなく、俺がさっき拾ったものだった。
(うわ、勿体ない)
どうせ使えないし意味がないと自分で言っておいて、あまりにも未練がましい台詞を吐いた。
発声器官がないので言葉にはならないが、俺の頭を占めた思いはそれ一つだった。
そのままいつの間にか、俺の意識は失われていた。