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Bug's HERO  作者: パオパオ
37/50

第三十七話 暗澹

 何かが枯渇して。

 意識を取り戻して。

 群青の空を見上げて。


 ――生きている、と実感する。



 快晴の空。

 澄み渡る、広大な空間。

 晴れ晴れとしたその中で、ただ一点の曇りとなる。


「はあぁー……」


 どんより澱んだ内面。

 瘴気でも噴き出しているのではないかと疑う程の精神の重たさ。

 地面に縫いつけられるかのように重力に引かれる体は、錯覚か現実かの判断を下せない。


「疑うまでもなく現実だって。何考えてるんだか……」


 自嘲しそうになって、口を噤む。

 それきりに開かない。

 残るのは、吹く風の静かな音色と、羽撃きの高音だけ。


 何となく、上を見る。

 薄らとも雲は見えない。

 そのまま視線を上下左右に向かわせて、前に戻した。


(……何も出来ないな。吹っ切った、つもりではないけど。ここまで何も出来ないのか)


 存外――いや、予想以上に、と言い換えるべきだろう。

 受けている衝撃の程は、想定を遙かに越えている。

 想定も何も、以前に想定していた訳ではないが。

 所詮はただの思考遊び。


(やる事は……どうだろう、あるのか?)


 誰にともなく訊ねてみて、返ってこない答えを待つ。

 自分が何をしているのか。

 自分に何が出来るのか。

 自分を何に思っているのか

 益体もない問いかけが、ただ回答を待ちながら、思考回路を駆け巡る。


(思考が纏まらない。流動的と言うか、何と言うか)


 答えの出ない命題――回答者が出ないのだから当然だろう。

 必要ならば、何かしらの条件でも設定すればいい。

 阿呆過ぎる頭をどこかで心配しながら、根本的な柱となる命題を問う。


(どうして。今更に、レベル上げをする、必要が?)


 区切って、返る答えは端的に。

 一秒となく弾き出された結論は、明快極まりない。

 無意識に笑みを浮かべる。


(嗚呼――そっか。そうか、そうか、そうか)


 繰り返し、納得し。

 頭を振って、首を回して、思考を回す。

 繰り返して、自覚して、自嘲する。


(子供殺し、なんて。人間にとって最大級の禁忌(タブー)を犯しておいて。もう大切なモノなんて、自分しかないじゃないか)


 分かっていた事だ。

 自覚するまでもなく、俺にあるのはこの身一つ。

 それが汚されるが如き死を――拒んで。

 拒まずには、いられない。


「クハハ」


 笑い声は、淡々と。

 感情の乗らない声音は、不気味さも一入で。

 自分を理解して、ただただ笑う。


 元からそうだった。

 俺は死にたくなかった。

 生き汚くても、足掻いた。

 同族を殺して、経験値を掻き集めて、レベルを上げた。

 死んでも止まらずに、次の死を避けるために、結局は死へと向かっていった。


「クハハハハ、ぃひっ」


 零れた、と言うよりは溢れてしまったのだろう。

 吃逆のような何かを皮切りに、胸に籠もる熱が自己主張を始める。

 限界を超えて高まった感情は、その放出先を求めて暴れ狂う。

 ぐつぐつ、と煮え滾る情動を抑え――


(抑える? 抑えてどうするんだ?)


 自問しても、自答には至らない。

 別段、否定材料が思いつかない。

 しかし、肯定するにしても、ここには相手が居ない。


 叫ぶのも、あれはあれで疲労するのだ。

 それでいて報われることなどないし、徒労でしかない。

 だから発散するにしても、物的な対象は欲しい。

 頭を振って、目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませると。



 ――ガサリ。

 茂みを揺らす、幾つもの音。

 十や二十では済まない、別々の足音。


 どうやら神様は、少しだけ俺の事が好きらしい。

 これだけの数が一挙にここに来た理由は定かではないが、そんなものを気にするつもりはない。

 思わず、自嘲ではない純粋な笑みが浮かんだ。


「いいところに、来てくれた、かな。はは……」


 か細く、尻窄みになる声。

 笑いそうになる口を必死に噤み、悲愴感を出す。

 表層に出すのは、それ位。


 内に秘めた汚濁は、外に出せそうもない。

 一度出してしまったら、止まる事を知らないから。

 始まるまでは、この喜悦も我慢しなければならない。


(クスクス、キャハハ。なんて、馬鹿みたいだけど、あはは)


 包囲を狭めてくる、幾多の虫達。

 殺意に身を焦がし、厳然と居並ぶ。

 じわりじわり、と勿体振って緩慢に。


 僅かながらも、考え事をするには十分な時間が与えられた。


(――そうだ、いい事を思いついた)


 贄を供えよう。

 血と臓物を――決して表示はされないけれど――供物に捧げよう。

 弔いには丁度いい。

 別として、鬱屈を吐き出すにも、丁度よかった。


「死にたくないんだ。もう、死にたくは……だから、ここで死ぬ訳にはいかない。死んじゃいけない……」


 ぼそぼそと口から漏らす言葉は、本音ではあるが、正しくもない。

 死ぬつもりは勿論ないが、そんな気弱な自分はこの場には居ない。

 顔を伏せて、しかし注意は怠らない。

 見えないように舌を丸め、吐き出す準備を整える。


「あぁ、畜生。何で、どうして、こんな。嫌だ、嫌だ、嫌だ。ここで死ぬなんて、嫌」


 演技(?)がばれていないかと不安が芽生える。

 笑い声は出ずに、弱々しく見えているだろうか。

 ちゃんと俺を殺そうと、全ての敵が襲ってくれるだろうかと。


 ところで、発声に舌を使っていない事を、今不意に知った。

 凄くどうでもいいので、即座に思考から排除する。


 そして、間もなく。

 先頭を闊歩する甲虫が、射程圏内に入り込んだ瞬間。

 状況を開始する。


「ひひっ」


 ボソリと呟いて、顔を上げる。

 パカリと開いた口から、風を切って進む一条の線。

 同時に、甲虫の装甲が貫かれた。


「おや」


 自分でも驚いた。

 成長しているのは知っていたつもりだが、ここまでとは思っていなかった。

 速度と言い、威力と言い、かつてとは比べるのも烏滸がましい。


 とは言え、所詮こちらは単騎のみ。

 数の暴力の恐ろしさは、身を以って知っている。

 だから、対応される前に――――蹂躙する。


「クハハハハハッ」


 即座に、無差別に飛刃を発射する。

 狙いなどつけない――つける必要がない。

 適当に撃てば、適当に当たる。


「クハハハハハッ」


 同時に、足を動かす。

 近くに突っ立ったままの羽蟻の横を、何食わぬ顔で通り抜ける。

 すっぱり、と体が二つに泣き別れする。

 高速振動する羽は、それだけで一つの武器だった。


「クハハハハハッ」


 手を伸ばして、藪蚊の頭を握り締める。

 それだけで、グチャリとした感触が掌に伝わる。

 腕力、と言うかパワーも凄まじい事になっていた。


「クハハハハハッ」


 被弾も避けられない。

 だが、脆い脆いと繰り返し言っていたが、向上したステータスの上では十二分に堅固な耐久力はある。

 それでも積み重なれば危険だが、対処方だって当然ある。


「クハハハハハッ」


 空いた手で掴んだ金亀子を、むんずと口の前に運ぶ。

 バタバタと暴れるその甲殻を無造作に齧る。

 それだけで絶命したゴミを投擲し、本能的に僅かな回復を感じる。


「クハハハハハッ」


 遠くで何やら画策している毒蚊には、伸ばした舌が突き刺さる。

 羽を大きく抉られて、地に落ちた姿は既に意識の外に。

 一体一体に拘らっていられる時間は、あんまりない。


「クハハハハハッ」


 時には糸を吐き出して。

 絡め取った塊をぶんと振り回し、フレイルの如く叩きつける。

 痛快な破壊音に、背筋がゾクと快感を帯びる。


「クハハハハハッ」


 殺して、殺して、殺し尽くして。

 撒き散らされる死骸の代わりに、ゴロゴロ転がる無用なアイテム群。

 不快な機械音を最後に、宴も終わる。



 ――テッテレー! Falioはレベルが100に上がった!

 ――転生を行うことが出来るレベルに到達しました!

 ――転生先がこれまでの経験により自動的に選択されます!

 ――【グラブ・グモ】に転生します!

 ――三十秒後に転生を開始します!


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