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Bug's HERO  作者: パオパオ
35/50

第三十五話 産みの苦しみ

 ふぅ、と息を吐く。

 どこか艶めかしさの残る吐息。

 熱っぽく、粘ついた、荒々しい息吹。


 戦ぐ冷風に体を晒す。

 昴り、火照る体の熱を奪っていく。

 脳の興奮を鎮め、思考を再開する。


(賢者タイムが恋しい……いや、何でもない。何でもないさ、うん)


 自分で思う程に冷静でもないらしい。

 ぐるんと首を回し、頭殻の中身をシェイクする。

 大切なものが掻き回される感覚に恍惚とした。


(……ッ! は、ぁ……)


 ゾクゾクと背中を這い上がる快感。

 口から漏れ出る声は、常では気色悪いとすら思うだろう。

 今だけは、その想いも遠い。


 陶酔感。

 アルコールでの酔い方とは違う、悦楽のみが脳をくすぐってくる。

 まともな思考は許されず、ただただ快感のみを貪り求める。


「はあああああぁぁぁ……」


 体を蝕む微熱は段々と強くなり続けている。

 大鍋でぐつぐつと煮えられるように、何もせずとも消耗が止まらない。

 その中でも、頭一つ抜けて熱を増しているのは──


(腹の中に違和感……? いや、今気にしている余裕はないんだ。早急に解決しなきゃいけない問題は……)


 軽い――重力を感じられぬ程に軽過ぎる体。

 スキル取得の前は寧ろ、地上での行動に支障が出かねない程度には重かった。

 つまり体力は満タンか、それに準ずる位にはあったのだ。

 それがたったの十数分後には殆ど失われているなど、何らかの原因が存在して然るべきだろう。


(考えるより先に、まずは……)


 行動しなければならない。

 止まっている間にも体力が減っている恐れがある以上、速やかに吸血を行わなければならない。

 知覚出来る範囲に手頃な敵を確認出来ないのだから、この場に留まって思索に耽る余裕はない。


「……とは言っても」


 ともかく、異常なまでに体力が落ちている以上、あのスキルは何らかの効果を発動しているのだろう。

 それが今も継続して効果を発揮しているかは分からないが、何かは起こった筈なのだ。


 腹部の異物感。

 どこか温もりさえ感じられるそれは、どうにも悪いものには思えない。

 不快感よりも先に、好意の情が立つ。


「結局、何も分からず、って。そんなもんかね」


 無意識に腹部を愛おしげに撫でる。

 視線は空へ向いたまま、宿った何かを慈しむように。

 繰り返し、繰り返し。


「……行くか」


 決意を新たに、羽撃く。

 木の上の、ぶつからない程度の高さまで。

 地上を見下ろして、餌を探す。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 ――テッテレー! Falioはレベルが70に上がった!


「ふぃ、ぅぅぅぅぅ……」


 深く長く、嘆息する。

 転がる戦利品、興味を欠片も抱かないそれを意識から外す。

 五つ目のレベルアップは、群がる七体の蚤を一蹴して起こった。


「少しばかり、芋虫の頃が羨ましく思えてくるかも。敵一体を倒せばレベルが上がるなんて、楽でしょうがなかったもんなぁ……」


 口にしつつも、内心では半分も肯定出来ない。

 芋虫の頃では勝利とは効率的でも、かつ絶対的でも得られるものではなかった。

 いくら必要経験値が少なくとも、取得経験値も少なければ価値は薄れる。

 と言うか、戦闘の楽さから言って、二度と芋虫に戻りたくはない。

 戦闘の度に死に怯えるような事は避けたい。



 埒もない事を考えていると、不意に違和感が走る。

 急激に熱を帯びて、羽の一つも動かせなくなる。

 ピリピリと電流が体中を駆け巡り、熱に浮かされてふらついた体が横倒れする。


(何だ……? 何が起きている?)


 パクパクと開閉する口からは音が出ない。

 蛾の麻痺鱗粉を受けた時のような状態だが、周りに敵の存在は認められない。

 風は凪ぎ、森は深く、地は悠然と止まっている。


 生物の呼吸一つない空間で、倒れ伏したまま状態を検査する。

 ギョロギョロと視線を巡らせても、体にも周囲にも異常は見受けられず。

 手足に力を込めてみても、ピクピクと震わせるのが限界という始末。

 頭は浮ついたように、羽のように軽い。

 時間を経過するごとに、体は熱さを高めていく。

 その大元は、どこか予想していた、下腹部の中身。


(ちょっと……忘れてたな。あは、ははは……)


 内心だけで苦笑して、取るべき手段を考察する。

 けれども、出来のよくない頭では何も思い浮かばない。

 と言うより、何も出来ない状態で出来る事なんて、そんな矛盾した事は――


(……っ!?)


 急激に違和感が強くなる。

 体内に感じていたそれは、緩慢に体の外へと押し出されていく。

 ずちゅり、ずじゅる、と音を立てて何かが排出される。


「ぁ、っ……っ! っ、ぁ……っ!?」


 声にならない掠れた音。

 違和感が脳を侵食し、正常な機能を妨害する。

 思考能力を奪い、制御能力を奪い――狂わせる。


「――、――」


 ぼやけて混ざる視界。

 聞こえてくるのは壊れたテレビの電波音。

 蕩けるような、醒めるような異臭。

 苦くて辛く、甘くて酸っぱい味わい。

 膨らむような、萎むような感触。


「――ぁ、――っ、――――ぃ!」

 

 混迷を極める状況下。

 狂った五感に惑わされながら、狂気の時間は過ぎていく。

 やがて、事態はきちんと終わりへ向かう。


「――――っ!? あああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁあぁっっっ!!!!!!」


 突然解放された喉は、猛る遠吠えを上げる。

 叫びながら、体から抜けていく熱の塊を感じる。

 途切れて、静まると、体の機構も動作を始める。

 重い腕を動かし、胴体を僅かに浮かせる。

 無理矢理体を翻して、やっと視界に入った物は――


「たま、ご……?」


 白い卵。

 鶏卵のような硬質なものではなく、どちらかと言えば蛙のような脆そうなもの。

 粒のような小さな球が、幾十幾百、粘性の液体に絡まって転がっている。


「は、ははは……どう、反応しろと言うんだ、これは」


 よろよろと立ち上がり、一本の腕で頭を押さえる。

 冷たい夜風のおかげか、昴りも治まりを見せている。

 腰砕けになって地面に座り込み、乾いた笑いが零れる。


 見上げた夜空には、綺羅星がぼんやりと見えた。

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