第三十四話 平常運行
※性的表現と思われる描写を修正しました
目を覚まして。
周りを見て。
体を動かして。
「……? 頭が変にすっきりしてるな。理由が分かんないけど」
いつもの森の中。
茜色に焼けきって、黒ずみ始めた空を見上げる。
昇り始めた銀の月が、鮮やかに輝いている。
寝転がっていた体を起こし、関節を鳴らす。
パキポキと小気味よい音。
体の凝りが解れる気がして、気分が楽になる。
「さて、と。えと、うーん? あー……だー……?」
呻く。
何をすればいいか分からず、さりとて何かしなければならないと使命感を抱いて。
じんわりと滲み出る頭痛の合間に、目標を見つけ出す。
「そうだ、欠片! あれ、前回も取りに行けてなかったし。マズいな、まだ残ってるか?」
慌てて空へ飛び、キョロキョロと周囲を見回す。
静まり返った夜の空。
羽音だけが響く空で、致命的な事に気が付く。
(どっちだっけ? 全然覚えてないんだよな……)
思い起こせば、欠片がある場所に行けたのは偶然に過ぎない。
陽が出ている内にふと森を見て、赤い何かを見つけたのが切っかけなのだ。
目立つ印もなく、印象に残る景色でもない。
しかも、今では出来ない。
「この暗さじゃ、見つかりっこないよな……」
闇に紛れ、赤色は隠れているだろう。
沸き上がる絶望感。
ぶんぶんと頭を振って、意識から追い出す。
「ええい、ままよ! こうなれば、総当たりで探してやろうじゃないか!」
半ば自棄気味に、そう言い放つ。
声が空気に溶け、静寂が復活する。
涙が出てきそうな程、途方もない作業になりそうな予感がした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
存外、俺は幸運に恵まれているらしい。
欠片の捜索からおそらく一時間弱。
まだ拾われていなかった、赤い欠片を見つける事に成功していた。
視認しづらい夜空の敵との戦闘は、いつも通り一方的だった。
アウトレンジから適当に発射した飛刃の一撃で、飛べなくなった虫達は無惨に墜落する。
彼らには、最早哀れみしか感じられない。
レベルを六十一まで上げて、精神的に疲れを感じ始めた頃、奇妙な発光を見つけた。
警戒しながら近付けば、そこにあるのは二つの赤い欠片。
どうやらプレイヤーが見失わないように、夜中に落ちていると光を放つらしい。
流石はユニークアイテムだと感心した。
回収を済ませて次にするべきは、当然ながら失われた体力の回復。
まだ重みを感じるため、感覚的にもう少し大丈夫だとは思うが、準備するに越したことはない。
地上を慎重に進み、見つけた芋虫やら蟻やらから無造作に吸血を行って、チマチマと体力を取り戻していく。
レベルがこれだけ上がっていると、雑魚の一体や二体で足りる訳もなかった。
十分に体は重くなり、空を飛ぶのも難儀する始末。
死ににくいならそれでもいいかと、適当な納得をする。
空を飛ぶのは気持ちがいいが、それで取り返しの付かない失敗をしてしまえば洒落にならない。
大切なのは、メリハリ。
弁えていなければ、獣と変わらない。
そうして、地上を徘徊する。
欠片を回収し終えた今、優先して行うべき事柄はない。
強いて言うなら死なないように体力を保つ事だが、吸血もそこまで頻繁にする必要はない。
何だかんだ言っても、俺のレベルは現在六十三だ。
転生を繰り返している事も相まって、最大値はそれなりのものになっている……筈、だが。
そして、やることがない以上、やれるのはレベル上げ位のもの。
暇潰し、手慰み……言葉は悪いが、それでも返ってくるものは未来の自分への恩恵となる。
上がったステータスは(多分)裏切らないし、転生により増えるスキルは(もしかしたら)役に立ってくれる。
……実際、蜉蝣になって得た"常時体力減少"が転生後も持ち越されるのであれば、かなりのデメリットになってしまうので、悩ましくもある。
その辺りは現状考えても仕方がないので、思考をすっぱり切り替える。
考えるのは、狩りの場所。
森の中心部――空から見ていて、多くの虫達が向かった先――には行くべきではないだろう。
いくら効率がよくとも、敵が多過ぎるのは問題だ。
それは単に死の危険が大きいと言う事でもあるが、最も不味いのはその先に居るだろう相手だ。
今の森で、昆虫達の統率なんて真似が出来るのは一体しかいない。
そして、その王者たる虫の相手をするには、俺はまだ弱過ぎる。
純然たる事実として、ユニークボスは単体で倒せるような相手ではない。
リポップしない唯一の相手である以上、生半可で勝てるようには出来ていないのだ。
勿論、弱いボスなら転生を重ねれば一人で倒せなくもないが、トライホーン・クワガタはそんな柔な相手ではない。
森の最強種達は、伊達や酔狂でそう呼ばれている訳がないのだ。
かつてホーネット・アントが高々五人のパーティーに敗北したのは、女王の適正が"カリスマ"という直接戦闘には関わってこない部分に特化していたからだ。
軍団指揮――平地での多対多、多対一戦闘においては無類の強さを発揮するが、拠点に籠もっての防衛戦闘ではどうしてもその効力は生かしきれない。
狭い洞窟内では多対一の状況が作り出せず、また各個撃破で戦力を確実に削られては、女王に取れる術はなかったのだろう。
何せ、女王が戦争とも言うべき規模で討ち滅ぼしたデモリッス・モスは、蟻や蜂達の阿呆らしいまでの数の暴力にさえ抗って見せた。
異常なまでに強力な状態異常の散布と、超高々度からの一方的な攻撃は、相応の対空攻撃を持たなければ戦闘にすらならずに決着させる。
女王は単体でも食らいつく程度には戦えたが、苦戦は免れなかったし、決め手はやはり配下の一斉攻撃だった。
プレイヤーが戦っていたとすれば、どれだけ苦戦したか分かったものではない。
それを鑑みれば、プレイヤー達が倒した(であろう)ドラゴニック・トンボやオーガ・マンティスはまだ倒しやすい敵だっただろう――犠牲さえ無視すれば。
どちらも非常に攻撃的なため、ユニークボスとの直接戦闘にはなるのだ。
たとえ一撃が必殺になりかねない程凶悪でも、ダメージを積み重ねればいつかは倒せる仕様になっている。
その点、攻撃を当てられない蛾や、近くまで辿り着くのが不可能に近い女王はプレイヤーにとって難敵だった筈だ。
閑話休題。
ともかくも、俺がモブモンスターである以上、トライホーン・クワガタに勝利するのは困難を極める。
転生を繰り返せばいつかは……とも思うが、それこそいつになるか計り知れない。
だから、この森で俺が王者となるには、何かしらの打開策が必要と、なる……?
(何だ、それは?)
思考方向がずれている?
いや、すれていないのか?
そもそも何故、トライホーン・クワガタを倒す必要がある?
軽い頭痛。
今はもう、その程度なら気にもならない。
元々の方針――それすらも、俺には存在していない。
殺されて、あの消失感を味わうのが嫌だと――そんな後ろ向きな理由でレベルを上げ始めた、ような気がする。
少なくとも蜉蝣である間は、俺は生きていくために昆虫を殺さねばならず、昆虫を殺す以上、王者に狙われるのは避けられない。
となればどの道、俺が殺されないために、その原因である王者の排除は必須なのだ。
一応の納得を得て、自身への疑念が消える。
溜め息を吐いて、全身で伸びをする。
頭の疲れが体にまで染み込み、感じていた怠さを発散する。
「ん、あああぁぁぁ~~~っ!」
漏れてしまった程度の声量が、静かな森ではよく響く。
咄嗟に口を閉じるも、やはり遅かったらしい。
ガサガサと揺れる。
木の葉が、茂みが、そして地面が。
それぞれからぬっと顔を出す、目新しい顔触れ。
「……そう言えば、戦った事ないんだっけ。自分がそうだったんだけどなー。後は、ああ、純粋にまだ殺ってないや」
王者の軍勢を構成する、戦士の一角。
羽蟻、刃蠅、蟻地獄。
先だって囲まれた際にも目にしていたが、逃げる方向の関係でおそらく一度も倒していない昆虫達。
血走った眼で睨みつけられ、戦闘の準備は万全らしく、今にも飛びかかってきそうだ。
「王様の粛正の先兵か、それとも斥候か? それとも偶然……なら種族は偏るか。どれにしても、俺の敵な訳だな」
推測を呟きながら、飛刃を撃ち出す準備を始める。
弾数は二つ。
一体は吸血して、減った体力に当てるつもりだ。
「早めに片付けないと、援軍とか来そうだよな。流石に天道虫の時みたいな危機は勘弁だから――さっさと死ねよ」
吐き捨てて、発射する。
急速に迫る三体の餌に、哀れみの視線を送る。
眼前で突出していた二体――刃蠅と羽蟻が千切れ、その後ろで動揺もしない蟻地獄に舌を突き立てる。
体力と、経験値らしき何かを一息に吸い取って、舌を巻き取った。
「ふぅ、ご馳走様でした」
――テッテレー! Falioはレベルが64に上がった!
――テッテレー! Falioはレベルが65に上がった!
三体にしては、それなりのレベルアップ。
強さ的にはまあ、強い方なのだろう。
ただ、スペックが違い過ぎて戦闘にならないだけで。
「んー、んー……ん?」
ふと、違和感。
下腹部に感じる、よく分からない熱。
そこから広がるように、体が火照る。
「どういう――」
疑問は言葉になる前に、無粋にも回答が聞こえてくる。
――Falioはスキル"肉体変成"を獲得した!
(……は? なんだそりゃ)
一瞬、何も分からなくなった。
変態のことか? いや、それなら蚊になった時に取得している筈である。
となると、このスキルは何を意味しているのだろう?
(わからん……わからんが、この体の熱と無関係って事はなさそうだが)
現状、どういうスキルなのか確かめる手段もない。
死んでみれば──いや、無駄に死ぬのは好きじゃないし、戦っていれば必然リポップすることもあるだろう。
だから、今は考えないようにする。
(ああ、くそ……一体何が起きるんだっつーの)
それでも、不安は拭えないまま。
頭を振って、また足を動かし始めるしかないのだ。




