表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bug's HERO  作者: パオパオ
32/50

第三十二話 力の欠片

 眼孔まで直接射し込む陽光。

 何となく懐かしさを覚えつつ、眩しさに体勢を変える。

 ごろんと寝転がり、羽が折れそうになる感触に慌てて立ち上がる。


「……ん?」


 何か、疑問が浮かぶ。

 疑問と言うだけで、具体的な事は分からない。

 何だろうかと首を傾げ、リポップした周辺を歩き回る。


「……って、そうだ。俺、死んだじゃん」


 思い出した。

 気ままに飛んでいたら、何の前触れもなく体が動かなくなって墜落したのだ。

 落下によるダメージで体力を全損した――のだろうか?

 どこか、違うような気もする。


「あれ、どうして俺落ちたんだ? ……本当にどうしてだ?」


 飛んでいたところを、攻撃された覚えもない。

 飛刃のような不可視の攻撃を受けたとすれば、体のどこかを欠損するだろうから、違うだろう。

 他にも幾つかの要因を考えてみるが、どれもしっくりこない。

 原因ははっきりしているのに、理由が不鮮明極まりない。


「分かんない事を考えても仕方がない……とは思うが。この件は、ちょっと放っとくと駄目な感じがするんだよな」


 ガシガシと頭を掻き、触覚がゆらゆらと揺れる。

 ちろちろ、と舌が口から出入りする。


 時間をかけて思索を巡らしてみるが、これといった成果は上がらない。

 嘆息し、軽く首を回す。

 コキコキ、と気持ちのいい音が鳴った。


「……あーもう、分からん。気分転換にちょっと飛ぶか」


 これ以上考えていても無駄だろうと見切りを付け、羽を震わせる。

 飛んでいる内に何か案が浮かぶだろうと楽観し、ふわりと体を浮かせて――その重さに違和感を覚える。


「ん……?」


 いや、実際に重くはないのだろう。

 羽の動きを止めても数秒は滞空出来るだろう位には、体は軽いように感じる。

 ただ、記憶にある前回の最後を思い出して、その軽さと比較すると――どうにも、重く感じてしまう。

 疑念を抱きつつも、墜落したくはないので羽を震わせ続け、空へ飛んだ。


「考えるのは後にするか」


 ぐるん、と一回転。

 軽妙に動く体は、やはり心地がいい。


「難しいことは後回しにしてしまえ。蜉蝣らしく、刹那的に生きてみるべきでしょうよ」


 そんな言葉で自分を誤魔化して、飛び出す。

 自由に、縛られずに、好き勝手に。


 口元には弧月を象り、軌跡は波紋を描いて。

 時折漏れる笑い声は、空虚に溶けた。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 眼下に広がる、見覚えのある光景。

 羽撃きを変えて滞空し、いつ見たのかと頭を捻る。

 唸りながらその場でくるくると回転し、はっと気付く。


「ああ、死ぬ前に見たのがこんな風景だった気がす、る……?」


 言いながら、首を傾げる。

 思考の片隅を過った何か。

 その正体を思い出そうとして、森へと視線を落とす。

 小さく、赤い何かが見えた。


「……何だ?」


 緑と茶、その二色のみで構成された森の中。

 花などが咲いている訳でもないので、赤色なんてある筈もない。

 赤色の昆虫――天道虫がそうだが、それとも違うように思える。

 上空から見ているので小さく見えるのには変わりないが、それにしても小さ過ぎる。

 では何か――考えている時間が勿体ないと、警戒しながら地表へ近付く。

 そして、見つけたものは――


「アイテム、なの、か……?」


 赤い欠片。

 そうとしか形容出来ない、小さな塊。

 それが二つ、転がっていた。


「……これだけ? 俺のドロップアイテムは、もう少し色々あった筈だが……」


 言って、口を噤む。

 空を見上げ、その青さを確認する。

 そして、静かに息を吐く。


(時間経過で消えたか。誰かに拾われたんだったら、態々残す真似もしないだろうし)


 俺が死ぬ直前、空は暗闇に閉ざされていた。

 しかし今、起きた直後に太陽は南中している。

 リポップまでの待ち時間――その存在を久方振りに思い出し、首を振った。


(それにしても――)


 赤き二つの欠片。

 他のアイテムは消えているというのに、これだけが消えずに残っている。

 その原因を考え、一つの仮説が浮かぶ。


「……ユニークアイテムか? って事は、これがデモリッシュ・モスと――」


 一端言葉を区切り、蛾の姿を脳裏に思い浮かべる。

 輪郭はぼやけ、色彩すらも曖昧だ。

 ただ一度、邂逅しただけの相手なんてそんなものだ。


 しかしながら、もう一体は。

 食らった肉の味を幻覚する。

 口の中に残った、甘く、甘く、甘い風味。

 砂糖のように甘く、蜜のような甘さが。


「――ホーネット・アントの、ドロップアイテム」


 未だに鮮明に思い出せる、女王の姿形。

 金箔の裸身、リボンのような黒い線、二本の触覚、透明な四枚羽、膨らんだ臀部――見たものを誘惑する、艶やかで蠱惑的なその体躯。

 危険だと、視覚からも直感からも理解させられていても、魅了されてしまう美貌の女王。


(……いや。いや、いいや)


 頭を振って、想像を払う。

 いや、妄想と言い換えるべきだろうか。

 字面的な意味で。


「まあ、いいや。それにしてもこれ、何に使うかは知らないけど、重要アイテムっぽいよな。見た目的に」


 いくつか集めてようやく完成するだろう、赤い欠片。

 ただでさえユニークアイテムである事がその価値を高めていて、それがパズルのようなものであれば、尚更に。

 まだそれらには触れずに、推測を重ねる。


「サイズからして……これで五分の二か。森の最強種五体がそれぞれ対応してるんだろうな、多分」


 呟いて、片方の欠片を凝視する。

 描かれている紋様――生物の頭部らしきものを模した、何かの図柄。

 もう一つを観察すれば、薄らと四枚の羽が見て取れた。


 確信は出来ないものの、この欠片を集めれば何らかの絵が完成するのだろう。

 現状の二つから察するに……出来上がるのは昆虫だろうか?

 複眼、四枚羽という少ない情報だけなので判断に困る。


「回収は、しておこう。何かの役に立つかもしれないし。他のモンスターに拾われてなくてよかった」


 ちょんちょん、と。

 そっと触れるだけで、消滅する欠片達。

 その光景に不安を覚えなくもないが、ちゃんと拾えている実績もあるので大丈夫だろう。


「……にしても、俺を殺した……殺した? 相手が一体何をしたかったのか、余計に分からなくなったな」


 前回の、疑問しかない自身の死を想う。

 空を飛んでいたところでいきなり体が動かなくなり、そのまま墜落し、死亡。

 直前に何かをされた記憶もなく、理解しているのは死んだという結果のみ。

 殺されたのか、それとも自然と死んでしまったのかも分からない。

 後者は自分でも意味が分からないが、そういう可能性もあるだろう。


「殺されたと仮定して……どうやって? 俺は攻撃を受けた覚えもないし、周りに敵も見当たらなかった。その前からも暫くは無傷を維持してたから、毒で死んだわけでも……いや、これは微妙か?」


 攻撃を受けずに突然の死となると、やはり継続ダメージによる体力低下が考えられる。

 けれど、そんな攻撃を受けた覚えも勿論ない。

 可能性としては、なくはない程度だろう。


「それに、どうしてかも分からない。俺を殺して得するのは……モンスターもプレイヤーもそうか。モンスターならレベル上げのため、プレイヤーならレベル上げとアイテムのため……」


 そこまで言って、自分の意見を否定する。

 もし自分がプレイヤーだったとして、倒した相手のアイテムを無視するなんて真似をする筈がない。

 特にそれが、明らかにレアだと分かるアイテムなら尚更だ。


「やっぱりモンスターか? でも、そうなると手段がまるで分からないんだよな。プレイヤーなら知らないアイテム使って殺されたとも考えられるけど、モンスターじゃなぁ……」


 良くも悪くも、モンスターは単純だ。

 攻撃手段として絡め手は持っていても、悪辣過ぎる攻撃はしてこない。

 たとえば、見えない程の遠距離から一方的に攻撃してくるような。

 たとえば、たったの一撃で死をもたらすような。


 ユニークボスなら考えられなくはないが、この森に残っているのはトライホーン・クワガタ一体のみ。

 ガッチガチの近接戦闘特化のあの王者が、せせこましい攻撃をする筈がない。

 王者の進む王道は、正面からの蹂躙一択なのだから。


「飛ぶか。分からんし」


 熱を帯びてきた頭を冷やすに丁度いいと、青空高く飛翔する。

 何の問題もなく、何の抵抗もなく、凄まじい速度で飛び上がる体。

 軽く、重さなど微塵も感じず――そして、その事に違和感を覚える。


(……おかしい)


 この体で目を覚ましてからの初めての飛行は、もっと重かった。

 それが今や、一切の重力を感じない程に軽くなっている。


 レベルアップが理由――ではない。

 ここに来るまでの飛行で確かに戦闘は行ったが、それもたったの二度。

 レベルが一つ上がったに過ぎない。

 どう考えても、多少の慣れや、レベルアップで片付けられる問題ではない。


(何か理由がある筈だ。決定的な、速度が上がっている理由が――)


 そこで不意に、吸血をした時の事を思い返す。

 吸血をしてから暫く、体が重く満足に飛べなかった。

 時間が経過すると、何故かまた飛べるようになった。


 吸血とはつまり、体力の回復である。

 体力が回復すると、体が重くなる。

 では、体が軽いとは、何を意味する――?


「マズっ――!?」


 気付いた時には、もう遅い。

 痺れるように、一斉に動きを止める己の体。

 ガクン、と体勢を崩し、回転しながら地面へ近付く。


 ――動かないのは、体力が尽きたから。

 身動き一つ取れないとは、つまり体力がゼロである事を意味する。

 本来なら徐々に鈍る体の動きは、蜉蝣に限っては鋭く研ぎ澄まされていくのだろう。

 そんな事実を今になって知り、内心で激情が起こる。


(時間経過で体力が減るとか、誰が想像するんだよ!)


 口を動かせず、文句は心の中で叫ぶに終わる。

 怒れるままに、視界は草木に埋め尽くされる。

 ぶつかり、へし折り、砕け、壊れて。


 最後に、意識が切断された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ