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Bug's HERO  作者: パオパオ
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第二十八話 狩猟の一日

 煌々と輝く銀月の下、黒い影が密かに移動する。

 それは、一匹の馬陸(ヤスデ)

 鋭く尖った数十対の足を、一歩一歩地面に突き刺しながら、ギチギチと牙を打ち鳴らす。

 全長一メートル半にも届くその体躯は、夕闇に溶けて姿を隠蔽される。

 獲物の吐息を探しながら、夜の森を慣れた足取りで巡回する。


 馬陸は上機嫌だった。

 迂闊にも地上で眠っていた芋虫を既に三体仕留め、丁度レベルも一つ上がっていた。

 他の同族のように熱心にレベル上げをしていないその馬陸にとって、一日でそれだけの成果が出たのは僥倖だった。


 茂みを掻き分け、荒れ地に出る。

 一瞬、何か違和感を覚え、足を止めた。

 この辺りに地面が露出するような場所があっただろうか――考えて、気のせいだろうと判断する。


 そして、一歩を踏み出した。


「いらっしゃいませー。一名様、ごあんなーい」


 真下から聞こえてきたのは、そんな軽口。

 言葉の意味を、馬陸は身を以て理解させられる。


 地面へと下ろした先端の二本の足は、柔らかな砂に絡め取られる。

 思いがけず前のめりに倒れそうになるも、馬陸にはまだ余裕があった。

 足の一本や二本が砂に取られても、残る他の足が問題にしない、と。

 だから、体を引っ張り上げようと、足に力を込めて――


「残念でした、っと」


 踏み抜かれた地面が、流砂へと変貌を遂げる。

 馬陸の体が中空に投げ出される。

 反射的に踏み止まろうと体に力が入り、頭から砂中へずぶずぶ沈みゆく。


 事ここに至って、馬陸はようやく本能的に身の危険を――否、死の臭いを濃厚に感じ取った。

 罠に填められた自分が無事なビジョンが、一切浮かんでこない。

 実際にいくつか抵抗を考えるが、それを実行する手段に思い至らない。

 上半身は流砂の中に潜り、下半身は無様に空を切る。


 それでも一矢は報いようと、馬陸は必死に体をばたつかせる。

 けれど、その試みも無駄に終わる。


「キァ~♪ クィルゥ~~♪ グァラィホゥ~~~♪」


 鼻歌交じりに、馬陸の動きが止められる。

 扁平形の体を等分するように、一組の鎌が体を固定する。

 ギチギチ、と圧し潰すような力を受けて、これまでかと諦めた瞬間――


「――頂きます」


 言葉とともに、馬陸の腹が貫かれる。

 筒状の物体は、その先端を馬陸の体内に留めたまま、体液を吸い込み始める。

 生きるために大切なものが抜け落ちる喪失感。

 それは、ゆっくりと大きくなり――馬陸は事切れた。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 ――テッテレー! Falioはレベルが24に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが25に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが26に上がった!

 ――テッテレー! Falioはレベルが27に上がった!


「待ち伏せ強ぇ……またノーダメージだよ。癖になりそうだ」


 抜け殻になったニードル・ヤスデがアイテムに変化するのを見届けると、俺は笑いを抑えられなかった。

 アーマード・ムカデと対をなす、攻撃特化のニードル・ヤスデは正面から戦えば苦戦は必死だった。

 だからこそ、俺は正々堂々とは戦わなかった。


 蟻地獄というのは、穴掘りに高い適性を持っている。

 元来、掘った穴の中で獲物がかかるのをじっと待つような虫だから、当然と言えば当然なのだが。

 そんな訳で、俺は獣道の中でも一際交通量の多そうな地点に落とし穴を掘り、自身もその中に隠れる。

 その後は、ただひたすらに待つのみ。

 じっと動かず、声も漏らさず、息を潜めて地中に隠れる。


 その間、色々と考えてしまう。

 ――こんな見え透いた罠に本当に引っかかるのか?

 ――かかったとしても、飛んで逃げられないだろうか?

 ――獲物が強過ぎた時はどう対処するのか?

 ……不安は多かった。


 まあ、やって来た哀れな芋虫を何匹か捕食している内に、そんな不安も直ぐに立ち消えたが。


(……思ってたより敵来ないな。いっそ、場所変えてみるか?)


 唐突な思い付きだが、中々の良案に思えた。

 この待ち伏せという戦法、奇襲によってほぼ確実に先手を取れるのはありがたいのだが、一つだけ拭いきれない欠点もあった。

 それは、戦闘回数が非常に減る事だ。


 八時間近く経過していても、倒したモンスターの数は20にも満たない。

 もし出歩いていれば、少なくとも倍の敵と戦えていると確信出来る。

 何せ、普段は隠れているせいで、歩いていれば見つかる敵も見つけられない。

 動き回れないために、規模の大きな群に出会うこともない。

 結果として、時間的な経験値効率の悪さを露呈してしまっている。


 まあ、元より待ち伏せに適した環境も分からない俺だ。

 トライ&エラーの段階から、早々上手くはいかないという事だ。

 折角の思い付きを無駄にするのも勿体ないし、試してみる価値はある。


 もぞもぞと隠れていた穴の中から這い上がり、まだ見ぬ新天地へと想いを馳せた。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 ――ザッ、ザッ、ザッ。


 重ねた二枚の鎌をスコップのように使い、大地を掘り進めていく。

 プリンのよう――とまでは流石に言えないが、それでもほとんど抵抗感を感じない。


 不意に、掘り返した土はどうなっているのか、と疑問に思う。

 無節操に土を放り捨てているが、積もっている事実はない。


 もしかして――と、頭に浮かんだ妄想を追い出す。

 あまりにも突拍子のないそれは、一考にも値しない。

 まさか、ないだろう。

 ――土をアイテムとして、俺が拾っている、なんて事は。



 予定の半分程を堀り終わり、一息ついて、敵の気配を感じた。

 さりげなく空を見上げれば、ゆっくりと白み始めている。


(もうこんな時間なのか)


 内心驚きながら、周囲への警戒を新たにする。

 聞こえる息遣いは一人分で、囲まれているという事はなさそうだ。

 重ね合わせていた鎌を分離させ、穴の中から這い上がる。


 そして見たのは、一人の男。

 身軽そうな服装に、全身を覆う藍色のマント。

 やはり人間(プレイヤー)かと気を引き締め、威嚇の鳴き声を上げようとして――


「朝早くから精が出るっ……? あっ」


 ――盛大に失敗した。

 意図せずして出してしまった声に気付き、慌てて口を噤む。

 勿論、間に合った筈もない。

 男は目を大きく見開き、武器を抜いていた。

 短剣にしては長く、長剣にしては短い、片刃の剣――小太刀。

 刀身は緩やかに反り返り、白光を反射して煌めく。

 華美ではないが、十分に一級品だと分かる装飾に全体を彩られている。


「喋った、って事は……まさか、ユニークボスか!? 畜生、最悪だ! 何で俺一人の今日に限って遭うんだよ!」


 狼狽しているように見せながらも、男は油断なく腰を深く落とし、短剣を構えている。

 口を衝いて出た咄嗟の言葉は、酷く誤解に満ちていた。

 仮に俺がユニークボスだったとすれば、既に何度もリポップしていると言う事実がありえない。

 女王を始めとするユニークボス達は、復活出来ないからこそ特別な力を持っていたのだ。

 ……スキルやステータスに関して言えば、俺も異常ではあるのだが。

 少なくとも、十把一絡げの同格相手には負ける気がしない。

 と言うか、男がそんな事情を知っている訳もないので、これは無意味の空想でしかない。


「……やるしか、ないのか!」


 悲壮な決意を固めているように振る舞いながらも、放たれる雰囲気は物々しくなる。

 尤もらしく鎌を打ち鳴らし、意識を徐々に戦闘へ傾けていく。

 その間に、口の中では舌を突き出す準備を整える。

 どう見てもガチっぽいプレイヤー相手に、真っ向から戦って勝てる訳がない。

 成体ならまだしも、この身は生後間もない幼生体なのだ。

 純粋な殴り合いでは、勝ち目など万に一つもないだろう。


 だからこそ、勝利の可能性を上げるために、俺は奇策を用いる。

 それは、この肉弾戦特価の蟻地獄が、まさか初手から絡め手を用いないだろうという、相手の思いこみを利用した策だ。

 実際、俺の記憶ではアクティブ・アリジゴクは中・遠距離攻撃が出来ない。

 アップデートの影響で敵の攻撃パターンが増えているため、警戒はいくらか持っているだろうが――僅かながらも、相手を驚かせる事が出来る筈だ。

 そして、怯んだ一瞬を狙って、殺す。

 一撃必殺。

 なれば俺の勝利で、ならなければ男の勝利だ。


「行くぞっ! 俺の剣の錆にしてやろう!」


 自身を鼓舞するように、鋭く声を張ってから男が飛び出す。

 蹴りつけた地面が抉れ、男は弾丸のように疾駆する。

 瞬間的には馬をも越えるだろう速度を乗せた一撃は、閃光のごとき軌跡を残す。

 迫る高速の斬撃には、男の魂とでも言うべき何かが込められているのだろう。

 迸る気迫は、それだけで一個の武器に等しい。


 ――けれども


「ご、ふっ……!? あ、なっ、んだ、とっ……?」


 来ると知っている攻撃は、いくら速くとも止められないとは限らない。

 愚直なまでの一閃は、当然その軌道も読みやすい。

 舌による牽制の一撃で男を停止させ、動かなくなった体を両鎌で挟む。

 ブチブチと、不快な音を撒きながら、名も知らぬ男が散った事を周囲に知らせる。


(……何だ、これ)


 胸がもやもやする。

 内から込み上げる黒い衝動に飲まれかける。

 眼下でアイテムと光の粒子に変わっていく男の姿に、俺は不快な気分を隠せなかった。


「PKしてのレベル上げ……思ってたより微妙だな。人型じゃないモンスター狩った方が楽でいいな。経験を積むためとは言え、いい気分じゃないし」


 少しは楽になってきた気分は、またすぐに底辺まで落ち込む。

 ちらりと視線を向ければ、転がっている二つの肉塊。

 時折ビクビクと脈打つ、人間のなれの果て。

 じくじく、と胸が呻く。


 ――Falioはレベルが28に上がった!

 ――Falioはレベルが29に上がった!

 ――Falioはレベルが30に上がった!

 ――Falioはレベルが31に上がった!

 ――Falioはレベルが32に上がった!

 ――Falioはレベルが33に上がった!

 ――Falioはレベルが34に上がった!

 ――Falioはレベルが35に上がった!

 ――Falioはレベルが36に上がった!

 ――Falioはレベルが37に上がった!


 繰り返される硬質なレベルアップの音が、嫌に耳で残響する。

 聞き慣れている筈なのに、いつもとは違って聞こえる。

 何故かは、分からない。


「……それなりに、高レベルのプレイヤーだった訳か」


 呟くも、心は晴れない。

 何かを、根本的なところで何かを間違えてしまっているような不安感。

 高々一度の死を経験させた位で、大袈裟に捉えているだけ……なのだろうか。

 むずむず、と体が疼く。


(鬱陶しい……ああ、糞っ)


 もうアイテムしか残っていない、男の死地を見やる。

 そう言えば、あの男の事は名前さえ知らない。

 戦場の流儀として、仮にも命を奪ったのだから、名乗りは交わしておかなければ失礼ではないだろうか?

 そんな疑問が、ひっそりと鎌首をもたげる。


(……どうでもいいか。モンスターに行儀のいい戦いを求める方がおかしいだろ)


 何とはなしに、自分の体を見直す。

 月下に白光を浴びて、ぬらぬらと照る二つの美刃。

 放っておいても、自然と汚れは落ちるだろう。

 けれど――そのままにしてはおけなかった。


 その理由は、やはり、分からない。

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