第二十四話 限定戦争
――勝利条件。
その一、侵入者の殲滅。
その二、敵戦力の完全無力化。
その三、侵入者の撤退。
以上。
――敗北条件。
ホーネット・アントの死亡。
以上。
――なお、侵入者には援軍などの未確認戦力も考えられるので、行動には万全を期すように。
手堅く、しかし迅速に侵入者を駆逐しなさい――
女王から簡素極まる説明を告げられ、羽蟻達が三々五々と散ってゆく。
その面持ちは真剣一色で、あたかも死地へ赴く兵士のよう。
それが誤解でないと知るのは、直後に部屋を出ようとした俺が女王に呼び止められてからだ。
そもそも、俺は集合をかけられた理由からして誤解していた。
てっきり集められたのはまたどこかを攻めるからだとばかり思い込んでいたが、逆に今は攻められているらしい。
毎日気ままに塵を漁り、お目当ての品が見つからない事を嘆く堕落した日々を過ごしていた俺には、地上の情報が欠けている。
――何せ、巣を侵略しているのはプレイヤーだと、女王から直接知らされるまで気付かなかったのだ。
いつかは来るだろうと思っていたが、この短期間に続けての侵攻は流石に想定外だった。
ボス攻略のあまりのハイペース振りに驚きが隠せない。
侵入者がプレイヤーであると告げられ納得した俺を女王も不審がっていたが、火急の事態の中では気にする余裕もないらしい。
目付けも兼ねて側に侍るよう言い渡されただけで、追求は止んだ。
おそらくは復活したであろう蟻や蜂を引き連れて、侵入者の排除に向かった羽蟻達を想う。
全体の四分の三――八十前後の羽蟻達で、どれだけのプレイヤーを倒せるだろうか。
勿論羽蟻もそう易々とは負けないだろうが、敵はプレイヤーだ。
どんな不測の事態が起こってもおかしくないし、何より敵の練度も分からない。
トッププレイヤー連中相手――最悪の想像ではあるが、もしそうであるなら羽蟻如き鎧袖一触にされるだろう。
芋虫の頃に会った覚えのある金髪の男が脳裏に浮かび、慌てて思考を追い出した。
このままあの男を思い出しているとフラグでも立ちかねない――内心本気でそう思いつつ、俺は別の理由で溜め息を籠もらせる。
(予想していたとは言え、やっぱ女王の前だとこうなるか……厳しいな)
ピクリとも動かない体。
蛾の前に居た時のように、麻痺している訳ではない。
女王の前だとやはり体の主導権がもう一人の自分に移ってしまうらしく、満足に動かすことが出来ない。
もう一人の自分がどこまで戦えるのかは分からないが、正直不安は拭えない。
何となく、女王に服従するだけのこの自分には、どこか機械的な印象を受けてしまう。
機械が人よりも巧く体を動かせるのだろうか――適当な格闘ゲームを思い浮かべながら、やはり無理じゃないかと思う。
(最悪、死んでもいいかも。今更一回死ぬ位でどうにかなる訳でもないし、それよりも女王の前からしばらく消えていたいなー……)
難しそうだと自答して、心の中でまた一つ、溜め息を籠もらせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
報告が相次ぐ。
本当に最初の頃は、奇襲によってかなりの損害を相手に与えた――なんて、素敵な報告もあった。
しかしながら、その後の報告は芳しくない。
伝令役の蜂が女王の前に入れ替わり立ち替わりやって来て、女王の苛立ちをより一層募らせる。
いつ癇癪を起こすのではとハラハラ出来る俺には、やはり危機感が足りないに違いない。
自嘲している内にも、また新たな蜂が飛び込んできた。
「報告します! 侵入者に食料庫と塵倉庫を制圧されました! その際、抗戦した第二十八大隊が壊滅し、残存兵も根こそぎ打倒されています!」
「――ご苦労。では、帰還した第十七大隊――いえ、第十七中隊に加わり、撃退に努めなさい」
「了解しました!」
直ぐに部屋を転がり出ていった蜂を無言で見送り、女王は地面を何度も踏み荒らす。
新たに設置された光源に照らされる女王は、怒りを抑え込むのに必死だった。
実際、女王が荒れてしまう気持ちは分からないでもない。
何故なら、現状は笑うしかないのだ。
「――既に出陣した羽蟻は八割が死亡し、その穴を埋めるように親衛隊から半分も羽蟻を出して、それも半分は死んだ、と。巣の内部はもうこの場所と出産場、後は僻地にある部屋を除いて全て制圧済み? 兵士の被害は……ああ、そろそろ全体の七割に届くかしら? それでいて、敵の損耗はよくて一割? クフフ、クフフフフ、クフフフフフフッ!」
狂ったように哄笑を上げる女王を、止められる者は居ない。
圧倒的に過ぎる、敵の戦果。
所詮モンスターはやられ役でしかないのだと、プレイヤー達は行動だけで証明している。
「可笑しい可笑しい可笑しいっ!! 何だこの様はっ! 私の愛し子達が! 手塩にかけて育て上げてきた子供達がっ! こうも容易く破れるものかっっっ!!!!」
諫める声はない。
寧ろ、同調するような視線が多い。
もし声を発する事が許されるなら、必ずや同意が飛び交うだろうと予測出来た。
屈辱に塗れる女王の声音は、悲痛さに溢れている。
「巫山戯るなよ、人間……最早ただ殺すだけでは飽き足らぬ。我が子らを殺めた罪、その身で支払って貰うぞ!」
憤怒の声は、誰の返答も――
「――やぁっと着いたか」
――ピタリ。
女王の動きが止まる。
部屋の入り口に、室内の昆虫達の視線が集中する。
「おぅおぅ、まぁだこんなに害虫が残っていやがったか。全く、面倒臭えなぁ?」
銀髪の、ピカピカした鎧の男が、怠そうに欠伸をする。
「いい事じゃない。卑怯な真似で仲間を殺されたんですもの。その仇がまだ残っているというのは、鬱憤を晴らすには丁度いいわ」
長い金髪を靡かせる、女性的な魅力の豊かな女性が、僅かに怒りを滲ませながら両手に持つ双剣を弄ぶ。
「そうだよ、アークさん。糞虫共がまだこんなにも残ってるんだ。あんな手段でルーイを殺した報いを受けさせないといけないんだよ。分かってるでしょ」
平坦な声の、起伏に乏しい体をした、ローブに身を包む少女が、ギラギラとした瞳でアークと呼ばれた男を睨む。
「あぁあぁ、その通りですよっと。全く、報復には賛成だけどなぁ、態々全部の部屋を潰していく必要はあったのかぁ?」
「何言ってるんだよアーク。そのおかげであの宝物庫を僕達が独占出来たんじゃないか。喜びこそすれ愚痴を言うようなものじゃないだろう?」
金髪の、どこか見覚えのある男が、アークを注意する。
「あの、皆さん、ボスの前でそんなに余裕でも大丈夫なんですか? いくら強そうじゃないからって、油断してると足を掬われちゃうんじゃ……」
小柄な少女――いや、あの少女は、あれはっ――!?
自分を排除しようとする本来の自己。
せめぎ合う二つの意識。
ズキズキと頭痛が、脳を抉るような痛みが、思考を閉ざそうと働きかけてくる。
「大丈夫よ、ツウィグちゃん――皆、モンスターを殺したい衝動を抑えてるだけで、油断なんて欠片もしてないから」
小柄な少女を安心させるように、金髪の女性が微笑みかける。
その身から漏れ出る激情に、小柄な少女は思わず退く。
冗談だ、と金髪の女性は口にするものの――その瞳は決して笑っていない。
好き勝手に会話する五人組。
その場所だけが、まるで異次元にあるように異質だった。
談笑するその姿に、しかしながら隙は見られない。
ここまでやってきただけあって、その強さは保証済みだ。
出血は誰からも見受けられず、笑いながらも注意はこちらに向いている。
「囀るなよ、猿共が」
女王の一言に、プレイヤー達の軽口が終わる。
どこか劇染みていた雰囲気は直ちに霧消し、剣呑な空気が場を包み込む。
正しく、一触即発。
均衡を破るのは、やはり女王だった。
「よくぞここまで来た、などとは言わない。ただ、私が言えるのは一言だけよ――――――死になさい」
「――上等だっ! ボスらしく、精々足掻いて見せろやっ!!」
アークが長剣を抜き放ち、盾を構えて吼える。
金髪の女性が双剣を逆手に持ち替える。
ローブの少女が身の丈に合わない鎚を軽々と持ち上げる。
金髪の男が背負っていた大剣を引き抜く。
小柄な少女が懐から短剣を取り出し、鞘を仕舞う。
「――行くぞっ!!」
誰かが発した声が、決戦の始まりを告げた。




