第二十三話 士気高揚
羽蟻達が緊急召集される運びとなり、俺も渋々ながらも命令に従って女王の前に整列する。
苛立ちを隠せないのだろう、女王は鋭い眼光で集まりゆく羽蟻達を見下ろし、臀部は落ち着かなく左右に振れる。
細い足は大地を蹴り、踏み、繰り返す。
時折見せていた童女の如き姿は鳴りを潜め、魔女のような一面が濃く前に出ている。
二面性を持つ事が蟻の特徴なのだろうか――益体もない事を考えていると、いつのまにか全員が揃っていたらしい。
三桁に上る羽蟻が、一糸乱れず整然と女王の眼下で伏している。
例に漏れず、俺もいつの間にか現れていた自分に居場所を追い出され、傍観者のようにその光景を眺めていた。
女王は一度動きを止めると、息を大きく吐いた。
そのまま瞳を閉じ、数秒間の静寂が生まれる。
完全な無音。
しじまを破るのは、その権利を与えられる唯一の者以外にあり得なかった。
「聞け」
端的な、二音。
短過ぎる言葉に、場の空気が引き締まる。
女王はかつてのように場を毒で掌握する前に、そのカリスマで以て完全な支配を終える。
女王が女王である所以を垣間見て、体が興奮で打ち震えた。
「父祖と幾多の同胞の仇たる憎きデモリッシュ・モスを討ち果たし、我らは遂に安住の地を約束された。我らが発展はここより始まる筈であった。我の敵に値する者を、遂に全て滅ぼしたのだ」
淡々と綴られる、女王の想い。
利己的であり、利他的な言動。
王としての言葉が、臣下達に深く浸透する。
「かつて、安息も、情愛も、友誼も、笑声も、並べてこの地にはなかった。英雄はなく、勝利は遠く、未来は暗く、楽園は夢想に過ぎなかった。それを打破したのは、我らが誇るべき先代達の敢闘である」
仄かに、熱が込められる。
漏れ出した、女王の感情。
抑えきれないとばかりに、静かに、濃密に。
迸る情動には、どれだけのものが渦巻いているのか。
「道化であろうと構うまい。喜劇の何を恥じようか。弱者が生き足掻く様を見て、笑う事など出来るべくもない。元より我らは道化であり、劇団であり、弱者である」
自嘲ではない。
それは自らの誇りを謳う。
怯まず、驕らず、遜らぬ己を示す。
「歌い給え、踊り給え、叫び給え我が子らよ! 我らの存在理由は何者にも止められぬ! 我らが聖地を侵さんとする凶賊に、死を以て贖わせよ!」
熱く、強く、激しく、高らかに。
歌い上げる声に、同期した声が追従する。
女王の独唱に続き、百を優に越える羽蟻が斉唱する。
「正義を騙るな! 悪鬼を号せ! 我らは弱者で道化である! 故にこそ! 強者を阻め! 勝利を掴め! 殺せっ! 殺せっ!! 殺し尽くせぇっっっ!!!!!!」
――ギャアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!!!
大地を揺るがす鬨の声。
鼓膜など容易く突き破る、破壊の轟音。
灯火が爆発し、破片が消し飛ぶ。
一瞬にして明かりが消え、全土が暗闇に閉ざされる。
巣の構造を完全に把握する者に、ただの闇が支障になる筈もなく。
続々と出陣する羽蟻達の動きに、一切の迷いはなかった。




